[4]
『拝み屋集団・天正堂三神派、三神三歳の日記』
某月某日、晴れ。
昨日の続き。
要するにUは、私はおろか誰にも電話をかけてすらいないと言うのだ。にわかには信じがたいが、あり得ぬ話ではない、とも思う。人は、会うべき人間とは意図せずして出会うようになっている。今回の場合はそれが私だったのか、私を通して今後出会う予定の誰かだったのかまでは分からないにしても、話を聞く価値があることだけは確かなように思えた。
私が自分を三神三歳と名乗り、己の職業が拝み屋であることを正直に説明すると、さすがの出来過ぎにUも面食らったらしく、「あはは」と笑って「ふざけてんのか」と言った。これも何かの縁であるし、仕事を依頼せよと迫るような無粋もしない、今この瞬間に言いたいことがあるならそれだけでも聞こうと提案すると、Uは数秒訝しむような空気を漂わせた後、言った。
「まあ、言いたいことならたくさんあるよ、そりゃ。けど顔も知らない赤の他人に何を言った所で虚しいだけじゃない?」
「だろうな。だが聞き流すような真似はせんよ。そうして欲しければ別だがね」
「…暗い話でもいいの?」
「かまわんよ」
「じゃあ…長いと思ったら、勝手に電話切ってね」
「そうしよう」
「なんていうか」
Uはそこで一旦言葉を切り、ためらいを含んだ呼吸音だけが私の耳を撫でた。
「…ずーっとね。雨が降ってるんだよ」
確かにその日は、一日中雨降りだった。だがおそらくそういう意味で発せられた言葉ではないのだろう。Uは続ける。
「不幸自慢なんかする気もない。だけどどこかの段階で、一度くらいは誰かに向かって愚痴っておかないとさ、こういう人間がいたんだってことが誰にも知られずに終わるんじゃないかって。…そう思うと、なんか、腹がたつじゃない?」
話の意味は、この時の私には皆目見当がつかず、ただ己の人生を嘆く言葉のようにも聞こえた。しかし電話越しに聞くUの声はなんとも甘く、年相応であれば気持ちを持って行かれかねない程蠱惑的に私の耳朶をなぶった。私には別れた妻がいる。今でも私の気持ちはその女性にある。だがもしそうでなければ、このUこそが私の出会いたかった運命の人なのではあるまいかと、そこまで思わせる程の不思議な魅力を放っていたのだ。