025.猫のためのおくすり
朝食をとらせて身だしなみを整えて、そうして私たちは何とかクロさんの王様の外見を作り上げた。このままきりっとすれば、クロさんはちゃんと王様である。……魔王には、ちょっと迫力が足りないかな。ま、いいけど。
「んじゃ、行ってくる。留守番頼むなー」
「行ってらっしゃーい」
「行ってらっしゃいませー」
ふにゃー、と大きくあくびをしながらクロさんは部屋を出ていった。すぐ外で「魔王様、しゃきっとなさってください!」とリューミさんが怒鳴る声が聞こえる。……ま、お仕事中は任せたぞ、リューミさん。
で、留守番の私たちはまず朝ご飯を片付けて、リネンをごそっと取り替える。入口の近くに置いといて、新しい予備を持って来る使用人さんに渡すんだけど、ハナコさんが前足と口を使って結構器用に外してる。さすが。
「よいしょっと」
固定用の紐もちょうちょ結びなので、口でひょいと解けるんだよね。結ぶのはやってもらうんだろうけど。
しかし……黒い毛が結構絡みついてるなあ。クロさん、長毛種だもんね。
「全身毛皮だから仕方ないんだけど、抜け毛多いねえ」
「仕方ないよね、クロ様はああいう身体なんだし」
ハナコさんもそういうところは分かってるみたいね。シーツをひょいひょい畳んでくれてるので、私は枕カバーや他の細かいのをまとめる。この世界、ファスナーないみたいだから枕カバーも紐止めなんだよね。うわ、こっちも毛がついてる。
……毛か。ハナコさんは亀さんで、そういうのないっぽいから抜け毛ってないんだろうな。楽でいいな。
「私も髪の毛あるから抜けたりするけど、ハナコさんはないよねえ」
「あたしらはまあ、垢くらいなら出るねえ。長老とかになると、背中に苔生えたりするし」
ああ、垢はそりゃ出る……って、背中に苔? 甲羅に生えたりするんだ?
長老って、年取った亀さんってことだよな……ハナコさんでこのくらいのサイズだけど、まだ大きくなるのかな。
「……その長老さんとか、どのくらいのサイズになるの?」
「大丈夫よ、この城よりは小さいから」
「……そ、そっか」
それを聞いてほっとして、一瞬の後にいやいやいやと自分で自分に突っ込んだ。なんというか、比較対象がおかしいじゃないか。
「城?」
「だから、そこまでは大きくならないって。せいぜい馬小屋とか、その程度だから」
「十分でかいし」
「ま、そうだよねえ」
馬小屋ってどのくらいの大きさだ、私の知ってる一軒家とかでいいのか。馬飼うんだから平屋だよなあ、と思ったけれど要は、家のサイズくらいには大きくなるということらしい。すごいな、ハナコさんの種族。
そんな事を考えているうちに外した枕カバーを手にとって、そこで気がついた。
何か、粉みたいのがついてる。緑っぽいというか茶色っぽいというか、とにかくそんな地味な色の粉。なんだろう、まさかフケか? いやでも、大して匂いしないしなあ。大体クロさん、しょっちゅうお風呂に入れられてるらしいし。
「……ねえねえハナコさん、この粉っぽいの何だかわかる?」
「粉?」
私にはわからないので、とりあえずハナコさんに見せてみた。くんくんと軽く匂いを嗅いで、「あー」と彼女はその正体に思い当たったらしい。
「これ、マタタビだ。クロ様、持ち込んだのかしら」
「マタタビ?」
「そう。ちょっと待って」
マタタビて、猫がごろにゃんうにゃにゃんとなる、あれ? この世界にもあるんだ。
へえ、と感心してる私の横で、ハナコさんは入口近くにあるベルを鳴らした。これ鳴らすと、使用人さんやメイドさんが飛んでくるんだよね。今もすぐに、扉をノックする音がした。
「失礼します。ご用でしょうか?」
入ってきたのは、白いシャツに黒いパンツをきちんと着用したドーベルマンぽい使用人さん。ちょっとグレーっぽい感じの毛並みの男の子か……もしかして、ドーコさんたちに弟がいるって言ってたけどその子かな? 後で聞いてみるかな。
「クロ様が、寝床にマタタビを持ち込まれたようなのだけど。そこまでお疲れなのかご存知かしら?」
「……いえ、処方されたという話は伺っておりません」
「そう。ここに粉がついているから、医師の方に確認をお願いできる?」
「はい。少々お待ちくださいませ」
使用人さんは枕カバーを持って、頭を下げると扉の向こうに消えた。大急ぎで、確認しに行ってくれるみたいね。
ていうか、処方とか何とか、病院や薬局で聞くような話だけど。そういうお薬ってことなのか、この世界のマタタビ。
「お医者さんの処方がいる薬なんだ?」
「うん。クロ様みたいな猫系種族のストレス発散には効果があるらしいんだけど、あまり乱用したらお仕事しなくなるから」
「なるほど」
そりゃまあ、あの特大猫がごろんごろんうにゃんうにゃんとしょっちゅう床で伸びてたらねえ。ストレスはなくなりそうだけど……どこまで行ってもクロさんは猫、なんだなあ。




