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『拝み屋集団・天正堂三神派、三神三歳の日記』
某月某日、雨。
深夜、Uの家を出て自宅へ戻ってからというもの、原因不明の嘔吐を繰り返し、朝方になってこの日記を書いている。
思い起こせば、以前こんなことがあった。Uから「赤い痣」についての相談を受ける少し前、彼女の自宅を訪れた際近所に住む男性から苦情話を持ち掛けられたのだ。玄関前に立って呼び鈴に指先を伸ばした所で、「あんた、ここの家の人間か?」と低い声で迫られた。夕刻の、人気のない住宅街にて聞くその声は、ひどく嫌な気配を多分に含んでいた。違う、と答えた。すると私に話しかけてきた五十がらみの男性は、私の全身を上から下まで視線を何往復かさせた後、「住職か?」と聞いた。どこぞの寺の坊主かと聞くのである。いかにも短く刈り込んだ頭髪と作務衣、上には着古したMA-1ジャケットという身なりだ。さもありなんとは思う。しかし私の職業は拝み屋だ。似て非なる立場であり、どちらかと言えば色物扱いされることも多い。違う、と正直に答えた私の目をじっと見て、それでも男はこう言った。
「なんとかならんのか、この家は」
「どういう意味ですか?」
「何度も何度も、震えるんだよ、もの凄い音を立てて」
私は面食らい、答えに窮した。
「震える、とは?」
例えば中で住人が大暴れし、壁や物に激突あるいは投げた物がぶつかるなどして騒音をたてているとか。
「違う!そんなんじゃない。私は二軒隣に住んでるんだが、間の家は今空き家なんだ。それなのに、昼間だろうと夜中だろうと突然家全体がガタガタ揺れてるのを自宅にいながらにして感じるんだ」
「隣が空き家…」私はUの燐家の荒れた庭先と、その奥に見える売家札のぶら下がった玄関に目をやる。「誰かがこの空き家に侵入して、騒ぎ立てているのでは?」
「私も初めはそう思ったさ。だけど人が騒いでるような声は聞こえないんだ。実際、何事かと思って家の外まで出て確認したんだ。そしたらどうだ。この空き家なんて静かなもんだよ。問題はここだ、この家だよ。目に見えてガタガタと振動していたんだよ」
「…地震、ですか?」
「この家だけがか!?」
「…毎晩?」
「いや、そういうわけじゃないが、一度や二度じゃないことだけは確かだよ。なんとかしてくれないか。この辺りは老人が多くて、耳が遠くて気が付いていないか、怖がって誰も苦情を持って行かないみたいだが私はもう限界なんだよ。この家の住人は、若い女なんだろ?」
「いかにも」
「なんなんだあいつは」
なにと言われても困る。だがその男性の血走った目が、私にこう訴えていることだけは分かった。この家に住む女は化け物なのか、と。