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第四十八話 やっぱり駄目だった。

次回は三月二十七日に投稿します。


 騒がしい朝食の後、レナードは手配しておいた馬車にダグザたちを送って行った。


 エイリークはレナードと後で防衛軍の本部で落ち合う約束を取り付けた後、マルグリットと共に職場に向かう。レミーとアインは荷物をまとめてさっさと学校に行ってしまった。


 一方、速人はまだダブル四の字固めのダメージが回復していなかったのでぎこちない歩き方をしながら洗い物、夕食の支度などをする。


 エイリークたちには昼食にサンドイッチ弁当を用意しておいたので、今日はディーと雪近と速人の昼食以外は心配する必要は無い。

 速人は夕食のホワイトシチューの用意をしながら、今日の予定について粛々と考えていた。

 速人は寸胴いっぱいに入ったシチューをかき混ぜつつ、液体の表面と湯気を見ている。


 仕事を終えたディーが鼻をすんすんと利かせながら寸胴の中を覗きに来た。


 「すごいね。お昼ご飯、もう作っちゃったの?」


 ディーがエサを出された犬のようなキラキラとした目を向ける。


 ディーは十六歳、速人は十歳。

 たまに速人はディーの将来に不安を覚えずにはいられなくなる。

 このまま精神的な成長を遂げずに三十歳くらいになるのではないか、と。


 速人は味見をさせてくれと懇願される前に蓋をかぶせた。


 「違う。これは晩飯。昼はこっち。サンドイッチ弁当だ」


 速人はキッチンの奥に置かれたクラブハウスサンドイッチを指さす。

 ほど良く焼かれた食パンに二層に分けて、ハムとレタスとトマト、スクランブルエッグとローストチキンといった感じでぎっしりと詰められているサンドイッチを見たディーが喜びのあまり両手を叩いた。


 (やれやれ。余りもので作った料理だからそんなに喜ばれてもな…)


 速人は大喜びをしているディーの姿を見ながらやや反省する。

 パン食が苦手な雪近も見事な色合いのサンドイッチを見て喜んでいた。


 「何つーか、華やかな弁当だな。ところで速人、今日はこれからどうするつもりなんだ?」


 速人は思い切り嫌そうな顔で雪近を見た。


 本来の予定では雪近とディーは家で留守番をさせて速人だけで大市場に行くつもりだったのだ。


 雪近とディーは苦虫を噛み潰したような顔をしている訝しげな速人に向ける。

 二人は同時に置いて行かれることも察していた。

 ささっ、速人が反応するよりも先に二人は別の方向から回り込んだ。

 そしてディーは左肩を、雪近は右肩を押さえつける。


 (こいつ等はなぜ無駄なスキルばかり上達する!!)


 したり顔のディーと雪近を見ながら、速人は腹立たしさを覚えていた。


 「俺たちもついて行くぜ、速人。絶対に」


 雪近は親指を立てながら、いい笑顔を向ける。


 「どうせ留守番でも押しつけるつもりだったんだろうけど、甘かったね。速人は時々、考えていることが顔に出るから!」


 ディーはやや強めに速人の肩と腕を掴む。

 速人が本気を出せば両者ともにぶん投げられるのだが、年上の男二人の無駄に本気を出す姿を見て暗鬱な気分になってしまった。


 (このやる気を何故、日頃の仕事に使わない…ッッ!!)


 速人は左右をジト目で見た後に動向を許可することを告げる。


 「わかった。二人とも連れて行ってやるから放せ」


 ディーと雪近は何か文句がありそうな顔をしていたが、速人を無事に解放する。


 その後、速人は弁当をバスケットに入れると使った食器や料理道具を戸棚に戻した。

 その間に速人はディーと雪近に出かける準備をしておくように言っておいた為に二人は部屋に戻って着替えをする。

 やがて大体の後片付けと火の始末の点検などを一通り終わらせた速人はエプロンを外してからため息をつく。


 (これではどちらが年上か、わからんな)


 速人はエプロンを畳んだ後、屋敷の戸締まりを確認しながら玄関に向かった。

 その手には既に早朝のどさくさに紛れて取り返しておいた、昨日ダグザたちに没収されたはずの武器が握られている(※レクサを騙して金庫にかけられた魔法を解除した)。


 速人はどこまでも抜け目の無い子供だった。


 それから数分後、やれ何を着ていくかというような事情で雪近とディーは予定通りに遅れる。

 速人の手が殺人を意識して震えていることに気がついた二人はひたすら速人に謝った。

 速人はエイリークの家の扉をしっかりと閉じるとまず大市場に向かって歩き出した。


 その日の正午は、春ももうすぐ終わりというのに全身に穏やかな寒さを感じる。

 家の敷地を出るなり風がやや強く吹いていたので、普段から外出時にはフードをかぶっているディーに倣って雪近も上着のフードを下ろした。

 道中、強風に煽られて咲いたばかりの花が散ってしまう光景を見ながら三人は大市場に向かって歩いていた。

 

