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第五十四話 怪力町長マティス・フーゴー

次回は四月十四日に投稿します。


 年代を感じさせる古びた敷石の道の先には屋根のついた井戸と手押しポンプが設置されている。

 ポンプが置かれている場所からは石造りの水路が引かれていて、その先には排水口と思われる穴が開けられていた。

 こちらはつい最近、工事したようで使われている石材も新しいものだった。


 速人は先回りして水回りを確認する。


 マティスは速人が子供の好奇心から勢い余って遊びに出て行ってしまったものと思い、「気をつけろよ」と忠告した後に目を細めながら後姿を見守っている。


 一方、セオドアは疑念に満ちた視線を速人に向けている。


 (あれはガキの遊びで行ったわけじゃねえ。何か目的があって見て回ってやがるな)


 セオドアの懸念通りに速人は地質もしっかり調べていた。

 はあ、と嘆息した後にセオドアは首を撫でながらポンプの点検を始める。


 セオドアは最初にポンプのレバーを握り、上下させながら水流の放出具合を確かめる。

 レバー自体はかなりの年代物だが几帳面な性格のマティスは清掃を怠ったことはない。

 

 次にセオドアは軽くレバーを押してみる。

 

 ぐぐぐぐ…。

 

 かなり力を入れてみたがびくともしなかった。

 この時、セオドアはわずかな違和感を覚える。

 レバーそのものが他の機械(※構造は実際に存在する旧式のポンプと同等の単純なものだが一定の機構を有しているので機械と呼ばせてもらう)と共に一体化してしまったような感触なのである。

 そして、さらに力を込める。


 ぎぎっ…、ぎっ…。


 レバーは元の位置のままで全く動かない。


 「しゃあねえな。こいつには頼りたくはなかったんだが…」


 セオドアは右の半袖を捲ってむき出しになった腕に左手を添える。

 右腕の印章に魔力を通して筋力の強化を図ろうとしたのだ。

 セオドアとしては外で印章を晒すことは避けたかった。

 なぜなら魔術を行使する時に皮膚に浮き出る印章には必ず出自となる種族特有の紋様が現れるからだ。


 (今さら俺は何を気にしているんだか)


 短いため息を吐いた後にセオドアは魔力が満ちて幾分か強化された右腕でレバーを掴む。


 とん、とん。


 その時何者かがセオドアの肩を叩いてきた。


 「お困りのようですな、セオドア殿?」


 セオドアの肩を叩いた相手は、速人だった。

 不意に背後に現れた速人の顔の不細工さに驚き、セオドアはバックステップを切ってしまった。


 速人は地味な精神的ダメージを受ける。


 「ちっ。何の用だよ」


 場所がマティスの家の庭だったので気が緩んでいたのかもしれない。

 マティスは己の迂闊さを戒める為に舌打ちをする。


 (油断したか。よりにもよってこいつに見つかるとは)


 速人は舌をカメレオンのように長く伸ばした後、レロレロと波打つように動かして見せる。

 そして頭の中で目玉の親父でも飼っていそうな大きなまなこでセオドアの右腕と左手に浮き出ている彼の出自がリュカオン族であることを示す紋章を見ていた。


 セオドアは半袖を元に戻して、咄嗟に印章を隠してしまった。


 「おほほほ…。よろしければ、このワタクシめがポンプの様子を見てさしあげましょうか?今の今なら特別出血大サービス、善意で、かつ無料ただですよ?」


 速人はじりじりとセオドアとの距離を縮める。

 実際、速人には手押しポンプのレバーが動かなくなっていた原因に心当たりがあった。

 セオドア自身も浄水器の仕組みを知っているというだけでポンプに関する知識は皆無に等しかった。

 今セオドア達は都市の知人を頼るわけにも、職人を呼んで修理してもらうことも出来ない。

 特に最近失敗続きで弱気になっているせいか、つい駄目で元々という考えに陥ってしまう。


 セオドアは観念したようにため息をついた。


 「勝手にしろ。どうせ俺にはお手上げだよ」


 セオドアはあっさりと速人に場所を譲った。

 速人はニヤニヤと嫌な笑いを浮かべながら、手押しポンプを軽く触ってみる。


 (この全体が型に嵌ってしまったような感触。間違いない。機械の隙間にゴミが詰まってしまったのか)


