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第四十四話 今夜はお前を寝かせない。 「そう上手く行くと思うなよ?」

 すいません。闇市編にはまだ2、3話かかりそうです。

 次回は3月16日に更新する予定です。


 速人は己の身に降りかかった理不尽な出来事に心底、辟易していた。


 なぜ捕虜を尋問してはいけないのか。

 自分はベストを尽くしたはずなのにどうして殺人鬼やサディストのように非難されなければならないのか。


 (お前らだって肉食うだろ?綺麗事ばっか言いやがって)


 速人は表情を曇らせながら地面に唾を吐いた。


 「防衛軍のところに連れて行かれたってことは、明日レナードに聞けば何かわかるかもな」


 エイリークはまだソファで横になっている。

 顔の腫れはかなり目立たなくなっていた。

 エイリークは太陽を力の源とする巨神アポロンの眷属種アポロニア・リュカオンの出身なので自然治癒の能力が特に優秀だったのである。

 大抵の怪我はこうして寝ているだけで治ってしまう。

 

 唯一の弱点は宿り木に咲く花から作られた毒薬くらいのものだ。


 (いけねーな。また余計なことを考えちまった)


 エイリークは金色の長髪を左右に振りながら父の死の幻影を振り払った。

 エイリークがいくら反省して悩もうとも故人が帰ってくることは決してないからだ。


 「ふむ。レナードか。義父レナードの立場もあるだろうがこちらの事情を説明すれば情報をくれるだろう」


 ダグザは長いつき合いからエイリークの考えていることが手に取るように理解できていた。

 故に出来るだけエイリークが父親の死とその原因について考えていることに気がつかないようにしながら話を進める。

 むしろダグザの不自然な態度が周囲にそのことを伝えてしまったことに関してはご愛敬というところだろう。


 (このシチュエーション、意外に多いな。新しい快楽に目覚めてしまいそうだ)


 速人は全身を縄で縛られて吊るされた状態になりながら苦笑していた。


 「レナードかあ。前にダールが俺たちを迎えに来た時から会ってねえな(※いろいろうるさいので避けていた)。あいつはダグのところ厄介事に絡ませるのを極端に嫌がるからなあ」


 レナードはエイリークの父親マルティネスの後見人(※エイリークの祖父ダルダンチェスの親友だった)の一人でエイリーク自身も両親が健在だった時から世話になっていた気の置けない恩人である。

 説教が長いのとやや押しつけがましいところを除けば頼れる男だった。


 「私エイルに賛成。うちのお父さんってば説教長いし、声も大きいから」


 レナードの娘レクサもナプキンで口を拭きながら家族の中で誰よりも口うるさい父レナードへの不満を語った。

 実はレクサとダグザの結婚には「家名がつり合わない」とか「お前には器量が足りない」とか言って身内の中で猛反対をしていたのだ。

 そういった過去の確執からレクサの言い草には肉親に対するものとは思えない刺々しさがあった。

 だが速人が後で聞いた話ではレナードの家族は元から血の気が荒く、意見が合わないことで衝突することも多くだからと言って父娘の仲が特別悪いということではないらしい。


 「まあ、エイルもレクサも落ち着きなって。今さらレナードの説教癖が治るわけないんだし。間違って苦いものでも飲み込んだと思えば気にするほどのことじゃないよ」


 マルグリットが丁度良いタイミングでエイリークとレクサの会話に入ってくる。

 目を閉じながら腕を組んで説教をするレナードの姿を思い出したエイリークとレクサは同時に笑い出してしまった。


 「…というわけだ、速人。お前の対応が間違っていたとは言わないが今後は勝手な行動は慎むように。後、武器と毒薬は没収させてもらうぞ」


 ダグザとエイリークは縄の上から速人の衣服に手を突っ込んで武器を没収した。


 

 ヌンチャク(木製) × 2。

 

 ナイフのような武器(※速人の一族に伝わる”鉤刀くぬぎ”という武器らしい) × 8。

 

 手斧 × 1。


 他には火薬、鉤爪付きのロープ、毒草と思しき乾燥ハーブが複数。


 

