第四十七話 レナードと朝食を…。
次回は3月24日に投稿します。
しばらくして着替えを済ませた速人はキッチンで料理を温めながら、雪近に使用する食器を用意させていた。
ディーには居間にいるエイリークたちのところで朝の支度の手伝いをさせていた。
先ほどから替えのタオルや洗濯物を持って部屋を行き来している。
速人は横目でディーと雪近の様子を見守りながら粛々と朝食を準備を続けていた。
そんな中ディーの姿が見えなくなったかおと思うと突然、速人の目の前に現れた。
「速人ー、レナードさんが来たよ。あんまり見たことない人も一緒にいるー」
いつもと様子が変わらないディーとは対照的に雪近が少しだけ驚いていた。
話によれば、最初にレナードと会った時に一人で山間部を出歩いていたことでこっぴどく怒られたらしい。
雪近はディーの存在に気がつかないふりをしながらキッチンの奥に行ってしまった。
「そうか。もう一人のお客さんと一緒に居間の方に案内してくれ。仕事の話かもしれないから返事を出す前に必ずエイリークさんにも伝えてくれよ」
速人は厳しい口調で言伝る。
ディーはまるで馬鹿というわけではないが、たまに説明を省くと勝手に判断して見当違いなことをする悪癖があるので速人は事細かに指示を出しておいた。
ディーは「了解ー」といつもの間延びした声で告げると居間に向かう。
速人はレナードが朝食抜きで来訪した可能性を考えて、おまけに軽食を用意することにした。
レナードと速人は第十六都市に来た時以来、何度か顔を合わせている。
その後、ダグザの家を尋ねる度に出会うことも多かったので知り合い程度のつき合いがあった。
速人はレナードの来訪の理由を外泊したダグザ一家絡みか、防衛軍の仕事絡みのものかと予想している。
昨日捕まえた下手人の状態にも興味があったが、やはりそれ以上に速人が現時点で出入りできない防衛軍という組織の内情を知る為にもレナードと仲良くなりたいという下心があった。
そして食堂において一同が介した時のレクサの第一声があがった。
「何でウチにお父さんがいるのよ!」
レクサはレナードの顔を見るなり、生まれて間もない我が子を抱きながら渋面を作る。
レナードは一瞬で切れてしまったらしく文句の一つでも言ってやろうかとレクサの前に前で歩いて行こうとする。
だがレナードと同行してきた優美な顔立ちの男がレクサとの間に立って衝突を止める。
三人とも似たような顔なので血縁者であることを想像するには難くない。
速人は急な客の為に即興で作ったガレットを皿に並べる。
気を利かせた雪近がのっぽの優男がレナードの長男ジムであることを教えてくれた。
ジムは防衛軍でレナード直属の部下として勤務しているらしい。
速人と雪近が話しているところを見て、頭を下げてきた。
年下相手にも挨拶を忘れない礼儀正しい人物である。
「あのさ父さん、レクサ。ここはエイリークの家だよ。それに奥様と坊ちゃんとアダンもいるのだから喧嘩はその辺にして」
何よりもまず和を尊ぶ男ジム。
悲しいかな。健闘も虚しく父と妹から返ってきた答えは辛らつなものばかりだった。
「ジム、この恩知らずが!お前の如き十把一絡げの凡愚が防衛軍に入れたのは誰のおかげだと思っておる。妹より、私を立てろ!」
(なるほど。エイリークはこういう感じの大人に育てられた為に今の性格に落ち着いたのか)
速人は内心で膝を打つ。
レナードの利己的すぎる発言を聞いたダグザとマルグリットとエリーが申し訳なさそうな顔をしていた。
「お兄ちゃんこそお父さんの味方するなら家に帰ってよ。ここでお父さんと一緒に説教するつもりならお母さんとお義姉ちゃんたちに言いつけるわよ?」
ジムは母親と妻と義妹(※ジムの弟の妻のこと)の話を出されて弱腰になってしまう。
この時点で、速人はジムに「ヘタレ属性」という評価をつけた。
さすがにレナードの父娘の雲行きが怪しくなってきたので、速人は何か口添えをしようかと考えていたが年の功というかエリーが二人の間に入って仲裁してくれた。
どうやらレナードとジムはエリーたちを迎えに朝一番でエイリークの家にやって来たらしい。
よくよく考えるとダールとレナードは主従関係のようなもの(※ダールは嫌がると思うが)だから行動に問題は無かった。
「レナードさん、ジムさん。朝ご飯、用意できるけど食べて行く?」
「当然だ、速人よ。私は何も食べずにここに来たからな。後、私はエイリークのように好き嫌いが多くないからな(※無いわけではない)。酸味の利いた料理以外なら何でも食べれるぞ」
レナードは胸を張って誇らしげに力説する。
ダールやボルク隊の面子の前では畏まった態度が目立つが、本来は熱い魂を持った根っからの騎士なのだ。
速人は情に厚いレナードの性格を知ってか、つい頬を緩ませてしまう。
「速人、私もお願いするよ。実は昨日帰り際に厄介な案件を持ち掛けられてね。書類を整理しているうちに夕食を食べ損ねてしまってね。出来れば量を多くしてもらうと嬉しいかな」
ゴツッ!!
