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第四十五話 真夜中のティータイム

次回は3月18日に投稿する予定です。闇市どころではありませんね。もう少し時間かかります。


 (お互いが納得するまで話し合えばいつかは誰でもわかり合えると思っていた。だけど違っていた。この世にはそうすることを求めていない人間だっていることを思い知らされた)


 それは天道から外れやがて何もかも俯瞰して見る癖がついた時に人格が人格に与える影響というものを意識するようになっていた。


 今は若い人間の男と意識を同町シンクロさせている。これは男の過去を追体験したものだ。


 「戦いは終わったから止せってんだろ!!お前の仲間はみんな投降した!!これ以上、戦って何があるってんだ!!」


 エイリークは剣の先端を下げて、その相手に降伏を促した。


 かつては諸勢力の脅威であった火炎巨神同盟ムスペルヘイムの強固な兵も、今はその男しか残っていなかったからだ。

 眷属種ジェネシス同士の戦争は益体というものが存在しない。

 仮に一度武力衝突が始まればどちらかの勢力が消え去るまで延々と続く。

 それが十数年前までのナインスリーブスの常識だった。


 男は全てを失っても尚不敵に笑った。


 そんなことは知っている。

 勝利と敗北では測り切れぬものがこの世にはある。


 「黙れ、若輩。お前もリュカオン族の血に連なる者ならばわかるはず。勝利こそが全て。敗北に意味は無い。故に俺は我が身を次の勝利の為に捧げる」


 巨人族の男は額に彫られた印章を指でなぞった。


 「おお!!誇り高きヨトゥン族!!賢王ロキの末裔よ!!今日という日を決して忘れぬな!!いつか我らは再びナインスリーブスの頂点に返り咲く宿命!!我グリンフレイム・ビヨンドヒートフロウの屍を越えて怒りの炎を時代に繋げ!!さあ、来い。破滅ハガルの二つ名を持つ機神鎧ヴォーグの槍よ!!全身全霊、最後の蛮勇をふるってくれる!!」


 グリンフレイムの呼びかけに答えるようにエーテル液体の貯水槽に安置されていた”槍”が動き始める。


 槍に外側に刻まれた印章は、グリンフレイムの額のものと同様のものだった。


 エイリークはグリンフレイムを説得しようとさらに近づこうとするが、マルグリットとソリトンに腕を引っ張られる。

 徹底的に追い詰められたグリンフレイムは梟雄の本性ゆえか次々と味方から出た造反者を誅殺して回っているという話を聞いていた。


 マルグリットとソリトンはダグザの指示でエイリークを引き離したのだが、この時点でエイリークの仲間たちの誰一人としてグリンフレイムと交渉が出来ると思っている人間はいなかった。


 屋根の無い建造物に向かって一団と強い風が吹きつけた。


 季節は冬。


 グリンフレイムは第十六都市近くのとある廃城に一人で籠っていた。


 かつては優勢にあった火炎巨神同盟も今では補給線や全戦基地を潰された挙句敗走に次ぐ敗走から同盟の仲間たちは降伏し、グリンフレイムは見せしめとして次々に脱走者を処刑した。

 冷たい風に雪が混じり吹雪に変わる。


 (寒い。まるで俺の心を映したような空の色だ)


 グリンフレイムは仲間に連れられるエイリークの姿を見ながらわずかな寂寥感を覚える。


 (エイリーク、お前と俺の何が違うというのだ。どうして眷属種ジェネシス同士が戦っている?なぜお前は他の眷属種や融合種に与するのだ?)


