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Fairy tale  作者: 水月華
15/15

act.15




 随分と、歩き続けていた気がする。

 時計すらないこの場所では時間の感覚なんて曖昧なもので、判断材料などたかが知れている。体感で判断するならば、せいぜい二十分といったところだろうか。

 その間、繋がれた手は依然そのままで、いくら花音がもう大丈夫だと言ってもルディアスは聞き入れようとしない。それどころか、花音が慌てる様子を楽しんでいるような節があり、気が済むまでは離してくれそうもないと、花音は半ば諦めの境地に達していた。


「――ん?」


 唐突に、キルスが足を止めた。

 それに習い、花音とルディアスも立ち止まる。


「キルス、どうしたの?」

「あれを」


 花音の問いに短く答え、キルスがランプを高く掲げた。

 何気なくキルスが示す方向をひょいと覗き込んだ花音だったが、すぐにあっと驚愕の声を上げることになる。

 ランプの明かりが照らし出した先は行き止まりで、重厚な扉が道を塞いでいる。

 精緻な細工が施された扉はかたく閉ざされており、取っ手のようなものは見当たらない。

 そして、その扉を挟むように、重厚な鎧に身を包んだ兵士の像が二体立っていた。それぞれの手には一振りの剣が握られており、扉の前で交差されている。

 まるで、この先にあるものを守っているかのように。


「これが、ウィゼス様の言ってた扉?」

「どうやらそうらしいな。まさか、これほどとは思わなかったが」

「うん、予想以上にすごいね……なんか、ちょっと怖いけど」


 キルスに答えながら、花音は兵士の像を見上げた。

 門番のような風体の像は、ランプの光を反射して鈍く輝いている。

 それが冷たく無機質な印象に拍車をかけており、作り物だとわかっていても少しだけ恐ろしかった。

 花音は、無意識に握る手に力をこめる。

 ルディアスはそのことに気付いていたが、花音をちらりと見ただけで何も言わなかった。


「……なるほど。ウィゼスの言った通り、一筋縄ではいかないようだ」


 するりと花音の手を離し、ルディアスはゆっくりと前に進み出た。


「陛下、何が仕掛けられているかもわかりません。迂闊に近付くのは危険です」

「少し調べるだけだ。近付かなくとも、これならば」


 言いながら、ルディアスは片手を前方に突き出した。

 一拍の間を置いて、ルディアスの手の平がぼんやりと輝き始める。

 魔法でも使うのだろうか――そう考えた花音だったが、当のルディアスはそれからすぐに苛立った様子で大きく腕を振り光を霧散させた。


「ちっ……」

「何かわかった?」


 花音がそう聞くと、ルディアスは忌々しそうに頭を掻いた。


「強い魔力は感じる――が、それだけだ。俺が放出した魔力を吸収するあたり、何か仕掛けられているのは間違いなさそうだが」

「うーん……ってことは、魔法で壊せないってこと?」

「だろうな。魔力の無駄にしかならん」

「……ですよねー」


 肩を落とし、花音はため息をついた。

 魔力を吸収する扉を魔法で突破することはできない。

 だが、ここまで頑丈そうな扉だと物理的にも壊すのは無理だろう。

 せっかくここまで来たというのに、開ける手立てがなければ何の意味も無いのだ。


(どうしたらいいんだろ……)


 剣に秀でているわけでもなく、魔法を使えるわけでもない。

 何かあっても、今の自分はルディアスとキルスに守ってもらうしかない非力な存在だ。


(それでも、方法を考えるくらいならできるはず)


 周囲をぐるりと見渡してみても、目に見える仕掛けは特に見当たらない。

 花音は意を決して扉に近付くことにした。


「小娘?」


 何をするつもりだ、とばかりにキルスの視線が花音を射抜く。

 花音はキルスに顔を向けないまま、目の前の兵士の像に手を伸ばした。


「ちょっと調べてみるの。突っ立ってるよりは何かしてたほうがマシでしょ?」

「待て、そんな簡単に――」


 キルスの静止も聞かず、花音は兵士の像にゆっくりと触れた。

 硬くひやりとした感触を確かめてから、鎧を軽く叩いてみる。金属特有の硬質な音がしただけで、何の変化もみられない。

 今度は、反対側の兵士の像に触れてみる。こちらも別段変わりなく、仕掛けらしいものもみつけられなかった。


「うーん……」

「……ウィゼス様の仮説では、この祠は月女神の巫女のためにあるのだろう?」


 唸る花音の横に、いつの間にかキルスが並び立っていた。

 手を離さずに顔だけそちらを見やると、キルスは難しい顔で兵士の像を眺めていた。


「仮説が正しければ、この扉は月女神の巫女に反応して開く。小娘、お前がもしも月女神の巫女なら……この扉はお前に反応して開くはずだ。その方法をこれから探せばいいのではないか?」

