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第四十三話 かんじゃはみのおどりのけいにしょす(※変換してはいけません)。

 次回は3月12日に投稿します。説明ばっかの展開ですいません。次回からは肉を求めて闇市に行く(多分)のでヌンチャクアクションにご期待ください。


 速人は今日の夕食の最後を飾るデザートを用意した。イチゴのゼリーとレモンっぽい柑橘類を使ったシャーベットだった。

 どちらも材料を固めるのに使った材料は天草に似た性質を持った植物から集めた白い粉である。

 ただこの天草に似た性質を持つ植物は魔法が使える人間が近くにいないと材料になる花の部分を取ることが出来ないので、採取する時にはディーに協力してもらったのだ。

 その為にデザートを乗せた台車を運ばせる役目はディーに任せることにした。

 速人は重要な仕事を頼まれて上機嫌なディーを「落とすなよ」と窘める。

 しかし、ディーは注意を受けたにも関わらず浮かれた様子のままだった。


 (後で蹴りを入れておこう)


 速人はスキップしながら台車を推しているディーの背中に陰惨な視線を向けていた。


 「みなさーん。お待たせしましたー。今日のデザートですよー!」


 ディーがエイリークたちにデザートの準備が整ったことを教える。

 

 念願のデザートと聞いてエイリークとその家族は感嘆の声をあげる。

 対照的にダグザたちはため息交じりにやっとの思いで返事をすることになった。


 ダールは普段から機嫌の具合がよくわからない態度でいる時が多く、滅多な事では感情を表に出すことはない。

 息子であるダグザとその妻であるアレクサンドラもその例外ではなく、ダールの妻エリーも時折夫が何を考えているかわからなくなることがあった。

 

 否。


 それ以前にダールの誕生日そのものを忘れていたことがダグザたちの心に悔恨の楔を打ち込んでいた。


 いくら鈍いディーや雪近でもそれぐらいのことは察する。

 

 声かけが終わった後に、速人は人数分のケーキ皿の上にシャーベットとゼリーを盛りつける。

 

 ディーが自分にデザートの盛り付けをやらせてくれ、と言ってきたが速人は「己の分際を弁えろ」の一言で追い返した。

 速人もここ最近のディーと雪近の成長は評価していたが仕事を任せられるレベルに達してはいない。

 料理の性質上、両方とも完成してから早くに食べなければならない食べ物なので速人はディーと雪近に手早くデザートを配るように命じた。


 皿の上には赤いゼリーと黄色のシャーベットが半球形に盛られている。

 目を凝らして観察すると赤と黄の二種類のデザートは薔薇の花のような形をしていた。


 ダグザと女性陣は素晴らしい外観に驚いてどこから手をつけて良いものかと悩んでいる様子だったが、エイリークは芸術作品の領域にまで高められたデザートの外観を一切気にすることなく乱暴にスプーンを立てながらおよそ三口くらいで平らげてしまった。


 マルグリットも今回ばかりは非難がましい視線をエイリークに向けている。


 エイリークは何を勘違いしたのか片目を閉じて投げキッスを送っていた。


 しかし速人は無言で食器をトレイに乗せている。


 速人は好き嫌いは絶対に許さない男だが食事のマナーに関しては寛大な心の持ち主だった。


 「それで料理対決の後どうなった?」


 げふんっ。


 エイリークは大きなげっぷを漏らした。


 速人は口直しとばかりに紅茶をさし出す。

 エイリークは今しがた甘酸っぱいデザートを食べた後なので砂糖の量は調節してある。

 エイリークは紅茶の入ったティーカップを手に取ると一気に飲み干した。


 げろえっぷ。


 今度は聞いている人間が一斉に不快な思いをしてしまいそうなほど濁った音だった。


 ぶほっ。


 止めとばかりに尻から悪臭を吐き出す。

 これで外見だけは洗練されているのだから性質たちが悪いこと、この上なしである。


 度重なる下品な振る舞いを繰り返すエイリークは業を煮やした女性たちによって再びボロクソになるまでぶん殴られていた。


 速人は襤褸切れのようになってしまったエイリークの為に余っていたソファを用意する。

 エイリークはソファの上で横になっていた。

 