 もう互いの言葉は届くことはない。


 「馬鹿野郎が。俺たちはまだ生きているじゃねえか」

 

 ダグザが再びグリンフレイムを説得しようとするエイリークを引き止める。

 

 「馬鹿はお前だ、エイリーク。自棄になったグリンフレイムは例の”槍”の封印を解いた。もうお前だってわかっているはずだ。ヤツは、グリンフレイムはここで死ぬつもりだ」


 その間にも槍に刻まれた印章はさらに輝きを増した。


 そして、培養液の浴槽から一人でに飛び出す。

 槍に何かの意志が宿ったかのようにしか見えない異様な光景にエイリークたちは息を飲む。

 いくら魔術や魔法が存在するナインスリーブスでも自らの意志を持つ物の存在は珍しいからだ。

 

 槍は凄まじい勢いでグリンフレイムの元に向かい、そしてグリンフレイムは差し出した手に。

 

 だが槍が収まることは無かった。


 それは一瞬の出来事だった。


 赤き瀑布が爆ぜて、グリンフレイム自身を真っ赤に染める。

 当のグリンフレイムでさえ何が起こったか理解できなかった。


 (どうして?俺の胸に槍が刺さっている。何を間違えた。ああ、俺はあの時どうして友のもとに帰らなかった?)


 だばだばだばとグリンフレイムの口から血が流れ落ちた。


 背後から槍がグリンフレイムの心臓を貫いていた。

 目の前まで移動した後に一瞬消えて、その直後に背後に現れたのである。


 エイリークは周囲の静止をふり切ってグリンフレイムのもとに向かう。


 いつも見る夢はここまでしか見せてくれない。


 だが今日この時だけは違った。


 エイリークに槍の声がはっきりと聞こえたのだ。


 (私の所持者はお前では無い。修復に尽力した経緯からある程度は力を貸すつもりだったが、ここまでだ。勝手に死ね)


 魂まで底冷えしてしまいそうな声だった。

 

 「!!!!!」


 エイリークは恐怖のあまり絶叫する。


 誰かに助けを求める。


 それが夢だと気がつくまでエイリークは過去の恐怖に脅えることになった。


 エイリークは自宅の客室のベッドで目を覚ました。

 心臓の音がはっきりと聞こえるほどにエイリークは動揺していた。

 心を落ち着かせる為に軽い呼吸をした後、額に浮いた寝汗を拭いながらエイリークは周囲を見渡した。


 「すいぶんとうなされていたな。今速人に飲み物を用意してもらっている。落ち着いたなら一杯どうだ?」


 (何で俺の隣にいるのが腐れ縁の根暗野郎ダグザなんだ?もしかしてここ十年くらい続いた俺とマギーのビューティフルなセックスライフも全て夢で本当は独身のままだったってのか!?)


 エイリークは別の意味で驚愕することになった。


 そして竹馬の友のあからさまな表情から彼が今何を考えているのかを察したダグザは落胆しながらもタオルを手渡した。

 エイリークはタオルを受け取り、まず汗で濡れてしまった頭を拭いた。


 若い頃ならば顔を拭くところで終わったのかもしれないが今のエイリークは三十歳を過ぎたおっさんである。

 やがて上着をはだけて、脇やら背中まで拭いていた。


 「悪い。昔の夢を見ていた。しかし、何で今になってグリンの奴のことを思い出すんだよ」


 エイリークの口からグリンフレイムの名前を耳にしたダグザは露骨に顔をしかめる。

 二人にとってその名は決して忘れることの出来ない忌まわしい名前だったからだ。


 その頃、速人はエイリークたちが何かを話していたので、わざと気配を消して部屋の中に入っていた。


 「火炎巨神同盟ムスペルヘイムの首魁”猛火のグリンフレイム”か。確かに寝覚めには悪い顔だ。さぞ悪夢だったろうな」


 ダグザにとってグリンフレイムは憎しみを向けるべき相手でしか無かった。


 グリンフレイムが余計なことをしなければ第十六都市をも巻き込んだ紛争はもっと早く終わっていたことだろう。

 ダグザは親族、友人を失わずに済んだはずなのだ。

 実際にダグザ自身、思い出したくもないがエイリークが”伯父”と呼んでいたアストライオスが浅慮な野心に惑わされることも無かったはずなのだ。

 

