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第五十六話 魔導書 宝瓶の力。

次回は4月20日に投稿するでポヨよ!!


 セオドアはピンク色の宝石について速人に尋ねる。いや、そうせざるを得なかった。

 セオドアは子供の頃に出入りをしていた角小人レプラコーンの工房でそれを何度か目にしたことがあった。

 その際に工房の責任者に「後学の為に触わっておけ」とも言われて実際に触れたこともある。

 そう今速人に手渡された”それ”は過去にダグザの祖父スウェンスによって簡単な魔法工学の手ほどきを受けていた頃、魔晶石を直に触れさせてもらった経験そのものと合致したのである。


 「おい、速人。これはローズクォーツだよな?お前どこでこんなものを手に入れた」


 魔晶石には階位なるものが存在し、既存の宝石の価値に準じた効力が存在する。

 階位にして第四位たる”ローズクォーツ”の魔晶石には小国の君主の為した財産と同等の価値があった。

 

 セオドアは戦慄を思えばながら速人の日本が誇る氷の銘菓”ガリガリ君”によく似た顔を見入った。


 速人は余裕綽々といった風情でセオドアの弱気を窘める。


 「まあ概ねそんなところだよ。正確にはローズクォーツに良く似た魔晶石だけどな。俺が以前暮らしていたエルフの開拓村の近くでルビーホーネットという魔獣が暴れていたんだが」


 と、そこまで聞いただけでセオドアは全身から滝のような汗を流す。

 ルビーホーネットとは隊商キャラバンの国際団体から準危険魔獣に指定されるほど凶暴な魔獣でありセオドアとエリオットの実力でも完全に排除することは難しい厄介な魔獣である。

 腹部の毒針には致死性の毒液があり、連中は命と引き換えであるにも関わらず”巣”の脅威になる者が相手ならば容赦無く使ってくる蛮勇を備えた無類の忠臣なのだ。


 虫だけに。


 さらに生きた魔獣の中にある魔晶石を摘出するのは至難の業であり、失敗すれば自らの命を危険に晒す可能性とてある。

 セオドアは目の前に立つガリガリ君の化身の如き少年に畏怖と脅威を覚える。


 「そいつらの女王蜂っぽいやつの四肢を切り取って、生きたまま腹を裂いている時に見つけたのがこの魔晶石ってわけだ。俺もなかなかやるもんだろ?」


 速人はここぞとばかりにウィンクをしてニッコリと笑った。

 しかし、セオドアは真心とは真逆に、内から湧き上がる義憤のままに大声で突っ込んでしまった。


 「お前の親は!!お前にどんな教育をしてんだ!!残酷なんて言葉じゃすまねえぞ、この糞餓鬼が!!」

 

 ルビーホーネットは魔獣の中でも昆虫の仲間として分類されるが、あくまで昆虫人間である。

 

 速人は何も聞こえていないふりをしながら浄水器の動向を見守った。

 

 石板の外面に彫られた溝には宝石を中心に光が走っている。

 セオドアが撒いた青い光とローズクォーツが発している桃色の光が混ぜ合わさるようにしてある種の回路におけるエネルギーの変換装置とも言うべき部位を起動させていた。

 セオドアの持ってきた魔晶石の原石を加工したものではこの段階にまで辿り着くことさえ出来なかったというのに。

 光の勢いは時間と共に増して、やがては石板を中心にバスケットボールくらいの大きさの光の球を作り上げる。

 変化に気がついたセオドアはもう一度、宝石に指を触れて力の放出を押さえ込む。

 

 次にセオドアは石板をカゴの中に入れた後に、井戸の中にゆっくりと下ろした。

 一方、井戸の中は大人の脛が浸かるくらいまでの水に満たされている。

 セオドアは耳と手で感触を確かめながら浄水器の入ったカゴを底まで沈めた。


 「意外だな。俺は無条件で喜んでくれるものと思っていたが?」


 速人は目を細めながら井戸の内部を覗いていた。

 古びた石造りの井戸の下は、想像通りに水の底から淡い薄紅色の光が輝いている。

 正常に機械が動いていると考えてもいいだろう。

 しかし、濁った水面には何も変わった様子はない。

 速人はセオドアに汚れた水が浄化される過程などを尋ねようとした。

 セオドアは先んじて速人に意外な宣告をする。


 「速人。ここまでお膳立てしてくれたお前には悪いがここから先は俺たちにとっても未知の領域だ。実はな…」


 速人は訝しげな視線をセオドアに向ける。


 ゴポッ…。ゴポゴポゴポ…ッッ。


 水面に気泡が浮き上がる。

 心なしか水かさもほんのさっき見た時よりも全体的に増えているような気がする。

 速人がもう一度セオドアの顔に視線を合わせた時にはセオドアは言葉にならないほど驚いた顔をしていた。


 (これは”そういうこと”なのか。今までは動力源が圧倒的に不足していた為に不完全な形でしか浄水器を動かすことが出来なかった。しかし今は十分な力を得て浄水器の持つ本来の力を目の当たりにしている)


