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第五十三話 サンライズヒルの秘密

次回は四月十一日に投稿します。

 

 早くも周囲の空気が乾いていた。

 マティス町長は捕獲したセオドアの身体を放そうとはしない。

 セオドアの顔は精気を失い、表情も絶望的なものに変わる。

 仕方ないので速人は軽い世間話でもすることにした。


 「エリオットおじさん。町長さんとは仲がいいの?」


 速人の言葉を聞いたマティスの額に浮かび上がった血管がピクピクとうごめく。


 「仲が良い?小僧、それは聞き捨てならんな。私とエリオット様の仲は超良好だ」


 (駄目だ、こりゃ)


 速人でさえお手上げな状況と化していた。


 「私とセオドアとマティス町長の関係について詳しく話すことは出来ないが、町長の仰る様に概ね良好だよ。この町に移住することを勧めてくれたのも町長なんだ」


 エリオットは町長との関係については嬉しそうに語る。

 エリオットの話を聞いたセオドア(※拘束中)もどこか気恥ずかしそうな顔をしている。


 「エリオット様ッ!そのようなお言葉、何と勿体ないッ!私はジェセント家の家臣として当然の事をしたまでッ!」


 と途中まで言いかけてから、マティス町長は号泣する。

 

 その時、マティスの浮沈艦の如き威圧感が一瞬だけ緩んだ。


 速人の目がキラリと輝く


 (今をおいてこの男を倒す機会はない…ッ!!)


 速人は電光石火の気勢にてマティスの背後を取った。

 さながら古森の巨木を思わせるマティスの首を背後から締め上げた。

 マティスの両目はぐるんと一回転した後、白目になる。


 速人は沈みゆく浮沈艦マティスの巨体を支えながら、かの偉丈夫の剛腕に捕縛されていたセオドアを解放する。


 エリオットは絶望的な表情で惨劇を見守るしかなかった。


 「今回は礼を言っておく。親父おやっさんってスイッチが入っちまうと見境が無くなっちまうんだ。普段はこうじゃないんだぜ?」


 拘束時間が長すぎた為か、セオドアの身体は以前よりも小さく見えた。

 今のセオドアは力いっぱい握りしめた千円札のような姿になっている。


 エリオットとディーと雪近は口を押えて笑いを堪えていた。


 速人は気絶したマティスの背後に回り、両肩を掴む。


「礼には及ばぬ…。マティス町長をそろそろ起こすが問題はないな?」


 五人同時に頭を下げる。

 速人は親指でマティスの経絡に向かって”活”を入れる。

 マティスの巨体がビクッと揺らぐ。

 そしてマティスは「うひっ!」と奇声を上げた後に意識を取り戻した。

 正気に返ったマティスはすぐにセオドアとエリオットに謝った。


 「セオドア様、エリオット様。この度はご迷惑をおかけして本当にもうしわけありません。実は先ほど町の者から例の装置が故障してしまったという相談を受けまして。ああ、こんな時にセオドア様とエリオット様がいてくれたら、と困り果てていたところに家内から御二人が町に戻られたという話を聞かされまして、つい気分の上向き加減の度合いが過ぎてしまったようです」


 そこまで行った後にマティスはもう一度頭を深々と下げた。


 (例の装置?)

 

 聞きなれない単語を耳にした速人の目が輝く。

 

 セオドアはマティスの話を聞いた途端にバツの悪そうな顔になる。

 

 速人はセオドア、マティス両者の様子を観察しながら「例の装置」という単語についての推理を張り巡らせる。

 通常、”外”と呼ばれる場所には”魔法”或いは”魔術”の技術を転用した文明の利器は存在しない。

 ”外の世界”とは都市内部と比較して極端に文明の度合いが違うのである。

 

 そして、先ほどから沈黙している速人に向けられているセオドアの視線からして、”例の装置”とは外部の人間には秘密しておきたい代物なのだろう。


 (このガキ…。気がついていやがる…)


 この時、セオドアは背筋を流れる汗の冷たさに驚いていた。


 「ところでエリオットさん。例の装置って何?」


 その時、”天然ディー”が”天然エリオット”に向かってド直球な質問を投げかける。

 速人は思わず下を向いて悪魔の微笑を隠したという。


 セオドアは親友の愚行を必至に止めようとするが速人の執拗な進路妨害に遭い、もはや親友に近づくことさえ出来なかった。


 「ああ、それは浄水器のことだよ。サンライズヒルの町一体の水は生活用水に仕えないほど汚いからね。浄水器を使って水質を綺麗にしているんだ。昔は飲料水として使えるほど綺麗に出来たんだけど今は頻繁に故障するから私や町長さん、それにテオが偶に魔法を使って代わりに綺麗にすることがあるんだけどね」


 (こ…ッ!!このド天然がぁぁぁぁーーーッ!!)


 マティスとセオドアはほぼ空気を読む気皆無な発言をするエリオットに向かって町の内情について声にならない叫びをあげる。

 実のところ装置の話と町の事情は秘中の秘だったのだ。

 対照的に速人は下を向いたまま体を揺さぶりつつ、つい「…なるほどねえ…」と言葉を漏らした。エリオットは他にも戦時中にサンライズヒルの町が野戦病院として機能していた頃にそれまで廃棄されていたはずの”浄水器”がとある角小人レプラコーン族の手によって復活したという話をしてくれた。

 この時のエリオットの口調は懐かしさの中に、大仕事をやり遂げた技士への敬意などが感じられた。


 (よしよし。いい子だ、ディー。そのままもっと多くの情報を吐き出させろ)


 速人の笑いは止まらない。


 「すごいな、その人。実は、俺の知っている角小人レプラコーンの人にもダグザさんっていうすごい人がいてさ。ちょっと性格がきつくて見た目感じが悪いおじさんなんだけどとっても頭が良くてみんなに頼りにされてるんだ。本当に角小人レプラコーン族の人ってすごいよね」


 今度は速人が心の中で絶叫する番だった。


 (ウチにもいたぜ、天然野郎!!口にチャックしろやぁぁぁーーーッ!!)