次の瞬間、ジムの頭にレナードの拳骨が落とされた。
憤ったレナードの瞳が「仕事の話を易々とするな」と語っている。
速人は苦笑しながら二人に頭を下げ、新しく作った野菜スープを振る舞う。
速人はそれとなくダグザに「ジムから情報を引き出せ」というアイコンタクトを送る。
ダグザは頭を下げる代わりにシャツのカフスボタンを位置を確認するような仕草を見せて了承の意を伝える。
二人の姿を見たアインがレミーに尋ねる。
「お姉ちゃん。ダグおじさん、どうしたんだろうね?」
「悪いことに決まってるだろ。あの二人が組むとロクなことにならないからな」
レミーはなるべく二人の姿を見ないようにしながらサンドイッチを食べていた。
その傍らでエイリークはテーブルの上に突っ伏して自慢の長髪を広げ、めそめそと泣いている。
マルグリットは号泣しているエイリークの頭を撫でていた。
「レミー。めんどくさいから早く父ちゃんに謝りなって。よりによって父ちゃんの髪の毛を切るなんてさ。エイルはさ、昔から髪の毛のことになると五月蠅いんだからさ」
「ひでえ。人間の所業じゃねえ。俺の髪を。極上の髪を切るっていうか千切るなんて。信じられねえよ。親父が死んだ時だって、この自慢の髪だけは切らなかったのによお…」
エイリークは大げさに泣き真似をしながらも、小賢しくレミーの様子を伺っていた。
おそらくはレミーが謝罪するものと確信しているだろう。
レミーが父親のウザすぎる態度にブチ切れるのは時間の問題だったのでダグザは予定を少し繰り上げて、ジムに昨日の出来事について尋ねることにした。
「ところでジム義兄さん。昨日、定時に帰宅できなかったなんて災難だったろうに」
「全くですよ、坊ちゃん。ここ最近は不審火や小規模な器物破損事件が続いて忙しいというのに、昨日そろそろ家に帰ろうとかなって思った時にアルノルト殿が大勢のお仲間さんと事件の容疑者をしょっ引いてきたんですよ。相手は元騎士侯、断るわけにもいかなくて報告書類も作り直しで深夜まで残業する羽目にあったわけなんですよ。あ、これウチの母さんが作るガレットよりおいしいよ」
ジムは話終わった後、ひたすらガレットを食べることに集中する。
その一方で隣のレナードはジムの鼻先を狙って親指と人差し指で輪を作る。
そして、十分に力を溜めてからレナードのデコならぬ鼻ピンがジムの高い鼻を勢い良く弾いた。
さしものジムも堪らず鼻を押さえる。
運よく出血することは無かったが鼻筋は真っ赤になっていた。
(今さっき仕事の話をするなと言われたばかりなのに…)
速人は濡らしたハンカチをジムの鼻をさっと拭いていた。
「私のところには届いていない情報だな。話ぐらいはできるだろう」
レナードはエイリークにガレットを切り分けて与えていた。
レナードは口調そのものは全体的に厳しいものだが、子供たちやエイリークには甘いところがある。
それを証拠にエイリークの隣にいたマルグリットにも自分の分を与えていた。
(次からは注意しないと駄目だな)
速人はエイリークとマルグリットを引っ張って自分たちの席に戻した。
結果としてレナードの食べる分が減ってしまった為に生地に全粒粉を混ぜた焼いたイチジクパンを出した。
レナードはこちらの方が気に入っていたらしく、鼻歌交じりに小さなパンを切り分けながら食べている。
レナードの上機嫌な様子に安堵したジムは事件の続きを語り出す。
「実は今朝の話になるのですが、緊急連絡がありまして。先日の大怪我して運び込まれた容疑者が朝になると部屋で死体になっておりまして…」
ダグザとエイリークは話を聞くなり罪咎を責めるような視線を速人に向ける。
(たしかに半殺しにはしたが全殺しにはしていない。だが口封じに誰かがやってきたのは想定内だな)
速人はとりあえず「やってない」と左手を横に振ってジェスチャーを送る。
しかし、エイリークとダグザは顔をしかめるばかりで一向に納得する気配がない。
「口封じか。私やお前が不在の時とはいえ、かなりの手練れだな。アルノルトたちへの報告は私がやっておこう。若輩のお前を寄越しても話になるまい。ところでエイリーク、お前はどう思う?」
「どう思うって…、自分たちの情報を吐かされる前に脱落者は殺っちまえっていう普通の口封じだよな」
そう言ってエイリークは口を塞ぐ。
しかし時すでに遅し。レナードが氷よりも冷たい瞳でエイリークたちを睨んでいた。
「あッ…、この馬鹿エイリークが」
毎度の事ながらと思いつつもダグザが悪態をつく。