 全ての武器が地面に置かれた後、速人以外の全員が呆れた顔をしていた。


 「でも俺の一番の武器は…、この美貌かな?」


 速人は得意気に顎をついとせり上げる。

 エイリークは無表情のまま速人の頬を力いっぱい左右に伸ばした。

 ダグザは雪近と協力して速人の武器を袋の中に入れる。

 ダグザ主導の競技の後で速人の用意した武器は全て倉庫に保管されることになった。

 ダグザは念入りに速人が持ち出すことが出来ないように”透明化”の魔術を使って武器の入った袋を隠してしまった。

 ダグザの使う”透明化”の魔術は視覚だけではなく触覚、聴覚に対しても有効なものである。

 速人は魔術の能力に関してはゼロに等しいので事実上、自力で発見することは出来なくなってしまったのだ。


 「余計な手間をかけさえおって。いいか。我々と行動を共にする限りはルールに従ってもらうからな」


 「へいへいへいへーい」


 ダグザは眉間にしわを寄せて速人を睨んだ。

 しかし速人はまるで動じる様子はない。

 ダグザとしては力いっぱい頭を殴ってやりたいところだが母親と妻と生まれて間もない息子の前で、年端もいかない子供を殴ることは倫理上できなかった。

 速人はダグザの事情を理解してか、口元に邪悪な笑みを浮かべる。どこまでもダグザを軽くみている速人の態度にダグザは一瞬でぶち切れてしまった。


 「貴様…。おい、エイリーク。しっかりと見張っておけよ。放って置いたら、そこいらが行方不明者だらけになるぞ」


 ダグザは速人の近くまで行って襟首を掴んだ。

 だがその時、ダグザは違和感を感じて後ろを振り返る。

 そこには激怒したダグザを心配して止めようとしているダグザの母親と妻の姿があった。

 さらにダグザは手元の速人を見ると、速人は虐げられる児童のような顔でダグザを見ていた。


 以降、ダグザは自分の置かれた立場を正しく理解した上で速人を解放することになった。


 「それぐらい俺もわかってるよ。おい、速人。今度俺の見てないところで悪さをしたら承知しねえからな。お前のせいでソルとハンスが俺様につねられるものと思えよ!!あいつらが泣くまでつねってやるからな!!」


 ふえっくし!!


 その時、隣のソリトンの家でソリトンが、少し離れた場所にあるハンスの家でハンスが同時に季節外れのくしゃみをする。


 今回に限っては速人にエイリークの脅しは有効だったようで、速人は渋々ながら「喧嘩しない。誘拐しない。殺さない」という宣誓文を書かされることになった。

 速人が正座しながらダグザとエイリークに宣誓文を読まされている傍らで雪近とマルグリットとレミーは「当たり前だろ!!」というツッコミを入れるのを我慢していた。


 一方、ディーはアインに会話の内容をなるべく聞かせないように離れた場所で皿洗いのコツを掴んだという話をしていたという。


 「ところでよう、ダグ。お前いつまでうちにいるつもりなんだよ。今日は俺とハニーのお二人様専用の部屋が出来た記念日だから朝まで生セックスオブセックスするつもりなんですけど?」


 エイリークの言葉を聞いた直後、ダグザの顔の配色がモノクロになってしまった。


 「おっ!お前は!自分の子供がいる前で!何を言っているんだ!レミー!アイン!今のはエイリークの軽いジョークだからとにかく忘れなさい!」


 ダグザは顔を真っ赤にしてレミーとアインに何でもないから気にするなと伝えようとする。


 しかし、当のレミーとアインは何を今さらといった感じで呆れていた。


 (まあこれがまともな大人の反応だな…)


 速人はジト目でエイリークとダグザの会話を聞いていた。


 「おいおい、ダグちゃんよお?お前だってレクサとセックスしたからアダンが生まれたんだろうがよ?お前が嫁とチマチマした童貞と処女のお子様セックスするのは良くて、俺が俺のハニーとワイルドでダイナミックなセックスするのは駄目なのかよ?お前何様のつもりなんだよ?俺の家に上がり込んでおまけに性生活にまで干渉する気かよ?お前、神かよ?」


