034.猫の居ぬ間の
それは、朝食後にクロさんが発した一言から始まった。
「ちょっと、出張することにした」
「出張?」
「出張ですか?」
「ああ。今度は西の砦をな、ちょっと見に」
国王がどっかに行くことも、出張なのか。自分の国の砦を見に行くんだから視察とか偵察とか、言い方は色々あるだろうに。
「期間はどのくらい?」
「明後日から十日ほどだな。アキラみたいに拾い物がなければ」
「その節はお世話になりました!」
そういえば私も、この国の端っこにあった砦で拾ってもらったんだった。あの後砦は雪崩なり何なりでぶっ壊れたらしいから、餅の国の連中は今頃雪の中で凍ってるんだろうなあ。……ざまあみろ、としか思えないけど、いいよね。
「気にするな。俺が好きで拾ってきたんだから」
「好きでドラゴンとかワイバーンとか拾ってきますけど、ちゃんと面倒見ますからねえ」
「それならいいんだけどね……」
ミカさんが楽しそうに並べるのが、どう考えてもでっかい魔物なんですけど。私、ドラゴンとかと同じ扱いなんだ?
……まあ、元の世界と逆で私たちが犬や猫に拾われる立場なのか、この国じゃあ。
そうしてその日と翌日に荷物をまとめて、クロさんは「行ってくるぞー!」と元気よく出張だか視察だかに旅立っていった。足代わりのワイバーンは、私の先輩に当たるんだよな……つまり、クロさんが拾ってきたわけだけど。
いやまあ、元気に飛んでったからいいや。私たちは、部屋の主の留守中にもお仕事があるんだから。
「主の居ぬ間にお部屋の隅々までチェック、と」
「さすがに、ご在室のクロ様を叩き出すわけには行きませんもの」
「それもそうだよねえ。必要なら、あたしがどーんと出してあげるけど」
「それはクロさんが無事じゃなさそうだからやめよう!」
この日は、お手伝いでハナコさんも来てくれている。私やミカさんより鼻が利き、低い位置が見やすいから。亀だもんね、そりゃそうだ。
「がー」
「ん?」
今、聞き慣れない鳴き声がしたんだけど。
扉の方だよなあ、と思ってそっちを見ると、何か魔物の石像が置いてある。サイズとしては私と同じくらいの、背中にちっちゃなコウモリの羽が生えた悪魔っぽい石像。いつの間に、誰が運んできたんだろ?
「がおー」
「へっ?」
その石像が、鳴き声を上げた。いや、スピーカーなんてこの世界ないし、というか石像が動いたんじゃないか今見たぞ。
「あれ、がーすけ。どうしたんですか?」
「珍しいねえ。ああ、クロ様がいなくて暇だから?」
「があ、がー」
ミカさんとハナコさんが、えらく親しげに近づいていった。と、石像に見えた魔物はひょいと片手を上げてご挨拶。
……もしかしてこの子も、私の先輩に当たるとか言うか。聞いてみよう。
「えっと、この子は」
「クロ様が拾ってきた、ガーゴイルのがーすけです」
「普段は、謁見の間で警備担当なんだけどね。今日からしばらく、あの部屋使わないから暇なんでしょ」
「あー。石像まんまだからバレにくいってか」
「がう」
二人の説明に、がーすけというらしい魔物は大きくこっくりと頷いた。いやしかし、ここまで接近しても石像にしか見えないのに普通の生物みたいに動くんだよなあ。確かに、クロさんの警備にはちょうどいいかもしれない。
がーすけと、がーすけに似せた石像とをずらずらと並べておいたらどれが動くか、わかんないもんね。すごいな魔物、すごいなこの世界。
「私はアキラだよ。よろしくね、がーすけ」
「が!」
一応ちゃんとご挨拶して手を差し出したら、きゅむと両手で握手してくれた。皮膚は石っぽいんだけど、でも柔らかいのが分かる。
あ、よく見たら目が丸っこくてぱっちりしてて可愛い。ちゃんと目は目なんだ、石じゃなくて。まぶたが石っぽいんだろうな、きっと。
「触ってもやっぱり石っぽいんだね、肌。それなのになんか柔らかい」
「ガーゴイルはそういう種族だからねえ。背中や頭の、見るからに石みたいな形してるところはあたしより硬いんだよ」
「へー」
ハナコさんより硬いということは、やっぱり石なんだろうなあ。なでてみたいけど、なでてもいいのかな……と思ってたら、がーすけのほうから頭を差し出してきた。
「がお」
「あ、う、うん」
なでてもいいらしいので、そっと触れてみる。あ、ほんとだ。頭の天辺あたり、見たまんま石。
でも感触はあるらしくて、ゆっくり手を動かしてみるとちっちゃい翼がぱたぱた揺れた。……嫌がられてはいないみたいだな。よかった。
「がーすけ。これからお部屋の片付けなんですが、手伝ってくれますか?」
「がーう!」
ミカさんの言葉に、がーすけはめっちゃ嬉しそうに声を上げた。これで人手……魔物手? ま、何でもいいけど増えたから、仕事は楽になりそうだな。
こないだの偽メイドさん事件もあるから、変なもんが出てこなきゃいいけど。私やミカさんで何ともできないものが出てきたら、ハナコさんやがーすけにお願いするしかないんだよね。リューミさんは確か、今回は残ってくれてるそうだから……呼びに行くことも考えて。
よし、がんばるか。