 速人はパーツ同士の隙間を指でなぞりながら泥を出していた。

 ポンプの外側は磨かれているがレバーの可動部部には砂利や泥が隙間を埋めるようにギッシリと詰まっている。

 速人は元の世界にいた頃からストーブやボイラーの点検をした経験があったのですぐに気がつくことが出来たのだ。


 「セオドアさん。このポンプにかかっている”固定”の魔術を解いてくれ。後工具なんかもあれば貸して欲しいんだけど」


 セオドアはやれやれと重い腰を上げながら”固定”の魔術の解除にかかる。

 ”固定”の魔術とは所謂結界、障壁の魔術の一種であり、術の対象を外界から隔離した状態で固定化することにより経年劣化といった現象からある程度保護する為に使用される。

 ナインスリーブスには釘やビス、ネジといった静物を固定する道具は存在するがさらにその上で”固定”の魔術を使って一定の機構を有する道具を長持ちさせる習慣がある。

 速人は以前にエイリークたちと出会った時にテントの片づけを手伝っている時にこの話を聞かされていたのである。

 この技術にはもう一つだけ効用があり、”固定”の魔術を師弟間で共有することで第三者に技術を利用させないというセキュリティ的な側面もある。


 「つーかさ、お前新人ニューマンだろ?何で機械とかにそんなに詳しいんだよ?」


 「ダグザさんが前に村に来てくれた時に色々教えてくれたんだ」


 セオドアは子供相手に得意気な顔をして説教をしているダグザの姿を思い浮かべる。

 セオドア自身も幼い頃に同世代だったダグザから嫌というほど魔術知識の講義を受けた経験があった。

 セオドアは当時の記憶を思い出しながら盛大にため息を吐いた。

 それから自分の頬を叩いて心機一転する。


 「うっし!ちゃっちゃとやるか!」


 セオドアは左右の掌に意識を集中してポンプに施された術式を認知する。

 ポンプに施された固定の術を施した人物とは直接の面識はないが、その人物の弟子にあたる人物はセオドアの師匠にあたる。


 (あの頃は角小人レプラコーンの工房によく出入りしてたっけ。おっちゃんたち元気かな)


 掌に浮かんだ魔術紋とポンプの外装にも似たような文様が浮きあがる。

 そして魔術紋の中を流れる青い燐光が細い線となって互いに結び合う。


 セオドアは毎日のように工房で元気に働いているであろう懐かしい顔ぶれを思い出しながらポンプにかけられた”固定”の術式をゆっくりと解除した。

 速人は術式の構図を見ながらセオドア、エリオットらがエイリークたちとかなり近しい関係にあることを確信していた。


 二人が作業に没頭していると、後を追いかけてきたディーと雪近、エリオットが遅れて姿を現した。

 エリオットはまだ完全に回復していなかったので足元がふらついている。


 「張り切っているな、テオ。私も何か手伝おうか?」


 久々にやる気を出している親友セオドアの活躍を目にした破壊王エリオットがにこやかに告げる。


 セオドアとエリオットは物心がつく前からのつき合いである。

 走馬灯のようにエリオットが与えられた道具を壊している場面だけが脳内で再生された。


 「いや、いい。エリオ、お願いだからそこから動かないでくれ。今回ばかりは俺たちの信頼関係とか友情とかが壊れちまうかもしれねえからよ」


 ぷいっ。

 

 セオドアは故意にエリオットから目を逸らし解呪ディスペル作業を続行する。

 エリオットは油断すると聞き逃してしまいそうなほどの小さな声で「うん。わかった」というとその場で体育座りを始めてしまった。


 速人たちは二人の黒歴史を垣間見てしまった。


 それからすぐにセオドアは解呪を終えて、自分の立っていた場所を今度は速人に譲った。


 「とりあえず大まかなパーツは素組だから、手で外せると思う。お前の腕力(※このセリフの辺でセオドアを含める全員が速人に殴られた部分に幻痛を覚える)なら問題ないだろ?俺は納屋に行って工具を取ってくるから見ておいてくれ」


 セオドアは体育座りしながら地面にひたすらチューリップの絵を書いているエリオットの肩を叩いた。  エリオットはようやく親友に存在を認めてもらったことで大喜びする。


 マティスの屋敷の裏手にある納屋に向かって歩く二人の姿を見て、速人は仔犬を散歩に連れて行く哀愁漂う中年の姿を思い浮かべていた。


 その後、速人は地面に白い布を広げてポンプの部品を置く空間を作った。


 速人はまずポンプの丸い屋根に手をかけてふんぬと力を込めてから豪快に外した。

 次の瞬間にはポンプの中から土や泥が飛び出して、速人は頭からそれらを被って真っ黒になってしまう。

 気がつくと近くまで来ていたディーと雪近が両手で口を抑えて笑いを堪えていた。


 速人は二人を睨んでから次はレバーが取り付けられている部分を丸ごと外す。

 この時も乾燥した泥が出て来たが、前の経験を生かして泥を被らないように力加減をしながらレバーと土台の部分を外した。

 土台からは鎖が吊るされていてポンプの中身に真空状態を作る仕掛けがしてある。


 (ここまでは俺の知る手押しポンプと同じか)


