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第四十二話 策謀の暗雲。過去の失敗を悩むよりも、これからどうするかだ!!

次回は三月九日、サンキューの日に投稿するぜ!!みんな応援サンキュー!!

 

 「ほまへ!らんれほんふあひゅうひょうふわほほほはまっへひやははっは!!(訳:お前。どうしてそんな重要な話を黙っていやがった)」


 次の瞬間、顔を赤くしたエイリーク(※肉体、心情二つの意味で)が速人の襟首を掴んで持ち上げた。

 エイリークの野生的な魅力に溢れる整った顔立ちもマルグリットたちから受けた私刑リンチによって台無しになっている。

 

 今のエイリークはどちらかというと額に肉と書いてある超人によく似ていた。


 速人は喉を圧迫する息苦しさを感じながらも表情を変えることはなかった。


 (エイリークたちに事件ことの重大さを教えるには丁度良いタイミングかもな)


 速人は嘆息(※窒息ともいう)しながらも胸中を整理する。

 しかし、その間にもしっかりと首が絞められているわけなので速人の顔色は次第に赤みを増していた。

 その事に気がついたダグザは雪近と協力してエイリークの手から速人を救い出す。


 速人は我慢強すぎるので多少の負荷が生じても耐えようとする悪い癖があったのだ。

 この悪癖のおかげで速人は元の世界にいた頃サウナで三回くらい死にかけたことがあった。


 「雪近、良いことを教えてやるよ。実はな、蒸し風呂サウナで寝ると死ぬぜ?」


 「やらねーよ!!」


 速人は首まわりの具合を確かめながら未だに憤りから冷めやらぬエイリークを見る。

 よく見ると額に肉の人から、額に米の人くらいには造形デッサンが回復していた。

 エイリークは速人に人差し指を突きつけて大市場で起きていた異変についてすぐに教えなかったことを非難する。

 祖先の代から第十六都市で商売をしているアルフォンスたちはエイリークにとって家族同然の存在である。

 これを怒るな、という方が無理な話だった。


 「それでアルは、おっちゃんたちは無事なのか!さっさと言いやがれ!」


 普段は陽気な性格のエイリークが激昂している。


 「とりあえずアルフォンスさんのご両親は大した怪我じゃないってシャーリーさんから聞いてる。けど、働けなくなったご両親の分までアルフォンスさんが頑張ってそれが原因で倒れちゃったらしい」


 速人の話を聞いた直後、エイリークは思い切り奥歯を噛み締めた。


 (失ったものを数えるよりも今手の中に残っている物を大事にしろ、か。畜生、ダール。思っていたよかずっと難しいよ)


 エイリークは過去にダールから教わった言葉を反芻する。

 

 アルフォンスたちは生きている。

 まだ誰も死んではいない。


 エイリークたちにはやるべきことが無数にあるのだ。


 そして数分後、エイリークは幾分かの落ち着きを取り戻していた。


 「けどよ、速人。俺たちはそんな話、トニーもケンも俺に言わなかったぜ?」


 エイリークの話に出てきたトニーとケンはアルフォンスとシャーリーの子供である。

 彼らもやはりエイリークたちの幼なじみであり今はエイリークと同じ職場で働いている。

 理屈から言えば、まず彼らが父親や祖父母たちの身の上に起こったことをエイリークたちに伝えるはずだという話なのだろう。


 そしてエイリークの話を聞きながら、速人は横目でマルグリットとダグザの顔を盗み見た。


 マルグリットは子供たちやレクサ、エリーたちを不安にさせない為にも必死に感情を殺しているという様子だった。

 一方、速人の視線に気がついたダグザは目くばせでエイリークの発言に誤解が無いことを伝える。

 

 実際ここまでのやり取りで速人の中に一つの結論が出ていた。


 (やはり犯人は複数で、エイリークの存在を恐れている。このまま気がつないふりをしながら泳がせておく方が得策だろう。しかし、相手の正体を含めてエイリークには何と言って伝えようか…)


 「下手におだてると絶対に調子に乗るおっさんだからなー」


 速人は後半の部分をほとんど口に出していた。

 その直後、ぶち切れたエイリークの拳骨が速人の頭に落とされる。

 ゴン、と大型のハンマーで大きな杭を打ったような音がした。


 攻守逆転。

 