 ぶつっ。


 エイリークは何かが切れた音を察知する。

 その音は縄がペーパーナイフか何かで切断された音に似ていた。


 エイリークは先ほど縄で縛られたはずの速人の姿を捜した。


 いない。


 速人が縛られ、吊るし上げられていた場所には縄の残骸が残っているだけだった。

 そして、縄の残骸の近くには若い頃の自分によく似た少女が立ち尽くしていた。

 

 少女の正体はエイリークの愛娘レミーだった。

 そうレミーの女性らしい顔立ちはエイリーク似だったのだ。(※指摘すると滅茶苦茶怒る)

 

 いつもは強い意志を秘めたエメラルドのアーモンド型の双眸からは感情らしいものが消え失せている。

 そして少女は白く美しい指をエイリークに向けた。


 次の瞬間エイリークはこめかみを痺れさせるような、幾度となく浴びせかけられた殺気を覚える。


 「甘えな!!」


 エイリークは襲いかかってくる速人に向かってダグザを投げつけた。

 速人はふわりと飛んでくるダグザの身体を抱きかかえる。


 エイリークはゲスっぽい微笑を浮かべながらダグザを速人をまとめて蹴ろうとした。

 ダグザは未だに自分の身に何が起こっているかを理解出来ない。


 (投擲から即直接攻撃への連携。アイリッシュアタックか)


 速人はダグザを後方に投げた後、左手を身体の内側に向けて曲げる。

 それは言わば腕で作ったバックラー。

 敵の攻撃をいなしながらも反撃へと転ずる基本的な戦術。


 (もう子供も二人いることだし。用事は無いだろう)


 速人はエイリークの股間に向かってつま先を突き刺す。


 だが相手は百戦錬磨の雄、エイリーク。

 速人のつま先蹴り(トゥーキック)は盾にされたレミーによって…、否当る寸前で止められることになった。

 流石のレミーも今回ばかりは泣きそうな顔になっている。


 エイリークは非情になり切れない速人を嘲笑った。


 「ケケッ。俺を裏切った奴はたとえ娘でも許さねえってことよ。わかったか、速人?」


 「フッ。エイリークさん、詰めが甘いのはそっちの方だ。後ろを見てみるがいいさ」


 エリー、レクサ、マルグリットはそれぞれが別の得物を構えならがエイリークの背後に立っていた。

 ちなみに角小人レプラコーン族は数ある眷属種屈指の怪力の持ち主である。

 中でもダグザの母エリーは若い頃はかなりのお転婆でボルク隊に混じって風精獣リンドブルムを乗り回していたこともあったらしい。


 エリーとエイリークの母アグネスが親友になった経緯も互いに勝ち気な性格で気が合ったことが原因だと速人はエリー自身から聞かされたことがある。


 速人はすっかり怯えてしまったレミーに土下座をしながら旬の西瓜ほどもある大きさの鎚矛メイスでしばき倒されるエイリークの姿をチラ見していた。


 結局レミーには明日からでも体術を指導する約束をすること許しを得ることになった。


 速人は隠し持っていたヌンチャクを見せてせっせと勧誘したが「それには興味が無い」と言われて断られてしまった。(※二回目)


 一方、中身がはみ出すくらいに人間スイカ割りの刑に処されたエイリークはボロボロになりながらもレミーに謝りにきていた。

 レミーは指を三本(三千QP)立て、エイリークはがっくりと項垂れながら背後から迫る女傑たちの殺意に屈する形で金を支払うことになる。


 結局その日は、エイリークとマルグリットの夫婦の部屋でエリーとレクサとマルグリットが寝ることになった。

 レクサとエリーに気を利かせた速人は枕とシーツをもう一人分、アダン用の移動式ベッドを用意した。


 そしてエイリークとダグザは一階の客間で寝ることになった。


 速人は風呂の支度や食事の後始末をした後に雪近たちと一緒に外の倉庫を改造して作った使用人用の部屋に戻って行った。


 こうして速人の忙しい一日がようやく終わった。


 だが速人たちが眠りについた頃に、別の場所と同じ時分に奇怪な出来事が起こる。

 果たしてそれは偶然なのか。

 今はまだ誰にも分らなかった。


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