097.ぎゅー
私に向かって突き出された切っ先は、がつんと音がして止まった。……小手を付けた手が、その切っ先を止めたから、みたい。
「俺の城で、何をしている」
ふしゃー、と鼻息も荒く、クロさんが仁王立ちしてる、らしい。いや、マントで見えなくて。
つか、マント翻った向こうに見えるその姿は鎧のまんまじゃないの。何してるんだこの猫……いや、助かったけど。
というかそもそも、なぜここにこのひとがいるのか。あんた、出撃してたはずじゃないの。
「な、ななな」
「俺が城にいない好機、とでも思ったか」
マントの向こうでふしゃー、とまた唸ってるし。そうしてそのままクロさんは、切っ先ごと握った拳でどかーんとグレーの影をぶん殴った。そうして、いつの間にか増えてたグレー数名をずしんずしんと踏みしめていく。……猫の戦い方じゃないだろ、それ。
そうして反撃してきたグレーにがぶりと噛み付いて、ひとこと。
「不味いにゃー」
「ドーコさんと同じこと言うんじゃないの」
『うっ』
今のうっ、はクロさんとドーコさんがハモったもの。だって、その影って食べるためのものじゃないし。
とはいえ、みんなおくたばり遊ばしたようなので縛り上げつつクロさんに話を聞いてみよう。
「というかクロさん、いつの間に帰ってきたの?」
「お昼に、城に魔法の直撃食らったって聞いてな。大急ぎで、ワイたろーを飛ばしてきた」
えっへん、とひげをひくひくさせながらクロさんはドヤ顔で教えてくれた。てか、その情報が届いたのも早いな、おい。多分、誰かの伝書蛇が大急ぎで飛んでくれたんだと思うけど。
さて、クロさんが大急ぎで帰ってきて、出撃してる部隊はどうしたんだろうか……まあ、答えは一択だよね。
「リューミさんは……現地に置いてきたパターンか」
「何でわかった」
「お二人ともが慌ててお帰りになったら、それこそ何か大事があったのかと下々の者がパニック起こしますよ」
「うにゃー」
ああ、ロンカ姫も同じ結論出してくれてたみたい。ニコニコ笑いながら、彼女ですら影一人縛り上げてるし。ところで影たち、縛ったところから逃げたりしないよね?
「我ら影種族の使っている縄ですので、こやつらとて逃げられはしません。ご安心を」
黒い影さんのひとりが教えてくれた。なるほど、このひとたちにはこのひとたち専用の道具もあるんだ。てことは、さっきの尖ったあれもそのひとつなんだろうなあ。
で、だいたい縛り終わったところでクロさんがくるりとこちらを向いた。兜をいそいそと外すと、その重さでぺしゃんとなった毛はともかく何かしょぼんとした感じの猫顔が出てくる。
「アキラ、無事だったか?」
「ご覧の通り。何しろカレンさんの修行のおかげか、相手の動きが遅く見えてねえ」
「そうかあ」
ほれ、と両手を広げてなんともないことを確認させる。いや、カレンさんの修行ってほんと、伊達じゃなかったわ。
なんて気を抜いた一瞬に、がしっと抱きしめられた。ってちょっとちょっと、鎧は硬いっての!
「ちょ、こらおい」
「よかったにゃー! 怪我してたら困ったにゃー!」
「落ち着いてクロさんめっちゃ猫語になってるから!」
すりすりすりすり、たいへん激しく頬ずりされる。何かうにゃーの中にごろごろごろ、と喉を鳴らす音が混じってる気がするけど気のせいか。気のせいでないならどこまで猫なんだ、この魔王。
「まあまあ。魔王陛下は、とても可愛らしい一面もございましたのね」
「にゃっ」
あ、ロンカ姫の楽しそうな言葉で何とか正気を取り戻した。というか可愛らしい一面、か。まあ、サイズを無視して考えれば小娘になつく猫の図だしなあ……そのサイズが問題なんだってば。
「そ、そんなことはないぞ?」
「いや、カッコつけてももう皆見てますから」
クロさん、カッコつけ直したのはいいけどいい加減放してくれ。毛皮ふわふわの腹に抱きしめられてるならいいんだが、今のクロさんは鎧姿なんで正直硬くて痛くてしょうがない。
それに、だな。
「存分に拝見させていただきましたよ? こ・く・お・う・へ・い・か」
「あああああ」
ここには私やロンカ姫だけじゃなくて、ドーコさんもいるんだからねー。いや、ハナコさんがいなくてよかったけど。彼女だと絶対、後々まで話のネタにされるだろうから。
「い、いいか! ここでのことは秘密だぞ!」
「私は黙っていますけれど、大声で叫んでる時点で無理があります」
あーあ、きっぱり言われちゃったし。いや、たしかに扉開きっぱなしで外から使用人さんとか覗いてるんだよね。そろそろ警備の人とかがやってきて、縛られたグレー軍団運び出してる所だけど。
「あとクロ様、灰色の影、踏んでおられますけれど……」
「アキラの敵で邪魔だから踏んでるんだ」
ロンカ姫の指摘にえ、と足元を見たら本当にクロさん、グレーひとり踏みにじっていた。そろそろ放してやらないとそれ、死にませんかね。