 速人は歩きがてら下町の様子に変化がないかを注意深く観察する。


 町の人々は、「物資の流通が鈍くなっている」とか「どこに行っても商品がすぐに売り切れてしまう」と同じようなことを話していた。

 速人は聞き耳を立てていることを気取られないように、人々とすれ違う度に視線を下げながら挨拶をした。


 新人ニューマンが外を出歩く時にはこういった作法が要求される。


 何度も頭を下げて歩く速人の姿を人々はそれとなく見ながら気にしないふりをしている。


 ディーと雪近は速人の様子に気がつくことなく世間話をしながら盛り上がっている。

 だが二人ともフードをかぶっているために誰も気に止めることはない。


 速人は大通りと三叉路をくぐり抜けて、大市場にまで到着した。


 速人の背後には道中ずっと話し込んでいた為に疲れてしまった雪近とディーの姿があった。


 (いっぺん死ぬか。こいつ等は)


 速人の殺意は時を追うごとに強いものに変わって行った。


 現在は88パーセントくらいである。


 「よう!速人、今日はどうした?悪いが売り物が無いから休みだぜ」


 大市場の入り口近くにはアルフォンスが立っていた。

 まだ腰の痛みが完全に癒えていない為か不自由そうな歩き方でこちらまで歩いてくる。


 (目的の人物に出会えたか。これは幸先がいいな)


 「シッ!シッ!」


 速人はディーと雪近に鞭のようなムエタイ式ローキックを喰らわせて、こちらから迎えに行くように仕向ける。

 二人は泣きっ面になりながらアルフォンスのところまで早歩きすることになった。


 「昨日はどうもありがとうございます、アルフォンスさん。今日は昨日お世話になった分、何か手伝えることはないかと思って雑魚二匹を連れて来たんだけど」


 雑魚二匹と呼ばれたディーと雪近はローキックを食らった部分を押さえながら屈んでいた。

 苦痛に喘いでいるようにも見える。

 自分も腰を痛めているというのにアルフォンスはいつまでも立ち上がらない二人の様子が心配して速人に尋ねる。


 「おい。この二人、大丈夫か?」


 生まれたばかりの小鹿のようにディーと雪近は足を押さえながら倒れている。


 (獅子は千尋の谷に我が子を突き落とし、自らの力で這いあがった者だけを我が子として育てるのだ)


 アルフォンスはやや強めに速人の頬をつねった。


 「多分、蹴った感触からして折れてないから大丈夫ですよ」


 アルフォンスは戦時中に民兵の救護班として活動した経験があるらしく、魔法を使って二人の痛みを和らげてくれた(※でもまだ痛いらしく中腰になっている)。

 ディーが痛みを緩和するのではなく腫れそのものを治してくれと頼んだが、魔法で強引に関節のような可動部分を修復してしまうと壊れたまま治ってしまうことがあるからその場で完治させなかったとアルフォンスは説明してくれた。

