004.美味しいご飯は最強
それからしばらくして。
「失礼しますー。お食事をお持ちしましたー」
「うにゃっ!」
ノックの音にびっくりしたのか、クロさんが慌ててベッドからずさっと後ずさりした。というか、後ろに軽く飛んだ気がする。ああ、猫って驚くとあんな感じに動くことあるもんなあ……やっぱり猫じゃないか、クロさん。
「は、入っていいぞ」
「はーい。それじゃ失礼しますー」
あわあわと取り繕うクロさんを、ドーコさんはジト目で見てるだけだ。まあうん、気持ちはわかる。
で、扉が開いて食事……というか、お鍋とマグカップがワゴンに乗って運ばれてきた。持ってきてくれたのは、ドーコさんによく似た、赤っぽい毛並みのドーベルマンメイドさん。
「妹のベルミでございます。どうぞよしなに」
「ベルミですー。お姉ちゃんと一緒に、勇者様のお世話をさせていただきますですー!」
「あ、うん。ありがとう、よろしくね」
ああ、姉妹なのか、そりゃ似てるわ。というかドーベルマンなんて私、基本的に見分けつかないけどね……毛色が違うんで、この二人はどうにかなりそう。青っぽくてキリッとしてるのがドーコさんで、赤っぽくてどことなく甘えん坊っぽいのがベルミさん、と。
「はい、どーぞー。人間さんが食べられるお野菜とお肉使ってますから、大丈夫ですよー」
「うん。いただきます」
「ちょっと待ったあ!」
ベルミさんがお鍋からマグカップに移してくれたスープをもらおうとしたところで、なぜかクロさんがストップを掛けた。何でだよこの特大黒猫魔王様。
「まだ……えーと、アキラは意識が戻ったばかりなので、スープを飲むにしても少しずつにせねばならん!」
「はいはいクロ様、はいあーんをやりたいんでしょうあーんを」
「先に言うな!」
ため息を付きながらドーコさんが言ったセリフ、クロさんてば否定しないんだ。ってか、はいあーんってスープでか? ……ああ、スプーンあるな。これでやりたいのかこの猫魔王様は。
「申し訳ありません、アキラ様。一度やれば気が済むと思いますので……」
「えー……一度だけだよ?」
「やった!」
「……いつものことなんですけどー、クロ様めっちゃ嬉しそうですー」
一度やれば気が済む、んならまあしょうがないか。そう思ってドーコさんの申し出を受け入れたら、クロさんは目をキラキラさせている。ベルミさんは顔をひきつらせてるし……というか、これはいつものことなの? いつもって何だいつもって。
そんなことを考えているうちに、クロさんはマグカップのスープをスプーンですくった。ふうふうと息を吹きかけてから私の前に差し出して、何というか偉そうに命じる。もしかしてクロさん、猫舌だな? 猫だけに。
「と、というわけで勇者アキラよ! あーんをするのだ!」
「偉そうに言っても、さっきの額ぐりぐりは忘れませんからね?」
なんてーか、子供が偉そうにしてる感じでとっても微笑ましい。だから私は、素直にあーんと口を大きく開けて差し上げた。
そっと流し込まれるスープを口に含んで味わって、こくんと飲み下す。サラサラした液体はほんのりと野菜や肉のかけらを伴って、喉からお腹の中に落ちた。あ、口の中にお肉がある。噛み締めてから飲み込もう。
「ん、おいしい」
「それはようございました」
「よかったですー」
素直に、というか何も考えずに口から出た感想に、犬メイドさん姉妹が揃って耳をぴんと立てた。あと、パタパタという音も聞こえるので二人してしっぽ振ってるな、これ。見せてほしいなあ、しっぽパタパタしてるドーベルマンメイドさんの後ろ姿。
「そうか、美味しいか! やはり我が城のシェフは最高だな!」
「クロ様、お褒めの言葉は本人たちに直接お伝えしたほうがよろしいかと」
「うむ、後で行ってくる!」
ドーコさんに言われて喜ぶクロさんも、マントがばさばさ言っている。やっぱりその下、猫のしっぽがあるな? ああもう、見せろってば握りたい。このサイズなら、クロさんのしっぽはさぞ長くてかっこいいだろうし。いや、鍵しっぽでも短いのでも可愛いとは思うけど。
薄味なんだけど、野菜や肉のだしがしっかり出ていて美味しいスープ。それが入ったマグカップを、そっと持たせてもらった。一気に飲み干すにはちょっと熱いからゆっくり、少しずつ飲むことにしよう。
「ゆっくり飲んでいいんだよね?」
「そうですね。少なくとも三日間は眠っておられたのですから、あまり臓腑に負担を与えるわけには参りません。急に詰め込もうとなさらず、無理のない範囲で」
「はーい」
ドーコさんにもそう言われたしね。自分で飲めなかったら……ドーコさんかベルミさんかにあーんしてもらうことになるのか。……ま、いいか今更。
「このお鍋は保温の魔法が掛かってますから、夜ご飯くらいまでなら温かいですよー。ゆっくり飲んでもだいじょぶですー」
「そうなんだ」
ベルミさんが、楽しそうにお鍋のことを教えてくれた。いいなあ魔法のある世界、めっちゃ便利じゃね?