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第六十一話 モヒカン男マイケルの憂鬱

次回は五月五日に投稿します。

 

 マティス町長はテーブルの上に置かれたQP硬貨に手をつけることはなかった。

 ハイデルは恨めしそうな目つきでマティス町長を見ている。


 「落ちぶれた俺たちを見下して、それで満足か。融合種リンクス


 今のハイデルの声色には嫌悪と侮蔑しか感じられない。

 ハイデルは他人も自分自身も心底、嫌悪していたのだ。

 戦争中は最初に帝国から協力という名目で服従を強いられて戦場に駆り出された。

 小さな国の郷士の三男だったハイデルは属国の兵士として戦場では盾の代わりに使われて、同郷の友人や肉親を多数失った。

 敗戦に次ぐ敗戦で身も心も削られて戦場を彷徨っていた頃に敵軍の総大将グリンフレイムによって拾われた。

 グリンフレイムは力無き者たちの希望だった。

 少なくともハイデルにとっては今でも高潔な理想とそれに相応しい実力を持った英雄である。

 他の人々の言うような野心的な俗物ではない。

 戦後、ハイデルが敗軍の兵士として帝国領まで連行された時に一番辛かったのは恩人であるグリンフレイムが仲間の裏切りが原因で敗北して追い詰められた先で若い英雄に倒されてしまった事と、それまでグリンフレイムの支持者だった者たちが敗北が決定した直後に手の平を返すような扱いをしたことである。


 曰く、ペテン師。

 誇大妄想家。


 ハイデルは自らが傷つくことを恐れず最後まで戦い続けたグリンフレイムの勇姿を思い出す度に涙を止めることが出来なかったのだ。


 「ハイデルさん。貴男の言うように私は融合種リンクスとして生まれ、そのせいで今まで嫌な思いをたくさんしてきました。それは認めます。ですが、私は生まれてこのかた自ら進んで誰かを貶そうとかそういう風に考えたことはありません。今は私の言うことを信じてくれませんか」


 マティスは今にも泣いてしまいそうな表情をしている。

 ハイデルは目を合わせようとはしなかったが、内心ではひどく惨めな気分になっていた。


 くいくい。


 場の雰囲気がいい感じに湿ってきたその時、不意にマティスのシャツの袖を引っ張る者がいた。

 マティスはもしや速人がトイレの場所でも自分に聞こうとしているのかと思い、そちらの方を見る。ハイデルもマティスの様子が気になって頭を上げる。


 「親父おやっさんたち、真剣な話している最中に悪いとはそろそろこっちの話にも参加してくれ」

マティスを呼ぼうとした相手はセオドアだった。


 今やマティスとハイデルを除く男性陣はテレジア率いるアマゾネス軍団によって部屋の端に追いやられている。

 その様子たるや正に「世紀末!男対女、最終決戦!」の様相を呈していた。

 ダイアナを先頭とする女たちが武器を持ち出していないのは後ろでセオドアの妻が監視しているだろう。 テレジアの娘たちは義理堅く頼りになる存在だったが、子育てや家事は皆苦手だったのだ。

 そういった経緯から「困った時はアンかジュリアに頼む」という習慣がいつの間にか生まれているマティス自身も何度か手伝ったことがあるので彼女らの関係を熟知している。


 「つーかさ、話合いの席にヒヒの首を持ってこないとかアンタらやる気あろのかい!?」


 テレジアの長女ダイアナが威勢よく怒鳴りつける。

 今はカッツの代わりにテレジアの三男マイケルが男性陣が矢面に立たされていた。

 ちなみにエリオットは妻や子供たちと一緒にダイアナの近くにいる。


 (これは容姿の差か。世知辛いな…)


 速人は気弱なモヒカン軍団と貴公子然としたエリオットの姿を見比べる。

 どちらも目鼻の整った美男子(※モヒカンは全員、綺麗な顔をしている)には違いないがやはりエリオットはケタが違う。

 速人はわずか十歳にしてイケメンの世界にも格差が存在することを知ることになった。合掌。


 ダイアナたちの主張を要約するとサンライズヒルの住人にとって、ドワーフたちの来訪は必ずしも好ましい出来事ではなくマティス町長とエリオットとセオドアによってギリギリの均衡が保たれている状況らしい。

