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第五十二話 サンライズヒルにて

次回は四月八日に投稿するでニョロよ。

 

 速人はネズミ色と白のまだら模様になった空を見上げる。


 (日没までには時間はあるがあまりゆっくりとしてもいられないな)


 横に倒れたままの背の高い植物が印象的だった。

 その植物の葉も茎も濡れて全体的に黒ずんでいる。

 昨年の暮れあたりに伸び放題のところで上から雪が降ったのだろうか。

 速人は周囲に広がる湿地帯を見ながら、ふと嘆息する。

 雪近とディーもこの荒んだ光景に辟易している様子だった。


 「お前らずいぶん景色のいいところに住んでいたみたいだな。ここいらじゃ、この程度で驚いていたらキリがねえぞ?」


 いつの間にか元気になっていたセオドアが軽口を叩く。

 

 いっそ骨格をうつむき加減にしてやろうか、と速人は考える。


 だが物騒な気配を感じ取ったセオドアはすぐにバックステップをして速人から距離を取ってしまった。

 速人は額から汗を流しているセオドアに聞こえるように舌打ちをした。


 「おい、速人。言っておくがな、俺には美人の嫁さんと可愛い子供が三人もいてそいつらが家で俺の帰りを待っているんだ。俺に怪我の一つでもさせてみろ。俺の家族が全員悲しむんだからな!!」


 セオドアは言うだけ言ってから後方に控えるエリオットのところに戻ってしまった。

 速人は周囲への警戒を怠らず着実に進んで行った。

 

 サンライズヒルの町に近くになるにつれて草原から畑が見られるようになった。

 しかし、畑には真っ黒な水溜まりがいくつも出来ている。

 数日前から雨が続いたのか、もしくは洪水が発生した後なのだろうか。

 エリオットとセオドアが何らかの目的があって出歩いているところからして洪水の可能性が高い。


 速人が町の現状について考えながら歩いていると背後から何者かの足音が聞こえてきた。

 速人が振り返るとディーが息を近くまで来ていた。

 エリオットの体調が元通りにならないので雪近と共に同行させていたのだ。


 「速人。ちょっといいかい?」


 ディーは息を切らせながら速人の隣までやってくる。

 

 速人は背後を一瞥するとディーに向かって首を縦に振る。

 エリオットとセオドアは二人とも背後から刺されて死ぬそうな間抜けには違いないが先頭の技量は速人に匹敵するものと想定している。

 実のところ非戦闘員には手を上げられないという弱点を看破したが故にディーと雪近を見張りとして配置しておいたのだ。


 速人は背後で雪近がズッコケそうになっているセオドアに手を出している場面もしっかりと見ていた。


 「俺思ったんだけど、あの人たち多分速人の思っているような悪い人じゃないと思うよ」

 

 (また要らんところで絆されたか。ゴミクズめ)

 

 速人はギョロ目でディーを睨みつけた。

 

 「それは俺が決めることだ。ディー、お前は気にしなくていい」


 速人はエリオットたちとの間に育まれつつあった温情をバッサリと切り捨てた。

 

 ディーは何か言おうとしていたが黙ってしまう。

 

 その後、二人は黙々と手入れが不十分な道を歩いた。

 ディーは土と嫌な臭いがする泥が混じったどす黒い水溜まりを避けて歩いている。

 速人は、ばら撒かれた土は畑に使う為に別の場所から持ってきた土であり、泥は山から流れてきたものであると当りをつけていた。

 その証拠にこげ茶色の土には枯れた農作物の残骸が、泥には若木と枯れ枝、折れた根が混じっている。

 

