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第五十七話 嵐の予感

次回は4月23日に投稿します。


 マティスの屋敷はサンライズヒルにある他のどの家よりも立派な作りの家だった。

 一度に五、六人は通れそうな大きな扉。内と外、共に汚れが目立つが多分数日前の洪水の被害によるものと思われる。

 目立った不潔さを感じさせないのはマティス町長とその家族の努力によるものだろう。


 エリオットは扉に手をかけると豪快に開ける。

 もちろん速人は引きずられたままである。

 エリオットは玄関に置いてあるバケツの中から布巾を取り出して、自分の靴についている泥を落とした。

 その後、速人の履いている草履を脱がせて素足を拭いてくれた。

 

 速人は汚れた草履のまま屋敷の中を歩くのも悪いと思い、草履を手に持ってお邪魔することにした。


 マティスの屋敷の中は簡素だが十分な広さを持った空間だった。


 エリオットは応接間に到着する前にマティスの屋敷は第十六都市の防衛軍が会議をする場所として作ったことなどを教えてくれた。

 その他に、エリオットが町長を先生と呼ぶのは幼い頃に家庭教師として色々な事を教わったという経緯についても聞き出すことが出来た。

 その途中、エリオットは自分のことを「私」ではなく、「僕」と呼ぶようになっていた。


 (まあ、信頼されているということなんだろうな)


 速人は最初から必要以上に仲良くなるつもりは無かったので気おくれしてしまう。

 速人とエリオットはそのままネズミ色の絨毯の上を歩きながらテリーという人物が待つ応接間に向かって歩いて行く。

 そして二人は応接間の前にある扉の前にまでやって来た。

 エリオットが神妙な面持ちで速人に説教を始める。


 「速人君。これから僕たちはテリーさん、いや僕の妻のお母さんに会うことになるのだけれど注意して欲しいことがあるんだ。彼女は由緒正しい生まれの女性でとても礼儀作法には厳しい女性なんだ。彼女が怒る時は子供にも容赦はしない。ここを開けたら必ず挨拶をするんだよ?」


 エリオットは鼻の穴をこれでもかと広げ、息を荒くしながら語った。

 心なしか目がイっている気がする。

 しかし、速人はエリオットの気合の入り様に不安を覚えるが早々にサンライズヒルの町を立ち去りたかったのでおとなしく従うことにした。


 「わかった。というかさ、俺たちは町長に挨拶したんだしこれが終わったら解放してくれよ。あんまり期待していないけれどゲートの前で逃げる時にバラバラになっちまった村の仲間たちと待ち合わせをしているんだからさ」


 速人の本来の目的はゲート手前の町にある市場で牛一頭分の肉を探すことである。

 それが何故このような大冒険をすることになってしまったのか。今となっては速人にもわからない。

 多分、振った百面ダイスの目が悪かったのだろう。速人が今さら身の上に起こった不幸な出来事について考えないように努力しようとしているとエリオットはニッコリと笑っていた。

 おそらくは速人に気を使ってのことだろうが、正直に言うと余計なお世話だった。


 「もちろん覚えているさ。でもね、義母上はサンライズヒルを含める幾つかの町の警備もされているんだ。一度会っておいても損はしないよ」


 エリオットは殊更に笑いながら速人の肩をぱん、ぱんと叩いた。


 (コイツは地力の馬鹿力か)


 エリオットの骨まで響きそうな怪力を速人は引きつった笑顔を浮かべながら耐えていた。


 エリオットは速人が片膝をつくまで肩を叩いた後(※本人に悪気は無い)、扉をノックする。


 「義母はは上、失礼します。エリオットが只今巡回から戻りました」


 エリオットは襟と姿勢を正した後に扉をあける。


 ギロリッ!!


