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005

遅くなりまして申し訳ございません。

 腹部がなんとなく苦しいような感覚で目を覚ます。大きく深呼吸して、意識を覚醒させようとするいつもの癖をしたとこで、様変わりしてしまった自分の部屋と纏わりつく髪の毛の感触を感じる。先程までの記憶が、改めて夢ではなかったことを実感してしまう。枕元に置いてあった時計を確認したところ、現在の時刻は午前10時となっていた。あまり長い時間眠り続けていたわけではないようだが、それでも学校には遅刻してしまった。

 携帯電話を確認しようとしたところ、紙のメモが張り付けてあった。

『欠席連絡は入れておいた セーヤ』

 うちには固定電話はない。学校に連絡するには俺か母さんの携帯電話から連絡を入れるしかないのだが、あいつはどうやってパスワードロックを解除したのかとか、また部屋に勝手に入ったのかとか、あと今はどこにいるんだといろいろ文句が先に浮かんできたが、休んで問題ない状況になったのは結構助かる。さすがに『きょうだいになった』からといって即座に携帯電話を持っているという事は無いと思うのだが。

 何かするべきこともないし、と考え時計を確認するが、気絶しているわけでもないのでそんなにすぐに時間が経過しているわけでもない。このまま着替えて出発すれば3時間目には間に合うだろうか……いやでも、今日はいいか。そう考えながら部屋のカーテンを開けて、


 窓の外を見ると、左目でしか認識できない闇が世界を覆っていた。

「正気かよ、これは……」

 右目では何も問題なく見えるが、左目の方は窓の外だけ真っ暗で、それぞれの家の窓から見える明かりや星空だけが光源になっている、ように見える。夜の暗さともなんだか微妙に違い、この暗闇を見ているだけで体調に悪影響があるような気がしてくる。現に明るさの違和感で頭痛がするくらいにはよくわからない。携帯電話でネットニュースやSNSを確認してみたが、当然情報が流れているわけでもなく、セーヤの方から声掛けをされたら、そのままバイトの案件となるのだろう。

「今日は休むと決めていたんだがな……」

 頭痛が酷い。どちらかの目を隠しておいたほうが良いかと思ったぐらいだ。少なくとも現状ならば、カーテンを閉めておけばとりあえずは違和感を防げるのだし。家の中に暗闇が侵食してこないことを祈ろう。

 それにセーヤが言っていた『認識していることを認識される』という心配があったので、とりあえずは自発的には行動しないことにした。いつの間にか……つまり性別が変わった結果厚手のカーテンに交換されていたようで、布越しならばそれほど大きな違和感はない。

「どうする……?」

 原因が何かは少し見ただけでは分からなかったが、探して回るようなことは早計だろう。さっきから頭痛も収まらないようだし、しばらくは安静にしておきたい。

 そう考えながら再び寝床に横になったところで、携帯電話が振動音を立てる。


 セーヤからだった。どうやら俺の頭痛が収まるのを待つことはできないらしい。そして、あいつは昨日の今日で携帯電話を手に入れていたようだ。


 メールの内容を確認するとこの暗闇は『落ちる夜』という名前の現象の中で、対処するには暗闇の中で一番大きな光源を探してくれということらしい。

 それくらいならば、家の中からでもできるだろうか。少し窓からのぞき込む程度ならば、あまり問題はないかもしれない。そう思って窓から外を見るが、本来の光源……即ち太陽が邪魔になってしまい、探すためには右目を隠しておく必要がありそうだ。現象というからには『認識していることを認識される』心配はないのでは? と説明のメッセージを読んでいる間に思い至ったが、どうにもそうではないらしい。そのあたりは全部一律で気をつけろ、とメッセージに追伸が書いてあったが、正直そんなものをどうやって気を付ければいいのだろうか。少なくとも俺側からどうにかできるような技能もない。


 身体を取り戻すために与えられた才能は、ただ単純に『怪奇(おか)しなものを見ることができる』だけである。寝る時にはサッサと身体を取り戻してセーヤともサヨナラしたかったのだが、この調子ではいつになるか分からない上に、いつか失敗して借金が嵩増しされてしまう可能性もある。難易度高くないか?