 殴ったエイリークは右手を押さえながら苦悶の表情となり、殴られた速人は余裕の表情となっている。


 「クソッ!!聞いてはいたが、予想以上の石頭だぜ…」


 エイリークは痺れのあまり指を開くことが出来なくなってしまった。

 速人の石頭は単に硬いだけでは終わらないのだ。

 相手のパンチがヒットする瞬間に同じ方に向かって”出す”為に防御でありながら攻撃の役割を果たす。


 「マギー、すまないがエイリークを少し抑えておいてくれ。そして速人、話の続きだ。アルがお金を借りるという話からだ」


 マルグリットはエイリークの肩を軽く叩いた後に右手を抱き止めて夫を宥めようとする。

 そこにエリーとレクサが加わって、エイリークも完全に納得したわけではないが怒りを収める格好となった。

 速人は頃合いを見計らってレミーたちにも聞こえるような大きな声で話を再開する。

 結果論にすぎないことだが、最初から全員に聞いてもらわなければならない話だったので速人としてはエイリークの憤りにも感謝しなければならない。


 (エイリークやダグザみたいに生まれつき容姿が優れているということはつくづく便利なもんだな)


 速人はまんざら悪くない気持ちになりながら苦笑する。


 「アルフォンスさんは怪我が悪化して、しばらく働けなくなったんだけどそこでさらに悪い知らせが届いたんだ。修道院が小火ぼやで半分焦げてしまって、まあ修道院の”先生”の方は外出中だったから怪我人はいなかったんだけど建物はとてもじゃないが使えないような状態になってさ。他にも病気とか怪我の治療とか細かいトラブルで大きなお金が必要になって、どうすることも出来なくなってそれで困りながら市場の近くを歩いていた時にアトリとカトリっていうドレスデ商会の会長の娘たちに会ったらしい」


 これらは速人が料理対決の後に得た情報を整合した推理である。

 中でも修道院が半焼しまったことを知らなかった雪近などは驚愕の表情に変わっていた。


 「おそらくアルは自分や家族のことを我々に伝えるな、と子供たちに言っていたのだろう。全く。水臭い話だ…」


 ダグザは独白の後、眉間に皺を寄せた。

 エイリークとマルグリットもダグザ同様にアルフォンスの性格を知っているので、自分たちが何も知らされていなかったことに思い悩み黙り込んでしまう。

 エリーは年の功とでも言うべきか落ち着いた様子でダグザたちを見守っている。

 レミーやアインに至っては子供なりに知人の苦境を知って不安そうな顔をしていた。


 速人は一同の反応を見た後に話を続ける。


 「アルフォンスさんは、普段だったらこんな事にはならないんだろうが大勢の使用人を連れたアトリたちに声をかけられて「金を出す代わりに大市場でドレスデ商会に買い物をさせろ」みたいなことを言われたらしく藁をも掴む心境だったアルフォンスさんは子供相手ならとついぞ交渉に応じてしまったらしい。だが話はアルフォンスさんが考えていた以上に強引な取引で場合によっては上位種族の勢力が大市場にそのまま乗り込んでくるかもしれない話だった。だから金を受け取った後に逃げてしまったんだ」


 速人が特売会場に行っている間に雪近が出くわした話とはそういったものだったのだ。

 速人の話を聞いて雪近は少し気まずそうな顔をしている。


 話が一旦止まった頃に、マルグリットが右手を上げて質問してきた。


 「でもさ、何でドレスデ商会が下層の大市場で買い物なんかするんだい?まあ、あそこは結構いい品が揃っているけど上層の商館で扱っている品に比べれば段違いってもんさね」


 「オーク族。いや上層そのものの流通がストップしてしまったことが原因だって、アトリが言っていたな。そしてもう一つ、今は流通が止まってしまったことが原因でドレスデ商会が経営しているレストラン・アフタヌーンで仕入れが出来ない状態になっているそうだ」


 マルグリットを後ろから押しのけてエイリークが尋ねてきた。


 今のエイリークに切羽詰まった様子はなかったが、やはり速人の話を容易に受け入れることは出来ない様子である。


 「待てよ。あのワンダがいるんだぜ。ドレスデはいくつかの隊商も持っているんだ。他の自治都市と連携取るくらいわけないって」


 「多分、そこに”大喰らい”の事件が関わってくるんだと思う。例えばさ、仮に隊商との関係が即席じゃないにしても、金で雇われた人間が命をかけて積み荷を守ってくれるかなっていう話」


