001.お城にて
「勇者よ。どうか、この世界に闇をもたらす魔王を倒してくれ」
何、このベタな小説やゲームの展開。でもまあ、勇者って響きがいいかな。
「勇者よ。この勇者の鎧と剣を身に着け、戦ってほしい」
最初から、こんなちゃんとした装備をくれるんだ。やっぱり、ゲームとは違うんだね。
「……ふ、ははははは! そうだ、貴様はこれより我が国のために戦い、魔王を滅ぼす勇者だ!」
……なんだろ……あたまが、ぼんやりと……。
わたしは、まおうをほろぼす、ゆうしゃ……。
「ええい、埒が明かん! 行くぞ、勇者アキラ!」
「さらば、幼い頃の封印された歴史よ」
ふえっ?
私はアキラ。友堂晶……まあ、字面で男とは思われない程度にややこしい名前の女子高生、だった。
ある日、学校帰りに青信号で横断歩道を渡っていたら、信号無視のトラックに跳ねられた、らしい。いや、私のほうが青信号だったのははっきりしてるんだ。らしいなのは、トラックに跳ねられたって部分。
何しろ、気がついたらよくわからない世界にいて、そこの王様にいきなり頼まれたんだもの。
「勇者よ。どうか、この世界に闇をもたらす魔王を倒してくれ」
何このベタな小説やゲームの展開、と私が思ったのは言うまでもない、よね。ある程度はかじってたから、そう思ったんだけど。
ただ、その後がちょっと違った。
王様は私のために、ガッチリした鎧と丈夫な剣を用意してくれた。ゲームだと大した装備も資金もないのがパターンだったし、ありがたいと思ってその鎧を着たんだ。その途端……なんだか意識が、ぼんやりとしてきて。
その後はほとんど何も覚えていない、かな。だけど、多分敵と戦ったり倒したりしたんだろうな、とは思う。たまに意識が戻ることがあって、その時は大概身体を洗われていたり服を着替えさせられたりしていたから。
……魔王の部下とやらをやっつけまくってたのかな、私。
「勇者よ。北の果てに住まう魔王を倒せ」
最後に覚えてる王様の声は、そんな言葉だった。この頃にはもう、何も考えなくなってたな。どうせ、すぐに意識なくなっちゃうんだし。
そうして魔王と向かい合って、戦えと命じられたような気がして。
「……で、だ」
何で私は今、こんなフカフカのベッドで寝ているんだろうか? 鎧も剣もどっか行っちゃってるみたいで、今私が着てるのはひどく柔らかい服だ。ロングのルームウェア、かな。
「……マジでどこよ、ここ」
起き上がって見回そうとしたんだけど、頭がくらくらして無理だった。……そういや、ろくに食事取った記憶ないなあ。一応生きてる以上、最低限には食べさせてもらったんだと思うんだけど覚えてないや。
ただとりあえず、最初に目を覚ましたあの城ではなさそうだということは確信した。室内の飾りが、あの城よりもシンプルで渋い感じだったから。何というか、室内の趣味が違うのよね。歴史を感じるというか、重々しい感じかな。
そんなことを考えながら天井……じゃないわこれ、天蓋ってやつか。それを見つめているとこんこんこん、と音がした。扉の開く音がしたので、さっきのはノックか。
「失礼します……あ、目を覚まされましたか」
「しゃあ?」
「んあ?」
入ってきたのは、いわゆるメイドさんだった。ただし、犬の頭の。青っぽい毛並みの、ドーベルマンみたいな感じ。うわあ、めっちゃ撫でたい。
そして、その肩の上に……白黒しましまの毛が生えた蛇がいるなあ。蛇? にょろにょろ長いしあの顔だから、多分蛇。そう言えば最初のお城でも、翼の生えた蛇を手紙運びに使ってたっけ。
「栄養失調と過労で、三日ほど休んでおられましたが。大丈夫ですか?」
「あ、はい、なんとか」
犬頭のメイドさん、よく見たら手も犬っぽい感じで、でもちゃんと親指は離れてるから物は持てるみたいね。……に、肉球はあるんだろうか……いやいや、そこじゃないと思うぞ、私。
「タカダくん、クロ様に報告をお願いね」
「しゃー!」
あ、蛇がメイドさんの言葉に返事して飛んでった。やっぱり、翼生えてたね。タカダくんっていうんだ……何そのクラスメートにでもいそうな名前。ま、いっか。
「ああ。わたくしは、あなたのお世話を仰せつかりましたドーコと申します。どうぞ、よしなに」
「あ、はい。私は……友堂、晶です」
「トモドー・アキラ様でございますね。承知いたしました、アキラ様とお呼びさせていただいてよろしいですか?」
「それでお願いします」
ひとまず呼ばれ方を決める。といっても大体、下の名前で呼ぶのが一般的なのかね。この世界。
メイドさん、名前がドーコさんってもしかして、本当にドーベルマンなのかしら。誰だ名前つけたの、ネーミングセンスなさすぎる。
あと、私の名前の発音が微妙に違った気がするけどまあいいや。世界が違うんだし、ね。
「さて。一応、状況のご説明が必要かと思いますけれど、いかがなさいますか?」
「あ、お願いします」
おお、向こうから説明を申し出てくれた。これはありがたいというか、こっちの話も聞いてくれるんならいいんだけどな。
さすがに、実は別の世界からやってきた勇者なんですよーとか言って……どういう扱い受けるんだろう、私。
そんなことを考えていたらふと、遠くから何か音が聞こえてきた。これは……足音? しかも走ってるし。
「……少々お待ち下さい。我が国の長がおいでになったようですので」
「は?」
ぴくんと耳を震わせたドーコさんが、頭を下げてそんなことを言ってきた。えーと、国のトップが勢いよくこの部屋に向けて走ってきてるってこと? そんなのがトップで大丈夫かしら……と思ってたら。
「勇者が起きたってえええ!」
「クロ様お静かに、まだ目を覚まされただけです」
……あ、あの全身鎧は何となく覚えてる、気がする。砦かどこかで見たような……そうか、この人が国のトップなのか。いろんな意味で、本当に大丈夫かしら?
「あと、兜はお外しください。ぐりぐりされると痛くてたまりませんので」
「う、うむ、そうだな。リューミにも怒られたのに、すまん」
そんでもって、ドーコさんに怒られてしゅんとしてるのがちょっと可愛い。……いやいや、あの鎧兜のどこが可愛いんだ。
兜の下からどんな顔が出てくるか、と少し興味を持って見ていたら。
「こ、これでいいか?」
「ええ。アキラ様、この方が我らの魔王、ラーナン・クロ様でいらっしゃいます」
毛艶つやつやのフサフサの黒毛、緑の目、すっとした鼻筋、口元のもふもふ。それからちょっとひん曲がったひげ。
クロって、魔王って呼ばれてた気がするけど、黒猫なんかーい! しかも長毛種ー!