 現時点でドワーフたちの居留に対して何らかの対価が支払われない場合は住人たちから猛烈な抗議が出ることも否定出来ない、とダイアナたちは訴えている。

 速人自身特に町の中を見て回ったわけではないがサンライズヒルの町の住人の多くは融合種リンクスであるということなのだろう。

 尤も当のダイアナを含めるテレジアの家族は例外なのだろうが。


 速人はダイアナの右肩に残る刺青の跡を見る。

 速人の視線に気がついたダイアナは気まずそうな顔をしながらその部分を手で隠してしまった。


 「時にダイアナさん。仮にカッツさんたちが借地料を支払うとして、どれほどの金額を要求するおつもりですか?」


 速人はダイアナの心の間隙を突くように質問する。

 ダイアナは歯切れの悪そうな表情で答える。


 「私は見ての通りカネってヤツには縁がないからよくわからないけど、町にやってきたドワーフたちは全員で30人くらいで寝床と水の面倒を見ているからね、一人につき100QPとすると3000QPくらいじゃないかい?子供の分は勘弁してやるよ」


 ダイアナからは現実的な答えが返ってきた。


 (ううむ。ひと月の借地料としては破格の安さだが、町の財政を考えれば妥当というところか)


 速人も思わず頷いてしまう。


 「他は人食いヒヒの首。よその奴らとの話合いには絶対に外せないね。そこエリオットだってジェナを嫁にする時は母様に疾火鳥ラピッドファイア(※ナインスリーブスに生息するダチョウのような動物。常に火を纏っている)を獲ってきたんだ。この町の連中に馴染みたいっていうならせめてヒヒの首くらい用意しろってね」


 ダイアナはジェナに向かってウィンクをする。

 ジェナとエリオットは身内から弄られて顔を赤くしていた。

 あまりのカルチャーショックに唖然とする速人の背後にセオドアがやって来た。


 「ヒヒの首に関しては町の住人の総意ってわけじゃないからな」


 速人はしっかりと首を縦に振っておく。


 「残念ながら今の私たちにはとてもじゃないが3000QPもの大金は用意できません…」


 カッツはダイアナの出した条件に対して、消え入りそうな声で答える。無論カッツとてダイアナに特別な悪意がないということは重々承知している。

 第十六都市周辺の地域の相場は知らなかったが、50人もの人間が生活する空間を提供する代金としては安すぎるくらいだった。

 だが不遇の極みにあるカッツたちにとっては支払い得る金額ではない。


 カッツは一人、歯を食いしばる。


 ドワーフ族というものに対して良い感情を抱いていないダイアナたちでさえ譲歩してくれているというのにカッツたちはマティス町長の厚意に甘えるばかりで何も報いることは出来ない。

 サンライズヒルの人々は身を削りながら無関係なカッツたちを受け入れようと努力しているのだ。


 (あの男さえ。あの男さえいなければ…ッッ!!)


 ついに我慢が限界に達したカッツは普段から不満に思っている禁句を口にしてしまった。


 「畜生…。あの男が、火炎巨神同盟ムスペルヘイムの首領グリンフレイムが親父たちに余計なことを言わなければ故郷から逃げ出さずに済んだのに…」


 火炎巨神同盟ムスペルヘイムの首領グリンフレイムはカッツの運命を悪い方向に変えてしまった男だった。

 カッツにはグリンフレイムとの直接の面識は無いが言葉巧みに人心を操る術に長けている狡猾な人物だと、周囲から聞かされている。

 そんな男が相手ならば故郷の救難を憂う、愚直な性格のハイデルたちを騙すのはさぞ簡単なことだったろう。


 バッッ!!


 その時、ハイデルがカッツの横面を張り飛ばした。

 実父のこれまで見たこともないような怒りの形相にカッツは驚くばかりだった。


 「カッツ!もう一度、俺の前でグリンフレイムを悪く言ってみろ!俺はお前を絶対に許さんぞ!」


 ハイデルは涙を流していた。

 自分たちの犯した過ちはいくらでも認めよう。ハイデルの実子であるカッツならば父親の愚行を責める権利はいくらでもある。

 だがグリンフレイムへの侮辱だけは、例え血を分けた息子でも許せなかった。

 ダナン帝国という大国の脅威に屈し、散々こき使われてすり減らされた挙句に枯れて果てて死ぬしかなかったハイデルたちに希望の道を示してくれたのはグリンフレイムだけだった。