 この時、速人は顔に歌舞伎役者のような隈取りが入ったワールドワイドな日本人力士と化した。

 速人はその場で思い切り背を逸らし腕を十字に組んだ後、渾身の頭突きをディーに向かって放った。


 「ドォォォスコォォーーーイ!!!」(※強スーパー頭突き)


 速人は放たれた矢のように飛翔。

 次の刹那には速人の頭突きがディーの鳩尾に突き刺さっていた。

 

 「がはあっ!!」


 ディーは口から血を吐いて転倒する。

 速人はバック転を決めながら元の位置に戻っていた。


 「大丈夫かっ!…って聞くまでも無いな」


 エリオットは転倒したディーの近くまで駆け寄った。

 ディーは陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクと開いている。

 容姿の良さとは厄介なもので、この時の柔和で整った癒し系の美男子であるディーは魚の顔芸しているようなアホ顔になっていた。

 エリオットは腹の底からこみ上げる笑いを必死に抑えながらディーに体の具合について尋ねる。


 「大丈夫かい?ディー君」


 ディーは白目のまま首を縦に振った。

 まだ頭突きのダメージが残っている為に全身が痙攣している。

 エリオットは頬を思い切りつねって己の本能と戦っている。


 判定ジャッジ。エリオット、敗北。


 エリオットはセオドアの肩を借りながら笑い続けた。

 結局ディーは速人によって手当を受けることになる。


 「しかし驚いたな。まさかお前らの口からダグの名前が出てくるとはな」


 エリオットの世話をマティス市長に任せ、いつの間にか速人の近くにはセオドアがいた。

 セオドアは口元に皮肉っぽい笑みを浮かべている。


 (アホが余計なことをしてくれたせいで一気に情勢が傾いたな。さてどうするか)


 速人は「もう何も話すな」という意味を込めてディーの頬をつねった。


 「一年くらい前に、俺たちの住んでいた村に”高原の羊たち”っていう隊商キャラバンがやってきていろいろ良くしてくれたんだよ。その時は英雄エイリークも一緒でちょっとしたお祭り騒ぎになってさ」


 エイリークたちは今から一年前、都市周辺にある開拓村の救難活動を続けていた。

 市議会からは許可を得ることが出来なかったので記録には残っていない。


 速人は虚構と事実を交えて語っただけである。

 当人から聞いた話のなので問題は無い。


 だが速人が嘘は言っていないが本当のことを話していないことにはセオドアは気がついている。


 (この嘘つきめ…)


 セオドアと速人の視線がぶつかり合った。


 「まあどういうことにしておいてやるよ。ところで親父さん、機械が壊れたって言ってたけど今どんな感じなんだ?」


 「ご存知かもしれませんが、私はあの手の機械がどうにも苦手でして」


 マティス町長は”毎日筋トレして肉体に追い込みをかけてます”と言わんばかりの両手をこすり合わせながら苦笑する。


 誰も突っ込めなかった。


 「ここで私が説明するよりも実際に見てもらった方が早いでしょう。今は装置を一旦、停止させてありますのでそちらをご覧ください」


 マティス町長は自宅の庭に向かって歩き出した。

 速人は小走りで町長の後について行った。

 セオドアは横から日○小○郎ばりのショルダーチャージをぶちかます。

 しかし速人も負けてはいない。

 一度は弾き飛ばされた後、今度は勢いをつけて全身をぶつけ大○翼のようにやり返した。


 ガスッ!!ガスッ!!ガスッ!!


 大人と子供の意地がぶつかり合う。

 どちらも一歩として譲る気はない。


 その後、十数回も衝突を繰り返したことで速人とセオドアは町長宅の裏庭にある井戸に辿り着く頃にはボロボロになっていた。


 「セオドア様!速人君!おや一体、何があったのですか!?二人ともボロボロですよ!!」


 セオドアは速人の頭に向かって何度も拳骨を落とした。

 速人の比類なき石頭に拳骨を落とすことはある意味自傷行為と同じである。

 しかし、速人の充血した目と鼻血を見る限りまるで無意味なことではないことを示していた。


 「痛えよ!何だ、この石頭は!手前の主食は鋼鉄か岩石かってんだ!」


 一方、速人はセオドアのすねや足の甲を狙って執拗なストンピング行為を繰り返していた。

 革製のレッグガードやブーツは既に原形を止めていないのどに破損している。


 がくんっ!!


 そしてついにセオドアは地面に膝をつける。


 「はいやッ!!」


 ズドンッ!!


 速人は渾身のミドルスピンキックをセオドアの顔面に決めた。

 セオドアは顔面を潰されてブサ顔のまま地面に倒れる。

 結果としてセオドアは自分の流した血の海に沈むことになる.


 「それで、…ガハッ!!親父さん、どこがどうなったって?」


 セオドアは横になったままマティスに故障中の浄水器について尋ねる。


 マティスはセオドアを助け起こしに行こうかと迷っている様子だったので仕方なく速人が背負って現場まで連れて行くことになった。

 マティスは屋敷の庭を通って裏口の井戸がある場所まで案内する。

 そして速人は白い石畳に囲まれた屋根付きの大きな井戸がある場所まで案内された。


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