 「それで料理対決の後どうなった?」

 

 「料理対決の後は、アルフォンスさんの借金の支払いはアルノルトさんが立て替えてくれるって話で決着がついたよ。だけど結局、下層に住んでいるエルフ、ドワーフ、オークに食料が回っていないことが判明したんでどの種族でも買い物が出来る自由市場ってのを休業中のアルフォンスさんのお店の敷地を使って臨時で開くことになったんだ」


 実際アルフォンスが経営するブロードウェイ精肉店は元より大市場が開かれる以前の商店街において最大規模の商業施設であり、商店の規模こそ縮小していたが敷地だけはかなりの大きさだった。


 エイリークは子供の頃に何度も訪れたことがあるので活況の最中にあるブロードウェイ精肉店に思い出しては感慨に浸る。

 だが同時に下町の商店街が上位種族の人間からひどい扱いを受けていたことも知っているので素直に喜べない。


 「何かお前その辺の話すっごく軽く語ってるけどよ…。ここの住人としちゃあ聞き捨てならない話題ばっかなんだけど。つーかな。よくシャーリーが承知したな」


 「大丈夫。シャーリーさんはそんな事じゃあ怒らないよ。取り分十割と借金がチャラになるってわかったら快く引き受けてくれたのさ」


 速人は笑いながら事実を語る。


 エイリークたちは理想家の傾向があるアルフォンスの尻を叩いて生計を立てていることを知っていたので苦笑せざるを得ない。


 「まあ、そういうわけで大市場にあった商品は今日中に完売したから当分は種族間の衝突は回避できたと思うぜ」


 「速人、種族間の衝突とはまた物騒な話だな。しかし物資が思うように補充することが出来なくなれば十分に考えられることだろう。エイリーク、我々も大市場の方を見回った方がいいんじゃないか?」


 隊商キャラバン”高原の羊たち”は防衛軍と違って種族間のしがらみに捉らわれずすぐに行動できる。

 たったこれだけの話だが、エイリークはダグザの話を聞いて今さらながらに自分たちの立場の重要性を理解させられることになる。

 ”敵”は容赦無く種族間に残る根深い問題を熟知している。

 地域の住人との協力関係を疎かにしては後手に回るだけだろう。まず隊商キャラバンの顔役であるエイリーク自身が出向かうべきだ。


 とエイリークは歌舞伎の花形役者のような痣だらけの顔で考えていた。


 雪近とディーがソファで横になっているエイリークの腫れ上がった顔を冷やしている。

 

 速人は惨劇に動じる様子も無しにお代わりを頼まれたので紅茶を淹れていた。


 ダグザはシャーベットをスプーンを使って少しずつ食べていた。

 酸味の強い柑橘の味は苦手だったがリカーとシロップと一緒に煮込まれていたのでほど良い味つけになっている。


 (即興で薔薇の花のような形に盛るとは大した技術だ)


 ダグザは子供のように目を輝かせながらシャーベットを食べることに夢中になっている。

 隣で息を切らせ身悶えしながら、ダグザの妻レクサが夫の姿を見守っていた。

 

 (こっちも夫婦そろって残念だな)


 速人はそそくさと注ぎ足した紅茶をエリーのところにまで持って行く。

 エリーはエリーでダグザとレクサの姿に生暖かい視線を向けている。


 「そうだな、ダグ。市場だけじゃねえ。中央門で見張りをやっている連中にも声をかけて徹底した方がいいだろうな。こういう細かいところからやって行かなくちゃいけねえとか、こんな馬鹿げた真似をするのは一体どこのどいつだってんだ」


 実際エイリークの声は「ほほぅ」とか「ひゅーほほ」としか聞こえなかったが、エイリークの家族と友人たちはニュアンスで理解していた。


 尚速人たちは後でダグザを介して通訳してもらった。


 速人は雪近とディーの持ってきた冷たい水の入ったタライに浸しておいたタオルで腫れ上がった部分を軽く拭くといつぞやダグザに使った軟膏でエイリークの顔に塗る。

 余分に塗ると肌が荒れてしまう軟膏なので速人は腫れている箇所にある程度塗った後は別の布で拭き取っている。


 (そういえば昔、マギーに殴られた後メリッサにこういう感じで看護してもらったっけ)


