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001

書きたいものが増える速度が、書ける速度よりも圧倒的に早い。

「やべ、殺しちまった」

 薄れゆく意識の中で聞こえた声は、どこかで聞いたことがあるような男のものだった。

 同級生か、それともクラスメイトか先輩か。聞いた覚えはあるのだが、混乱故か思い出すことができない。

 朦朧とする意識の中では分からない。

 自称進学校である学校の任意補修から帰る途中、自転車で帰宅途中で、それから人通りが少なくて。


 そのあと、何が起きた……?

 痛みは感じない。だが右手は動かないし、腰から下は感覚がない。

 聞こえて来た声が言った『殺してしまった』というのは、俺の命が風前の灯火であるということをいっているのだろう。


「こんなのバレたらどーすんだ、『ヘンタイ』送りじゃねえか?」

 男の声が聞こえる。

「変態じゃなくて、殺人犯だろ」

 他に言うこともあるだろうに、自分の口から出た言葉はそんなものだった。とはいえ、聞こえたかどうかはわからない。嘔吐した液体が口を塞ぎ、滴る音を立てた。


「ッ、まだ生きていたか。良かった、なら助けられるか? ああでも……いや、ここでこいつが死んだほうがいろいろやばいか」

 彼はこちらの傍に屈みこみ、俺の腰に手を当てた……んだと思う。触られているであろう場所に対して鋭い痛みが走り、その刺激が来るたびに視界は薄く、暗くなっていく。が、それを感じていても動くことができない。


 彼が触れている場所が、明るく白んでいく。

 ああ、俺、死ぬのか。

 母さんに親孝行できるようになる前にこうなってしまうことが、心残りだった。





「起きろ、学校に遅刻するという時間ではないが、説明と作業をする時間が必要だ。3時間あれば足りるだろうが、お前の混乱次第ではその限りではないぞ」

「はぁッ……!?」

 大きな声が出てしまった。


 声が出る。これが死後の世界だというのでなければ、あるいは先程まで見ていた光景が夢だった、という事でなければ俺は生きている。

 学校から家へ帰れた記憶はないが、今俺は俺の家にいる。家具の配置から放置した荷物、机の上に汚く置かれた作りかけの趣味のもの。ただ1つの要因を除けば、完全に一致している。

 先程……いや、時間にして考えればもう10時間以上経っているのか。俺のそばに立っていたであろう男が俺の部屋にいる。


 茶髪に染められ頭頂部は色が元に戻っている。黄色の宝石のようなものが付いたピアスと、それと同じ形、しかし石が赤いピアスが、左耳に1つずつ付けられてる。

 その装飾を除けば、俺に似ていた。兄弟がいればおおよそこんな感じだろう、といった感じの差異。そのほかに目立つ違いがあるとすれば、深緑色の瞳か。


 何してるんだこいつ。おい、パソコンの画面の上に座るんじゃねえ。

 立ち上がりながらそう言おうとして、いつもの声……2.3か月前に声変わりして、まだ十分には慣れていない、その声が出なかった。

 出てきたのは、『女の子の声』としか言いようがない声。叫んだ時もそうだったし、立ち上がった視線も少しばかり低いものだった。視界にはあまりにも長すぎる髪の毛が舞い、足の裏に伝わる感触も柔らかいものだった。触るところを触れば、おそらくだがあるものがないし、無いものがあるだろう。


 部屋における『一致していないもの』とは、服装やカーテン、寝具などが女物に変わっているという事。俺の趣味がもし仮にプラモデル作成とかだったら、そのあたりも別のものに変わっていたんじゃないだろうか。

「なんで、とか言うなよ? 今からそれを説明するんだから。ひとつずつ、すこしずつ。な?」

 威圧するようにもとれるその口調に対し、口を開くことができなかった。


「まず、祐樹(ユーキ)。お前の身体を間違って壊してしまった。本来ならば謝るべきなんだろうが、こちらにも事情があって、『まだ』謝罪はできない。いろいろとやるべきことが終わってからになる。んで、なんで女の身体かっていうと、余ってる……失礼、現在借りられる身体で年齢が大きく違わないものが、その身体しかなかったからだ。本来のお前の記憶を写して、周囲には齟齬が出ないように記憶違いを起こさせて……期間はどのくらいになるかは分からないんだが、優紀(ユーキ)として生活してもらう。修理期間中の貸し出しってやつだな。それと、お前の身体を工面するために少し足りないものがあったんでな。お前に『バイト』してもらうことになった」


 何を言っているのか、こいつは。

 小説だとか漫画とかで、いきなり現れた美少女がー、とか、見たこともない動物であるとか、喋るよくわからない道具だとか。

 あんな風に簡単に受け入れることなんてできないんだなぁ、と思うしかなかった。いやまあ、変に馴れ馴れしい男であるせいかもしれないが、そんなことは管轄外である。

 目の前で手を振られて生きているか、あるいは起きているか、と確認されているようだが、その手を払いのけて頭の中で思考をまとめる。


「つまり、お前の不手際のせいで女になって、ついでに無報酬で労働させられるっていう話でいいのか? ふざけてるのか?」


 キッと睨みつけてみるが、外国人のリアクションでやるような、やれやれといったポーズを取られるだけだった。キレそう。

「まあそう言うな。バイトとは言ったが、お前が考えているような普通のものじゃあない。だが確かに全額天引きという訳にもいかないし、そうだな……こっちの世界では通貨が違うから現金での支給はできないが、なにか換金できるものを達成ごとに報酬として渡す。これなら問題ないだろう?」