 百獣の王が”そこ”にいた。

 赤銅色の毛髪を極太のワイヤーのように編み上げて作ったドレッドヘア。

 それを巻き上げてお団子を三つほど作って頭頂部を飾っていた。


 (世紀末救世主風サザ○さんだ…)


 いつしか速人は額から冷たい汗を流していた。

 

 厚手の革鎧で身を固めた女傑は扉の前で朗らかに笑うエリオットと速人に向かって真夏の夜に湧いて出た羽虫を見るような目つきで見ている。

 つまるところ五月蠅くて敵わないがその気になればいつでも捻り潰せるといった様子である。


 女は手に持っていたエビの丸焼きのような食べ物をガブリと齧った。


 速人はこれまで異世界ナインスリーブスに来てからは鬼神シャーリー戦乙女マルグリット女帝エリーという女傑たちと遭遇してきた。

 しかし都市の外に出てまで百獣の王ライオンを餌にしていそうな女王と遭遇するとは夢にも思っていなかった。という他にない。


 (ふむ。ここはどう考えても不正解のルートだ。帰ろうか)


 速人は画面下のセーブ/ロード画面をクリックしてオートセーブの項目にジャンプしようとしたがエリオットの強烈なリストロックが速人の思考を現実に引き戻す。

 

 速人がこの場から脱出する為にはまず天然王子エリオットを始末する必要があったのだ。


 テレジアは二人の様子などお構いなしにエビ(仮)を殻ごと咀嚼する。

 どうにもエリオットという男は女性が元気良く食事をする姿を好ましく思う性格らしく、この時ばかりは普段の翳のかかった風貌も明るいものに変わっていた。


 テレジアはエビの尾っぽまで飲み込むとエリオットの方を見た。


 「フンッ!全く遅いね。お前のようなひよっこが私を待たせるなんざ、十年早いよ。荒野のコンドルの目玉にかけて、今度から私が来る前に私の前に現れな」

 

 (どんな無茶ぶりだよ…)

 

 想像を絶する無法を前に速人の金玉もひゅんと縮み上がる。

 

 テレジアは口の中に手を突っ込んでエビの殻と何かの獣の牙を取り出していた。

 エリオットはテレジアのすごく不快そうな顔も奥歯にものが挟まったことが原因だと思いたくなった。


 エリオットは慌てて頭を下げて謝罪する。


 「もうしわけありません、義母上。次からは気をつけます。ホラ、速人君も謝って謝って」


 速人は何か可哀想になってきたので一緒に頭を下げてやることにした。


 二人が頭を下げているとテレジアの周囲まわりの人影から子供たちが飛び出してきた。


 「父様っ!おかえりっ!」


 「叔父上様っ!お帰りなさいっ!」


 速人と同じくらいの背丈の子供たちがエリオットの足にくっついてくる。

 子供らからの呼称から察するにエリオットの子供、甥と姪なのだろうか。

 即ちソファにどっしりと背を預けているテレジアの孫たちということだ。


 (見た目は可愛いが、油断すれば食料にされてしまうだろう)


 子供たちに遅れて速人よりも背の高い少女がエリオットの近くまでやってきた。


 「お前たち、父様が迷惑がっているだろう。父様は下男のセオドアと一緒に近くの森まで巡回に出かけられているのだ。今はお疲れなのだから離れてあげなさい」


 少女から厳しい口調で説教を受けた子供たちは引き下がってしまった。


 「ごめんなさい。姉様…」


 「ごめんね。叔父上様…」


 少女はあくまで子供たちに説教をする役柄に徹して、腰に手を当て胸を逸らしたまま反省し落胆している年少の子供たちを睥睨する。

 単に優等生ぶっているからではない、子供らの年長者としての責任を感じているからなのだろうと速人は考える。


 エリオットは少し困った顔で少女に告げる。


 「ペトラ、君の僕に対する気遣いは嬉しく思うよ。だけど僕はジョージたちがこうやって出迎えてくれたことは嬉しく思っているし迷惑だと思ってもいない。だから今日はみんなのことを許してやってくれないか?」


 そう言いながらエリオットは目を細めながらペトラの頭を撫でる。

 ペトラは口をへの字に曲げて頑な態度と取っていたが、エリオットに撫でられているうちに緩んだ表情になってしまう。


 (良かったな、ペトラ。幸せになるんだぞ)