「で、でも方法っていったってどうしたら……兵士の像には何も無さそうだったよ?」

「花音、お前が触れたのは兵士の像だけだ。扉自体には触れていない。ならば、そちらを試してみればいい」


 後方からルディアスの声が飛んでくる。

 そういえば、意識を向けていたのは兵士の像だけで、扉自体には目もくれていなかった気がする。

 兵士の像にばかり気をとられていた自分を恥じつつ、花音は祈るような気持ちで扉に手を伸ばした。


「あ……?」


 手の平が、扉に触れた瞬間。何かあたたかいものが体の中に入り込んでくる気がした。


《――おかえりなさい》


 ふいに、頭の中に優しげな声が響く。

 その声にはっとした花音は声の出所を探るためにきょろきょろと視線を巡らせたが、自分の周囲にはルディアスとキルスしかいない。

 幻聴でも聞いたのだろうか、と首を捻っていると、突然肩をつかまれて後ろに引き戻される。驚いて振り向くと、そこには険しい表情で扉を睨めつけるキルスの姿があった。


「キルス……?」

「いいから黙って私の後ろにいろ。――空気が変わった」


 空気の微妙な変化など花音にわかるはずもないのだが、キルスが腰に下げた剣の柄に手をかけ警戒の色を強めていることや、ルディアスが表情を消していつでも抜剣できるような体勢をとっていることから、異常事態なのだということがわかった。

 花音はキルスの後方に下がりながら、ふと先程頭の中に響いた声について考える。

 気のせいかもしれない。それでも、何故か考えずにはいられなかった。

 しかし、いくら考えても答えは見つからず、かといっておかえりなさいと言われる理由も見当たらない。


(私にしか聞こえてなかった上に、おかえりなさいって言ってた。あれは、一体なんだったの?)


 思考の淵に沈みかけていた彼女の意識を引き戻したのは、どこからか響いてきた低い地鳴りだった。


「ひゃっ!え、な、何!?」


 花音が悲鳴のような声を上げたと同時に、二体の兵士の像が軋んだ音を立て始める。

 驚愕と若干の恐怖を織り交ぜたような表情で立ちつくす花音の前で、それらはやがてゆっくりと動き出した。

 鎧が擦れ合う音を立てながら、兵士の像は扉の前で交差させた剣を緩慢な動作で退かしていく。そしてそれを自身の正面に掲げ持つと、そのまま動かなくなった。

 彼らが完全に沈黙すると、今度は扉自体に変化が現れた。

 扉全体が一瞬燐光を放ったかと思うと、緑色の光が扉の中央に羽の生えた女性の絵を描いていく。

 それは、リース神殿で見たレリーフによく似ていた。

 緑色の光は絵が完成すると同時に消え、押し開けられるような形で扉が左右に開いていく。

 その場に響く重々しい音を耳に入れながら、花音は目の前の出来事を半ばぼんやりと見つめていた。

 何故かはわからないけれど、兵士の像が動いて、扉が開いて。

 もしかして、自分が扉に触れたからだろうか。しかし、何をしたわけでもない。ただ触れただけだ。

 それとも、自分は夢でも見ているのだろうか。


「……驚いたな。お前、何をしたんだ?」


 気付けば断続的に響いていた音は止んでおり、洞窟内には静寂が戻っていた。

 その静寂を破ったのは、ルディアスの感嘆を含んだ声。花音はうろたえたように後ろを振り向いた。


「何言ってるの、あんただって見てたでしょ?私は何もしてないって!」

「だが、こうして扉が開いたのは紛うことなき事実。――ウィゼスの仮説は正しいのかもしれんな」


 そして俺の見解も、とルディアスは心の中で付け加える。

 明らかな変化が訪れたのは、目の前の少女が扉に触れてからだ。もちろんルディアス自身は何もしていないし、キルスも花音の動きを眺めていただけ。必然的に、花音がこの状況を作り出したことになる。

 それを目の当たりにした今、ルディアスの予想も半ば確信を帯び始めていた。

 ――花音が月女神の巫女である、と。


「…………」


 一方の花音は、どこか浮かない表情で扉の向こうを見つめていた。

 月女神の巫女伝承に深く関わる祠。その奥に隠された秘密を知る者は誰一人としていない。

 祠の奥に進むことができれば、何かしらの変化が訪れるのではないかと考えていた。

 月女神の巫女かどうか、知ることができると。

 ――けれど。


(知りたいと思ったのは、私自身なのに。おかしいよね?……この先に進むのが怖い、なんて)


 土壇場に来て尻込みしてしまいそうになるのは、不思議な出来事を引き起こしたのが自分であると思いたくないからだろうか。

 変化を望んでおきながら、それを拒みたい衝動に駆られるのは、何故なのだろうか。


(不安、なのかな……)


 真実を知ることが。変わってしまうことが。

 普通の女子高生として過ごしてきた日々が、根底から覆されてしまいそうで、怖い。

 かといって、ここで引き返そうなどとは到底思えなかった。

 ここまで来た以上、自分が候補である以上、真実を知らなければならないのだ。


「……行こう」 


 自らを奮い立たせながら、花音はランプを持って歩き出す。

 

 ――道は、開かれた。

お気に入り件数200件突破ありがとうございます!すごく嬉しいです!

これからもよろしくお願いしますね!


今回は扉を開けるまでの話ですが、なかなか進みません。

甘い展開がないよ!祠云々が終わったら何かあるって信じてるよ!

……がんばります。


よろしければご感想などお聞かせください。


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