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Fairy tale  作者: 水月華
11/15

act.11




 ウィゼスが用意した魔方陣は、城内のルディアスの部屋に繋がっていた。

 城に戻った途端、ルディアスは会議に、キルスは公務にとそれぞれの仕事に戻っていってしまう。

 特に何もすることがなく、手持ち無沙汰となった花音はとりあえず自室に戻ることにした。


「まあ、花音様!おかえりなさいませ!」


 自室に戻ると、雑巾片手に満面の笑みを浮かべるアリアが花音を出迎えた。


「ただいまー!あれ、もしかして掃除中だった?」


 花音が雑巾を指差しながら首を傾げると、アリアは恥ずかしそうに笑う。


「ええ、でももう片付けてお茶の支度をするところでしたの。お疲れでしょう?今お茶の用意を致しますので少々お待ちくださいませ」

「ありがとうアリア」


 てきぱきと掃除用具を片付けはじめるアリアの姿を眺めながら、花音はソファーに座りほっと息をつく。


「ふー……」


 緊張が解けたのか、座った瞬間どっと疲れが出てきた気がする。

 月女神の巫女である可能性が高いと言われたものの、何か特別なことをした覚えもなく、自分に変化があったわけでもない。いたって普通に過ごしてきただけである。

 何故、ルディアスとウィゼスは可能性が高いと判断したのだろうか。


(後でルディアスに聞いてみようかな)


 ルディアスは夜まで公務があると言っていたが、就寝前ならば彼も時間が空くだろう。

 頃合を見て、またアリアに連れて行ってもらおう。

 そう心に決めつつ、花音はアリアが掃除用具を持って退室していくのを見送りながら、ソファーの背に体を預けた。



「――こんな夜更けに何の用だ」


 花音がルディアスの部屋の扉を叩いたのは、外の世界が闇色一色に染まりきった頃。

 夜着に上着を羽織る格好で部屋を訪れた花音を、同じように夜着に身を包んだルディアスが呆れた表情で出迎えた。


「そんな薄着で男の部屋を訪れるなんてな。誘っているのか?」

「誘ってなんかないわよ!ちょっと聞きたいことがあってアリアに連れてきてもらったの。入れてくれる?」

「ふん、いいだろう」


 ルディアスは素っ気無く言い、身を翻して室内に戻っていく。

 花音は送ってくれたアリアに礼を言うと、ルディアスの後を追った。


「それで、何が聞きたいんだ?」


 花音が扉を閉めた瞬間、ベッドに腰掛けながら足を組むルディアスが声をかけてくる。

 花音はルディアスの傍まで進むと、言いにくそうに口を開いた。


「ほら、ウィゼス様のところで言ってたでしょ?私が月女神の巫女である可能性が高いって」

「ああ、それがどうした?」

「どうしてそう思ったの?」


 まったく心当たりがないんだけど、とルディアスの顔を覗き込むと、彼は花音を見上げつつ足を組み替えた。


「教えて欲しいか?」

「教えて欲しいからここに来たんじゃない。もったいぶらずに教えてよ」


 両手を腰に当てながらそう言うと、ルディアスは唇を弧の形にした。


「くくっ、いいだろう」

「――わっ!」


 ぐい、とルディアスに腕を引かれ、バランスを崩した花音は勢い良くベッドに倒れてしまう。

 ベッドに全身を預ける形になり、花音は慌てて上半身を起こした。


「何するのよ!びっくりするでしょ!」

「見上げてばかりでは首が疲れる。無理やり押さえつけられたくなかったらそこで聞いてろ」


 無理やり押さえつける、という言葉の響きから危険なものを感じて、花音は反論の台詞を封じ込め、おとなしくルディアスの隣に座り直した。態度が一変し黙り込んだ花音の姿を見、ルディアスはおかしそうに笑う。

 ルディアスは笑った姿も絵になるのだが、それを素直に口にするのは気が引ける。


(かっこいい、なんて言ったら絶対からかわれるし。美形なのに性格は俺様っぽいからなー)


