029.副官は探る、魔王と勇者を
メイドとして潜り込んだ女は、今のところ口を閉ざしたままである。潜入経路もわからない、それを私は魔王様にそのままご報告申し上げた。
「簡単に裏を取れるような馬鹿どもであれば、もう少し楽だったのですが」
「そりゃなあ」
魔王様は、ご自身がうっかりその手に引っかかりかけただけにバツの悪そうな顔をしておられる。もっともこれは、お世話係たちが気づかなければどこまで進行していたか分からなかっただけに私も強くは言えない。
それに、女の口が堅いこともその裏が取れないことも理由は当然ある。
「俺んとこに送り込んでくる連中に、そんな馬鹿のバックアップは当てないだろ」
「それに引っかかった馬鹿はどなたですか」
「うにゃっ」
四神が一・ビャッコ様の子孫を自称される魔王様だが、ときおり見せる反応は失礼ながら虎ではなく猫である、と以前から私は考えている。お世話係に配属された勇者アキラ殿もそう考えているようで、たまに私室に用事があって行くと……うん、喉ゴロゴロされたり額ぐりぐりしてたりするな。
まあ、プライベートでリラックスしておられるのだろうから何も言う気にはなれないが。
「ともかく、彼女には丁寧に尋問を行いますので。並行して、モイチノ内外の情報収集を進めます」
「ああ、それで行ってくれ」
その、魔王様のプライベートタイムを少しでも長くするために少なくともあの女とその周りの情報をかき集めなくてはならない。どうせモイチノ王国あたりであろうが、面倒事を持ち込まないでほしいものだ。
魔族排斥主義は自国内だけでやれば良い。この魔族の国にまで、口も首も手も突っ込んでくるな。
「魔王様を潰せば、ラーナン魔王国は瓦解するとでも考えたのでしょうかねえ」
「別に、俺がいるから国が保ってるわけでもないのになあ」
「ただ、混乱することは確実ですがね」
どこが、という具体的な相手を指名することなく私は話を続ける。メイドとして潜り込んでいる女がいる以上、忍びが入ってきていてもおかしくはないからだ。我が方の忍びは何をやっているのか。
「後継者決めてないから、混乱はするか」
魔王様は今の地位に就かれてから、あまり時が経っていない。お若くておられるので、後継者という存在もあやふやなままだ。
一族の性質上ご兄弟は多く、その関係で後を継げそうな者たちは山程いるのだが、さて。
「どうなさるおつもりですか?」
「今のところ、めぼしい候補は三人かな。弟、従姉、甥っ子」
「まあ、身内から候補を出すのは当然ですが」
弟君はおとなしく、ラーナン魔王国を率いていくには少々心もとない。従姉の女性は反対に権威に対する欲が強く、これは王位につけると独裁を極めそうだ。甥っ子殿はなかなかの人格者であらせられるが……うーん、年齢がなあ。若すぎる。
そのようなことを私が考えていると、魔王様は一番の解決策を自ら口になされた。
「俺自身が嫁を取ればいいんだろうがなあ」
そういうことである。
魔王様自らがお妃を迎え、後継者を生み出せばよいのだ。というか、候補者は既に城の中にいると思うのだがな。
「アキラ殿は王妃候補ではないのですか?」
「みゃっ」
あ、ほらまた猫っぽい反応。そのあたりが、アキラ殿のお気に入りだと思うのは私の気のせいでしょうか。まあ、お教えはしませんがね。
だいたい、アキラ殿を保護してこられたのはご自身だろうに。実感ないのか、魔王様は。これはお教えしよう。
「でなければ、ご自身の手で保護などなさいませんでしょうに」
「うにゃー」
「困ったときの猫はおやめください」
「俺は虎だ!」
「どう見ても猫です。というか、アキラ殿は魔王様を大きな猫扱いしているかと」
「……」
ものすごく、バツの悪い顔になられてしまった。耳もひげもしっぽもしおしおとしなだれているのは、ご自身が虎であるという主張を真正面からぶち破られたからか。というか、自覚なかったのか。それとも我が事を見て見ぬ振りをしているのか、さて。
まあ、どちらでも良いのだが。
「……何かおっしゃってください」
「のどごろごろは気持ちがいいんだ……」
「やっぱり猫じゃないですか」
思わず、とどめを刺してしまった。申し訳ない、魔王様。
しかし、その猫なところがきっと、アキラ殿が魔王様を怖がることなく正面からお付き合いすることができている原因であろうな。何しろアキラ殿は、魔王様を知らぬ世界からの訪問者。そういった者のほうが、実は人懐こい魔王様のお側にいるには適任である、と私は考える。
「急いで考えろとは申しませんが、しっかり考えてください。何の意味もなく、女性とはいえ勇者を拾ってきたのですから責任ちゃんと取りなさいね? 魔王様」
「は、はい」
よって、このくらいは申し上げても失礼にはならないだろう。
魔王様とアキラ殿が親交を深めるだけの時間は私以下、ラーナン魔王国に忠誠を誓う者たちは作り出してみせるから。