 速人がセオドアの間抜け面を見ている間にも恐るべき勢いで井戸の中の水かさは増していった。

 時が立つにつれて水流の音は大きなり、それまで井戸に近づくことを禁じられていたディーたちもやって来る。


 ゴゴゴゴゴ…。ゴゴゴゴゴ…。


 今や井戸の内部は透明な水で満たされ尽くそうとしていた。


 「これは容器が必要だな。セオドアさん、さっきここに来る途中にワイン蔵を見たような気がするが空の大樽はあるのかな?」


 速人はやや厳しい視線と口調でセオドアに問いかける。

 それもそのはず今のセオドアは井戸の中の様子に心を奪われていたからだ。


 くいくいっ。


 セオドアはいつの間にか近くに来ていたエリオットに肩を揺さぶられて正気に戻る。


 「そんな怖い顔をするなよ。”微笑の天使”だっけ?お前のあだ名も台無しだぜ」


 速人は何も言わない。


 セオドアは下の様子に気を取られていたので速人の質問の内容を覚えていなかったようだ。


 (このまま放っておけばテオは”微笑の天使”に殺されてしまうのだろうな…)


 エリオットはふうとため息を吐いた後にセオドアに代わってワイン蔵の空きの大樽について話すことにした。


 「速人君。今はまだぶどう酒を作っている途中だから空の大樽の数は少ないけれど一つか二つくらいなら用意できると思うぞ?」


 速人は頭を振ってからすぐにマティス町長らと一緒にワイン蔵へ向かった。

 そして速人は大人が五人くらい入れられそうな大きな樽を担いで井戸まで走って戻る。

 速人が身の丈の倍以上はありそうな大樽を持って現れると、井戸の近くに残っていセオドアとディーと雪近がバケツを使って井戸から溢れ出る水を汲んでいた。

 速人は大きな樽を背負って井戸の近くまで移動する。


 「へっ!!もう慣れたぜ!!さっさと樽を地面に置いてくんな!!一回、機械を止めちまうからよ!!」


 (セオドアさん、いろいろ吹っ切れてきたな…)


 速人は冷めた表情でセオドアを見下ろしている。

 セオドアは腕を大きく振り回しながら井戸の中に沈んでいる浄水器の入った箱を取り出す。

 そしてセオドアは箱の中にある石板に手を触れて機能を停止させた。

 宝石は光を失い、石板の中を通る淡い桃色の光線も輝きを失った。


 最後にセオドアはニッコリと笑って親指を立てる。明らかなキャラ崩壊である。


 実際、セオドアは脳の処理が追いつかずに半分自棄になっていた。

 大樽を二人で協力して押しながら現れたエリオットとマティスも冷や汗を流しながら速人とすっかり異常な状況に順応してしまったセオドアの姿を見ている。


 「まあ、いいか」天然のエリオットと天然の才能を持ったマティスは特に考える様子もなく井戸の近くまで大樽を運んだ。


 どすん!どすんっ!


 かくして三人の男たちの尽力によってマティス(※身長、二メートル強)の数倍はありそうな大きさの樽が並んだ。

 速人は封をしていない大樽によじ登って、バケツの水を入れた。

 速人の人間離れした動きに嫌気がさしたエリオットたちはすぐに納屋から梯子を持ってくる。

 梯子を立てた後、速人は倍速状態で樽の中を水で満たしていった。

 ほどなくして井戸の水かさは手ごろな位置まで減り、大樽の中は全て水で満たされることになった。


 ちなみにこの作業の間、セオドアたちは全く関わることが出来なかった。


 「なるほど。道理で隠しておかなければならないはずだ…」


 速人は木製のバケツに手を入れて、水を一口だけ啜った。

 口当たりは清々しく、水の温度は低いはずなのに身体の内側から温まってくるような気分になる。

 そして、後味に甘さのようなものを感じていた。

 速人は持てる知識を総動員して水の正体を探る。


 「これは賢者の石から作り出される不老長生の霊薬というわけか。原料はおそらく町の住人の生命力というところだな」


 セオドアも速人に続いて両手で水を掬って飲んでいる。

 セオドアとて心当たりがない話だったわけではない。

 かつて自身が師事していた角小人レプラコーンの工房の主にして先代ルギオン家の当主スウェンスから”魔導書グリモワール宝瓶アクエリアス”の真の力については聞かされていた。

