043.副官は記す、敵の動きを
「……す、すべて……わたしのしってることは、すべて、話したぞ……」
「それは何よりだ。ご協力、感謝する」
尋問室は、あまり明るくないしそう広くもない部屋だ。窓もなく、椅子と机がある程度で。
その中で、今椅子に座っている魔王城のメイドに扮したスパイは机の上に突っ伏し、呻いた。やっとのことで、彼女……いや、『彼』の口を割らせることができたのだ。まさか、女の姿をした男だとは思ってもみなかったな。
「だ、だから」
「分かっている」
半ば顔を上げ、私に向かって手を伸ばす。彼が望んでいるものを、私は自分の背後に連れていた。肩越しに振り返り、声をかける。
「がーすけ、済まないが頼むぞ」
「がお」
魔王様がかつて拾い上げ、育て上げた小型のガーゴイル、がーすけ。普段は魔王様の謁見を守る任務につく彼は、今日はここにいてスパイの口を割らせるための任務についていた。これも、魔王様を守るためだ。
そのがーすけが、スパイのすぐ横にまで歩み寄った、その時。
「はあん!」
「がっ!?」
スパイはとてつもなくはしたない声を上げ、がーすけに抱きついた。目を丸くしたガーゴイルにすりすりと頬ずりし、肌をペタペタ触りまくる女装メイドの図というのは……うーむ、よくわからん。
「このごつごつの肌触り、重みのある岩肌、ガーゴイル最高!」
「が、がー……」
すまん、がーすけ。一応、この扱いは魔王様からお許しを頂いている。
まあ、がーすけも魔王様のペットだ。最悪、拳でかたをつけることはできるだろう。一応、配下も部屋の外にいることだしな。
彼らに室内のことを言いおいて、外に出る。私のプライベートルームまでは少し離れているが、まあ戻っても問題はなかろう。
「……やれやれ」
私の尋問光景は、あまり人に見せるものではない。
相手の好みを何とかして見抜き、その好みのものをちらつかせながら軽い魅了の魔法を相手にかける。大して効果のない魔法ではあるが、お預け状態の相手にはそれなりに効くものらしい。今の女装スパイのように、だ。
「しかし、やはりモイチノ王国だったか」
部屋に戻って、供述を記した書類を清書する。
あのスパイも、もうひとり潜んでいるスパイも、どちらもモイチノ王国から派遣された者であるらしい。目的は魔王様とその周囲に関する情報収集であり、チャンスがあれば魔王様の暗殺も狙っていたようだ。その割にマタタビを魔王様に譲るなど、少々抜けた部分も見えるがな。暗殺を狙うなら、なぜその中に無味無臭の毒を混ぜんのだ。馬鹿か?
『ごしゅじんさま、だいじょぶ?』
「しゃあ」
机の上にいるヤマダくんと、そのそばにある檻の中のマスダくんが声をかけてくれる。今の私にとっては、彼らが癒やしだ。
……ヤマダくんは私の伝書蛇だから良いのだが、マスダくんに対してはどうしても警戒心が抜けない。スパイの伝書蛇なのだから、仕方のないことだ。
世には、主を失った後ですらその主の命に従い任務を遂行した伝書蛇も存在するという。このマスダくんが、そのような心持ちであるかもしれないからだ。
……それはそれで、主に忠誠を誓う素晴らしい使い魔なのだがな。
「ヤマダくん、マスダくん。少しは仲良くなれたか?」
『………………うん。がんばって、おはなししてる』
「しゃ、しゃあ」
『ますだくん、ありがとね』
ヤマダくんは、マスダくんのことをそれなりに信頼しているようだ。……あまり難しいことを私はヤマダくんには教えていないから、情報漏洩の問題はさほど考えなくてよかろう。もしそんなことになれば、私が自分の腹をかっさばくまでのことだ。
「私からも礼を言おう。マスダくん、ヤマダくんとは時々でいい、会話してやってほしい」
「しゃ」
ただ、マスダくんといるおかげでヤマダくんが少しずつ積極的に口を開くようになってくれているから、その礼は言わねばな。
それに、他にも礼を言う理由はある。
「ああ、明日はまたセンダくんが来てくれるそうだぞ。ヤマダくん」
『ほんと? わーい』
「しゃあ」
ミカ殿が、ヤマダくんとマスダくんを気にかけて時折この部屋に通ってくるようになった。彼女の伝書蛇であるセンダくんは高い能力の持ち主であり、万が一マスダくんが暴れても対抗できるであろう。伝書蛇の抵抗というのは、馬鹿にはならないものなのだ。
それに、魔王様からの伝達によればアキラ殿も同行されるようだしな。何とかなるのだ、と思っておく。最悪、私が本性を見せて暴れるようなことにならなければ、それでいいのだから。
「では、その前に書類を片付けてしまうか」
『がんばってね、ごしゅじんさま!』
「ああ」
激励の言葉をくれたヤマダくんの頭をなでて、私はペンを執る。この報告書を仕上げて、さっさと魔王様にお見せせねばなるまい。
それと、程々のタイミングでがーすけを回収にいかねばな。ついでに、あのスパイにはしばらく眠っていてもらうとしよう。