 速人は気配を消して扉の外に出ようとした。

 だがその時、速人の背後から迫る巨大な影があった。

 速人は振り向きざまに高速のローリングソバットを放つが、影の持ち主は巨体の有利を活かして蹴り足ごと速人を捕縛することに成功する。

 さながら鋼鉄の猛蛇パイソンの剛力により速人は自由を奪われてしまった。


 「速人君。いきなり部屋から飛び出して来たみたいだけど大丈夫かい?」


 恐るべき怪力の持ち主はマティス町長だった。

 速人は全力で脱出しようとするがびくともしない。

 結果から言うと速人が力を入れてしまったことで意地を張ってしまったマティス町長が多少本気を出してしまったことが原因である。


 やがて速人は酸欠状態となり文字通りの顔面蒼白になっていく。


 「ちょっと!!親父さん!!それ以上は死ぬから!!」


 マティスに遅れてついてきたセオドアはやや強引に速人を引き離した。

 

 マティスの強烈な絞め技から解放された速人は真っ青な顔でフラフラとその場を彷徨っている。

 

 (やはり俺自身のパワー不足は認めざるを得ないな。少しウェイトを増やすか)


 速人が正気に戻るまでマティスはセオドアの妻である自分の娘とキッチンから出て来た自分の妻に怒られていた。


 「ようやく来たのかい、マティス。あんまり遅くて小腹が空いたからおやつを食べさせてもらったよ」


 テレジアは自分が座っているソファの前に置いてあるテーブルを指さす。

 テーブルの上にはエビならぬ甲殻のついた芋虫の残骸が転がっていた。

 おやつの正体はスパイク・ワームというこのあたりでは非常食として重用されている芋虫である。


 速人は部屋の暖炉では火を起こした形跡を発見する。

 察するにテレジアは待ち時間の間と使って他人の家で芋虫を炙ってから食べていたのだ。


 速人の中でテレジアの野蛮人度がさらに高くなっていた。


 「まあ、それはいつものことだから気にはしないが今日は一体どうしたんだい?」


 マティスは妻と娘に怒られて、やや乱れてしまったオールバックの髪型をセットし直しながらテレジアに尋ねる。

 テレジアは腰に下げた片刃の刀を鞘から抜いた。

 そして頭上に掲げたかと思うとそのまま机に突き刺した。あくまで他人の家の机である。


 「きゃあ!!」


 直後、セオドアが乙女のような悲鳴を上げて速人の後ろまで逃げて来た。

 セオドアに続いて雪近とディーまでが速人の背後に隠れてしまった。


 しかしセオドアの妻やマティスの妻は平然とした顔で事態を見守っている。

 おそらく彼女たちはこの手の展開に慣れてしまったのだろう。

 次の瞬間、テレジアはくはっと息を吐くと極めて好戦的な笑顔を浮かべながらマティスに非常事態を告げる。


 「マティス、もうすぐドワーフの連中がこの町に攻め込んで来るってさ。さて、どうするつもりだい?」


 ガスッ。


 テレジアはテーブルに突き立てた片刃の直刀ファルシオンを鞘に戻した。

 ドワーフ襲撃の報せを聞かされたテレジアの娘たちがざわつき始めた。

 テレジアからの一報を聞いた直後、驚きの表情を隠そうともせずマティスは額から汗を流している。

 エリオットもまた自分の子供たちを懐に抱き寄せ、マティス町長の出方を伺っていた。


 「それ見たことか!あんな連中を町に入れるべきではなかった!母様の言う通り、最初から八つ裂きにして野に晒すべきだったんだ!」


 テレジアの子供と思われる大柄な女が叫んだ。

 女の叫び声に呼応するかのように次々と不満の声が上がる。

 その様は海上の小さな波が雨風が勢いが増すにつれて、いくつもの雷雲を呼び、やがて嵐に変わっていく様子にも似ていた。


 (話が全然見えねえよ…)


 向こうが盛り上がる一方で、速人は一刻も早くこの場を去りたい気持ちとなっていた。

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