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第五十一話 エリオットとセオドア

次回は四月五日に投稿します。


数分後、小雨は治まったが代わりに靄が出て来る。


平原一帯は元から曇天の為に薄暗くなっていたが、靄の為に尚更見通しが悪くなってしまった。


速人は散策を早めに切り上げ、木陰まで戻る。

そろそろ起きていてもおかしくはないと思っていたが、エリオットとセオドアはまだ横になっていた。

顎下に強烈な一撃をもらったエリオットはまだ意識が戻っていない。白目のまま失神している。

セオドアの方は何とか目を覚ましたのはいいが「もう起きたくない」と言って寝転がっている。


速人はディーと雪近に出発の準備を整えるように伝えた。


「ディー、雪近。そろそろ出かけるぞ。支度をしておけ」


セオドアはぎょっとした顔で速人を見ている。


「わかったよ。じゃあおじさんたち、元気でね。きっと他の人たちが何とかしてくれるから(※もうしわけなさそうに)」


「すまねっす(※ぺこり)」


ディーと雪近は意識を失ったままのエリオットとセオドアに極めて事務的な挨拶をした。


ピキン。


一瞬で時が凍りついてしまった。


セオドアはその場でヘッドスプリングを使って起き上がった。


(ふふ、米つきバッタに似ているな)


 速人は両腕を組んでクスリと笑っている。ディーと雪近もゲラゲラ笑っていた。

 彼らの心無い態度がセオドアの怒りを増幅させる。

 次の瞬間、速人の嘲笑を見たセオドアは顔を真っ赤にして叫んだ。


 「俺たちを置いて行く気か!!この鬼畜どもがッ!!」


 速人は腰に下げた袋の中から光る糸を取り出した。

 

 ビィィ----ッ!!

 糸の先端を口にくわえて一気に引き延ばす。


 薄闇の中、陽光を浴びて鋼線が輝いた。


 「さて苦しんで死ぬのと楽に死ぬの、どっちがいい?ちなみにうるさくしなかったら、お仲間ともども生きて返してやろう」


 セオドアはそのまま何も言わなくなってしまった。

 

 速人は袋の中に暗器を入れて、出発する準備に取り掛かる。

 勿論、最初からセオドアとエリオットを放置するつもりなどなかった。

 速人は寝たままのエリオットをおんぶして、セオドアは雪近とディーに肩を借りるような形で移動することになった。

 身長が倍以上もある大人を軽々と運ぶ速人の姿を見たセオドアは今後なるべく速人を刺激しないことを決意する。

 

 そして「あれは人間なんかじゃない。魔物だ」と呟き始めたセオドアを見たディーと雪近は憐れむような視線で彼を見つめるのであった。


 それからしばらくの間のらりくらりとサンライズヒルの町を目指して歩く五人だったが、いよいよ町の入り口にさしかかった時エリオットが気を取り戻した。


 「二重の意味でもうしわけないが、ここはどこだい?」


 エリオットは起き抜けに目をこすりながら周囲を見渡した。


 まず目に入ってきたのは風景、エリオットとセオドアが暮らしているサンライズヒルの町へと続く道。濡れた枯草の下から若草の萌芽を予感させる緑が微かに姿を見せている。


 (もうすぐ春になってしまうのか…。いけない。後ろ向きに考えてしまうのは俺の悪いくせだな)

 

 エリオットは何の準備も無いままに春を迎えてしまったことを後悔している。

 

 数日前、川が氾濫してサンライズヒルの町の近くにあった集落が水浸しになってしまったのだ。

 貧しい者同士、逃れ落ちてきた彼らを見捨てるわけにもいかず町長と話し合って受け入れた結果、食料、飲み水といった別の問題が出来てしまった。

 サンライズヒルの住民はどこも冬の貯えでどこまで食いつなげるかといった状況である。

 

 (都市に戻って昔の仲間を頼れば何とかなるかもしれないが、そうなれば家族を置いて俺はここを去らなければならない。どうすればいいんだ…)

 