 そっちの方は後から考えよう、と思考を切り替えることができたら良かったんだが。頭痛のせいで考えるのが面倒になってしまった。まあ、結果として難しいことを考えずに済んだのは結果オーライか。


 本来の光源がそのまま見えていたら探すのは難しいだろうという考えで、右目は視界を塞いでおく必要がある。もし外に出る必要ができた場合は眼帯などがあればいいが、そんなものは持ち合わせていない……まあ、マスクを改造するなりして作ればいいので、こっちは問題ない。見つかってしまえば奇行だと言われるだろうが、そのあたりは後回しだ。


 現象だと把握していて、しかも名前がついているという事は、今までに何度かあった出来事なんだろうかと頭の中で考えが巡る。

 視界を片方塞いだうえで、何が明るいか分からない状態で暗い道を進む。正直なところ、交通やドブといった事情もあるので避けておきたいのだが……うーん、やりたくない。

 窓から探して見つからなければ、探しに出向く必要がある。この頭痛の中でそれは避けておきたいのだが……なんだか腹痛もしてきた。精神的に負担になっているのか、それとも風邪でも患ってしまったか。

 どちらにしても、さっさと済ませておきたい。

 右目に手を当て塞いで、窓の外を見回す。

 日光の温度は感じるのにほとんどの景色が闇という違和感しかない状態だが、去年の熱帯夜と似たようなものだろう、と考えながら窓から身を乗り出す。


 一番明るい光源は、すぐに見つかった。

 月だ。


 携帯電話でセーヤにメッセージを送り返す。数秒で了解、との返事が返ってきた。

 さて、拍子抜けするくらいに早く作業も済んでしまったしいろいろとすることが……いや、することは何もなかった。頭痛も腹痛も酷いモノだし、布団の中で蹲っておくべきだろう。

 痛みが収まるのが先か、それとも痛みで意識を喪失するのが先になるだろうか。

 そんなことを考えながら、布団に潜り込む。



「起きてるか」

 数分後か、それとも何時間か経っているのだろうか。部屋の中で声が聞こえた。セーヤのものだ。

 掛布団から手を出し振って返事の代わりにする。

「もうすぐ昼だ。コイツを飲んでおくといい。トイレの方にも必要なモノがあるだろうから、腹痛が酷いなら駆け込んでおけ」

 デリカシーの存在など知らないような言い方をする。もともと男であるから本来の女性ほどは気にしないんだと思うが、それでもなんだか気に障る。単純に頭痛と腹痛で気が立っているのもあるか。

 渡されたものは鎮痛剤とドリンクゼリー。昼が近いか過ぎているかは分からないが、朝食を取っていないのは確実なのでこういうのはありがたい。先程の無礼な物言いは不問にしてやろう。

「そういうのは良い。少しでも落ち着いたら次の仕事があるからな。それから、薬とドリンク代金は給料から差し引いておくからな」

「俺は声に出していなかったはずなんだが」

「目を見れば分かる」

「いやいや、そっちを向いてもいない……まあいいか。頭痛の原因が何か知ってるんだろ? バイトの影響だったり、それか身体が変化したせいで副作用だとかそういうのじゃないんだろうな?」

 俺の言葉に、セーヤは頬を掻く。言って良いのか悩んでいるような仕草だったが、すぐに悩みは解消したらしく、俺に原因を伝えてくれる。

「副作用と言えば副作用だが、少し違うな。それは生理痛という奴だ」

 聞いた言葉の衝撃が大きすぎたせいか、あるいは頭痛で集中力を欠いていたせいか。

 その時の俺は、『自分自身が視界の外にあるセーヤの行動』を認識していたことに気付かなかった。

 

 トイレに座り、なんであいつは言い淀んでいたのだろう、と考える。考えてもどうしようもないことではあるが、腹痛と頭痛の方から意識を逸らしたかった。

 道具の方の使い方は俺の知識にはなかったが、身体のほうが知っていたようで、失敗することはなかった。

 携帯電話で情報を調べながら見ていたのもあるが……多分問題ないと思う。

「はぁぁぁ……」

 自分でも信じられないくらいに大きなため息が出てしまった。

「あいつ、俺が生理痛で休むって学校に連絡したのか……?」

 それは嫌だな、と。なんちゃって反抗期のような感想。


 頭痛が収まるまでの間くらいは、休みたいと思ってしまった。

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