008.副官は考える、勇者の処遇を
「魔王様」
「なんだ? リューミ」
やっとのことで勇者殿の部屋から引きずり出してきた魔王様に書類のサインをお願いしながら、私は考えていたことを口にした。
「そろそろ、勇者殿にも何らかの仕事をさせたほうがよろしいかと思いますが」
「えー」
えー、ではない。いくら他に人目のない……タカダくんはいるので蛇の目はあるがそれはそれとして、魔王様の執務室とはいえそのような返答をされるとその、魔王という存在の威厳に関わる。
もう一つ関わるのが、その魔王様が勇者を拾って持って帰って大事に貴賓室で滞在させているというその一点だ。いつまでも遊ばせておいて良いものか、そもそも人間の勇者という点で彼女に否定的な配下がいないわけではないのだ。そこら辺、魔王様もおわかりいただいていると思うのだがな。
「かわいいかわいいごろごろぐりぐりするために拾ってきたわけではないでしょう? せめてシロガネ国に伝えた、彼女の身柄を守るためという表向きの理由で理論武装してください。そのためにも、なにがしかの仕事を与えることで居場所を作らねば」
「や、やっと歩けるようになっただけなのだぞ?」
「歩けずとも、書類の処理などはできますよね」
ええい、しっぽをばったんばったん揺らすな。そのうちむんずと掴んで引っ張って差し上げようか、そうしたら少しはおとなしくなっていただけるだろう。うん。
「……そう言えば、勇者アキラはこちらの文字が読めると言っていたな」
書類の単語から連想されたのか、魔王様がそうポツリとおっしゃった。彼女は別の世界からこの世界に連れてこられたわけで、元の世界とは異なる言語を使っていただろうことは簡単に想像できる。
今我ら魔族が使っているのは人間とも会話するための共通語だが、元々は魔族の言葉……それも種族ごとに異なる言語を使っていたと聞く。同じ世界の中ですらそうなのだから、異なる世界であれば当然言語も違うはず。
言われてみれば勇者殿と我らは、ごく当たり前のように会話ができているな。文字も読めるのであれば……なるほど。
「おそらく、モイチノ王国が彼女への命令を円滑に通すためでしょうね。言葉が理解できるのも、同じ理由からかと」
「あー。言葉わからなきゃ、そもそも命令できないもんなあ」
魔王様のお言葉通りであろう。それに、私の推測にはそれなりに理由がある。遠い過去の記録が。
「かつて、黒の神の信者が生贄を召喚した際も、少なくとも会話は通じるようになっていたという記録がありますね」
「何でそんな面倒なことするんだろうなあ……ま、この世界で生贄に出せるようなやつを手に入れられなくなったから、だろうが」
「御意」
わざわざ別の世界から人間を運び込み、生贄として黒の神に捧げる。そんな面倒事が、過去には行われていた。もっともその中からシロガネ国の建国王やその伴侶が出現してきたのだから、悪いことばかりではなかったのかも知れない。
「そのへんは、何か問題があるんならイコンの連中から詳しく聞いといてくれ。俺は難しい説明は分からんからな」
「専門的な話が私の担当であるのは、皆存じておりますよ」
「うー」
かつて愚かな所業をしでかした黒の神の信者、彼らはいわゆる過激派であったとも聞く。信者の中には穏健派もおり、その流れを汲むのがイコンと呼ばれる集団だ。古き歴史や魔法の知識に長ける彼らを、魔王様は保護下に置きこういったときに重用している。
そうだな、別の世界の人物について彼らに聞くのも悪くはなかろう。
……と、そう言う話ではなかったな。
「で、勇者殿の話に戻るのですが」
「仕事なあ。たしかに、何かさせてやったほうがいいんだろうが」
やはり魔王様も、勇者殿の今の立場については考えるところがあるのであろう。ただ、どういった地位につけるかで悩んで……ああいや、そのあたりは何も考えてなさそうだな。
「少なくとも、戦には向いてないぞ。勇者アキラは」
「そうですね」
ああ、そう言うところは見ていたのだな。確かにあの華奢な身体は、戦に出すには全く心もとない。
「どう見ても細身で筋肉もあまりないようですし……呪いの鎧を着用させて、無理やり運用されていたのでしょう」
「……モイチノ潰していいか?」
「もう少し、潰すべき証拠が欲しいですね。勇者殿周りの証人になりそうなのは全部、魔王様がふっとばしましたし」
いや、正直私もあの国にはいい加減辟易しているのだ。こちらは侵略の意図などこれっぽっちもない、というかどうしてそうせねばならんのか全く理解できんのだが。
表向きはモイチノ王国も、国境近辺の警戒だなんだと言っての出兵なのであまり文句も言えないのだが、さすがに勇者殿に関してはなあ。
まあ、勇者殿と共にやってきた兵士共は既に哀れなことになっているはずだが。
「今から拾いに行っても、もう無理かなあ」
「生きてたとしても、とうに凍ってそうですね」
「か弱い小娘を、無理やり勇者などに仕立てた罰だ」
「それは同感です」
やれやれ。しばらく、彼女の仕事は決まりそうにないかもな。
それか、私が良い仕事を見繕っておくべきか……その方が良いか。できれば、魔王様に心配をかけないようなものを。