 エリオットは何かをふり切ろうとぐっと目を閉じる。

 瞼の裏にはいつも屈託のない笑みを絶やさない、はとこの顔が重い浮かんでいた。


 エリオットが望郷の思いに浸っていると疲れ切った表情のセオドアと目が合った。


 セオドアは魔物の子供(はやと)の仲間に左右から支えられながら歩かされている様子だった。

 

 「エリオ…ッ!」

 

 ささっ。

 

 エリオットはセオドアの助けを求めるような視線から自分の顔を隠して意図して免れようとする。

 結果としてセオドアの顔から色彩が失われた。

 

 一連の行動を観察していたディーと雪近は友情や絆には限界があることを思い知らされた。


 力こそが、この世における絶対の定理なのだ。

 

 「はんっ」

 

 そして速人は大人たちの薄っぺらい友情ごっこを嘲笑うかのように地面に唾を吐く。

 紙に描いた餅、絵の中のシチューでは腹は膨れないのだ。

 

 「あのさ、サンライズヒルの町の近くだな。重いからそろそろ降りてくれない?」

 

 速人はコーナーの上からギロチンドロップをしかけようとするブロディのような目つきをしている。

 ”さもなくばこの場で投げ捨てる”速人はそんなニュアンスを匂わせながらエリオットに威圧する。

 

 「わかったよ」


 速人はエリオットの返事を聞いた後におんぶ紐を外した。

 余談だが、エリオットを固定しておくために使われていたおんぶ紐はダグザの息子アダンの為に作られたものである。

 しかし、アダンの母親アレクサンドラと祖母エリーがあまりにも乱暴に子供を扱う為におんぶ紐を渡すことは出来なかった。

 そんな来歴があるとは露知らずエリオットはさめざめとした表情で速人の背中から降りた。


 (はあ…。まだ意識がはっきりしない。こんなに力いっぱい殴られたのはいつ以来だろうか…)


 (※ 答え:エイリークとマルグリットの喧嘩の仲裁に入った時 )

 

 「ところで君たちはどういう事情でサンライズヒルに向かっているんだ?私は雇われとはいえ、ここいら一体の警備を任されている人間だ。是非とも教えて欲しい」


 「…。俺の名前は速人。人々からは”微笑みの天使”と呼ばれている。こっちは雪近、おでんの具材でいうとちくわぶみたいなもんだ。こっちの縦に男はデイー、こっちはおでんの具材でいうと白滝だな」


 速人は”いなくてもいてもどうでもいい人間”という意味で雪近を”ちくわぶ”と表現した。

 しかし、雪近はちくわぶを見たことが無いので速人の言葉を前向きに受け取る。

 ディーも同じように”まとまりが無く頼りない人間”という意味で”白滝”呼ばわりされていたのにも関わらず、自分の評価が速人の中で高いものになっているのではないかと考えている。


 (ちくわぶ…。おでんは知っているが聞いたこともない具材だ…。多分、速人の好物で”なくてはならない重要人物”ってことか)

 

 古典落語、”時そば”にちくわぶは登場するが作品は明治・大正時代に演じられたもの。原典とされる”刻うどん”にはちくわぶ自体登場しない。

 よって江戸時代に生まれた雪近はちくわぶというものを見たことは無かった。

 

 (おでんって何のことかはわからないけど、白い滝っていうくらいだから一本筋の通った力強い男ってことかな。そういえば最近掃除ばっかりしているから筋肉増えたのかも。ホラね。やっぱり速人は俺のことを気にしてくれているんだ)


 ディーと雪近は明るい表情で微笑んでいる。


 (この阿呆どもが。余計なことを考えているな。いっぺん爆破してやろうか…)


 速人は人間爆弾に改造された人質を見る宇宙海賊ブッチャーのような顔で二人を見ていた。


 「君が速人で、彼がウーキーティカ?キチカというのか。あまり聞きなれない名前だな。それで彼がディーか。なるほど”微笑の天使”のくらり以外は理解できたよ。多分。それでどういう事情でサンライズヒルを目指しているんだ。町を悪く言うつもりはないが、特に何があるというわけではないし治安もギリギリ守られているような場所だぞ」

 