 「いいや、何度でも言ってやるよ!グリンフレイムのヤツは親父たちを利用しただけだ!親父こそ、いい加減に目を覚ませよ!」


 カッツは泣きながらハイデルの襟首を掴みにかかった。

 ハイデルもカッツの襟首を掴む。


 その時、テレジアが突然二人の間にぬっと割り込んで投げ飛ばしてしまった。

 正しく鎧袖一触である。


 放り投げられたカッツの身体をセオドアが、ハイデルを速人が受け止める。

 受け止めた瞬間、速人はハイデルの背中が異様な熱さを感じ取る。


 (まさか…)


 速人は急いでハイデルの容態を確認する。

 ドワーフ族に多いダークブラウンの瞳は充血し、心臓の動悸と呼吸いきも荒いものになっている。

 この時、速人はハイデルの身体が高熱に冒されていることに気がついた。


 「そこまでだよ、坊やたち。親子喧嘩ならお家に帰ってやりな」


 テレジアはセオドアに抱き抱えられているカッツを見下ろしながら言った。


 「あんたは黙ってろよ!これは俺と親父の問題だ」


 カッツは立ち上がって今度こそ父親と過去の経緯について話し合おうとする。

 グリンフレイムとハイデルの間に何があったかはどうでもいい。

 カッツは、もうハイデル一人に一族の凋落の責任を背負わせたくない一心だったのだ。


 テレジアはつき合っていられないと言わんばかりに背を向ける。

 そして、”あの時”のことを思い出さないように目を閉じた。


 立ち上がったカッツの前に大きな人影が立ち塞がる。

 影の正体は、見た目に反して草食系のモヒカン男マイケルだった。

 カッツは少しばかりイキって強気になっていたものの自分の体格と比べて見上げるほどの身長差があるモヒカンの男を前にしては何も言えなくなってしまう。

 絵面的には関東一円を暴力で支配するジー○団の首領○ード様と少女漫画に出てくるヤンキーに彼女を寝取られる幼なじみの男子といった感じてある。


 (※勿論、展開によってはこの男子ヒロインもヤンキーにやられてしまう。それが最近の少女漫画というものだ)


 「カッツさん。俺はマイケルってもんだがちょっといいか?」


 マイケルは外見に反して穏やかな、気弱そうな印象を受ける声の持ち主だった。

 これで袖の無い黒革のベストと素肌にピッタリとくっついたボンテージパンツ姿でなければ、カッツも普通に話を聞くことが出来ただろう。

 だが、肩や膝についているいかついスパイクが一旦視界に入ってしまっては身体の震えを止めることはできない。

 カッツは歯ぐきをガチガチささせながらとりあえず頭を立てに振る。


 「ええ。どうぞ…」


 この時、マイケルはカッツの対応を見て久しぶりに人間と会話をしたような気分に浸っていた。


 (これが人間同士の会話ってもんだよ。譲歩とか思いやりとかさ。ウチの姉妹はわけがわからなくなるとすぐに殴るからな)


 マイケルは腹が減っている時はいきなり顔面を殴ってくる長女ダイアナをチラ見した。

 弟の非難がましい視線に気がついたダイアナは中指を立て、マイケルを威嚇する。

 マイケルはすぐにカッツの方に視線を戻す。


 「悪いことは言わない。すぐに親父さんと仲直りするんだ。確かに俺たちはドワーフ嫌いだけど、グリンフレイムのことが原因で仲違いするってなら話は別だ。グリンフレイムは勝手に戦争を始めて、勝手に死んじまったんだ。あいつは他人なんて関係ない本当に大切な事は自分一人で決めちまう身勝手な奴なんだよ」


 ハイデルは速人の肩を借りながら、マイケルに問うた。

 ここまで来ればハイデルとて大方の事情を察している。

 かつてハイデルはグリンフレイムと共に戦っている時に彼の家族についての話を何度か聞いたことがある。


 「若造。お前ごときに何の権利があってグリンフレイムを否定する権利がある」


 マイケルはダイアナとテレジア、そして自分の兄弟たちの顔を見た。

 ダイアナはマイケルの方を見ようともせずに、腕を組んでいる。

 テレジアは皮肉っぽく口の端を吊り上げていた。


 「あるさ。俺は巨人族ヨトゥン、グリンフレイムは俺の親父だからな。ガキの頃の話だけどちゃんと覚えているぜ。親父はある日突然何も言わずに俺たちの前から姿を消しちまった。その後はお尋ね者の一族っていう理由で住んでた場所から追い出されて、サンライズヒルに来るまではずいぶん色々なところを回ったもんだ」


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