act.2
「うわあ……」
ルディアスの部屋に通された花音は、その豪華さと広さに圧倒されていた。
中でも目を引くのは、アンティーク調で揃えられた調度品の数々。一目見ただけで高価だとわかる代物ばかりだ。
大きな天蓋付きベッドは、数人が寝ても落ちることはないだろうし、きらきら光るシャンデリアは美しかった。
「随分と間抜けな顔をしているな」
ルディアスのからかうような台詞に、花音は自分がぽかんとした表情をしていたことにようやく気付き慌てて居住まいを正す。
ルディアスはそれを鼻で笑って、優雅な動作で椅子に座った。
(絶対今馬鹿にされたよね?)
なんとなく釈然としないが、そこは口に出さないでおく。
直後、ノックとともにキルスが部屋へ入ってきた。
「終わったのか?」
「は、こちらへはしばらく誰も近付けさせないようにしてあります。しかし、やはり城内では噂に」
「放っておけ。そのほうが好都合だ」
ルディアスはキルスから花音に視線をずらした。
「言っておくが、嘘をついたら即牢屋行きだぞ」
「失礼な、嘘なんかつきません!」
「はっ、どうだか――さあ、話せ」
ルディアスに促され、花音は緊張しながらこれまでのことを話し始める。
自分は日本の高校生で、光を見た気がして外に出たこと、雨の中傘を追い掛けていたら強風が吹いたこと、転びそうになり目を瞑ったらここにいたことなどをかいつまんで説明すると、ルディアスは腕組みをしてキルスに目配せした。
「お前はどう思う、キルス」
話を振られたキルスは、難しい顔でルディアスと花音を見比べる。
「……判断しかねます。ニホンやコウコウセイという言葉は聞いたことがありませんが、その光も気になりますし」
「伝承には“光に導かれし異界の乙女”とある。だが確固たる保証はないんだよな」
「……ねえ、日本とか高校生とか知らないって言ったけど、ここは本当に日本じゃないんだよね?」
確認の意味を込めて花音が二人の会話に割り込むと、ルディアスがそれに答える。
「先程も言っただろう、ここは俺の国だと。ニホンなんて国はここに存在しないんだよ」
「――っ!」
冷水を頭から浴びせかけられた気分とはこういうことなのだろうか。
もしやとは思っていたが、面と向かってそれを突き付けられるのは正直きつい。
――まさか、異世界に来てしまうなんて。
「花音、だったな。お前は異世界から来た以上、月女神の巫女の可能性があるが、証拠は何もない」
「……うん」
「だから、お前にはこのまま城にいてもらう」
「……は!?」
花音とキルスの声がまた重なった。思わずお互いに顔を見合わせるも、即座にキルスが目を逸らしたため、花音は内心むっとしながらルディアスに向き直る。
「ちょ、ちょっと待ってよ!私元の世界に帰りたいんだけど!」
「お前に巫女の可能性がある以上、帰すことはできないな。というより、世界を渡る術なんて俺は知らないぞ」
「そんな……!」
肩を落とす花音の横で、キルスが焦った様子でルディアスに進言する。
「確かに可能性はありますが、いささか早計すぎるのでは――」
「理由が必要か?俺がこいつを気に入ったからだ。……王の決定に異論はないな?」
流れるようなルディアスの台詞に花音とキルスは言葉を失った。
王としての権限の前に逆らえる者はいない。
「……あんたに気に入られたって嬉しくない」
花音が頭を抱えながらぽつりとそう零すと、ルディアスは喉の奥で笑い目を細めた。
キルスも観念したのかため息をついていたが、花音の呟きに眉を寄せる。
「小娘、先程から思っていたがお前陛下になんて口の聞き方を」
「なんであんたにそんなこと言われなくちゃいけないのよ。それに、私は小娘なんて名前じゃないし!」
花音がキルスに反発したところで、ルディアスが椅子から立ち上がった。
「二人ともその辺にしておけ。花音は面白いから特例だ」
「陛下……」
キルスは頭痛の種ができたとでもいうように額に手を当てる。
花音は話を変えるため疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「ねえ、さっきから出てる月女神の巫女って何のことなの?可能性があるとか言われてもさっぱりなんだけど」
「そういえば知らないとか言ってたな。なら、話してやるからよく聞けよ」
そこに座れ、とルディアスは花音に近い位置にある椅子を一瞥する。
花音はそれに腰掛けると、ルディアスの話に耳を傾けた。
ルディアスが治めるクロスレイドは、広大な土地と豊かな文化を持つ屈指の大国である。
また、月女神ロクティアが愛した地とされており、彼女への信仰は厚い。そのため、クロスレイドにはロクティアに纏わる伝承がいくつも残されている。
中でも、月女神の巫女の伝承は、知らない者はいないほど有名なものなのだそうだ。
「“光に導かれし異界の乙女、国に栄光と繁栄をもたらす。彼の者、漆黒の髪と瞳を持ち、異界の服を身に纏う。すなわち、月女神に愛されし巫女なり”――伝承の一説だ」
言葉を切り、ルディアスは腕を組んだ。
「俺は信心深いほうではないが、これだけは覚えている。幼い頃から童話として聞かされたせいもあるけどな」
「でも、私はそんな大層な力なんてないよ。髪の色とかだって、私の世界では普通のことなんだし」
日本人の多くは髪を染めていない限り黒であるし、制服もデザインは違えどどこにでもあるものだ。
「月女神ロクティアと同じなのですよ」
ふいに、キルスが口を開いた。
「私が?その女神様と?」
「ロクティアは黒き髪と瞳を持つ美しい女神だそうです。……色については、合致しています」
「……」
美しい、の件には敢えて触れないようだ。
自分の外見について褒められたいとは微塵も思っていないが、強調された最後の一言は余計ではないのだろうか。
「はいはい、どうせ私は美人じゃありませんよ。……って、ルディアスあんたも笑うな!」
花音はひそかに顔を背け肩を震わせていたルディアスをひと睨みした。ルディアスは笑いの波が収まると、ひとつ咳払いをして話を続ける。
「……とにかく、お前という存在が現れた以上、真偽の程を確かめる必要があるんだよ。お前が巫女ならば、我が国としては願ったり叶ったりだ」
「はあ……でも、違ったらどうするの?」
花音の質問にルディアスは何も答えない。花音は首を傾げたが、それ以上追及しなかった。
「とにかく、詳しいことは後だ。それまでお前は“候補者”として城にいてもらうからな」
「……はーい」
――こうして、花音は月女神の巫女“候補”として城に滞在することになったのだった。