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Fairy tale  作者: 水月華
10/15

act.10




(えーっと……これは、どうしたものか)


 予想もしていなかった展開に、花音は何も言えないまま視線を彷徨わせることしかできなかった。

 緊張などどこかへ行ってしまった。それよりも、一体何故リース神殿最高位の神官が自分に頭を下げているのだろうか。自分はあくまで月女神の巫女候補であって、確定ではないのだ。それなのに何故彼は自分を巫女と呼んだのだろうか。疑問は次々に浮かんでくる。

 しかし、今最優先にすべきは疑問をぶつけることではない。


「――あ、あの、頭を上げてください!」


 戸惑いがちに声をかけると、老人――ウィゼスはゆっくりと顔を上げた。

 色で表すとすれば、ウィゼスの印象はまさしく“白”。ところどころに金色の紋様が描かれた白地のローブに、背中まで流れた白髪。顔のあちこちに刻まれた皺が生きてきた年月を物語っており、口元は白い髭に覆われている。森を思わせる深い緑色の瞳は、花音の姿をしっかりととらえていた。

 花音はその目を見つめ返し、困ったように微笑んだ。


「私はそんな風に頭を下げられるような人間じゃありません。そもそも私は異世界の人間ですし、髪と目が黒いだけで特別な力もないんです。だからどうか普通に接してください」

「ウィゼス、こいつはあくまで“候補”だ。第一、畏まるような相手でもない」


 ルディアスが花音の言葉に付け加えるように言うと、ウィゼスはふうと息を吐いた。


「陛下と巫女様――候補様がそう仰られるのならば。――して、候補様。あなたのお名前をお聞かせくださいますかな?」

「花音です。私はこの世界から見れば異世界の人間なんですけど、月女神の巫女候補ということでお城に滞在させてもらってます」

「ほっほ。花音、か――良い名前じゃの」


 先程の堅苦しい口調とは打って変わって好々爺然とした様子のウィゼスに、花音はほっと息をつく。

 自分より確実に長い年月を生きている人物に恭しくされるなど、居心地が悪いだけだ。

 花音の表情が幾分か和らいだことに気づいたのか、ウィゼスは目を細めながら口を開いた。


「ところで、おぬしはわしのことを知っておるのかの?」

「あ、はい、少しだけ。この神殿の神官長を勤めているってことと、私にこのペンダントをくれた方ってことだけですけど」


 そう言うと、花音は首にかけていた月のペンダントを取り出した。

 ウィゼスは月のペンダントを一瞥し、軽く頷いてからルディアスに視線を移す。


「ほっほ。早速女子(おなご)に贈り物をされるとは、陛下もなかなか隅に置けませんな?」

「“賢者”もついに耄碌したようだな。魔粒子(あんなもの)を手元に置いておくほうが危険だろうが。そして本来、あれはお前が手渡すべきものだろう?」

「本来ならばそうですのう。しかし、まずは陛下に見極めてもらわねばなるまいと考えた結果ですのでご容赦くだされ。して、いかがでしたかの?」

「ふん……一応は“合格”といったところだろう」


 言いながら、ルディアスは話の内容がわからず不思議そうな顔をしていた花音をちらりと見やる。つられるように、ウィゼスの視線も自然とそちらを向いた。

 意味深な会話の後の、二重の視線。

 花音はとりあえずぎこちない笑みを返したが、内心居心地の悪さでいっぱいだった。


(やめて二人して無言でこっち見ないでー!私内容さっぱりなんだから!)


「俺とじじいが何を話しているか、気になるか?」


 心を見透かすかのようなルディアスの台詞に、花音はどきりとする。


「そ、そりゃあ気になるわよ!賢者とか合格とか、何言ってるのか全然わかんないし。ねえ、キルス?」

「……陛下、申し訳ありません。恐れながら、私も“合格”の意味を図りかねております。一体どういうことなのでしょうか?」


 花音が後方に立っていたキルスに同意を求めると、キルスは会釈した後やや硬い表情でルディアスとウィゼスの言葉を待った。

 ルディアスは花音とキルスを交互に見比べると、ウィゼスに目配せをする。

 ウィゼスは了承したかのように一度だけ頷くと、咳払いをしてから話し始めた。


「のう花音、先程おぬしは月女神の巫女“候補”として城に滞在していると言ったじゃろう?」

「え、あ、はい。そうですけど」

「その“候補”という立場は、一体誰が決めた?」

「誰が……」


 花音は、この世界に来たときのことを思い出す。

 気づいたら目の前にルディアスとキルスが立っていて、月女神の巫女と言われたけれど、自分には見に覚えのないことで。

 伝承に基づいた外見をしているからと、月女神の巫女“候補”として城に入れられた。

 すべては、ルディアスが決めたこと。


「……決めたのは、ルディアスです。キルスは軽率だって反対していましたけど」

「ほっほ、そうじゃな。よからぬことを企む者がいないとは言い切れぬ。染料で髪を染め、魔法で姿を変え、巫女だと名乗り出て来た輩も確かに存在するからの」

「欲に塗れた紛い物なんてすぐにわかる。それを見破れないほど俺達は愚かではない」

「……ちょっと待ってルディアス、話がわかんなくなってきた」


 会話に割り込んできたルディアスにストップをかけ、花音は額に手をやり思案する。

 