 師曰く「頭のいかれた天才が作った原物オリジナルを越える贋物」らしい。スウェンスとてここまでの効用を予測していたわけはないはずだ。

 セオドアにも気まぐれとスウェンスの父親への愚痴の半々で教えてくれた程度の情報だろう。

 セオドアは口元に残った水滴をペロリと舐める。


 (何て置き土産をしていったんだよ。じっちゃん)


 セオドアの思い出に残るスウェンスの横顔は難しそうな顔のままだった。


 「いや、そこまで強力な代物じゃねえよ。せいぜい飲んで調子が良くなる程度だ。つうか俺も今の今まで知らなかったよ、本当の話だぜ?」


 セオドアの後にエリオットたちも水を飲んでいた。

 飲んだ途端に子供のように騒ぎだしたところからして、少なくともマティスやエリオットは魔導書グリモワールの効用については何も知らなかったことが窺える。


 「まあ、そこは信じてやろう。俺は真性の善人だからな。今後使う時は水の成分を調整して普通の水にまで落とした方がいいぞ。元気すぎるのも毒ってもんだからな」


 「ところで…」とセオドアが何かを言いかけた瞬間、エリオットが割り込んできて魔晶石の貸出に関する提案をしてきた。


 「速人君。私から一つ、提案なんだがこの魔晶石をすこしの間でいい我々に貸してくれないだろうか?見ての通りサンライズヒルは何も無い町だが、この水があれば上手くやっていけるかもしれない。案の定、大したお礼は出来ないのは心苦しいがサンライズヒルが気に入ったなら、ここの住人になってくれてもいい。マティス先生には私からお願いする。どうか、この通りだ」


 そう言った後に、エリオットは直立不動で額が膝にくっつきそうなほど頭を下げてきた。


 (すごい天然というか純粋な心の持ち主ですね。貴方の幼なじみさんは)


 速人は同情と憐憫を含んだ生暖かい視線をセオドアに向ける。

 図星を突かれたセオドアは思い悩んだ末に両手で顔を覆ってしまう。


 「まあ条件つきなら、無料で半永久的に貸してあげてもいいよ?」


 速人はキャラ崩壊レベルの爽やかな笑顔をもってセオドアの提案を快諾する。


 (あれは罠だ!1逃げて!!エリオットさん!!)


 速人の禍々しい笑顔を見て顔面蒼白となったディーと雪近が引き離そうと走ってきた。


 「タダって、本当にいいのかい?」


 「ああ。それでまず最初の条件ってのは俺たちの素性を詮索しないってのだ。命の恩人を疑うのは良くないことだよな、エリオットさん?」


 エリオットは即答した。

 流石のマティスもこの対応には唖然としてしまう。

 ディーと雪近は自分たちが出遅れてしまったことに気がつき落胆している。

 そして、いつも通り安易に悪魔との取引に応じてしまったエリオットの姿を見てしまったセオドアはさらに落ち込んで、その場で体育座りを始めてしまった。

 しまいにはぶつぶつとエリオットへの不満を呟きながら、片手でしきりに雑草を引っこ抜くようになってしまった。


 「もちろんだ。命の恩人である君を疑うような真似はしない。安心してくれたまえ。他には何かあるかい?」


 他には特にない、というようなことを伝えようとした時にマティスの屋敷から女性がやってきた。

 赤茶のウェーブのかかった長い髪の美しい顔立ちをした中年の女性だった。

 よく見ると穏やかそうな印象を与えるエメラルドの瞳はマティスのそれに似ているかもしれない。


 「テオ、お父さん。テリーさんが娘さんたちと一緒に来てるんだけど。お父さんを呼んで来てくれって…」


 (あれがセオドア自慢の美しい妻か…)

 

 「でへへへ…。やっぱり俺の嫁が一番かわいいぜ…」


  いつの間にか女性を見るセオドアの顔が全体的にたるんだ、だらしないピンク色のエロ顔になっている。

 セオドアの睫毛の長い流麗な容姿も台無しになっていた。


 「テリーが?一体、何の用だろうな。セオドア様、エリオット様。私はこれから家に戻りますが、どうなされますか?」


 「義母上が義姉を連れてマティス先生の家に…。おそらくは町で何かあったに違いないな」


 (面倒だな。帰るか)


 速人がその場を立ち去ろうと瞬間、エリオットは速人の右腕をぐっと掴んでくる。

 

 エリオットによって捕まれた部分は既に紫色になっていた。

 エリオットの剛力は、速人が油断すれば腕が千切れてしまいかねないほどの力だった。


 「僕の自慢の美しい妻の母親であるテレジアさんは町の自警団の長でもある。親友である君にも是非紹介したい。ついて来てくれ!!」


 ずるずるずる。


 小麦粉の袋よろしくエリオットは速人の手を引っ張る。

 速人は特に抵抗したわけではなかったが、引きずられながらマティス町長の屋敷まで連行されることになった。

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