 思えば、元の世界で男性と関わることなんてほとんどなかった気がする。

 高校生にもなれば、花音の周囲でも早々に彼氏や彼女をつくり青春を謳歌する者が多くなった。しかし、花音は今まで「好きな人」というものができたためしがない。

 いつか好きな人ができればいいな、と思いながら、周囲の話をドキドキしながら聞いているだけでよかった。それでも充分楽しかったのだ。

 元の世界に帰れない以上、普通の高校生としての生活は望めないけれど。

 ――もう、家族や友人には会えないかもしれないけれど。


(……お父さん、お母さん)


 ぽつりと、心の中で呟く。

 蓋をして、見ないふりをしていた感情が思い起こされそうになる。

 何気ない日常が、ひどく懐かしく思えた。

 

「……どうした?」


 さらりと横から髪をかきあげられ、花音は今まで物思いに耽っていたことに気づく。

 俯いたまま動かない花音を怪訝に思ったのだろう。花音はふるふると首を振った。


「なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」

「泣きそうな顔をしているな」

「!」


 くいと片手で顔を動かされ、ルディアスと目が合った。

 まっすぐに見つめる青い瞳の前では、心の奥に巣くう寂しさも見透かされてしまいそうで。

 花音は郷愁の思いを押し込め、ぎこちなく笑った。


「本当になんでもないって。ちょっとだけ元の世界のことを思い出しただけだからさ。ほら、そんなことより早く教えてよ」

「……馬鹿が」


 ルディアスはため息をつくと、自然な動作で花音の体を引き寄せ、そのまま抱き締めた。

 突然の抱擁に、花音は目を見開いたまま身を硬くさせるも、背中に回された腕は離れない。


「まったく……この俺にこんなことをさせるのはお前くらいだぞ?」


 言葉とは裏腹に、髪を梳く手つきは優しいもので。

 手慣れているのかな、と花音は頭の隅でぼんやりと思う。


「泣きたいなら泣け。特別に今だけ胸を貸してやる」


 泣くつもりなんてない。

 そう言えなかったのは、視界が徐々に滲んできているから。


「……優しいルディアスなんて初めてかも。明日は雨だね」

「阿呆が。いつも言っているだろう?お前を気に入っていると。俺以外の男の前で泣かれても困るんでな」

「ふふ、何それ」


 花音が震える声で笑ってみせると、ルディアスは囁くような声音で続けた。


「――無理をするな。泣きそうな(そんな)顔のお前を見ていると調子が狂う」


 声を落とし、呟くように囁かれたそれが花音の耳に入った瞬間、心の扉が決壊した。

 大切な人に会えないのが寂しい。苦しい。会いたい。帰りたい。

 さまざまな感情が涙となって溢れ、頬を伝う。

 感情の波に耐え切れず、自分を包み込む存在にしがみつけば、自然と抱き締める力も強くなった。

 それがまた涙を誘い、花音は時間を忘れて泣き続けた。



「……ごめん」


 響いていた嗚咽が止み、室内に満ちた静寂を打ち破ったのは搾り出すような花音の声。

 涙と共に気持ちが落ち着くと、次は思い切り泣いてしまったことへの羞恥心が襲ってくる。

 人前で泣いてしまった。

 しかも、異性であるルディアスに抱き締められながら。


(顔、上げられない……っ!)


