002.クロさんは猫である
「こほん。クロ様、アキラ様。よろしいですか」
「おう、良いぞ」
「あ、はい」
ドーコさんの咳払いで、私と魔王……暫定的にクロさんと呼ぼう、そのクロさんは思わずそちらに向き直った。と言っても、私は起き上がれないからなあ……なんて思ってると、クロさんが手甲を外してから私の背中に手を添えて起こしてくれた。あ、このふにっとした感触はあるな。間違いない、肉球だ。
よーしいつか触らせてもらうんだと決意しつつ大きなふかふかの枕にもたれさせてもらって、クロさんとドーコさんを改めて見直す。
クロさんは私よりは大柄だけど、鎧兜を外した頭と手を見る限りどう考えても猫である。喉を撫でてあげたらごろごろとか言うんだろうか。やってみたい。
ドーコさんは……私と同じくらいかな、の直立ドーベルマン。キリッとした感じでかっこいい、と思う。でも何となく女性なのは雰囲気で分かるから、すごいなあ。
「ここはラーナン魔王国の王城、貴賓室でございます。手っ取り早く言えば我が国の長、こちらにおられる魔王クロ様の大切なお客様にお泊まりいただくお部屋でございますね」
「はあ……は?」
「うむ、俺の客人を泊める部屋だ。今日からは、拾ってきた勇者の部屋だがな」
「勇者ですら、グリちゃんやワイたろーみたいな扱いですか」
そのドーコさんの説明を受けて、えーととなった。
たしか私は、魔王を倒す勇者としてこの世界に呼ばれたのよね。で、その魔王を倒すために出撃したらしいわけで。
……魔王国の王城、貴賓室。魔王の大切なお客様にお泊まりいただくお部屋。
つまり私は、私を呼んだ国からすれば倒すべき相手に捕まった、ってことになるようね。うわあ、ある意味お約束というやつか。まあ、意識ははっきりしてるし物事は考えられるようだからマシ、かな。
ところで、グリちゃんやワイたろーって何だろう。拾ってきた、って言ってるからペットか何かかな? 猫の魔王が拾ってきたペットって何だろうな。そして、私も同じ扱いってのはどうなんだろ。
………………ま、いっか。考えるのがめんどくさくなってきたし。
「アキラ様。モイチノ王国ではおそらく、クロ様のことを世界を滅ぼす魔王とか何とか言っていたはずなのですが、ご存知ですか?」
「……ああ、あの国そんな名前だったんだ。確かに言ってた」
不意にドーコさんに聞かれて、少し考えてから頷いた。私、魔王を倒す勇者として呼ばれたんだもんね。
私を呼び出した国って、餅みたいな名前だったんだな。なんかもう、あの国でのことはあんまり思い出したくないなあ。だって、クロさんたちみたいにこんな良いベッドで休ませてもらった記憶、ないし。
「でも、ドーコさんやクロさん本人見てるとそんな感じじゃないみたいだね……あ、ごめん、クロ様の方がいい?」
「ああ、そこは気にしなくていいぞ。俺の客人扱いだからな」
「はい、クロ様がそうおっしゃるならわたくしとしては異存はありません」
あーよかった。うっかり口から出ちゃったけど、先に確認しておくべきだよねえ。魔王様っていうか、国のトップなわけだし。猫だけど。
てかクロさん、耳がぴるぴる震えてるし。あー可愛い、あの薄い耳たぶふにふにしたい。
ただ、クロさん本人はともかくドーコさんがちょっと怒ってるかも知れないな。うん、ごめん。大事な国王様だもんね。
「……こほん。クロ様は統治者としては大変優秀なお方でして、それ故モイチノ王国以外の国とはそこそこ友好関係を築いております」
気を取り直したように、ドーコさんが説明を始めてくれた。そかそか、この魔王様は王様としてはちゃんとやってるんだ。
というか、私を召喚した国以外とは上手くやれてるんだ? 何やってんだろ、餅の国。
「何で、餅の王国はクロさんのこと目の敵にしてるの?」
「俺に聞かれても知らんが、あの国はそもそも魔族を毛嫌いしてるからな」
「ラーナン魔王国は、人の世界で居場所のない魔族が集まってできた国ですからね」
クロさんとドーコさん、二人して困ったようにため息をつく。いや、猫でも犬でも耳が垂れたりひげが垂れたりするから分かるわよ。
クロさんたちは魔族と呼ばれる種族で、餅の国はその魔族が嫌い。国同士が近いから、何とかして魔族を退けたいんだろう。
「大体この俺、ラーナン・クロとその一族はだ。恐れ多くも太陽神様にお仕えする四神の一、ビャッコ様の血を引く一族なのだぞ。それを嫌悪し、なおかつ軍を差し向けてくるなど冗談でも許されることではないのにな!」
「え」
ビャッコ……白虎か。そういうの、いるんだというかもしかしてクロさん、自分は虎のつもりだったりするのかしら?
思わず再確認してみたけど、どう見ても虎の顔じゃないんだよなあ。でっかい黒猫でしかないんだけど、クロさん。
そんなこと考えてたら、当のクロさんと目が合った。
「……な、何だ。俺の顔になにかついているのか? 勇者よ」
「アキラでいいです」
勇者なんて言われてもこう、今更自分の立ち位置にムカつくし。だったら、名前で呼んでもらおうと思ったんだけど。
ま、それはまた別の話としてだ。
「クロ様。アキラ様はおそらく、どこが虎なんだと思っておられるかと」
「皆言うなあそれ! 俺は黒いけど虎だって!」
「失礼ながら、わたくしから見てもクロ様は大猫でいらっしゃいますが」
ああ、ドーコさんもその他の……誰か知らない人たちも皆、考えることは一緒だったんだ。
あとドーコさん、メイドさんって立場あまり高くない気がするんだけど言いたいこと言ってるよね。クロさん、こういうところ緩いのか。
「ふしゃー! ドーコ、いくらお前でも言っていいことと悪いことがっ」
「わたくしは、アキラ様のお心を代わりにお伝えしただけでございますが」
「うん。ごめんねクロさん、私から見てもあなたは大きな猫にしか見えないよ」
「あああああ……」
毛を逆立てて怒ったクロさんは、やっぱり虎じゃなくて猫である。そうして、涼しい顔でしれっと答えてみせたドーコさんに便乗してぶっちゃけると、クロさんは頭抱えてベッドに突っ伏した。
あ、これあれだ、猫のごめん寝。
間違いなくこの魔王様、猫だ。勇者として、私が断言しちゃおう。