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Fairy tale  作者: 水月華
14/15

act.14



 ウィゼスに案内された先は、リース神殿の裏手にある森の入り口だった。

 森、といってもそれほど深くなく、まばらに生えた木々を寄せ集めてできたもの、というような印象を受ける。森の先に目を凝らすと、小高い丘と一本の川が木々の間から覗いていた。

 森の手前はなだらかな斜面になっており、短く刈り取られた芝生が一面を覆っている。

 花音達はそこを上りきり、森の手前で足を止めた。

 ここまで来る途中に聞かされた話によると、祠はこの森の中にあるが、森全体に施された結界によって道は閉ざされており、結界を解かない限り祠へは辿り着けない仕組みになっているのだそうだ。もし何も知らずにこの場所を訪れたとしても、ただ向こう側への通り道として認識されるだけで普通の森と何ら変わりはない。結界を解いたときにだけ、祠への道が現れるのだ。


 爽やかな風が吹き抜けていく。花音は風になびく髪を抑えながら心地良さそうに目を細めた。

 視界の端で、ウィゼスが手を前にかざし何事かを呟いている。否、唱えているといったほうが正しい。その証拠に、ウィゼスの呪文が終わった瞬間、何かが消失したような奇妙な感覚が花音を襲う。空気が変わった、とでもいうのだろうか。

 花音は何が起こったのか知りたくて、きょろきょろと周囲を見渡した。

 目の前の森に目立った変化はなく、祠らしきものも見当たらない。

 花音は不思議そうに首を傾げ、隣に立つキルスの服の裾を引っ張った。


「ねえ、祠見当たらないよ?」


 花音の疑問は、キルスにとっても疑問だったらしい。

 キルスはつかまれた服と花音とを見比べてから、仏頂面のまま口を開いた。


「私にわかるわけがないだろう。ウィゼス様のお言葉を待て。……それとお前、服が伸びるから早く手を離せ」

「えー、別にいいじゃない。減るもんじゃないし、ちょっと呼んだだけじゃん」

「良くないだろう!仮にも女なら少しは慎みを持て」

「ちょっと何よそれ!服がダメなら手のほうがいいってこと!?」

「誰もそんなことは言っていないだろう!だいたいお前は――」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた二人を見やり、ルディアスは腕組みをしながら何度か肩を揺らす。

 目の前で異世界の少女に説教をかましている自分の護衛は、能力は申し分ないものの真面目で融通が利かない性格だ。そのため、異世界の少女が目の前に現れたときにも、主である国王を守るために苦言を呈していた。

