015.副官は伝える、勇者の現状を
「武術の練習?」
「はい」
おや。あの勇者は、魔王様に伝えていなかったのか。
その事に気づいて私、リューミは肩をすくめた。魔王クロ様のお世話係、昼当番の一人として加えられた勇者アキラは、先日来武術の練習を始めている。……というかまず、身体を鍛えるためのトレーニングから始めているわけだが。
「うにゃー……何でまた」
「メイドたちから、お世話係の任務について話を聞いたようです」
そう言う話をしたら、トレーニングを始めようとおっしゃいましたので人間のトレーナーを紹介しました。
そう、ドーコとベルミから話が来ている。もし勇者が魔王様に伝えていなければ伝えて欲しい、と頼まれたので今に至ったのだ。
「……アキラはお昼当番なのだがなあ」
ひくひく、と長いひげが動く。
魔王様の周辺警戒は、日中は主に警備兵や私のような配下が担っている。夜間、魔王様がお休みの時間帯にはお世話係の夜当番がすぐ傍につき、彼の身をお守りしているわけだが。
だが、考えてみれば昼のお世話係が警備役を兼ねても全く問題はないはずだ。少なくとも、プライベートルーム内の警戒役を務めているのだから、その場に魔王様がおられる間ならば。
第一、今の状況だ。警戒を厳しくするに越したことはない。
「しかし、昼夜を問わず警戒すべきです。特に、モイチノ王国がコソコソ動いているのが分かっているわけですから」
「ああ……忍び、とかいう連中か」
人間の中にも、侮れぬ能力を持つものたちがいるという。アキラに代表される勇者然り、カサイ一族に代表される魔術師然り。
その中でも、忍びという者共は恐るべき潜入能力を持つという。……まだ、我らは出会ったことはない者たちだ。
「……魔族の聴覚や嗅覚でも探れん者が、稀にいるというが」
「噂でございますが、噂というものは侮れませぬ。ゆえに、お世話係をお側に置いていただくことで魔王様を守っていただかねばならんのです」
「ただの遊び相手と添い寝相手のはずだったのにー」
ふしゃー、と魔王様の毛が逆立つ。長毛種故にふわりと膨らむ程度で済み、正直ふわふわと撫でたい。いや、これは失礼だが。
「王なのですから、そのくらいわきまえて下さい。遊び相手も添い寝相手もやってもらっているのでしょうが」
「わ、分かっておるわ!」
一応、魔王様をたしなめるのも私の役目なのでここは頑張っておこう。魔王様には、きっちりと王の仕事をやってもらわねばならんしな。
アキラ殿がトレーニングを始めたのには、実は他にも理由がある。しかしまあ、これは魔王様には言わずにおこう。
いや、なんだかんだでご飯が美味しいので、ちゃんと運動しないと太りそうだからとか何とか。ある程度脂肪をためておいたほうが、寒いこの魔王国では活動に適しているのだが……ま、人間の思考は私には理解できない部分があるからな。周囲が何とかするだろう、多分。
それと、食事が美味しいのは嬉しい、ありがとうと伝えてくださいと言われたので厨房にはその旨きっちり伝えてある。スタッフ一同やる気が出たのは言うまでもないな……ふふふ勇者アキラよ、更に食事のレベルがアップするぞきっと。
「……警戒と言えば、モイチノは相変わらずか」
あ、王様モードに戻った。よしよし、このまま報告を進めよう。
「二日前、秘密基地跡地の周辺を掘り起こしている部隊が認められました。おそらく、魔王様がふっ飛ばした残骸を拾いに来たのかと」
「ま、そのくらいはやらせておくか」
「ああ、直後に雪崩が起きてましたけど」
「そうか。二次遭難もあり得るからな、放っておけ」
「承知しました」
この場合の二次遭難というのは、我が国の部隊が確認に行った場合に遭難するかも知れないというそのあたりの話だ。モイチノの部隊? 勝手に入り込んでいる部隊なんざ知ったことではない。
まったく、モイチノ王国はそういったことも分からないのだろうな。今は冬なのだから、あきらめて春を待てばそこまで大事故につながらなかったものを。
「春になったら、一応捜索隊を出すか。手配頼むぞ、リューミ」
「分かりました。少し先になりますが、手配しておきます」
春になって雪が溶けたら、そこには不法入国者の骸とその持ち物が散らばっているのだろうな。それらを集めて……さて、何か分かることでもあるだろうか。
最初に吹き飛ばされた者共は勇者アキラ殿を操っていた連中だから、そのあたりで何かが判明するかも知れないな。面倒事をやらかしている証拠でも見つかれば、それを使ってモイチノ王国を追い詰めることができるのだが。
「……ところで、もしまたモイチノ王国の部隊が侵入してきたら、いかが致しますか?」
「どうせ、また雪崩が起きるんだろ? ほっとけほっとけ」
「はっ」
至極当たり前のようにそう言われたが……なにげに、魔王様にはバレているらしいな。
雪崩が、こちらの手によって意図的に起こされていることが。




