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Fairy tale  作者: 水月華
5/15

act.5



 ルディアスが部屋を出ると、部屋の警護にあたっていたキルスが軽く頭を下げた。

 話が終わるまで待てというルディアスの言いつけを律儀に守っていたのだろう。ルディアスは口端を上げ、彼の肩にぽんと手を置いた。


「不満か?」

「……何をです?」

「俺があの娘を呼びつけたことだ。まだ疑っているのだろう?」


 月女神の巫女。花音がそれであれば、国内だけではすまされない大事になる。もしも違っていた場合、彼女の存在は不審なものでしかない。両極端すぎる可能性は、キルスに余計な猜疑心を抱かせているのだろう。


「……まったく疑っていないと言えば嘘になります。つい先日暗殺者が現れたばかりですので」

「寝首をかこうとして俺に返り討ちにされたけどな。だが、あいつにそんな器用な真似ができると思うか?自分の立場さえわかってないんだぞ」


 この俺に張り手しようとしたしな、と続けると、キルスは思い切り顔をしかめて見せた。

 どう考えても国王に対する態度ではない。それを罰するどころか黙認しているルディアスをキルスは不思議に思っていた。


「どうしてあのような態度をお許しになっているのですか?まして御名を呼ばせるなど前代未聞では?」

「言っただろう?おもしろいからだと。俺に意見する女など初めて見た。白粉を塗りたくり媚を売るだけの女どもと違ったからな」

「では、あの娘を信用なされると?」

「風呂に入っても髪の色は変わらず、近くで見ても何か仕掛けを施しているようには見えなかった。何も知らないのは確定だな。それに、あれに俺を陥れるような頭があるとは思えん。だろう?」


 花音本人が聞いたら激怒するであろう言葉に、キルスはしばし押し黙った。

 ルディアスの見解と花音の立ち居振る舞いを照らし合わせても同意できる部分が多いが、完全に納得できたわけではない。

 そんな複雑な心境を読み取ったかのように、ルディアスはキルスから離れ、片手を腰に当てる。


「ま、巫女と確定するまではただの娘だ。信じるかどうかはお前が決めろ」

「……御意に」

「話は終わりだ。俺はもう寝るからお前も持ち場に戻れ」


 身を翻し部屋へと戻っていくルディアスを黙って見送るキルスだったが、扉が目の前で閉まった瞬間大切なことを思い出した。

 今しがたまで話題に上っていた張本人が出てこない。まさかとは思うが、このまま泊まるつもりなのだろうか。


「――いや、まだ話が終わっていないだけだろう」


 そう判断し、キルスは持ち場に戻るため歩き出した。

 花音を待つという考えも頭の隅を掠めたが、ルディアスに戻れと命じられた上、このまま待ち続けても時間の無駄だと思い引き返すことはしなかった。





 扉を閉めると同時に室内に視線をめぐらせると、ベッドに横たわり規則正しい寝息をたてている花音の姿を発見した。


「寝ているな……」


 ルディアスは花音の顔が見える位置まで来ると、ベッドの端にゆっくりと腰掛ける。そして、ぼんやりと花音の寝顔を眺めた。

 まだあどけなさの残る顔立ちの少女。容姿は十人並みだが、王である自分に恐れることもなびくこともなく、はっきりと物を言う。キルスは快く思っていないようだが、ルディアスはそれをむしろ評価していた。


「しかし、本当に警戒心が無い女だな」


 ふと、ルディアスが花音の髪に手を伸ばした。肩まである黒髪はまだわずかに湿り気がある。何も考えず顔にかかる髪を払ってやると、花音の頬にうっすらと涙の跡があることに気付いた。

 ――泣いていたのだろうか。

 ルディアスは指で軽く涙の跡をなぞり、小さく息を吐いた。

 明かりを消し、自分も花音の横に寝転がると、何をするでもなく静かに目を閉じた。





「ん……」


 水の中から浮上するように、ゆっくりと意識が戻ってくる。

 もう少しこの心地よいまどろみに身を委ねていたい。そう思ったが、目蓋の裏に光を感じゆっくりと目を開けた。

 視界に入り込んできたのは見慣れない光景だった。朝日がカーテンの隙間から零れ落ちている。どうやら窓の方向に体を向けて寝ていたらしい。

 起き抜けの頭で一生懸命考えた結果、花音は昨日の出来事を思い出すに至った。


「あのまま寝ちゃったんだ……あいつ、結局どこいったんだろ」


 いつ眠りに落ちたのかも定かではないが、少なくとも眠るまでルディアスは戻ってこなかった。仕事が終わらなかったのだろうか。

 そう思いつつ、花音は体を起こそうとした。しかし、何故かぴくりとも動かない。

 また、体に感じる重みと背中のぬくもりに違和感を抱き、視線を下にずらしていく。

 背後から、腹部に腕が回されていた。


(――っ!?)