 母親の方に言い訳する理由にもなるだろう、と彼は告げる。

「と、待て。お前。ずっと俺の部屋に居座るつもりか? そもそもなんで俺の家を知っている」

 こんな奇妙な奴が部屋にいるというのは、正直気持ち悪いとしか言いようがない。もし『俺にしか見えない存在』とかだったら、とんでもなく頭が残念な奴という認定を受けてしまうのは間違いない。


 それに、あの時住所が分かるようなものは持っていなかったはずだ。自転車にはもしかしたら書いてあったかもしれないが、俺の記憶では書いていたそれは薄くなって読めなくなってしまっていたはずだ。


「家の方は……前に来たことがあるからな、知っていたんだよ。それから、暫くは隣の部屋にいるつもりだ。設定は従兄、お前の父親と俺の両親が同時に事故で死んで、その時からこの家にお世話になっている、っていう感じで良いだろう。寝具やらは俺で用意しておいたし、そのあたりの迷惑はかけない」

「知っていた、って……」

 どういう事だろう。それから、普通の居候としているつもりか。

「親父に兄弟はいなかったはずだが?」

 たしかそうだった、と思う。親父が死んだのは俺が幼いころの話だから、もしかしたら叔父や叔母がいても知らなかっただけかもしれないが。


「『居た』ことになっているんだよ、今は。死人の存在を捏造するわけだから、そのあたりは記憶をぼかしていても問題ない。お前の身体に関する修正の方が手間がかかってるんだなこれが」

 そんなことも知らないのか、と言わんばかりの演技っぽい態度で言ってくれやがる。知る訳がないだろう。

「いや、それはお前が俺の事を殺しかけたせいだろ。そもそもあんなことがなければこんなことにはなってないはずだが」

 そもそもの原因がこいつのせいなのだ。不注意による交通事故だとかそういう話ではなく、こいつに何かされた、あるいはこいつが原因で何かが起きた。


 声が慣れない。滑舌にも違和感があるし、筋力が違うから重心も結構変わってしまっている。具体的に言えば、胸とか。

 ふう、と息を吐きまだ暗い外を見る。


 窓ガラスに映っている今の自分の姿は、当然の権利を主張するかのように女のものだった。腰にまで届きそうなほどの長い髪で毛先の方は少しだけウェーブがかかっている。目尻は若干下がっていて、左目のそばには泣き黒子がある。頬や顎の髭は無くなり、その感触もかなり柔らかいものになっている。肌の色は結構白くなっているが、不健康そうなものではなく……と、何を分析しているんだ。

「しっかり確認しておけよ。その身体には慣れておいてもらわないといけないんだから」

 変態に文句を言おうとして、しかし面倒だから、と窓越しに見ようとして。


 そいつの姿は、窓に映っていなかった。


「は?」

「おっと、あんまり大きな声出すなよ? もし俺の姿が鏡……今なら窓か。それに反射していないなら、バイトの第一面接は終了だ。今の状態の俺はここに存在していない。所謂霊体、といって分かるか? 今のお前の目には、直接見た場合それが見えるようになっている。物質的には存在しないそれらがな」

 じゃあやっぱり、こいつは幻覚で、それから現状が夢なのだろうか。抓って試そうかとも思ったが、そもそも夢の中でも普通に痛みがあるのでそういったことは判断基準にはならないのだ。

「こっちを向いて聞いてくれるか。もし現実だと思えないなら、長い夢だと思ってくれればいい。本当のお前はあの場で交通事故に遭って、そのまま意識不明。その間夢を見ている。そういうことにしておいてもいい」

 少し真剣な目つきになって、そいつが言ってくる。

「それは……大丈夫だ。夢を見ている時には現実と間違えるかもしれないが、現実を夢とは……間違えられない」

 意識がだいぶはっきりしてきている。現実だと信じたくないようなものでも、間違えられない。

「そうか。じゃあそのまま続けよう。俺のピアス、見えるか?」

 さっきまでのふざけた様子は鳴りを潜めて、彼は左耳のピアスを指さす。

「その赤い奴と黄色い2つのことであってるか?」

 さすがにそれは間違えないだろう。ちゃんと見える。

「あっているが正しくないな。片目ずつ目を閉じて見てみろ」

 指図するような言い方に少し納得がいかなかったが、そうしてみる。なんとなくではあるが、逆らい続けるのは難しいような感覚だった。


 右目では黄色のピアスが、左目では赤いピアスが、目に見えなかった。どちらも同じ1つのピアスだった。


「その表情を見ると、ちゃんと分かったみたいだな。お前に頼む労働というのは、それぞれの目でしか見えないものを探してほしい、っていう内容だ。たとえばお前を殺しかけたこのワイヤー。右目でしか見えないはずだ」

 鋭い金属製のそれが、俺の目の前に晒される。改めて言われたそれは、右目にしか見えなかった。


「本来ならお前が引っ掛かるはずはなかったんだが、俺が仕掛けたものという条件が付いていたからお前に危害が出てしまった。それで、だ。お前が引っ掛かった時に別の奴を取り逃してな。最初のバイトは、そいつを捕まえるのを協力してほしいっていうことだ」



 聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするのだが、深く考えずに頷いてしまった。軽率すぎる……。


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