プロローグ 7 エイリークの家族と仲間たち。しばらくヌンチャクの出番はない。
実はこれを書き上げたのは半年くらい前です(現在、2019年8月5日)。細部修正してあるのですが、実は書いている途中の「モテボーイ2」や「血染めの覇道 第二章 頑張れ、キン星山」とかとごちゃごちゃになってわけがわからなくなってしまったので自分で納得がいくようになったら更新するつもりです。
速人は気絶しているディーを抱きかかえながら歩いていた。
二人は身長差にして40センチほどある速人は楽々とディーを抱っこして列の先頭を歩いている。
「あのお、速人さま。わたくしめがお手伝いましょうか?」
雪近は両手を揉みながら速人の機嫌をうかがっている。
「お前の腕力は大したことが無いからいらん。俺の手伝いよりもダグザが歩くのを助けてやってくれ」
速人は媚びを売ろうとする卑しいクズに蔑むような視線を向ける。雪近は見ていて目を背けたくなるような作り笑いを浮かべていた。周囲は微妙な表情で二人の様子を伺うばかりだった。
「へいへい」
ダグザは何か言いたそうな顔をしていたが、おとなしく雪近の肩を借りる。
速人が包帯で足首を固定してしまったからだった。速人は今は動かさないほうがいい、と言っていた。いろいろ文句を言ってやりたいところだがダグザ自身が治療の効果を知っているので黙っていることにした。
ダグザの不機嫌なオーラを感じ取った彼の部下たちは上司を刺激しないように微妙な距離を取って同行する。その後ろからはさらに濃厚な負のオーラを全身から発するエイリークの存在があった。
(一番は俺だ。俺じゃなくちゃいけないんだ)
しばらくすると木々が疎らになり、一行は林を抜ける。雑草が刈り取られ、しっかりと設置されたテントが見られる。目の前には即興で作られた野営場が広がっていた。
「ここが我々の今日明日の宿営地だ。見張りは、ソリトンか。キチカ、もう少し肩を貸してくれ。何分、歩きにくい」
宿営地の出入口には数人の男たちが立っていた。銀髪の男は速人たちの姿を見つけると、後方の男たちを片手で制してこちらの方まで歩いて来た。
男の落ち着いた表情、歩調、身にまとう気配からして戦闘時における実力の高さがそれとなく理解できる。速人はこの集団においてソリトンなる人物はエイリーク、ダグザの次くらいの実力者であると考えていた。予感を裏付けるかのようにソリトンも速人の視線に感づいている様子だった。
「ダグザ、ずいぶん遅かったな。ところで足を怪我しているのか?」
「見ての通りだ。今の私は怪我で不自由をしている。全く不意の出来事とはいえブラウニーが靴ずれなど我ながら嘆かわしいことこの上ない」
ソリトンはダグザの前でしゃがみこんで左脚を持ち上げた。流石の速人もソリトンの行為には度肝を抜かれた。ダグザの踵を持ち上げながら異変がないかを確かめている。
「これはスウェンの作った靴だろう。そんなことがあるのか?」
ソリトンはダグザのつま先と踵を掴んでから二、三回左右二曲げたりしていた。
スウェンとはダグザの祖父であり、かつてはキャラバン内でブラウニー族のまとめ役と職人ギルドの長を務めていた人物である。職人としての実力はキャラバンの外でも通用するほどのものだった。
スウェンの作った靴に失敗作があるものか、と小首を傾げる。
「イダダダダッッ!!!誰かこの無神経魔人を何とかしれくれッッ!!!」
ダグザの悲鳴を聞いた他の見張り役たちがすぐにソリトンを引き離した。
ソリトンは尚も納得の行かないような顔でダグザを見ている。ソリトンのこういった思いやりのない行為は生まれつきのものであることは彼の幼なじみであるダグザも理解していた。
「ところで、そこの見てくれの悪い動物は何だ。お前のペットか?はっきり言って悪趣味だぞ」
ソリトンは速人を指さして言った。
「ああ、こいつか。彼の名前は速人といって、キチカと同郷の新人族らしい。多少すれ違い(この部分を強調)はあったが、怪我をした私の治療をしてくれた恩人だ」
速人は両手の人差し指を頬に当て、ニッコリと笑って見せる。
ソリトンは眉間にしわを寄せて速人の顔と雪近の顔を見比べていた。
とてもではないが雪近の同族には見えなかった。雪近も微妙な表情をしている。
そして、当の速人の目は笑顔のはずなのに笑ってはいなかった。
「そうか。ダグザの恩人か。お前のことは悪く言ってすまなかった。俺の名前はソリトン、ダグザと向こうでお前を威嚇しているエイリークの家族みたいなものだ。よろしく頼む」
「始めまして、速人です。ソリトンさん、こちらこそよろしくお願いします」
「気をつけろよ、ソル。油断していると手首を食いちぎられるからな」
エイリークは強烈な目力をもって速人を威嚇する。しかし、当の速人は気がつかないふりをしていた。やがて速人はエイリークとソリトンに向かって頭を下げた。
(忘れねえ。絶対に忘れねえ。俺を不細工呼ばわりした挙句、下等動物のように扱ったことを。お前らはいずれ俺のヌンチャクの餌食にしてやる)