 ディーは頬を膨らませたままだったが、雪近は無事に立って歩けるようになったことを感謝してアルフォンスに頭を下げる。


 「アルフォンスさん。昨日、家でコルセットを作ってきたんだけど使ってみるか?」


 速人はバックの中から背筋に当てる芯の入った布を取り出す。

 芯を背中に当て、清潔な帯状の布を巻いて腰を安定させる。

 速人がうろ覚えの知識で作った簡易コルセットだが、以前にダグザやベックを相手に使った時に有効であったことが証明されたので用意したのだ。


 「いや。使ったことねえんだよな。コルセットって…」


 「まあまあ、そう言わずに。騙されたと思って使ってみてよ」


 速人は返事を渋るアルフォンスを説得しながら大市場の中央のテントに連れて行く。


 速人はアルフォンスの妻シャーリーの立ち合いのもと、アルフォンスを寝台の上で寝かせて腰のコルセットを巻きつける。

 ここに来てディーと雪近はアルフォンスが無理をしていることを思い知らされる。

 速人が怒った理由を何となく理解したディーと雪近は熱湯やシーツを用意して速人の仕事を手伝った。


 背骨と腰、わき腹を布とガーゼを巻いた板で固定されてアルフォンスは以前のように難無く動けるようになったことに驚いた。

 医療魔法は人体の破損個所を修繕することは出来ても、負傷したVの機能を回復することには不向きの技術である。

 出来ないことはないのだが、術者にかなりの経験と知識が必要とされるのである。


 速人は包帯とコルセットの巻き方を念の為に、ラッキーに説明しておいた。

 ラッキーならば力加減を間違うことはない、と判断したからである。


 「おお!ありがとな、速人。これなら明日から安心して働けるってもんだ!それでな牛肉の話なんだが、明日には必ず用意しておくから期待してくれよ!」


 「ところでアルフォンスさん。牛肉の話ですが、もう一頭だけ譲ってくれそうなお店の心当りはありませんか?」


 速人は駄目で元々という心境でアルフォンスに尋ねる。


 アルフォンスはしばらく悩んだ後、こればかりはお手上げと肩をすくめてしまう。

 速人はラッキーやガーランドにも同じようなことを聞いてみるがやはり同様の回答しか得ることが出来なかった。

 その後、速人はアルフォンスたちの主な取引相手である第十六都市周辺にある村落、通称パートナーズと直接できないかと尋ねてみたがアルフォンスはその辺りはぬかりが無く最初から総出で当たってくれていたのだ。直接の交渉という手段は、速人も考えていただけにいざ不可能であることを知らされると落胆せざるを得ない。


 速人がガックリと肩を落としているとガーランドが不意に声をかけてきた。


 「この時期、牛肉を一頭まんま卸している場所があるとすれば大市場うちらか”外”の連中ぐらいだろうな…」


 速人は外という言葉を聞いて、ある場所を思い出していた。


 「おい、ガーランド!滅多な事を言うんじゃねえよ!”外”だなんて速人が本気にしたらお前、どう責任を取るつもりなんだ!」


 ガーランドの話を聞いたアルフォンスが即答で怒り出した。

 さらにラッキーやガーランドの妻ボギーなどが加わって説教を始める。


 外については速人も以前ベックによって聞かされていたが、どうやらここでも”外”の話は禁忌の類らしい。


 ガーランドは速人に平謝りした後、妻に連れられて掃除や荷運びの仕事に戻って行った。


 やがて一人になった速人の前にシャーリーが現れる。


 「速人。うちの亭主も言ってたけど外にまで牛肉を探しに行こうとか馬鹿な事を考えるんじゃないよ?」


 シャーリーは両腕を組んで、牛どころか伝説の牛頭巨人ミノタウロスアリオスをも殺せそうな圧のある視線をぶつけてきた。

 速人は自分に向かってくる人体に有害な破壊光線を身体をわずかに傾かせてさっと回避する。


 シャーリーはおもむろにアルフォンスの頭を首を掴んだ。


 ギシッ…、ギシッ…。


 アルフォンスは激痛のあまり苦悶の表情を浮かべる。


 (このままではアルフォンスの腕は小枝のように握り潰されてしまうだろう。そうすれば牛肉が手に入らないかもしれない…)


 恐るべき事実を突きつけられた速人の額に緊張の汗が浮かんだ。


 「今の外、つまり外壁跡地ってのは昔の外よりは少しマシになったのかもしれないが危険な事には変わりないんだ。アンタだってベックから聞いてるだろ?順番待ちの連中がいっつもケンカしているってさ」


 シャーリーとラッキー(※ラッキーの妻)とガーランド、ボギーの夫婦は奴隷として第十六都市に連れて来られた過去がある。

 シャーリーたちを商品として扱っていたのだ”外”にある闇市場だったのだ。

 当然、良い思い出が皆無であり戦時中に都市内部まで敵(※当時は火炎巨神同盟ムスペルヘイムではなく、レッド同盟の騎兵隊だった)が攻め込んできた時も外で暮らしている人間が手引きしたという噂も囁かれているくらいだった。

 

 シャーリーが腕に力を込める度にアルフォンスの顔色が赤から青に変わって行く。


 速人はアプリコットのジャムが入った蓋つきの容器をシャーリーに差し出した。


 「俺だってそれくらいわかってますよ、マダム。大丈夫、何があっても外には出ませんからご安心ください。あ、それとこれマダムの大好きなアプリコットのジャムです。良かったらどうぞ」


 速人はシャーリーの目の前にジャム瓶を置いた。


 シャーリーはようやくアルフォンスを解放した後に、瓶の蓋を開けて小指で中身を軽くすくい味見をする。


 (甘くて、酸っぱくて、いろんな味がするよ)


 シャーリーの顔が一瞬だけ可憐な少女時代に戻る。甘党のシャーリー好みのベタベタした甘さのアプリコットジャムだった。

 やがてシャーリーは近くに人がたくさんいることを思い出して赤面する。


 次の瞬間、シャーリーは照れ隠しとばかりに一瞬で人間を肉の塊に変えてしまいそうなジャブを繰り出して周囲の人間たちを追い払ってしまった。


 「忠告はしたよ。もしも約束を破ろうものなら…、アルフォンスとラッキーとガーランドの命が無いものと思いな」


 シャーリーの処刑宣告を聞いた三人の男たちが同時に非難の声をあげる。


 「俺かよ!!」


 「悪い事してないのに何で!?」


 「ひでえよ、姐さん!!」


 その後、速人は憐れな三人の男たちに説得されて”外”には決して行かないと約束をさせられるのであった。

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