 気恥ずかしさから顔を上げられずにいる花音の耳元で、ルディアスが笑う気配がした。


「随分としおらしいな。こうして身を委ねてくるお前も嫌いではないが」

「……!」


 からかわれているように感じた花音は、さっと頬を紅潮させルディアスから距離をとろうと身をよじる。しかし、ルディアスの腕が離れることを許さない。

 早々にこの体勢を何とかしたい花音としてはそれが不満で仕方なく、力をこめてルディアスの胸板を押し返そうとしたが、体と体の間にスペースを作るだけにとどまった。

 花音はルディアスを見上げ、文句のひとつでも言ってやろうかと口を開きかけるも、次のルディアスの言葉で閉口する。


「居場所が必要なら、俺が作ってやる」


 花音は瞠目し、息を呑んだ。

 ルディアスはそんな花音の様子にかまわず、不遜な笑みを浮かべる。


「お前一人くらいどうとでもなる。幸い、お前は異世界からの来訪者という稀有な存在であり、知る者も少ない。ならば、多少の情報操作くらい容易いことだ」

「情報操作って……なんでそこまでしてくれるの?だって、もし巫女じゃなければ私はこの世界にいる意味を失うんだよ?キルスの言う通り、ただの小娘になる。放り出したっていいじゃない」

「ならばお前は(ここ)から放り出されたいのか?当てもなく、後ろ盾もなく、知らない世界を彷徨いたいと?」


 それは、と言いかけて、花音は言葉に詰まる。

 追い出されたいわけじゃない。むしろ、ルディアスの提案は素直に嬉しく甘えてしまいたいくらいだ。

 だからこそ、不思議なのだ。どうしてルディアスがここまで自分のために心を砕いてくれるのか。


(……もう、日本のこと考えたせいだ。気持ちが弱ってるみたい)


 花音は目を伏せ、小さく息を吐く。

 ルディアスはふっと笑い、花音の髪に手を滑らせる。


「――理由を、聞きたいと言っていたな。俺とウィゼスが何故お前を本物だと考えるのか」

「……?」


 唐突な話題の変化についていけず、花音は内心疑問符を浮かべる。

 しかし、それは花音自身も気になっていたことなので、何も言わずにルディアスの言葉を待った。


「理由はみっつだ。ひとつめは、お前が異世界人であるということだ。我々は異世界を渡る(すべ)を持たない。どんな魔法を持ってしても、実現は不可能だろうな」

「そうなんだ……だからあのとき、ルディアスは帰り方がわからないって言ったのね」


 初めて会ったときのことを思い出しながら呟く花音に、ルディアスは頷いてみせる。


「ふたつめはウィゼスの前でも言ったことだから説明はいらんな。みっつめは……そうだな、俺の勘だ」

「か、勘!?」


 花音は素っ頓狂な声を上げると、ルディアスの顔を怪訝そうに見つめた。


(月女神の巫女って、伝承通りなら国家に影響を及ぼす存在よね?いや、なんの力も無い私が影響を及ぼすなんてことないんだけど!でもさ、仮にも国王がそんな勘なんて不確かなものを判断の材料にするなんて……)


 そんな花音の心の内を察したのか、ルディアスは喉の奥で低く笑う。


「くくくっ、らしくないとでも言いたげだな?」

「だ、だって」

「だが、それが俺の出した結論だ。ま、まだ断定できる証拠はないがな。……それにな、俺は言ったはずだぞ?」


 さらり、とルディアスの指が花音の髪を梳く。

 不快だとは微塵にも思わなかった。

 繰り返される動作は花音の心を落ち着かせてくれるようで、それを裏付けるかのようにゆるゆると眠気が襲ってくる。こんな状況で眠ってはいけないと、花音は重い目蓋をこじ開けようとするが、その行為もそう長くは続かなかった。睡魔には抗えない。

 それを知ってか知らずか、ルディアスは手の動きを止めないまま言葉を続ける。


「お前を手懐ける、と。お前をこのまま手放すにはあまりにも惜しい。俺にそう思わせたからには――容赦はしない。覚悟しろよ?」


 突き動かすのは一体どんな感情か。珍しい生き物を拾ったがゆえに生じた独占欲や征服欲とでもいうのだろうか。それとも別の何かなのだろうか――それはルディアス本人にもわからない。

 そして、ルディアスに身を預けたままの花音は既に深い眠りの世界へと旅立っており、彼の口から滑り落ちた台詞など知る由も無かった。

はい、ラブが書きたくてこうなりました。私は甘いのが大好きです(聞いてない)

一応逆ハーの予定なんですが、どうやら先は長そうです……キルスとリューレにもそろそろ出てきてもらわないと!

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