 エイリークにも身に覚えがある話だったので、かなり苦い顔をしている。


 隊商は戦闘力を保有しているが、構成員の実力は不均一である。

 故に個々の事件を解決することは出来ても相手に集団で行動された場合には後手に回ることが多い。

 事実としてエイリークたちのような義勇軍から派生して誕生した隊商の方が少ない。

 中には商売人だけで構成された隊商もあるくらいだ。

 利に聡い彼らが命をかけて都市の外にまで行って商売をする可能性は低い。

 流通も時間が経過すれば回復する程度にしか考えていないだろう。

 防衛軍と連携して動くことが出来れば問題はないが、議会の派閥争いが顕在化した現状では上位種族同士の不仲が邪魔をして動くに動けないだろう。


 (下手に動くな、とかそういう意味があるのかよ。面倒だな。でもやっぱ…」


 「お前みたいなチビクソに顎でこき使われるのは気に食わねえ。やっぱ後で殴る。いや地面に埋める」


 エイリークは意趣返しに後半というか全部口に出していた。


 速人は「無駄じゃ。無駄無駄。返り討ちにしてくれるわい」と昔の忍者漫画に出てくる悪い忍者の親玉のような顔で呟く。


 ピキピキピキッ!


 額に血管を浮かばせてエイリークは丸太のように太い右腕を振り回す。


 速人は不気味に笑いながら十指を交互に稼動させる。


 二匹の獣はゆらりゆらりと陽炎のような足取りで徐々に距離を縮める。


 気がつくと二人とも沸騰したお湯の中に投げ込んだタコのような顔色になっていたのですぐに引き離された。


 「俺の予想ではおそらく巨人族以外の上位種族が持っている流通経路のほとんどに影響が出ているだろうな。今は都市の上層の生活に際立った影響が出ていなからおとなしくしているだろうけど、いずれ市議会から正式な発表が出れば大変なことになると思うぜ?」


 「なるほど。あり得る話だ。巨人族は自分たちの生活に影響が出ない限りはギリギリまでは第十六都市の物資不足を発表することはないだろう。我々角小人レプラコーンのように独立した供給ルートを持っていない他の上位種族などは市議会の決定がなければ動くことさえままならない。今の第十六都市が抱える問題そのものを逆手に取ってきたというわけか」


 第十六都市の周辺には”パートナーズ”と呼ばれる町や村が存在する。

 パートナーズには”魔女の蔓草ラプンツェル”と呼ばれる有線式の魔法動力機関が設置され第十六都市から直接、魔力の支援を受けることが出来る。

 ”パートナーズ”を始めとする都市間の互助的な役割を果たす自治体の大半はルギオン家の当主が作り上げたものである。

 中でも”パートナーズ”は速人が生活していた開拓村よりも効率よく機能していたのでレッド同盟、ダナン帝国の技術者たちから高い評価を受けていた。

 パートナーズの考案者がダグザの曽祖父であるエヴァンスであり、それを形にしたのが祖父であるスヴェンスだった。

 スヴェンスの弟子にあたるベックやアルフォンスたちが”パートナーズ”で暮らす百姓たちと協力して出来上がったのが第十六都市の”大市場”だった。

 ”パートナーズ”と第十六都市を結ぶ市道は未だに防衛軍の管理する土地なので事件の犯人たちも手を出してこない、という理屈なのだろう。


 (それにしてもダグザのどや顔はどうにかならないのか)


 ルギオン家絡みの話をする時のダグザは普段と違ってかなり高飛車な態度になっている。

 速人と他の面子は残念な生き物を見るような目つきで得意気になっているダグザを見ていた。

 唯一の例外といえばダグザの妻アレクサンドラで、彼女だけはどや顔のダグザに熱い眼差しを向けている。

 ダグザの母エリーはそんな二人の姿を心配そうに見守っていた。


 「速人君。では話の続きを」


 「了解」


 その後、速人は出来るだけエイリークたちを刺激しないように説明するよう心掛ける。

 速人が特売会に出かけている間に金を持って逃げたアルフォンスを雪近とドレスデ商会のフランシスが追走(※アルフォンスはアトリから現金を受け取った後に「すぐ戻る」と言って姿を消してしまったらしい。この辺りは後片付けがてらにアルフォンスから聞き出した)、特売会で買い物を終えた速人はラッキー精肉店でドレスデ商会による買い占め行為の現場に遭遇する。

