023.もしもしかめよ
朝、食事を終えて身だしなみを整えてからクロさんの部屋に向かう。と、途中で見慣れない魔物に出会った……というか、向こうから声をかけてきた。
「おはよーっす。アキラちゃんだよね?」
私が両手を広げたくらいの直径の甲羅を持つ、くすんだ緑色のリクガメ。その亀さんが前足をひょいと持ち上げて、ご挨拶してくれた。可愛らしい声と頭にちょこんと乗っかってるリボンから見るに、女の子か。
「え、あ、お、おはよう」
「アキラちゃんはいつもミカちゃんといっしょだから、あたしとは初対面だねー」
……ミカさんを知ってるってことは、クロさんのお世話係なのか。うむ、さすがに亀の女の子は初対面である。男の子も見たことないけど。
「ミカちゃんは今日用事があるので、あたしが代わりをやります。ハナコっていうんだ、よろしくね!」
「は、はい。よろしく、ハナコさん」
「うん!」
リクガメのハナコさん、は目がパッチリしててとても可愛いと思う。ミカさんの代わりなら、私と一緒にクロさんの面倒……見るのか? 亀が猫の面倒?
……ま、いっか。私の歩く速度とハナコさんの歩く速度、ほぼ同じで何の問題もないし。亀って早く歩けるんだな。
「どしたの?」
「あ、えーと」
うむ、うっかりガン見してたら怪しまれた。ごめん、じーっと見てたもんね。
どう答えようか、と考えてたら、ハナコさんの方から話を振ってくれた。
「……もしかして、人型っぽくない魔物と会うの初めて?」
「実はそうなんだ。考えてみたら、ハナコさんみたいな魔物も当然いるんだよねえ」
「そうそう。あまり表には出ないからねえ、そういう人たちもいるんだわ。そういえば」
あっはっは、と楽しそうに笑うハナコさんの足が、ちょっと早くなった。慌てて小走りで追いかける。……彼女、全力で走ったらどのくらい出るんだろ? 迫力ありそうだなあ、このサイズの亀さんが全力で突っ走ったら。
「それって、餅の国みたいなところがあるから?」
「餅の国?」
ぴた。あ、あっさり停止できた。足がしっかりしてるから、かな?
「あー、モイチノ王国のことか。ま、それもあるねえ」
「どうも、餅の国で覚えてて。ごめん」
「よく分かんないけど、覚えやすいならいいんじゃない?」
自分に迷惑かけてくれた国の名前なんて、そうそうはっきり覚えてらんないもん。餅の国で十分だと思うんだ。
ハナコさんもそう言ってくれてるんだから、これからも正式名称覚えないと思う。ざまあみろ、餅の国め。
「ま、それはそれとして。確かにモイチノ王国みたいに、魔族や魔物を露骨に差別する国もあるけどさ」
てくてく、足を進めながらハナコさんは、話を続ける。こんなに大きくなるのに、何年かかったんだろうなあ。亀さんて長生きって言うけど、この世界でもそうなのかな?
年齢……はて、聞いてもいいものか。ま、後だあと。
「他の国相手でもさ、あたしみたいのが表に出てると結構態度とか違うんだ。そういうもんだよ」
「そうなんだ」
「やっぱね、他の国って人間が統治してるとこ多いから。その前に人型じゃない相手が出てくると、なんか話しにくいらしいんだよねー」
……まあ、言われてみればたしかにそうか。いきなり他所の国のトップだ、つって巨大リクガメが出てきたら驚くわよねえ。ハナコさんと私は何か知らないけど普通に話できてるけど、そうでない人たちも多いだろう。
そもそも、当事者であるハナコさんがぶっちゃけてるもんな。経験あるのかな、彼女。
「そういうこと、あったの?」
「あったのー。ここじゃなくて別の……国にもなってない、小さな集落でだけどね」
やっぱりあっはっは、という笑いはそのままにハナコさんは、クロさんのプライベートルームの前にたどり着いた。そうして大きな扉の下の方を、こんこんこんとノックする。なるほど、私たちみたいに拳握れないから足の裏で叩くんだ。
「クロ様ー、おはようございます起きてますかー」
しーん。
あれ、聞こえなかったかな。夜当番の人もいるはずなんだけど……再度、ハナコさんがノックする。それに合わせて、今度は私が呼びかけた。
「くーろーさーん、夜当番さーん」
「あー、来たんかー」
おお、返事があった。この独特の口調はカサノさんか、と思ってたら扉が開いて当のカサノさんが顔を見せてくれた。その後ろから、ユーアさんものっそり出てくる。ふたりとも眠そうな顔をしてて……そうよね、夜通しここにいたんだもんねえ。
「おー、今日はハナちゃんとか。ゆうべ書類と奮闘して遅かったせいで、クロ様爆睡中や。今日も仕事あるから、しっかり叩き起こしたって」
「おはようございます。後はよろしくおねがいしますね、お二方」
「おまかせー。ふたりとも、ゆっくり休んでね」
「一緒に寝ないようには気をつける……クロさんの寝顔、眠気誘うんだもん」
大きな猫の寝顔を頭に浮かべてそんな事を言ったら、ハナコさん込みでみんなしてうんうんと頷いてくれた。亀さんでもそこら辺の感覚は共通なんだ、よかった。
それはそれとして、そっか、残業だったか。悪いなクロさん、私とハナコさんで叩き起こすから我慢して。
…………ハナコさん、叩くよりも乗っかったほうが早いかもしれないな。多分、かなり重いよ彼女。




