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第六十話 ドワーフ族との話し合い

次回は五月二日に投稿します。


 「どうぞ、カッツさん。何もない部屋ですがお寛ぎ下さい」


 カッツはとりあえずマティス町長に頭を下げる。

 カッツは「差別主義に味方しろ」という教育を受けたわけではないが、親類から遠縁の者まで率いてサンライズヒルまで逃避行を続けている間にドワーフという種族に生まれたことで様々な理不尽を強いられてきた経験から、彼は必要以上に慎重な性格になっていた。


 マティスと彼の義理の息子にあたるセオドアは人当たりの良い笑顔でカッツと父親のハイデルを迎え入れてくれたのから感謝しなければならない。


 (オヤジの機嫌、何とかならないかな。変なことを言いださなければいいんだけど…)


 カッツは心配しながら後ろのいるハイデルの姿を見る。

 しかし、ハイデルは相変わらず不機嫌そうな顔のままカッツの後をついてくるだけであった。


 「こちらこそ、いつも迷惑ばかりおかけして本当にもうしわけありません。何から何までお世話になっているというのに…」


 ガチャ…。


 セオドアはドアノブに手をかけて扉を開けた。

 ハイデルは誰とも目を合わせようとしなかったが、マティスとセオドアは嫌な顔をしてはいなかった。


 「困った時はお互い様ですよ」


 扉の先には厚手の革鎧に身を包んだ屈強な女戦士たちが立ち並んでいた。

 何という殺気か。


 ガチャッ。


 セオドアは一旦扉を閉める。


 そして卑屈そうな笑顔で人差し指を立て「ワンモアチャンス」と言ってから、もう一度扉を開けた。


 ガチャッ。


 部屋の中にはさっきよりも威圧感が半端なくヒートアップした戦士たちが待ち構えていた。


 セオドアのまどろっこしい対応に業を煮やしたテレジアが怒鳴りつける。


 「セオドア、何やってんだい!!さっさと入って来ないとキンタマ潰すよ!?」


 テレジアは手斧ハチェットを振り回そうとしたが近くにいるジュリアの殺意が込められた視線を感じて途中で止めた。

 結局、青い顔をしながらセオドアたちは部屋に戻ることになった。


 「あの、マティス町長。こちらの方々は…?」


 カッツは唇を真っ青にしながら恐る恐る尋ねる。

 カッツの隣にいたカッツの父親ハイデルがマティスの代わりに答えた。


 「フン。先の大戦の原因を作った巨人族の生き残りかどもか。融合種リンクスがこんな奴らを雇って何をしでかすつもりだ」


 ハイデルは敵意を隠そうともせずにテレジアを睨みつけた。


 ダナン帝国が誕生するまでの間、ドワーフを始めとする幾つかの眷属種ジェネシスは巨人族によって隷属を強いられた歴史がある。昔気質の典型的なドワーフ族であるハイデルの性格を考えればこの対応は当然というものだろう。


