005.魔王は王様なので仕事があるのだ
「さて、クロ様はそろそろ退室をお願いしたいのですが」
ぽん、と手を打ってドーコさんがそんなことを言ってきた。……うんまあ、王様がいつまでも人の面倒見てるわけにはいかないよねえ。それに一応私、この猫魔王をやっつけるために派遣されてきた勇者だし。そんなことしないけど。
「え、何でだ。こいつは俺が拾ったんだぞ」
「それは分かっておりますが」
クロさんのほうも、何だその理由は。拾った子猫から離れたくない心理か。自分が猫のくせにね、この魔王様。
呆れ顔のドーコさんの横から、ベルミさんがにっこり笑って口を挟んでくる。さすがに笑顔は犬でも猫でも分かるわ……爬虫類とかだと、分かるんだろうか? はて。
「さっき、リューミ様が探してるの見ましたよー。書類が溜まってる、会議もあるのにとか言ってましたー」
「げっ」
私の知らない名前を出されたところで、クロさんの毛がぶわっと逆立った。あれかな、人間で言うなら顔色が変わったってやつ。
「りゅーみさま?」
「クロ様の補佐役の方です。何しろクロ様は普段がこうですので」
「ああ」
なるほど、魔王の補佐役か。クロさんが普段からこういう性格なんなら、そのリューミ様……リューミさんか、いつも苦労してるんだろうなあ。簡単に想像できちゃうよ。
「王様だもんねえ。国のためにがんばったほうがいいんじゃないの? どうせ私、しばらくは動けないと思うし」
「う、うぐ」
魔王っていうのは王様なんだから、それなりにちゃんとお仕事があるんだろう。だから、その背中を押す意味で一応言ってあげたんだけど……なぜ口ごもる。あとそのもふもふの手を口元に持っていくのはやめろ。魔王のくせに可愛いんだから。
「魔王様ー! 魔王様はこちらか!」
あ、扉の向こうからやたらとでかい声が響いてきた。これか、リューミさんというのは。
うわやっべえ、という顔をして私のベッドの向こうに隠れようとしたクロさんを、「駄目ですよー」とベルミさんががっしり捕まえた。その間にドーコさんが扉を開けに行って、外に向かってぶっちゃける。
「こちらですよ、リューミ様」
「やっぱりか! すまん、ドーコ」
「いえいえ。ちょうど、そろそろお戻りいただこうと思っておりましたので」
「うにゃー! ドーコ、何で開けるかー!」
おい猫魔王様、墓穴掘ってますよ……こっちでも墓穴って掘るんだろうか、とかしょうもないことを考えつつ、ドーコさんの開けた扉の向こうから入ってくるひとに意識が向かう。
ひどく長身の、野菜みたいな緑色の長い髪を後ろでまとめた……これは男か女か分かんないな、そこそこ美形の人。ていうか魔法使いみたいなズルズルの服着てて、ボディラインも分からないんだもんなあ。
目付きが鋭くて、両耳の上くらいから鹿みたいな角が生えている。リューてもしかしてドラゴンかな、まあ猫が魔王やってる世界だしいいか。
「魔王様、今すぐお戻りくださいませ。お仕事が山積みです」
「い、今戻ろうと思ってたところだ!」
「だったらなんでベッドの影に隠れようとしているんですか!」
「ぎゃー!」
……テンション高いなーこの主従。すたすたとベッドを回り込むリューミさん、服の裾から太いトカゲっぽいしっぽが出てる。やっぱりドラゴンか、このひと。髪の色としっぽの色が似てるから、ドラゴンになったら全身緑色とかかな。
「はい、行きますよ魔王様」
「行く! 自分で歩いていくからはーなーせー!」
「駄目です。すぐ寄り道しますから」
哀れ、魔王様は補佐官に首根っこひっつかまれて引きずられていく。その途中、リューミさんは私にちらりと目を向けた。
「……勇者殿。魔王様がお優しいことをありがたく思えよ」
「はい、それはもう!」
「っ」
いやほんと、クロさんが優しいから私は拾ってもらえたんだろうし。だからそう答えたら、リューミさんは反応に困ったらしい。そのままぷいと視線をそらして、クロさんを引きずって出て行っちゃった。
「勇者アキラよ、俺はすぐ戻るからなー!」
「すぐに戻れるような書類の量ではございません!」
「なにー!」
喚く声がどんどん遠ざかっていく。ドーコさんが扉を閉めたので、もっと遠くなってもう聞こえなくなった。あはは、魔王様お仕事頑張れー。
やれやれ、と肩をそびやかせて戻ってきたドーコさんと、それをのんびり眺めてたベルミさん。何というか、メイドさんってもうちょっと雇い主に腰低くないかな、と思って聞いてみた。
「ドーコさんって、クロさんに結構はっきりものを言うんだね。ベルミさんも遠慮がないみたいだし」
「乳兄弟ですからねー。クロ様には許してもらってるんですよー」
「ちきょうだい?」
「わたくしどもの母が、クロ様が幼い頃に乳を差し上げておりました。わたくしやベルミとクロ様は、子供の頃はきょうだいのように育てられたのですよ」
「あー、そうなんだ」
犬が猫におっぱいあげたんだ。元の世界で見てたネットで、お母さんなくした子猫にお母さん犬がおっぱいあげて育てた、なんて記事見たことがあるなあ。
でも、よく分かんないけどそういうもんでもなさそうだよね。王様とか偉い人の子供は、ベビーシッターとかがつくからつまりそう言うことなんだろう。それが、ドーコさんやベルミさんのお母さんというわけかあ。
きょうだいみたいに育ったからドーコさんたちはちゃんと物言うし、クロさんも受け入れるってことなのかな。いい感じかもしれないな、このもふもふ魔王の国。