092.副官は呆れる、愚か者に
カレン殿がシロガネ国、そしてモイチノ王国に文を届け、返事を携えて戻ってくるまでは僅かに五日しかかからなかった。彼女の伝書蛇の素早さには、舌を巻くばかりだ。
シロガネ国よりの返答は「第二王妃及びその配下の国外追放」という厳しいものだった。彼女の子である王子や王女については城内に軟禁し、しばらく様子を見るものとある。まあ、順当なところであろうか。
さて、もう一方からは。
「モイチノ王国よりは正式な抗議、及び宣戦布告の文が届きました」
「何だ、切れるの早かったな」
魔王様の感想に、私も同意する。モイチノから届けられた文は紙こそ正式の書状に使われるものだが綴られた文字は荒く、そうして文章はないことないこと書き連ねた上で我が国に戦を仕掛けるという文で閉じられていた。なんとまあ、乱雑な布告か。
そうして、その文を持ち帰った当人はからからと明るく笑ってみせた。モイチノ王国が品のない文章を叩きつけてきた理由を、教えてくれる。
「先にシロガネに向かいまして、第二王妃殿下の悪行を洗いざらいぶちまけた上でモイチノとの関係を叩き切らせて来ましたもの」
「さすがに、カレンの影響力は違うなあ」
「権力と影響力は、こういうときのために使うものだと思っておりますから」
「なるほど。さすがはカサイ一族の当主ですな」
シロガネ国から第二王妃を叩き出したのは、ある意味カレン殿の活躍によるものだったということらしい。どういったやり方だったのかは知る由もないし、正直知りたくもないが。
「第二王妃は権威失墜、泣きながら追放されるままモイチノの領内に入られたとか」
「何だ。国外追放など無効ですとか何とか言って、シロガネにガッツリ居座ると思ったんだが」
「カレン殿がおられるのに、それは無理かと思われますが」
確かに、カレン殿が国内におられない状況で国王から追放を申し渡されたところで、かの第二王妃であれば城の一角を占領し居座る可能性もあっただろう。
カサイ・カレンが、いない状況であれば。
「まあ、城から放り出した後入れないように結界張っときましたし。城に入れない以上、あの女にはシロガネにいる理由がなくなったようで」
カサイ一族の当主、現在この世界における最高の魔法使いたるカレン殿は、そう何でもないことのように言ってみせた。
シロガネ国の王城はその城下町も含めてかなり大規模であり、彼女はおそらく城下町ごと結界に取り込んだのであろう。第二王妃を、再び城の中に入れないために。彼女周り以外は、普段どおり出入りができるのだろうな。
そうして第二王妃も、さっさと逃げ出したところだけは賢明だったと思われる。己の同盟国であろうモイチノに逃げ込んで、そこから我がラーナンに宣戦を告げたのはモイチノ王か、シロガネ第二王妃か、さて。
「はーん。あくまで王族の立場と国王の寵愛にしがみつきたかった、ってところか」
「そうですわね。今度は彼女、モイチノの王に同じことを要求するのではないかしら?」
権勢欲の塊、といったところか。さてさて、どこまで続くか見もの……というわけにも行かないな。
彼らはこちらに狙いを定め、切っ先と魔法を向けてくるのだ。こちらも、受けて立たねばならん。
「で、シロガネからモイチノに移動した部隊もいるな?」
「陸軍の一部、百人程度ですわね」
私がそのようなことを考えているうちに、魔王様とカレン殿はまた別の情報を交わしておられる。……シロガネ軍から、第二王妃に従ってモイチノに入った者どももいるということか。
モイチノ軍には特に思うところはないのだが、シロガネの部隊には……ちょっとな。上司命令により仕方なく移動した者もいるだろう、と考えたのは私だけではないようだ。
「……カレン。人死にをできるだけ少なめにできるか」
「やってみますわ」
魔王様の要請を、カレン殿は二つ返事で受け入れた。すべてを救うことは無理でも、被害を減らして逃げたいものを逃がす手はずでも考えているのだろうか。
そうして魔王様は、私にはこれから戦をする国の王として至極当然の指示をくださった。
「リューミ。国境に派遣している部隊は警戒を中心に、戦闘部隊を増派する。カレンや警備部隊の情報をもとに、任せるぞ」
「分かりました」
軍の配備は、私に任された。魔王様は戦のことだけでなく国内の問題をも処理せねばならず、故に配下に渡せる問題は全て渡す。一言もおっしゃってはおられないが、すべての責任はご自身が取られるおつもりだ。そのようなことにならないために、私は私なりに全力を尽くさなければならない。
「ではこれより、情報収集と先行部隊の編成に入ります。カレン殿、ご助力を頂いても」
「もちろん。では、失礼しますわね」
「ああ、ありがとう」
急ぎ、御前を辞去する。後を追って来るカレン殿と共に、我がラーナン魔王国を守るための策を練らねばならない。
……そのためには、勇者トモドー・アキラ殿のお力を借りることがあるかもしれないな。なければ、良いのだが。