 ハイデルの不穏当な発言に色めき立つ家族とは逆にテレジアは不敵な笑みを浮かべながらハイデルの言葉を取って返す。


 「戦争ってのは生き残ったヤツが正しくて死んだヤツが全部悪いものなのさ。差し詰め、帝国貴族に歯向かって見捨てられたアンタらは負け犬のさらにその下ってところかい?」


 ハイデルはすぐに言い返そうとしたがすぐに言葉に詰まってしまう。


 かの大戦後、ハイデルの代わりに戦犯として連行された父親のことを思い出してしまった。

 老いた父はハイデルを庇う為に法廷では一言も喋らず帝国における終身刑を受けることになった。

 ハイデルの父は、監獄で過酷労働を強いられた挙句に風邪をこじらせて無くなってしまったらしい。

 その間、ハイデルとその家族は逃げることで精一杯で、父に面会どころか手紙を送ることさえ出来なかったのだ。

 ハイデルの背中に父親を見殺しにしたという重責がどっとのしかかる。


 しかし、暗い表情のまま項垂れるハイデルをテレジアは一個だにしない。


 テレジアは今も尚、一族を背負って生きなければならないのだ。

 それは死んだ先達との約束であり、自らの意志でもある。


 「まあ、こんな萎びたジジイを痛めつけてもしょうがないね。ドワーフの坊や、用件があるならさっさと言いな」


 カッツは恐怖のあまり鼻水を垂らしながら涙を流していた。


 カッツの容姿は今でこそ荒んだ環境で過ごしてきた為に随所に汚れが目立つが元はダークブラウンの髪と青い瞳の実齢よりも若く見られがちな好青年である。


 「あうあうあう」と悲鳴を漏らすばかりで色々台無しな状態になっていた。


 セオドアは似たような経験があったので背中をさすって宥めようとしている。


 「速人。やっぱテリーが相手じゃ駄目だ。お前が話を進めてくれ」


 「了解」


 テレジアは再び不快そうに舌打ちをするとソファに背中を預ける。

 マイケルに家からジンを持ってくるように命令しようとしたが、そこでまたもやジュリアの妨害にあって不貞腐れてしまった。

 マティス町長の家では、子供の前で酒を飲むのは禁忌タブーらしい。


 マティス町長といえばジュリアに説教をされているテレジアの姿を見てもうしわけなさそうな顔をしている。

 おそらくマティス町長は酒を飲むと大騒ぎするタイプなのだろう。


 考察中断。


 速人はショック状態から立ち直ったカッツにどういった用件でマティス町長の家に来たのかを尋ねることにした。


 (父親まで同伴するには、他に何か大きな事情があるのかもしれないな)


 速人はカッツの顔をじっと見つめる。


 「始めまして、カッツさん。俺の名前は速人。町の人間ってわけじゃないが旅の休憩がてらにお世話になっている者だ。俺はカッツさんたちのことを悪く思っているわけじゃないし、そっちの事情を根掘り葉掘り聞いて回るつもりもない。だから安心してくれ」


 速人は笑顔と共に語りかける。


 (これで少しは話しやすくなったかな?)


 そんな速人の思惑とは裏腹にカッツの顔はさらに真っ青になってしまった。


 「ブタが人間の言葉を喋っている…!お、俺はおかしくなっちまったのか!」


 カッツは恐怖のあまり大声で叫ぶ。


 ダダッッ!!…グシャアアアッッ!!


 一瞬でぶち切れた速人はカッツの身体を階段のように駆けあがり、顔面に右ひざを叩き込んだ。


 「この技で勝負を決めれば一瞬にして億を稼ぐ」という伝説を持つプロレス技シャイニングウィザードだった。


 「がはあッ!!」


 口から大量の血を吐いてカッツは仰向けになって倒れてしまった。

 速人は失神したカッツの上半身を起こして意識を取り戻させる。


 「はは…。よく見れば新人ニューマンの子供か。ごめんね。私は小さい頃から悪いことをするとブウブウさんに地の底に連れて行かれると言われて育ったからね。てっきり豚の化け物かと思ってしまったよ」


 「威勢がいいな、若造。もう一回、行っておくか?次はお前の頭が爆ぜるぞ」


 速人の目は真剣そのものだった。カッツは反射的に視線を下に向けた。

 怒り心頭を発する速人に代わってマティス町長がカッツに話を聞くことになった。

 マティスはカッツ自身が実はセオドアやエリオットと同世代であることを知っている為か、つい同情的になってしまう。

 今のカッツの姿は数日前にあった時よりも疲れた様子だった。

 サンライズヒルはお世辞にも豊かな町であるとはいえない。

 助けを求めて訪れたドワーフたちに十分な水分、食料支援も出来ず土地を貸すくらいがせいぜいだった。


 「カッツさん。そちらの方で何か問題でも起こったのですか?」


 カッツは下を向いたまま一向に話そうとしない。


 実は、今カッツたちが暮らしている土地の借地料を払う金が用意できなかったのだ。

 期限は特に指定されなかったが既に一か月以上は世話になっている。

 日雇いの仕事で金銭を用意しようともしたが素性を明かせない為に満足な稼ぎを得ることも出来ない。

 さらに追い打ちをかけるように一週間ほど前の洪水のせいで病床に伏せる者まで現れてしまった。


 今、手元にある小銭も市場で故郷で使われている通貨や家財道具を売って稼いだものだがまるで足りないことはカッツ自身が一番よくわかっている。

 また居留地の井戸から水が出なくなってしまったので水筒を持ってきたが、先ほど町の住人たちの会話を聞く限りでは自分たちと同じような状況になっていることを知らされたばかりだ。


