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『拝み屋集団・天正堂三神派、三神三歳の日記』
某月某日、雨。
一時の情にほだされた、私の判断がそもそもの間違いだったのだ。
見誤った。あれはとんでもないものだ。家が振動するどころの騒ぎではない。Uの症状が頭痛や寒気で済んでいたことが信じられない程強力で禍々しい呪いの集合体である。あるいはかねてより聞き及んでいた今世紀最悪の呪、ク(塗潰した痕)ではないかと思う。一旦Uを病院へ避難させ、なんびとも立ち入らせぬよう家全体を封じたいと思う。現場には幻子を同行させる気でいる。しかし私の見立て通り、あれがク(塗潰した痕)の仕業なのであれば家を封じた所で意味がない。我が師、二神七権にも支援を乞いたい所だが、師は数年前から高齢故の老いが急激に加速し、実年齢に追いついた印象があり一抹の不安が残る。
さらにはUに潜伏するものがク(塗潰した痕)であった場合、最悪でもあと
なんの音だ なにかがきこえる』
三神三歳の日記は、ここで途切れている。
平成二十二年、初秋。
三神さんが病院に担ぎ込まれ、一番最初に駆け付けたのはこの僕、新開水留だった。通報を受けた救急隊員が三神さんの自宅に到着した時、三神さんにはまだ意識があったそうだ。だが少なくともまともな精神状態ではない、という風に感じたそうである。三神さんは自分の記した日記帳をずっと手に持っており、病院に到着してストレッチャーで院内へ運ばれる際、看護師の胸に日記を押し付けた。三神さんは険しい顔で口を閉ざしたまま一言も声を発さず、代わりに見開いた彼の目は真っ赤に充血していた。看護師はぎょっとなって身を固くしたが、三神さんはお構いなしに何度も指先で日記を叩いたという。読め、という指示だと受け取った看護師が中に記述のあった連絡先を確認し、ようやく僕が呼ばれたというわけだ。
三神さんは明かりの消えた部屋でひとり、大量の吐血跡と無数の切り傷、そして体中至るところに黒紫色の圧迫痕を浮かび上がらせた状態で発見された。目の下には麻薬中毒患者のような分厚い隈が出来ており、彼のいた部屋には異常な腐敗臭が充満していたそうだ。突発的な病気や、事件事故の類ではないことは医療関係者の目から見ても明らかだった。
三神さんの日記には頻繁に「U」という女性のイニシャルが出て来た。僕はそのUという人間について何も知らされていなかったが、実際目の当たりにした三神さんの状態からして、そのUと関わった事が原因でもたらされた、強烈な呪いをその身に受けていると確信した。
これが、今回の一連の事件における発端と呼ぶべき出来事だ。Uの姿は日記に記載のあった自宅住所にはなく、また、どこかの病院に入院しているという事実もない。そして現在、三神さんの容体が一向に回復の兆しを見せないことに医者たちは頭を抱えている。それどころか、ゆっくりと悪化の一途を辿り続けているのである。医者たちの話では、三神さんの命はあとひと月もたないかもしれない、と言われている…。
『レインメーカー』 了