 雪近は自分の名前が上手く発音できないエリオットの姿を見て少しだけ落胆する。

 しかし、雪近自身もナインスリーブスの固有名詞の発音に慣れていないので文句を言う資格はない。

 だがこの中でどうして速人の名前だけを皆が普通に話すことが出来るのか、誰も疑問に思うものはいなかった。

 

 「実は俺たちは住んでいた村を、ディーのお祖父さんが村長をやっている村なんだけどそこを山賊に焼かれて、山賊に追っかけられている途中みんなバラバラになったんだけど別れる直前に第十六都市のサウスゲートで会おう話になったんだ。それで、とりあえず町の周りをぐるっと移動していればサウスゲートにいずれ着くんじゃないかってことで三人で歩いていたんだ。街道沿いに歩いて行けば、問題ないだろ?」


 速人の話を聞いたエリオットは腕を組んで考える素振りを見せる。

 

 エリオット同様に速人の話を聞いた後、セオドアは困った顔をしていた。

 当然だろう。”外”の食糧事情は第十六都市の内部など比べものにならないほど悪いのだ。彼らに速人たちの面倒を見る余裕は無い。


 「速人君。それなら一度、サンライズヒルの町長に会うことを勧めるよ。サウスゲートの近くにもサンライズヒルのような小さな町はあるがお世辞にも治安が良いとは言えない場所だ。君は大丈夫だと思うが他の二人の身の安全を考えるならサンライズヒルにいた方がいい。サウスゲートで待っている家族の人なら私が探しておこう」


 エリオットは朗らかに笑いながら速人に向かって右手を差し出す。


 (これは下手に反論をすると尾を引くタイプだな)


 速人は長期戦を覚悟するつもりで右手を握る。

 エリオットは軽く手を握り返した後、弾みをつけて歩き出す。

 内心ではすっかり速人が自分の提案を受け入れてくれたものと考えているのだろう。

 セオドアはやけに明るくなってしまったエリオットの姿を見て「このお人好しめ」と落胆している。

 

 速人が雪近たちと合流して話し込んでいる間に先回りしてエリオットの隣に移動していた。


 「エリオ。アイツら町に連れて行っても大丈夫か?さっきの話だってどこまで本当かわかったもんじゃねえぞ」


 セオドアは一度、速人の方を見てから小声で耳打ちをする。

 エリオットは幼い頃から正義感が強く、すぐに他人を信用してしまう上に人を疑うことを知らないという善人を絵に描いたような性格の持ち主だった。

 そのせいで痛い目に遭ったことは一度や二度ではすまない。

 死んだエリオットの父親の部下だったセオドアの父親は何があってもエリオットの側を離れるなと言ってから死んでしまった。


 セオドアは自身の父親との間にあまり良い思い出は無かったがそれを抜きにしてもエリオットのことを兄弟のように見守って行くつもりだった。

 

 正直、今回も心配で仕方ないのだ。


 「速人君の話の事か?俺はおかしなところなんか一つも無かったと思うけど」


 「むしろそこが問題なんだよ。あの化け物みたいな顔をしたガキの言うことにはあらってもんがねえ。素性だって最初から用意してきたような感じがしねえか」


 エリオットとセオドアは遠巻きに速人たちを観察する。

 速人は雪近とディーに「サンライズヒルに着いても大人しくしていろ」とそういった普段からの生活態度について注意をしている。

 今の段階では速人たちを警戒する要素は無い。


 しばらくすると速人たちは遠くに行ってしまったエリオットたちに気がついて小走りで追っかけてきた。


 「二人とも悪かったな。雪近とディーに町に行っても騒ぐなって説教しておいたんだ」


 「遅れてしまったことなら気にする必要はないよ。だけど、君たちが急に姿を消してしまったことには驚いていたんだ。次からは伝えるべきことがあれば事前に話してくれ」


 速人は頭を下げ、エリオットは少し厳しい口調で速人を諭した。

 セオドアはエリオットに頭を下げる速人の姿を見て、自分の考えは杞憂にすぎなかったと反省する。


 しかし、速人は頭を下げながらもしっかりとエリオットとセオドアの様子を監視していた。


 その後、雪近とディーもエリオットたちに遅参したことを謝りに来る。


 晴れて合流を果たした五人は一路、サンライズヒルに向かって歩き出した。


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