 速人の治療を受けながらなぜかエイリークはダグザの祖母のことを思い出していた。


 速人は現在自分の胸中にある犯人像を粛々と語る。


 「おそらく犯人いや犯人たちは戦争の事後処理に納得が行かなかった連中だろう。これは俺がベックさんの仕事を手伝いながら聞いた話なんだが、エイリークさんたちが大活躍してムスペルヘイムをやっつけるところまでは良かったけどダナン帝国とレッド同盟まで引き下がらせたのは余計だったみたいなことを考えている連中は山ほどいるってな。ベックさんちょっと怒りながら言ってたぜ」


 エイリークは無言ですう、と息を吐く。


 ムスペルヘイムの壊滅は自滅に近いものだった。

 今名を伏せておくが首謀者は仲間の結束を自らの手で踏みにじるような真似をしたから当然の結果といえばそうなのかもしれない。

 また、その後の諸勢力との和解は今考えると勢いのようなものであり”タイミング的に偶々上手く行った”程度のものでしかない。

 逆に今考えると反省点の多さに赤面してしまうくらいだ。


 (しかし、むしろ問題はコイツのそばで適当な事は言えないな…)


 速人の地獄耳に改めて脅威を覚えるエイリークだった。


 「駄目だ。いくら考えても(※主に痛くて)思いつかねー。おい、速人。てめーそこまで俺の前でハッタリかますってことは”アテ”があるってことだよな。採点してやっから言ってみ?」


 「その前にもう一つ。実は自由市場が終わった後に、外から中の様子を伺っている怪しいヤツを一人捕まえたんだが」


 「何ッ!?…って、痛たたッ!!切れたところがマジで痛ッ!!ハニー、俺の頭をなでなでしてよ!!このままじゃ痛くてお漏らししちゃうかも!?」


 マルグリットはエイリークの悲痛な叫びを聞かないようにしながらイチゴのゼリーを食べていた。

 マルグリットは歯ごたえのない食べ物は嫌いだったが、これなら飽きずに食べられるかもしれない。


 「髪の色は白かプラチナブロンド。浅黒い肌で結構体格のいいエルフだったな。まあ手持ちの武器からレッド同盟の辺境警備隊を出入りしているヤツってところまではわかったが、…どうかな?」


 仕方ないので速人と雪近とディーの三人でエイリークの頭を撫でてやることにした。


 「お前らになでなでしてもらっても全然うれしくねえよ!むしろ心の傷が深まってきたっつーの!…しかし、レッド同盟の辺境警備隊だと?普通に考えれば絶対ありえねーって。あそこの連中は、ほとんどが退役して年金生活のことばっか考えてるフニャチンどもばっかだっての」


 辺境警備隊の構成員の職業意識の低さというものは、レッド同盟の所有する開拓地で生活していた速人も知っている情報だった。

 速人はそこにパズルのピースよろしく不足している情報を付け加える。

 エイリークの顔が(※主に苦痛で)わすかに歪んだ。


 「辺境警備隊に参加している軍人は、開拓民出身の兵士か。或いはどっかの王国の退役間近の老兵。そしてもう一つ、フリーの傭兵だよ。実は俺がいたところでもスタンが実家から連れてきたオーガと揉め事を起こしているのを見たことがある(※速人君の活躍により野犬のエサになりました)」


 速人としてもあまり思い出したくはない思い出だが過去に理由も無く開拓民を虐待するエルフの武官がいて、スタンと護衛のオーガたちが抗議に出向いたことがある。

 スタンたちは基本的に争いには不向きな性格だったのでその時は厳重注意という形で終わってしまったのだが後で相手が仕返しにくるのは火を見るよりも明らかだったので速人が自主的に処分しておいたという経緯である。

 

 結果として餌が潤沢になってしまったことで野犬が繁殖してしまったが、その後スタンの開拓村に押しかけてくることは二度と無かった。


 (まあ若気の至りというやつだな)