エイリークはそこそこ頭の切れる男だが、身内と認めた者に対してはやたらと口が軽い悪い癖があった。
レナードはティーカップを手にした後、さもといった風にため息をついた。
「つまり私が知る前から事件について知っていたというわけか。エイリーク、私は勝手な判断で動くなとこの前注意したばかりだったな?」
正にエイリークらしからぬミスだった。
レナード自身はまだ事件について一切、打ち明けてはいないのだ。
今ここでエイリークが迂闊なことを話てしまえば今回の事件を独自に調査しようとしていることを自白してしまったようなものである。
どのような形であれ犠牲者が出ている事件にダグザやレクサが関わっているとすればレナードの心証も悪くなってしまうだろう。
例え長いつき合いのあるレナードが相手とはいえ簡単に白状してしまったエイリークは気まずそうな顔をしている。
エリーを除く他の面子はジト目でエイリークを睨んでいた。
そんな中、レナードはすました顔でで速人からもらったミルクティーを飲んでいる。
(こちらの方が役者が一枚上手だな)
事件の当事者である速人は素知らぬ顔でジムにもミルクティーを手渡していた。
「はいはい。俺のせいですよ。何でも俺が悪いんですよ。てか、ジム。運び込まれたエルフって瀕死の重傷じゃなかったのか?死んだ原因ってそれじゃねえのか」
その頃、ジムは速人に砂糖をもう一杯足すように頼んでいる最中だった。
ジムは普段は砂糖抜きで飲んでいる為に赤面しながら答えた。
(※実はレミーとアインと雪近とディー以外の全員がジムは紅茶を砂糖抜きでは飲めないことを知っている)
「エイル。エルフって…、そんなことまで知ってるのか。実は父さんに報告する前に様子を見ようってアルノルト殿と話し合ったのも容疑者の容態が急変したからなんだ。だって信じられるか?両手両足が原形を留めないくらいに砕かれた状態だったのに、ほんの少し目を離しただけで軽い骨折程度の症状に回復していたんだぜ?後な…、たまに紅茶に砂糖を入れるのもいいかなと思って今回は特別に頼んだだけだから。けど、やはり駄目だな。俺のような大人には甘すぎる」
後半の部分は全員でスルーした。
一方、ジムは上手く誤魔化せたと思って得意気な顔をしてミルクティーを啜っている。
(馬鹿な。手足が再生しただと?元通りにならないように一つ一つ丁寧に外してから鈍器で壊したのに…)
ぎゅううううッ!!
速人がその場で考え込んでいるといつの間にか隣にいたエイリークが速人の耳をこれでもかというくらい引っ張っていた。
「おい、速人。昨日キチカから聞いた話とずいぶん違うんじゃねえか?全身の骨砕いたとか、いい加減にしろよ!!」
「別に俺が殺したわけじゃないし。てかさ、そいつもう死んでいるんだろ?そっちの犯人を先に探そうぜ」
その後マルグリットの仲裁により速人はエイリークから解放される。
結果として速人はレナードとジムに直接、昨日の出来事を説明する羽目になった。
速人の話を聞いた後にジムは驚きのあまりミルクティーを喉に詰まらせ、レナードは無言になってしまった。
「エイリーク、お前たちはこれからどうするつもりだ?大市場周辺には重点的に警備兵を巡回するように言っておくが。調査するというなら全面的に協力するぞ」
「ダグ。どうしたらいいと思う?」
「まずは今日、お前とソルを連れて防衛軍本部にある容疑者の死体を見に行こうと考えている。”高原の羊たち”の他のメンバーは下町の見回りを。レミーとアインはなるべく友達から離れないようにして様子を見ていてくれ。本当の事を話せないのは辛いだろうが、如何せん情報が少なすぎる」
レミーも今回ばかりは自分の判断で勝手な行動を慎むことを考えていた。
ダグザは今のレミーたちの姿を見てふとかつてのエイリークとマルグリットを思い出し、懐かしくも頼もしく思う。
「わかった。外には行かないように見張ってる。いいな、アイン」
「うん」
最後にダグザは速人を見る。
「お前は特にわかっているとは思うが、大それた行動には出るな。いいな。せめて今日いっぱいくらいは家でおとなしくしていろ。返事は?」
「了解!」
速人は清々しい顔で嘘をついた。
なぜならば速人にはもう一頭分の牛肉を手に入れなければならない使命がある。
ダグザごときの指示を仰ぐ必要などありはしないのだ。
(ニコニコニコ)
(……ッッ!!)
あまりにも胡散臭い速人の態度に憤ったダグザはエイリークと二人がかりで速人に首と足に四の字固めをかけた。