 しかし、ダグザとは対照的にエイリークは恨み骨髄というほどグリンフレイムを憎むことが出来なかった。

 エイリーク自身あれから歳を取って家庭を持ったからという理由もあるが、戦時中から私心を殺して身を削るような戦いに臨むグリンフレイムには敬意さえ感じていたのだ。

 グリンフレイムに関する評価の話ではダグザとその都度に衝突することがある。


 わずかな会話の間でダグザの考えていることを察したエイリークは視線を逸らしてしまう。


 (さてどうしたものか…)


 ガラガラガラ…。


 エイリークが考えながら、ため息をこぼしているとタイミング良く速人が台車を曳きながら部屋の中に現れた。

 台車の上にはロイヤルミルクティーが入ったポットと人数分のティーカップが乗せられている。

 茶菓子を用意していないのはこれから眠るだけということを見越してのことだろう。


 エイリークはすぐにベッドから降りて速人のところに向かった。


 (馬鹿め。出来過ぎだ)


 ダグザが小さく舌打ちをした。

 おそらく会話の大半はあの出目金みたいに目が大きい小僧に聞かれているだろう。


 ダグザは自分の不用心さを反省しながら、やはりお茶を取り速人のところに行った。


 速人は洗練された動作で部屋の端に置かれたテーブルと椅子を設置していた。


 「おお、速人。お前気が利くなー。ちょうどダグと昔の話で喧嘩になるところだったからよ。ナイスタイミング」


 (この男に空気を読むということは出来ないのか…)


 ダグザはひたすら奥歯を噛みながら何かに耐えていた。


 速人はそしらぬ顔でティーカップに乳白色の液体を注いでいた。


 (こうやって本題を、いきなりぶちまけられても対処に困るよな…)


 顔に出してはいなかったが、エイリークの奔放さにつくづく手を焼く速人だった。


 エイリークは満足そうな顔をしながら砂糖がたっぷりと入ったロイヤルミルクティーを飲んでいる。


 (いい気なものだ)


 その時、速人とダグザは同じようなことを考えていた。


 「速人。念の為に言っておくがグリンフレイムのことは他言無用で頼むぞ。我々にとって彼奴の名は災厄以外の何物でもないのだから」


 速人は大方の事情を察している為に「了解」と短く答えることにする。

 速人に限ってレミーやアインたちのような新しい世代に危うげな情報を漏らすことはない。


 しかし、速人に交渉のカードの材料になるような情報を与えるべきか、という点でダグザは自己嫌悪に陥っていた。


 そして、二人の間を漂う険悪な雰囲気に居心地の悪さを感じたエイリークは今し方自分の見た夢の内容についてダグザたちに尋ねることにした。


 「ダグ、さっきの夢の話なんだけどよ。アレだ、アレ。夢の中でグリンフレイムが操作ミスでハガルの槍でぶっ刺されて死ぬとこまで見たんだけどな。今、あの槍ってどこにあったっけ?」


 「ハガル?破壊のルーンの槍?そんなものがあるのか?」


 ダグザはエイリークの無責任な発言を聞いた直後、思い切り睨みつけた。


 (これ以上コイツに余計な情報を与えるな!!)…と目で語ってみたもの、エイリークは一向に気にする様子はない。


 「速人。お前、ハガルの槍のこと、知ってるの?」


 エイリークは空になったティーカップを速人に差し出した。


 速人はティーポットからミルクティーをカップに注ぐ。

 そして、次にカップの中にシロップを入れてからゆっくりと丁寧にかき回した。


 さほど待たされることも無くお代わりのミルクティーを受け取ったエイリークはニッコリと笑いながらお茶をすする。


 「おそらくは魔法の武器のことなんだろうけど、槍の事自体は知らないな。”ハガル”ってのは俺の住んでいた世界で大昔に使われていたルーン文字っていう民族言語なんだけど。たしか破壊っていう意味だったと思う」