 そして時間差で捕縛されたアルフォンスと雪近たちが到着し、アトリたちから「大市場の顔役であるアルフォンスから許可を取ってある」と告げられる。

 既に取引の代金は支払われ、うち20万PQPは使用済み。

 このままでは大市場中の肉が買い占められてしまう、というところでアトリは失敗する。


 「それは、赤豚アトリがこの俺の前でクズ肉の悪口を言ったことだ。襲い来るドレスデ商会のモブたちを千切っては投げ、千切っては投げ。そこにアルノルトが加わり、愚かにも料理勝負を挑んできたが俺は必殺のハンバーグで瞬殺。奴らは至高の美味と敗北の味をいっぺんに知ることになったのだ」


 怒涛の勢いで勝負の様子を語る速人をエイリークが微妙な顔つきで見ていた。


 (こいつのこの手の話はどこまでが真実かわからないところが厄介なんだよな…)


 しかし、話の途中にエイリークの父の友人であるアルノルトの名前が出て来たのでそのことについて尋ねることにする。

 もしも速人の言うアルノルトが同一人物ならば、これを機会に後で連絡を取っておく必要があるからだ。 少し前に住居を上層に移してからはエイリークとアルノルトは疎遠になってしまっていたのである。

 アルノルトは多少邪険にされたくらいで文句を言うような人物では無いが、エイリークとしては恩人に不義理を働いたようでどうにも目覚めが悪いという次第である。


 「おう、速人。お前の言ってるアルノルトってのは歩く時にクネクネ踊ってる浮かれ親父のことか?」


 速人はピチピチの黒いパンツを履いたアルノルトの姿を思い描く。

 イメージの中のアルノルトは口にバラの花を咥え、ハンカチを片手にフラメンコを踊っていた。


 「うん。そういう感じだ。フルネームは確か、アルノルト・ナデウ・バウマンって言ってたけどやっぱ知り合いの人なのか?ちなみに今日は三回、着替えてたよ」


 エイリークは額に手を当てる。

 速人の出会ったアルノルトはやはりエイリークの知る人物と同一人物だった。

 ショックを受けて項垂れるエイリークたちに代わってエリーがアルノルトについていくつか知っていることを教えてくれた。


 「速人ちゃん。アルノルトさんは戦争の時によその国から応援に駆けつけてくれて、うちのパパ(※おそらくダールのこと)やダグやエイル一緒に戦ってくれた風変わりだけど(※年長者なりの気遣い)とても頼りになるいい人よ。うちのパパには負けるけど」


 (ダールに関するくだりは必要ないのだが)


 とにかく不明瞭だったアルノルトとエイリークの関係が明らかになったのは速人としては喜ばしいことだった。


 「でも本当に速人ってすごいわね。アルノルトさんって言ったらウチのお義父様にも負けないくらいのダメ出しマンよ。もしかしたら今度のパーティーでも速人が料理を作ったら何十年ぶりの”おいしかった”が聞けるかもしれないわ」


 レクサの冗談話を聞いたエイリークたちはどっと笑った。


 「そうだな。ダールも誕生日くらいは笑ってくれてもいいのによ。そうだ。今度のパーティーでダールがウチに来た時にみんなで「ハッピーバースデー!」っていってやろうぜ!」


 「それ、いいね。アタシ賛成!」


 「じゃあ俺も何かプレゼント用意しておこうかな。父さんたちがお世話になってるみたいだし」


 「僕も」


 エイリークを先頭にマルグリット、レミー、アインがダールの誕生日に何をしようかといろいろな提案をする。

 その時、ダグザたちは事実に気がついしまい衝撃を受けていた。


 「そうだ。パーティーの日はパパの誕生日だった…」


 「何をしても全然顔に出ないからすっかり忘れてたわ。お義父様、ごめんなさい…」


 「…」


 (この様子だとエリーさんも忘れていたようだな)


 速人はエイリークの家族とダグザの家族が話し合いになるところ見計らってキッチンにデザートを取りに向かった。

 速人がキッチンからデザートの果物のゼリーと柑橘のシャーベットを持ってくるまでダグザたちは一言も話さなかったという。


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