 あれから幾日か経過しているが、彼と少女の関係は口喧しい男とそれに反発する娘のまま。

 国王と“賢者”の前であることも忘れて口論する二人の姿はなかなか面白い。止めるのは容易いことだが、ただ面白いからという理由で、ルディアスは敢えてそうしなかった。

 ――胸の奥底でわずかに(うごめ)いた知らない感情を知ろうともせず。


「――もういいだろう、キルス。祠に入る前に日が暮れてしまうぞ」


 時間にして一分足らずのところで、ようやくルディアスがキルスを止めた。

 キルスは諌められたことにはっとして花音から距離をとり、ルディアスとウィゼスに頭を下げる。


「申し訳ございません。陛下とウィゼス様の御前でこのような醜態を」

「俺の所有物(モノ)に躾を施しただけだろう?問題はない」

「ちょっと、あんたは何を言い出すのよ!まったくどいつもこいつも……」


 花音が不貞腐れたようにぶつぶつと恨み言を呟いていると、頭の上にぽんと手が乗せられた。

 視線を上にずらすと、そこにはウィゼスの茶目っ気たっぷりな笑顔があった。


「ほっほ、おぬしも罪な娘じゃのう」

「……?あの、どういう」

「――さて、皆様方。ここからは真面目な話に移るとしましょうかの」


 花音の問いには答えず、ウィゼスはすっと手を退かして真剣な顔つきに戻る。

 何となく釈然としない気分になりながらも、花音は本来の目的を思い出し大人しくウィゼスの言葉を待った。


「祠への道は既に開いておる。しかし、残念ながらわしはここから先に行くことができませぬ」

「えっ、どうしてですか?」

「神官長ともなるとやらなければならないことが多くての。神殿を長くは空けられないのじゃよ」


 花音はなるほど、と合点がいったように頷いた。

 ウィゼスは本来ならば“祈り”に参加しなければならない立場のはずだ。

 それを曲げてまでも自分達に付き合ってくれているのだろう――そしてそれはルディアスとキルスにもいえること。目的は違えど、花音のために時間を割いてくれていることに変わりは無い。

 花音は今更ながら、自分が彼らに与える影響の大きさを実感した。


「扉まではこのまま先に進んでいただければ結構です。――扉の先に何が待ち受けているかはわかりませぬ。どうかお気をつけて」


 ウィゼスの忠告を背中に受けながら、三人は森の中に足を踏み入れた。



 森の中に入った瞬間、周囲が真っ暗になった。

 両隣にいたはずの二人の姿さえ見えなくなり、恐怖で足が竦んでしまう。


「や、やだ……二人ともどこにいるの!?」

「心配せずともここにいる」


 隣から落ち着いた声が聞こえたと思うと、声のした方向が仄かに明るくなった。

 急いでそちらを見やると、ルディアスがどこからか取り出したランプに魔法で火を灯していた。

 そのすぐ傍にはもう一人の同行者の姿もある。花音はほっと胸を撫で下ろした。


「よかったー、いきなり暗くなったから怖かったんだ」

「ふん、ランプを持ってきておいて正解だったな――それで、ここが例の祠とやらか?」


 言いながら、ルディアスが周囲を照らすようにランプを掲げた。

 ごつごつした岩肌が剥き出しになった、まさに洞窟といったような場所。でこぼこした道は暗闇の先に真っ直ぐ続いているようだったが、どれほど長いのかはわからない。


「――どうやら、間違いなさそうですね。陛下、ランプは私が」


 キルスがルディアスからランプを受け取り、先導するように歩き始めた。

 花音はその姿を視界の端にとらえつつもすぐに歩き出そうとはせず、後ろを確認するためくるりと振り返る。しかし、そこにあるのは闇ばかりで道は見えなかった。

 ちゃんと帰れるのだろうか、と体をぶるりと震わせる花音の頭に、ルディアスの手が伸びたかと思うと、そのままがっちりと掴まれる。


「あたたたた!ちょっと!痛い、痛いって!」

「呆けているお前が悪い。さっさと行くぞ」

「わ、わかったから!いたた、いいから離してよ!」


 花音は慌ててルディアスの手を離し、距離をとった。


「うう……私は何もしてないのに!」


 軽く痛む頭を擦りながら、花音はルディアスを睨み付けた。

 ルディアスは人の悪い笑みを浮かべながら、踵を返して歩き出す。

 それにむっとした花音は、イライラを隠そうともせず早足でルディアスを追い抜いていく。

 ――と、その瞬間、あろうことか花音は張り出た岩に足をとられてしまった。


「う、わ……!」


 まずいと思ったときには既に遅く、花音の体は急速に前のめりになっていく。

 ぶつかる――と反射的に目を瞑ったが、やってきたのは全身を襲うはずの痛みではなく、勢い良く腕を引かれる感覚だった。次いで、顔に柔らかな布の感触が伝わってくる。

 花音は恐る恐る目を開けた。


「あ……」


 目の前には、見覚えのある服。見上げれば、こちらを見下ろす青い瞳と視線がかち合う。

 片腕をとらえられたまま、花音はルディアスに抱きとめられた格好になっていた。

 咄嗟に手を伸ばして助けてくれたのだろう。


(距離、あいてたのに。さっきまで人のこと散々からかってたくせに、助けてくれたんだ)


 そんなことをぼんやり考えていると、いつまでも動こうとしない花音を不思議に思ったのか、ルディアスが声をかけてくる。

 