 速人は半球形の屋根とレバー、そしてレバーを固定する土台の部分を分けて布の上に置いた。

 見た瞬間に思わず「うっ!」と顔を背けてしまいたくなるような悪臭を放っている。

 これら全ては洪水か何かで汚水を被った時に隙間から流れ込んだ土砂によるものだ。

 マティスの仕事にケチをつけるつもりはないが外に置いてある機械の管理をする時は原則として分解清掃までしなければならない。


 速人は太い指を半球形の屋根に入れて中の泥を掻き出した。


 軍手が欲しいところだが場所が場所だけに文句を言うことはできない。

 十分に泥を出した後、今度は雑巾で金属製の屋根の中身を拭く。


 「速人。何か手伝えることはあるか?」


 雪近が黙々と作業をこなしている速人に強力を申し出てくる。

 速人は泥を拭き取ったポンプの部品を基部ごとに分けながらまとめて置いておくように指示をする。

 雪近とディーは頭を振ると、次々と速人から手渡されるポンプの部品を分けながら布の上に置いた。

 

 作業が中間くらいになると庭に生えている作物の様子を見に行っていたマティスが姿を現す。

 マティスは数枚の布きれの上に置かれた手押しポンプの部品を見つけて驚いていた。


 「おいおい。速人君、こんなにバラバラにして元通りに直せるのかい?さっきも言ったが私は細かい作業とかはまるで駄目だよ?」


 速人、ディー、雪近の三人の視線がマティスの筋肉質な腕や襟から覗かせている鋼のような胸板に集中する。

 医者のような仕事をしているとは言っているが実際は人体の方も壊す方が得意なのだろう。

 三人はお互いの顔を見ながら納得したように頷いていた。


 「手押しポンプのことなら安心してくれよ。そんなに複雑な構造じゃなかったし、これなら俺にも修理出来るから。だけど肝心の浄水器の方はやっぱりセオドアさんじゃないと駄目なんじゃないかな?」


 速人はポンプのすぐ近くにある手洗い場を見る。

 手洗い場の排水口の近くには格子状の箱に入った複雑な機械の部品の塊が置かれていた。

 おそらくは箱を井戸の中に沈めておいて、箱の中にある何らかの機械の力を使って汚水を浄化しているのだろう。

 魔法や魔力を必要とする装置ならば魔力を持たない速人では完全に扱うことの出来ない代物だ。

 マティスも装置については不得意分野である為に、立派な口ひげを触りながら困った顔をしている。


 (あの町長はメトロシティの市長、マイク・ハガーに似ている…)


 速人は市長がさらわれたジェシカの為に大暴れする前にポンプを修理しなければ、と決意も新たに作業を続けることにした。


 速人はポンプの外側に手をかける。

 その際に知ったことだがポンプの円筒状になった外側は蛇口のついた排水口とそれ以外の部分に分かれていた。

 先に土砂の詰まったポンプ内部の機構を外しておいたので重量も軽くなっている。

 速人は外部を壊さないように絶妙な力加減で見事にポンプの外側を引っこ抜いた。


 パチパチパチ…。


 自分の体と同じくらいの手押しポンプの本体を持ち上げた速人の健闘ぶりに雪近とディーとマティス町長が拍手をしている。


 ゴスンッ。


 速人はポンプの外部を地面の上に置いてから蛇口の部分と貯水タンクの部分に分けた。

 そして内部にこれまたギッシリと詰まった泥を掻き出した。

 途中、泥の量が多すぎて何度か手を洗う羽目になったが努力の甲斐もあってすぐにポンプ内部に詰まった泥を全て出してしまった。

 速人が手を洗っている間に雪近とディーが蛇口の部分を、マティス町長が他の部分の汚れを拭き取ってくれていた。


 (なるほど。単純作業なら人並みにこなせるのか、あの町長は)


 結果、速人たちは手持ちの布巾を真っ黒にしてしまったがポンプの内部に溜まった汚れを取ることに成功した。


 「よう。頑張ってるな。ご苦労、ご苦労」


 エリオットとセオドアが頃合いを見計らったかのように納屋から戻って来る。

 セオドアの手には工具がたくさん入ったバケツが握られていた。

 エリオットは物欲しそうな目でバケツを見つめていたがその度にセオドアは距離を取る。

 おそらくエリオットは手に持っただけで道具を壊してしまう癖を持っているのだろう。


 速人は面倒事になる前にポンプを元の形に戻すことにした。

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