036.副官は運ぶ、主なき使い魔を
見たことのない伝書蛇を、魔王様の私室で発見した。怪しいマタタビも同時に。
その報告を受けて私は、当の私室まで赴いた。伝書蛇と、マタタビを引き取るために。
「この城にいる個体ではないな。任務で訪れた者でもなさそうだ」
籠に入れられた伝書蛇は、その姿と色柄からすぐに分かった。そうでなくとも、一応登録リストを持ってきているから照合は可能だが、そうするまでもなかった。
「そうなんだ?」
「伝書蛇は、基本的に主を持つ生物だからな。その主ともども、きちんと登録することを義務付けている」
「あー、なるほど。そりゃそうだよね、センダくんにはミカさんがいるし、タカダくんはクロさんのだし」
勇者アキラ殿は、まだこの城に来て日も浅いからよく知らないこともあるだろう。特に、彼女は自身の伝書蛇を持っているわけでもないからな。ただ、手早く説明すると理解は早かった。
ちらりとミカ殿が睨んだところで、主不明の伝書蛇が首をすくめる。じわりと浮かんだのは涙、だろうか。怯えているのかもしれないな……シロガネ王家に連なるミカ殿は、時折私でも慄くほどの気迫を見せることがある。
「スパイ活動、できますからね。頭はいいし、移動も結構静かだし、空飛べるし」
「しゃ、しゃあ……」
「いや、涙目で訴えても私には無駄だからな?」
ミカ殿が怖かったのだろう、伝書蛇は私に目を向けている。多分助けてくださいお代官様、とか何とか言いたいのではあるまいか。あいにく、私はこの蛇の主でないので言葉を理解することはできないが。
だいたい、この私に許しを請うこと自体がおかしいだろう。少し脅しておくか。
「魔王様のお留守の間、この城を守るのが私の最大の務め。それを乱すものはさあて、どうなるか」
「しゃっ!?」
「案ずるな。お前を殺したところでこちらには何のメリットもないからな。ゆっくりと、おもてなしさせていただこう」
「ぴい」
あ、とぐろを巻いて中心に頭を突っ込んだ。……少しやりすぎただろうか?
「リューミ様、やりすぎです」
「……確かにそうだな」
この中では一番冷静であろう、ハナコにたしなめられた。彼女は亀であることもあり、我々よりずっと長く生きているらしい。魔王様のお世話係についているのも、まだ若い魔王様を抑えることのできる存在であるからだ。心理的にも……物理的にも。
しかし、たしかにやりすぎたかもしれん。伝書蛇は通常サイズであればさほどの攻撃力はない。魔法を使える個体もいるが、この蛇はそうでもないだろう。それに、伝書蛇レベルの魔法であれば私は無効化できるしな。
と、ミカ殿の肩越しにセンダくんがにゅるりと姿を見せた。籠の中の個体に、声をかけているようだ。
「しゃ~ああ。しゃ、しゃああ、しゃしゃ」
「しゃあ……」
「……何言ってんの? この子たち」
私と同じく、伝書蛇の言葉を理解できないアキラ殿が首を傾げる。自然、我々の視線はセンダくんの主であるミカ殿に集中することになるな。
「そちらの子は分かりませんが、センダくんはがんばれ、リューミ様はおっしゃったらやる方だと」
「ああ、それで凹んだのね。この子」
「伝書蛇にも認められてるのかあ」
……む。
褒められているのか恐れられているのか、さてどちらの意味なのだろうな。彼女たちのセリフは。
聞いても答えてはもらえないだろうし、どちらでも良いことにしよう。そろそろ、この蛇を連れていかねばな。
と、そうそう。
「それから、マタタビに関しては医師に提出……ああ、私が持っていこう」
「あ、頼める?」
「もののついでだ。お世話係は引き続き、室内の清掃にあたってくれ」
「わかった。じゃあこれ、お願いね」
アキラ殿からマタタビの入った巾着を預かり、蛇の籠をぶら下げて魔王様のお部屋を後にする。また何かあったら、呼ばれることだろう。
「しゃ、しゃあ」
籠の中で、伝書蛇が情けない声を上げる。命乞いかどうかはわからないが、私は私の考えをこの個体に伝えておくことにした。
「……私には、伝書蛇の言葉はわからん。だが、お前は私の言葉はわかるのだろう?」
「……しゃ」
「主が迎えに来るまで、おとなしく待っていろ。お前たちは主に使われる存在、愚かなことを考えているのは主だろうからな。お前には罪はない」
魔王城に忍び込んだこの個体には、それを命じた主が存在する。もしかしてその主は、既に城の中にいるのかもしれない。いずれにしても、この個体を確保しておくことはその主に情報を与えないことにつながるはずだ。
もし、この伝書蛇が主に見捨てられたとしたら……まあ、魔王様が引き取るのではないかな。そういうことは、先程私室の中で何故か石像のふりをしていたがーすけのような例が山ほどあるし。
期待に目を輝かせた伝書蛇に「ただし」と念を押しておこう。何でもかんでも引き取るほど、魔王様も馬鹿ではない……と思う。多分、きっと。
「逃亡や反撃を試みた場合は、お前の生命を保証することはできないがな。お前たちは賢いから、どうすればよいかくらいは分かるだろう」
「………………しゃ」
しばらく考えて、伝書蛇は頷いた。そうしておとなしく、とぐろを巻いたまま動かなくなる。
普通の種類であるこの個体に、ラーナン魔王国の気候は寒かろう。部屋に連れ帰って、暖房を強くしてやるかな。