(欲に塗れた紛い物……偽者ってことだよね。偽者が巫女に成り済まそうとしたこともあったけど、ルディアス達は騙されなかった。だけど、突然現れた私が候補として城に住むことを許したのはルディアスで……あれ、なんかおかしくない?)


 浮かび上がる疑問点。しかし、花音がその疑問の正体を考える前に、キルスが動いた。


「お、お待ちください陛下!もしや陛下は、最初からこの娘を――!」


 キルスの慌てたような叫びに、ルディアスはゆっくりと首を振る。


「違う。候補はあくまでも候補であって、確定ではない。お前もあの場にいただろう?」


 ここで言葉を切り、ルディアスは所在なさげに立ち尽くす花音を見据える。


「わからないからこそ、留めた。しかし、俺はこの数日で“可能性は高い”と判断した。だからウィゼスに引き会わせた」

「え、え、ちょっと待って?可能性が高いって、それどういう意味?」

「言葉通りの意味だが?お前が“月女神の巫女”である可能性が高いということだ。ウィゼスも同意見だからこそ、月のペンダントを渡したのだろう」


 ルディアスの言葉を受け戸惑いがちに視線を彷徨わせる花音に、ウィゼスは静かに頷いてみせる。

 そのままキルスに視線をずらせば、彼もまた発する言葉を探しているようで、口元を手で覆ったまま何も話さない。


(ど、どうしよう……なんか空気が重いよ!いや、私もびっくりしてるけどさ!)


 そんな風に花音が考えあぐねていると、空気を察したウィゼスがふうと息を吐き、静かに時を刻む壁掛け時計を見ながら穏やかな声音で話し始めた。


「……そろそろ“祈り”の時間も仕舞いじゃ。もうすぐ神官達が大広間から戻ってきてしまう。しかしまだ花音に何も話せておらんからのう……」

「到着が予定より遅れたからな。これから神殿の客室を用意させてもいいが、残るのはキルスと花音だけだ。俺は城に戻らねばならん」

「ふうむ、しかし陛下にも話を聞いていただかねばなりませんからの」


 ウィゼスは思案するように自身の髭を数回撫で付けた後、おもむろに右掌を下に向け、ゆっくりと横に動かした。

 手の動きに応じて、足元に大きな魔方陣が浮かび上がってくる。それは森で見たものとよく似ているが、目を凝らせば紋様がところどころ異なっていることに気づく。

 しかし、花音がそのわずかな変化に気づくことはなく、ただ驚愕の声を漏らすだけだった。


「うひゃっ!え、これって魔方陣!?」

「簡易的ではあるが、わしの部屋と城とを繋ぐゲートを作っておいた。三日は空間がもつじゃろう。明日の同時刻、お三方揃ってわしの部屋に来ることはできますかの?」

「ふん、面倒だがそうするしかあるまい?」

 

 話が進まないからな、とルディアスが腕組みをしながら答える。

 ウィゼスはルディアスの返答に頷くと、今度は花音に向き直った。


「花音、おぬしが月女神の巫女かそうでないかはわしにもまだわからん。明日詳しい話をするが、その前に月のペンダントの意味だけは教えておこう。それはの、わしがおぬしの存在を認めた証。月女神の巫女候補であると、リース神殿が認めた証なのじゃ」

「そ、そんなものを私にくださったんですか!?可能性が高いってだけで、巫女でもなんでもないのに……!」


 月のペンダントにそんな意味がこめられていたなんて。

 困惑する花音に、ウィゼスはにっこりと微笑んだ。


「おぬしは異世界の人間じゃ。今は陛下が守ってくださっているが、この世界では後ろ盾も何もないに等しい。身分証明として受け取っておいておくれ」


 返品されてはわしも悲しいしのう、とおどけてみせるウィゼスに、花音はなおも言い募ろうとするのを止め、笑みを向ける。

 自分のためを思ってくれたものなのだから。

 これ以上は無粋というものである。


「ありがとうございます――ウィゼス様」


 感謝の言葉を口にする花音に、ウィゼスはまたにっこりと微笑んだ。

遅くなってしまいました…今回は甘さの欠片もないので、次はちょっと甘めにしようと思います。甘い話が書きたいんだ!

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