 春が始まる少し前に嵐が通り過ぎたという話をソリトンの義父ベックから聞かされていたのだ。


 「ところで、ここ本当に酷いところだね。本当に第十六都市と同じ場所なのかって思っちゃったよ」


 ディーは特にぬかるんだ地面を避けて一度草原に向かう。


 草原も雨水を吸っているには違いないので当然、ボロ布で作ったマントの裾は濡れてしまった。


 「サンライズヒルは戦争中に野戦病院とキャンプがあった場所に作られた町だと聞いている。よそに比べればかなりまともな場所のはずだ」


 後方からザクザクと複数の足音が聞こえてきた。

 精神的なダメージから回復したセオドアだった。

 エリオットの方は無理矢理セオドアの後を追っかけてきたという様子である。

 二人の隣には殿を任せていた雪近が立っていた。


 「速人。お前、サンライズヒルの事情にずいぶんと詳しいんだな。つうかお前が生まれるずっと前の出来事だぞ」


 セオドアは速人を睨みつける。

 速人のような不細工な子供がどこぞの国の間諜である可能性は極めて低いが戦闘能力は尋常ならざるものである。


 プラス殴られた腹がまだ痛いという遺恨もあった。


 「村にいた頃、行商人からサンライズヒルには医者がいると教わっていたからな。怪我人が出たら立ち寄るつもりだったんだ」


 速人は今にも噛みついてきそうな「しっ!しっ!」とじゃれつく仔犬を追い払うような仕草をする。

 セオドアの顔は見る見るうちに赤くなり、頭の天辺から湯気が湧いてきそうになっていた。

 速人は口の周りをペロリと舐める。

 気がつくと二人は景色が歪むほどの殺意を露わにしていた。


 当然セオドアにはエリオットが、速人にはディーと雪近が腕を取って両者を引き離した。


 こうしてエリオット、ディー、雪近らが上手く二人を宥めることに成功し流血沙汰は回避されることになった。


 五人はあらためて街道に向かって歩き出す。


 今度は争いが起こらないように横一列に並ぶことになった。

 速人とセオドアは左右の端に配置されることになったことは言うまでもない。


 速人たちが町の入り口が見えてくるところまでやってくると災害によって荒れ果ててしまった土地だけではなく、管理の行き届いた畑の景色も見られるようになった。

 さらに入り口が近くなるとサンライズヒルの住人たちも姿を現す。

 住人たちは近くを通る度にエリオットとセオドアに向かって挨拶をした。

 住人たちの身なりはみすぼらしいものだったが笑顔は明るい。

 エリオットとセオドアが住人たちと良好な関係を築いている証拠である。

 速人も二人にならってサンライズヒルの住人たちに挨拶を返した。


 やがてエリオットによって町長の家へと案内される。

 速人たちは町長の家にやって来るまで他の住人たちの家を何軒か見る機会があったが古く薄汚れた家ばかりだった。

 町長の家は敷地こそ広かったが、他のサンライズヒルの住人たち同様に壁や屋根の破損部分が目立つ屋敷だった。

 

 しかし、速人が以前ベックと共に”外”に行った時に案内された場所に比べればかなりまともな町だったことには違いない。

 

「誰から聞いたかは知らないが、お前の言ってるお医者様ってのはこれから紹介するマティス町長のことだ。いいか、マティス町長は一般人で非戦闘員だ。襲いかかったりするなよ」


 どんっ!!


 セオドアが背後から速人の肩パンチを食らわせる。

 速人はセオドアに向けてギラリと光る歯を見せた。


 攻撃の合図である。


 速人がセオドアに襲いかかろうとした瞬間、町長の家の扉が開いて壮年の男が姿を現す。


 (コイツが町長か。本来ならセオドアの頭部を陥没するまで殴る予定だったが仕方あるまい)


 速人は止むを得ず攻撃を中断した。


 筋骨隆々とした逞しい体つきの壮年の男だった。

 後ろに撫でつけた白髪交じりの黒髪と頬や額にわずかに残る傷が過去の戦歴を物語る。

 男はエリオットとセオドアの姿を見つけるなり厳めしい顔を綻ばせて満面の笑みを浮かべる。


 「エリオット様!セオドア様!よくぞお戻りなられました。さあ、暖かいお茶を用意しております。どうぞ中へお入りください」


 速人はエリオットとセオドアの顔を覗き見る。

 二人とも心なしか気恥ずかしそうな顔をしている。

 一方、当の町長の方は速人たちには目もくれずにエリオットとセオドアを家の中に招き入れようとしていた。


 (ここで解放してくれるならばそれでもいいのだが…)


 速人がディーと雪近を連れてこっそりと立ち去ろうとしていた時にエリオットが速人の手を掴んてきた。


 エリオットは「助けて。お願いだから行かないで」という目つきで速人を見ている。

 セオドアもまた瞳を潤ませて速人たちをじっと見つめていた。


 「速人。何か可哀想だから助けてあげようよ…」


 くいくい。

 ディーが速人の袖を引っ張っている。

 速人はその場でターンして一刻も早くこの場を離れようとした。

 しかし、速人の先回りをして進路を塞いでいる雪近も同じ意見のようだった。

 二人の味方を得たエリオットとセオドアはチワワのようなつぶらな瞳を潤ませて速人を見ている。


 「俺もディーの意見に賛成だ。ここに置き去りにして出て行ったらきっとエリオットの旦那たちが夜、化けて出てもおかしくはないと思うぜ?」


 雪近の左の耳とディーの右の耳を軽く捻じって悶絶させた後、速人は町長とエリオットたちの間に入った。

 速人が故意に目立つよう間に立つとそれまで夜のお店の風俗店の客引きのように愛想が良かった町長の顔が突如ぼったくり店の用心棒(※お帰りバージョン)のそれに変わった。


 「エリオットおじさん。この人、町長さんだよね。俺たちにも紹介してよ!」


 速人はエリオットの両手を取ってマティス町長から引き離す。

 次の瞬間、マティス町長の顔が金剛仁王像のようなさらに険しいものに変貌した。

 町長はセオドアの肩をむんずと掴み、自分のところに引き寄せる。


 (これで一対一というわけか。やるな町長)


 げんなりとした顔になっているセオドアとは対照的にマティスの顔は水を得た魚のように生き生きとしている。


 「小僧。どうやら躾けが出来ていないようだな。私からエリオット様を奪うとは万死に値するぞ?言っておくがこのセオドア様は私の娘の夫、つまりは私の義理の息子にあたる御方だ。絶対にやらんからな!」


 町長は鼻息を荒くしながらエリオットとセオドアへの熱い想いを語る。

 結果、速人たちは残念な気分で満たされてしまった。

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