「――どうした?」


 その声にはっとし、花音は慌てた様子でルディアスから離れようと身をよじる。


「あ、うわ、ごめん!……って、離してくれなきゃ離れられないんですけど」


 片手は未だ解放されず、腰に手が回されているともなれば自力で離れるのは不可能。

 助けられたのは事実ではあるが、まるで抱き締められているような格好でい続けるのは恥ずかしい。

 しかし、ルディアスからの返答はない。花音は困ったようにルディアスを見上げた。


「ねー、ルディアス?」

「…………」


 話しかけるも、ルディアスは微動だにしない。

 もしかして、離してくれないのはお礼を言っていないからだろうか。


「あの、助けてくれてありがとう。でも、早く行かなきゃキルス先に行っちゃうよ?」


 だから離して、と少しだけ首を傾げてみせる。

 キルスは安全確認も兼ねて二人の先を歩いていたが、それほど離れた場所にいるわけではないため、一連の流れも当然知っているはずだ。それでも声をかけてこないのは、彼の中で取るに足らないことだからであろう。

 花音は上半身を軽く捻ってキルスがいるはずの場所に顔を向けた。やはり距離は開いてしまっているものの、ランプの光がぎりぎり届く位置にいるようだ。こちらに背を向け、周囲を注意深く観察している。

 自分達も、早く行かなければ。

 しかし、ルディアスは足を進める気はないようで、花音から視線を外そうとしない。

 じっと見られるのは、なんとも居心地が悪い。


「ねえ、ルディアスってば。早く行こうよ。ちょっと、聞いてるの?」


 急かすように、ぺちぺちと頬を軽く叩いてみる。

 すると、ルディアスは今気付いたかのようにあっさりと掴んでいた腕を解放した。

 それにほっとする暇もなく、ルディアスは離れようとしていた花音の体をもう一度引き寄せぎゅっと抱き締めた。


「え……?」


 何が起きたのか理解する前に、全身を包むぬくもりがゆっくりと離れていく。

 ぽかんとした表情で花音がルディアスを見上げると、彼は満足そうに笑っていた。


「本当に、お前は面白い。まったく飽きんな」

「は?飽きないって、どういう」


 意味がわからず聞き返そうとしたところで、ルディアスが花音の手をとった。

 その行動に花音はますます困惑し、恥ずかしさで頬を染めながら繋がれた手とルディアスを見比べる。


(え、何これルディアスがなんかおかしいんだけど!さっきから何なのこの人!てかスキンシップ過多じゃない!?私こういうこと慣れてないんだからやめてよもー!)


 何を言っていいかわからずあたふたしている花音に、ルディアスはまたにやりと笑う。


「目を離した隙に転ばれて怪我でもされたら面倒だからな」

「だ、だからって……!心配しなくても一人で歩けるんだけど!」

「くくっ、知らんな?行くぞ」


 ルディアスは尚も反論しようとする花音の手を半ば強引に引いて歩き出す。

 花音はそんなルディアスに何か言おうとしたが、キルスに追いつくことが先決だと思い直し、大人しくついていくことにした。


(うう、がっちり掴まれてるから振り解けないし。でもまた足止められても嫌だから……恥ずかしいけど我慢しよう。まったく、どういう風の吹き回しだよー)


 花音は、知らない。

 たとえどんな理由であれ、ルディアスがこんな風に女性と手を繋いで歩くことなどただ一度もなかったということを。

 合流したキルスが仰天してランプを取り落としそうな勢いでルディアスに問い詰めた際にその事実が発覚したのだが、花音はそのとき羞恥心と手汗の心配ばかりしていたため、事の重大さに気付くことはなかった。

皆様いつもありがとうございます!励みになっています!


今回はルディアスの変化、といったところでしょうか。ほんの少しだけ。

キルスはあんま変わってませんね。

ルディアスとキルスは少しずつデレさせているつもりですが、本格的なのはまだまだ。

いずれどっちのキャラも甘くしていきますよ!


よろしければ感想などお聞かせください。

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