 (借地料は期限までに払えない。水を分けてくれ。こんな都合の良い話など出来るわけがない)


 自らの置かれた状況を鑑みて、カッツは押し黙るばかりであった。


 「何も言わなければ町長が指を一本ずつ折ると仰っている」


 速人はカッツの左手の人差し指を握った。

 カッツは逃げようとするが、そこが素人とヌンチャク使いの違うところか日頃の家事で鍛えられた剛力で押さえつけられている為に脱出することは叶わなかった。

 カッツは両目から涙を流しながらドワーフの居留地の現状について語ることになった。


 「マティス町長、ごめんなさい。実は借地料を支払う為に町の外で働いてみたのですが全く稼ぐことはできませんでした。そこで市場で家財道具を売ってどうにかお金を集めたのですが…」


 カッツは小さな袋をテーブルの上に置いた。

 おそらく袋の中身は100QPにも満たない貨幣だろう。マティスはカッツのたちの事情を知っていた為か、袋に手を触れようとはしなかった。

 しかし、速人はカッツの差し出した袋を取り上げて中から十数枚のQP硬貨を取り出した。

 速人はテーブルの上に次々と硬貨を並べて総額を数える。

 

 カッツの持ってきた金額は合わせて75QPだった。


 「まさかこんなはした金でぇぇ、借地料でございますぅぅ。…とか言わねえよな。なあ、お兄ちゃん?」


 速人は並べた硬貨を指で弾きながら袋の中に戻している。

 速人の背後にいる幻の柄崎と高田が心配そうな顔で奴隷君カッツを見ていた。


 「何?お前ら、殴られたいの?」速人が一喝すると樋崎と高田の幻影はすぐに消えてしまった。


 「マティス町長、コイツどうします。例の焼き土下座、行っておきますか?」


 速人は利根川カッツの頭を掴んでニンマリと笑う。


 カッツは助けを求めるような目でセオドアを見るが肝心のセオドアは白髪を引っこ抜いて「俺も年齢としをくったな」とか言って現実逃避をしている。

 

 だがマティスはもてる勇気を振り絞り、真っ青な顔をしながらも否定の意味を込めて首を左右に振った。


 テレジアは嫌味たっぷりに速人の意見に同意する。


 「ははっ!いい趣味してるじゃないか、坊や!!ちょうど暖炉もあるしこの部屋で焼肉パーティーしながら、こいつら親子をジュウジュウするのも悪くないかもねえ?」


 テレジアは事実上の死刑宣告を受けて真っ白になったカッツを見ながら豪快に笑った。

 恐いもの知らずのテレジアの娘たちも流石に今回ばかりは笑っていない。


 「冗談はともかく(※誰もそういう風には聞こえなかった)。マティス町長、最初から借地料を払うとかそういう話はあったのですか?」


 「それこそまさかさ。大体、こんな貧しい助けを求めて来て下さった人たちからお金なんて取るつもりはないよ」


 マティスの話を聞いたカッツの表情が明るいものに変わる。

 だがダイアナは話が終わってからすぐにマティスの言葉に反発した。


 「何言ってんだい、マティス!!サンライズヒルの連中はみんな毎日ギリギリで助け合いながら生活しているんだ!!こんな話し合いの席に人食いヒヒの首を持ってこないような奴らの話を聞く必要なんてないよ!!」


 「そうだ!そうだ!話し合いがしたければ人食いヒヒの首を持ってこい!!この田舎者め!!」


 ダイアナの訴えに呼応するかのようにダイアナの妹たちは一斉に声をあげる。

 「ヒヒの首を持ってこい!」という非難の大合唱を浴びながら、カッツは心の中で「お願い。もう堪忍してえ!!」と叫んでいた。

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