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『拝み屋集団・天正堂三神派、三神三歳の日記』
某月某日、雨。
この日は夜半過ぎに電話があり、「身体中に赤痣が浮かんでくるようになった、病気か」とUから迫られた。医者を呼べ、病院へ行けと促すも、頭痛が酷く動けない為、治まれば行くとの返答。私の方で救急車を手配しようと提案するも断られる。渋々、具合を見に彼女の家を訪れた所、既にその痣とやらは消えていたが、電話で話した時よりもさらに体調は悪化して見えた。Uは、
「三神さんの経験則には、赤い斑点が出たらすぐ死ぬ兆候だとか、そういうのはない?」
と、あくまでも冷静さを崩さぬ調子で私に聞く。しかし私が「ない」と答えると、幾分ほっとした顔で頷きベッドに横たわった。そもそもUという女性は、たった一度だけ最初の電話で愚痴を言ったきり、その後幾度か会って話をした折にも、自分の人生を嘆くということを決してしなかった。これまで歩いて来た自分の人生を俯瞰で見つつ振り返りながら、だから辛かった、だから悲しかった、という心情を口に出したことが一度もなかった。それがここへ来て、「死ぬ兆候などではない」と言った私の言葉に頬を緩めたUの表情を見た時、私は心に決めたのだ。
「仕事を引き受けよう」と私は言った。「お前さんには何かがあるようだ。今はまだそれ何なのかは分からぬが、お前さんに降りかかる止まない雨の正体を、このワシが解き明かしてみせよう」
赤い痣がUの噓でないことは、彼女の住む家に入る前から分かっていた。まず、家の前に立った段階で強烈な血の匂いを嗅いだ。それから、肉の腐った匂い。玄関前に立って周囲を見回すも、それらしき異変は見られない。遅い時間の為、歩きまわって確かめるわけにもいかず、諦めてUの家の玄関扉に手をかけた。その時初めて、Uの家から好ましくない波動を感じ取った。何かが家の中から私の身体を押し返そうとするのである。私は霊体ならば肉眼で見ることが出来るし、見えない場所にいても存在を感じ取る事が出来る。今回のように全く知覚出来ない何かに侵入を妨げられる経験は久しくなく、不安と気味悪さに苛まれて背筋が凍り付いた。
己に発破をかけ、えいや、と足を踏み入れた瞬間喉元を何か質量のある重たいものが通過した。なんとか飲み下したものの、それからずっと胃の中に留まり続け、ゆっくりと回転している。