 速人は意味ありげにニヤリと笑う。


 「いたなー、そういう連中も。レッドは一枚板じゃないからな。でかい組織独特の粗が出ちまう」


 レッド同盟は形式上、一つの国家という体裁を取り持っているが所属する国家同士の繋がりは”一つの国”と呼ぶには弱すぎる。

 国家間の貧富の差は天地ほどの差がある揶揄されることもしばしばだった。

 エルフ族は大昔から”世界樹”の取り合いで巨人族と対立し、ドワーフ族や他の小人族に関しては自立を認めていない。


 いまだに世界樹の正統な所有者はエルフ族であると信じて疑わない者たちが多く存在する頑迷な種族だった。


 エイリークにもレッド同盟にエルフの友人が多数いるが、世界の覇権はエルフ族にあると考える頭の固い老権力者たちと衝突する話は何度も聞かされてきた。

 傲慢で意固地な大人に洗脳された若者ならば今の平和な世の中は居心地の悪い場所なのかもしれない。

 ましてオーク族を先頭に中位に甘んじてきた種族が世の中に進出し始めた今の世の中ならば、エルフに生まれたというだけで優位性が備わっていると信じている人間には尚更だろう。


 (まあオールパーフェクトな俺には関係のない話だけどねえ?)


 …とそこまでは良かったがやはり残念なことを考えているエイリークだった。


 「敵はレッド同盟の辺境警備隊を隠れ蓑にして、第十六都市を内部崩壊させることが目的だと思う。今の嫌がらせは序の口みたいなもんさ」


 「速人。私としてはお前の推測を全面的に支持するわけではないが考慮する余地はありそうだな。我々の今後の対応は明日”高原の羊たち”のメンバーと会った時に相談してから決める。エイリーク、マギー、レクサ。それでいいか?」


 エイリークたちはほぼ同時に頭を立てに振る。

 またレミーやアイン、エリー、そして雪近とディーも可能な限り今日この場で話し合ったことを口外しないという意思表示として頭を振っていた。


 ダグザも各面子の意志を受け取ったことを伝える意味で皆に対して軽く会釈をした。


 「さて速人。私としてはこちらの方が重要な話になるのだが、生け捕った敵の間者は今どこにいる。いやむしろ当然生きているのだな。このご時世、監禁とか尋問はご法度だぞ」


 「(※生物学的には)生きてるよ?(※来週ぐらいまでは)多分大丈夫じゃないかな?」


 ぴょろろろ~。


 速人は口笛を吹いて、切れたダグザから露骨に目を逸らした。


 「おい、キチカ!!何があったちゃんと説明しろ!!」


 エイリークとダグザが同時に怒鳴った。


 雪近が台車に乗せられた無残な犠牲者の姿を思い出しながら表情を曇らせる。


 「いや…。俺は止めたんすけどね。ていうか俺らが目を離した隙に速人はもう敵を…。なあ、ディー?」


 ディーもまた手足が気絶した蛇のように伸びきったエルフの姿を思い出して気分を悪くする。

 結果として二人は速人の監視に失敗したわけだが決して怠けていたわけではないのだ。


 「キチカの言う通りだよ。大体、速人が本気になれば俺たちだけで止めるなんて絶対に無理だし」


 そう言ってディーは頬を膨らませる。


 当の速人は両手を開いて「どこに証拠があるのですか?」といった風にニヤニヤと笑っていた。


 ダグザは歯噛みしながら拳を握りしめる。


 「それで被害者じゃなくて、アルを襲った犯人はどうなったんだ?」


 「ああ。その話か。本当は朝までギッチリと拷問して情報を吐かせた後に野犬の住み家にでも放り込んでおくつもりだったけど、いいところでシャーリーさんたちに邪魔をされて防衛軍の本部に身柄を確保されることになったよ。糞ッ。今頃防衛軍の奴らが蓑踊りとかさせているんだろうな…。俺がやる予定だったのに」


 速人は心底悔しそうな顔をしている。

 大急ぎで雪近の突っ込みが入った。


 「ガキが蓑踊りとか物騒な事を言ってんじゃねえよ!!防衛軍だってそこまでやんねえよ!!」


 ※後で雪近は”蓑踊り”の説明をみんなにしたので速人君はガッツリと怒られましたとさ。

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