 エイリークにお代わりの紅茶を用意した後、速人は流麗な動作でダグザの分も用意した。


 ダグザ自身は気がつかなかったが、彼の目はすでに速人に向かって「おかわり、ちょーだい」と言っていたのである。


 「速人。念の為に聞いておくが、お前の世界ではお前くらいの子供は古代言語のことを普通に知っているのか?」


 先ほどまで怒っていた手前、ダグザは咳払いなどを交えながら畏まりながらロイヤルミルクティーを受け取る。

 ちなみにダグザのカップの中にはシロップは入っていない。

 ダグザは満足そうに頷きながら角砂糖を二つほどカップの中に入れてティースプーンでぐるぐると混ぜる。


 (相手の好みに応じたサービスを用意する。これがプロの仕事というものだ)


 速人は邪悪の化身Dioのように笑いながらダグザとエイリークの姿を見守っている。


 「いや。なぜならば俺は選ばれしRPGゲームオタク。この手の知識ならばいくらでも知っている。算数とかは普通に嫌いだけど」


 その発言を聞いたエイリークとダグザは内容にかつてない不安を覚え、微妙な表情になったいた。


 二杯目のミルクティーを飲み干した後にダグザが現在の槍の所在について語り出す。

 速人は塩味のクラッカーが入ったバスケットを出していた。


 「バリバリバリ。槍は都市上層の戦史研究博物館で厳重に管理されている、とパパから聞いている。槍に使われている技術の解析がほとんど進んでいないという状況で、例の自動操縦に関する術式の解呪作業も全く進展がないそうだ」


 「ふーん。へー。ほー」


 バリバリバリ、バリッ。(※クラッカー、一枚目)


 バリバリバリッ。(※クラッカー二枚目到達)


 速人は既に台車に乗っているランタンに火をつけて新しい紅茶の用意を始めている。


 エイリークとダグザはバスケットの中が空になるまでクラッカーを貪り食った。


 「うーーーん。…博物館以外はわかんね。速人、ダグ語の通訳頼むわ」


 「現在は槍、鑑定不能。槍、解呪不能。厳重保管中ってとこだな」


 速人は脚立の上に立って温まったお湯をヤカンから茶葉の入ったボウルに流している。

 正式なジャンピングで淹れたいところだったが、エイリークの家に紅茶を淹れる道具は無い。

 この紅茶も実は以前にダグザの家に行った時にレクサから譲ってもらったものだった。


 「でもなー。さっきまで見てた夢ってさ、いつも見てるのと最後の部分がちょっとだけ違ったんだよ。グリンフレイムをさした後槍が喋るんだぜ?”俺のご主人様はお前じゃない”みたいな感じでよ。じゃあ誰がお前のご主人様なんだってんだけどよ」


 エイリークの発言を聞いたダグザがギョッとした顔で食らいついてきた。

 自意識を持つ魔法道具の存在など、少なくともダグザは神話の範疇でしか聞いたことがない。


 「待て、エイリーク!!槍が自分から話していた、だと!?その話をもっと詳しく聞かせろ!!」


 態度を急変させたダグザの様子にエイリークは驚いていたが、何か心当りがあったらしくすぐに元の落ち着いた様子に戻っていた。


 「俺もさー、前から考えていたんだよ。まあ、お前やダールみたいに学があるわけじゃないから説明できないけど。よくよく考えるとグリンフレイム、即死だったろ。だけどアイツの死に顔さ、まるで信じられないような裏切りを受けたような顔をしていなかったか?今さらだけど」


 この時、第十六都市の最上層にあるヴォルテル歴史博士戦史研究博物館の最奥部に安置されているハガルの槍が十年ぶりに”意識”を取り戻していた。


 かくして微睡みの時は終わり、古の夢の続きが幕を開ける。


 古の昔、世界統一を夢見た皇帝ダナンの夢の続きが始まるのだ。

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