 それを見た瞬間、花音は一気に覚醒した。

 何が起こっているかを確かめるため、おそるおそる振り向いてみると、すぐ傍にルディアスの顔があった。


(な、な、何これええええっ!?)


 花音は、ルディアスに抱きしめられるような格好で寝ていたのだ。

 顔を真っ赤にしたまま腕を外そうと躍起になってみるも、なかなか外れてくれない。

 それどころか、花音がもがくたびに腕が腹部に食い込んで非常に苦しい状態になってしまっている。


(なんで外れないの!痛いし!もう、蹴飛ばしてやろうか!)


 焦りも手伝ってそう考えついた瞬間。

 花音の耳元に、ふうと息が吹きかけられた。


「ひっ!?」


 小さく悲鳴を上げ思わず体を強張らせると、後方から軽く噴出す音が聞こえた。


(――まさか)


 嫌な予感とともに顔を振り向かせた先には、笑みを顔面に張り付かせたルディアスの顔があった。瞳は完璧に花音をとらえている。


「ルディアス!あんたいつから起きてたの!?」

「お前が目覚める前からだが?」


 さも当然といったように平然と答えるルディアスに、花音は叫ぶように声を荒げる。


「あ、あんたねええええ!狸寝入りなんかしてないで言いなさいよ!」

「言ったらつまらないだろ。お前の反応、おもしろかったぞ?」

「おもしろがるんじゃない!いいから離してよ!」


 自分の体に回されたままだった腕をどかそうと手をかけた花音だったが、それを阻むようにルディアスが腕の力を強める。


「断ると言ったら?」

「思いっきり蹴飛ばしてやる。それか頭突きする」


 そう言って睨み付けると、ルディアスは鼻を鳴らしたものの意外にもすんなり腕を解いて花音を解放した。花音はすぐさま起き上がりルディアスから距離をとると、ほっと息を吐く。ルディアスは未だベッドに寝転がったままだ。


「……起きないの?」


 何となく疑問を口にすると、ルディアスは枕に肘をつき意味ありげに笑う。


「お前、この状況を何とも思わないのか?」

「え?別に何も思わないけど」

「くくっ、おもしろいことになりそうだな」

「……?」


 投げかけられた質問に答えないまま口を閉ざすルディアスに、花音は不思議そうに首を傾げた。

 おもしろいこと。一体ルディアスは何を考えているのだろうか。


(ま、私には関係ないことだよね)


 考えるのが面倒になった花音は、ベッドの端に座り軽く体を伸ばす。

 そのとき、控えめなノックの音が部屋に響いた。どうしたものかと花音がルディアスに目をやると、彼は扉の方向を見ようともしないまま「入れ」と告げる。

 入室してきたのは、アリアと同じ格好をした侍女だった。


「おはようございます陛下。朝食の支度が――」


 突然、侍女が口を閉ざした。

 どうやら絶対にいるはずがない花音の姿を認めたらしく、やがて慌てたようにきょろきょろと視線をさまよわせ始める。花音は何故侍女がうろたえているのかがわからず、怪訝そうに声をかけた。


「あの……」

「し、失礼致しました!」


 声をかけた瞬間、侍女が顔を真っ赤にして部屋を飛び出していった。遠ざかっていく足音を聞きながら、花音はぽかんとした表情でルディアスを見る。彼はゆっくりと体を起こし、喉の奥で低く笑った。


「やはりな」

「は?」

「あの侍女。どうやら誤解しているようだぞ」

「誤解?誤解って――」


 何、と続ける前に、花音ははたと何かに思い当たる。

 朝、ルディアスの部屋、ベッド、自分とルディアスの格好。これらから導き出される答えに花音はさっと顔を青くさせた。


「ま、まさか……最悪の勘違いされた!?」

「どうだかな」

「さっきの反応見りゃ一目瞭然でしょうが!ああもう、あんたの言う通りになんかするんじゃなかった!」


 悔しげに文句を言いながら、花音はベッドを降りて足早に部屋の扉に向かう。ルディアスはその姿を目で追いつつ口を開いた。


「どこへ行く?」

「さっきの人追いかけるの!誤解を解かないと!」


 早口に答え、花音は慌しく部屋を飛び出した。扉が音をたてて閉まり、次いで大きな足音がルディアスの耳に飛び込んでくる。

 ルディアスは乱れた髪を無造作に掻き上げぽつりと呟いた。


「まったく騒がしい奴だな。寝ている間は静かだというのに」


 ルディアスは花音が去った方向を見ながら唇を弧の形にし、重大なことを口にした。


「正式にあいつの存在を発表していなかったが……まあいいだろう。手間が省けた」



 ――ルディアスの予想通り、この一件で花音は城中にその存在を知られることとなった。

 ちなみに、花音が必死に説明したおかげか、なんとか誤解は解くことができた。

 その代わり、侍女たちの間で密かに王のお気に入りと噂されるようになったが。

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