頭を下げながらもきっちりとイケメンたちに復讐を誓う速人だった。ソリトンは礼儀正しい速人の姿に好感を抱き、一方エイリークは自分から頭を下げてきた速人の姿に躊躇している。しかし、その場でダグザだけが速人の背後で燃え盛る黒い炎に気がついていた。
その後、速人はエイリーク、ソリトンらと友好の握手をする。ここでもエイリークは力いっぱいに速人の手を掴み、それをダグザやソリトンに見とがめられて己の立場をさらに微妙なものにしていた。
(人望の無いヤツは自滅する)
ソリトンやダグザに説教を食らうエイリークの姿を見ながら、速人は密やかに微笑んでいた。
速人がエイリークたちと一緒に宿営地を周りながら、残っていたキャラバンのメンバーたちに自己紹介をしてからのことだった。ダグザは他の仲間たちの行方についてソリトンに尋ねる。
「ソリトン。お前の家族や他の連中はどうした?もしかして我々と行き違いにでもなったのか」
「いや、違う。単に薪木になりそうなものを取りに行っただけだ。マルがついているから心配することはない。もうすぐ戻って来るだろう」
ソリトンはそっ気のない様子だったが、ダグザは少々心配した様子だった。
「俺が迎えに行こうか?」
「その必要はない。もう戻って来たからな」
ソリトンは出入り口の方を指さした。宿営地の出入り口の方から大人数の人間たちが戻ってきていた。やがてエイリークの家族と思われる人々が何人か速人のいる方にやってきた。
「ただいま。エイリーク、ソル、ダグ兄。ていうか、おかえりっていうのも変だね」
先頭に立つ整った顔立ちの女性が豪快に笑った。女性はオレンジ色のウェーブのかかった髪を腰のあたりまで伸ばしている。背丈はエイリークよりやや低いといった感じであり、ソリトンとダグザとは同じくらいの高さだった。身体つきは女性らしいしなやかさを備えた筋肉質で、か弱さとは無縁の健康的なものであった。上半身は肩当てのついたジャケットとシャツ、下半身には厚手のハーフパンツといった衣装を身につけている。腰にはベルト式のスリングと刃の厚いナイフを下げていた。ナイフとスリングはかなり使い込まれた年季物である。
速人はこの女性の自信に満ちた物腰からソリトン、エイリークに次ぐ実力の持ち主であることを見抜いていた。女性の後ろには額にエイリークとおそろいのバンダナを巻いた活発そうな少年と気弱そうな少年が立っていた。二人の顔つきはエイリークに似ているところからして、速人は二人がエイリークの細胞片から作ったクローン人間であることを看破していた。
「ただいま。そしてお帰りハニー。まず触ってみてくれよ、俺の頭。ホラホラぼっこり膨れ上がっているだろ。誰に何をされたと思う。あの不細工な小僧だよ。あいつが俺に石ころを投げて、ああとっても痛かったなー、ひどい目にあったんだよ」
エイリークは嘘泣きをしてから女性の胸に顔を埋めた。
女性は困った顔でエイリークの頭を撫でている。エイリークの子供たちとダグザ、ソリトン、そして他の面子も微妙な表情で二人の様子を見守っていた。
速人は「どれほど美男に生まれようとも言動がつり合っていなければ虚しいものだな」と感じていた。人生の荷物とは、持って生まれたものが重ければ重いほどに不手際の代償もまた重いものになるのだ。
言うなれば、いくら愛されようとも駄目美男の滑稽さはそれまで積み重ねた人生の功績全て(例、号泣会見)を台無しにしてしまうのだ。妻の豊かな胸の感触に酔いしれながらも、エイリークは死んだ魚のような目で己を姿を見下す速人への憎しみだけは忘れなかった。
「はいはい。わかったから子供の前ではもう少しお父さんらしくしてねー」
「マギー、彼の名前は速人。調査中、森の中でキチカを見失った後に彼を連れてきてくれた少年だ。私も、そこの馬鹿に歩かされた時に足に怪我をしてしまってな。その時、速人が治療を施してくれたのだ」
マギーと呼ばれた女性はへえ、と相槌をうった後に胸にすがりついてるエイリークを地面に転がした。そして、ニコッと笑ったてから速人に握手を求めてきた。
「ダグ兄のことを助けてくれたんだってね。お姉さん(ソリトンとダグザが眉をしかめる)、感激しちゃった。速人だっけ、私の名前はマギー。マルグリットでも、お姉ちゃんでもいいよ。よろしくね」
がしっ。指が引き千切られそうなほどの力で手を握られたが、速人はそれを顔に出すことはない。
これもまた紳士の嗜み。さらに腕をぶんぶん降られて追い打ちをかけられたが速人は歯を食い縛って痛みに耐える。
この世のどこに淑女に手を握られて悲鳴を上げる紳士がいるというのだ。
耐えろ、速人。今は耐えるのだ。
「こ、こちらこそ貴女のような美しい女性と知り合えて光栄です。マダム・マルグリット」
と速人はあくまでにこやかに挨拶を返した。マルグリットは気を良くしたのかさらに豪快に笑って速人は力いっぱい握られることになった。
「ところでマギー、皆で薪を取ってきてくれたのは嬉しいのだが夕食の支度はどうした?」
「ハアッ!?そんなの私らの仕事のわけないじゃないのさ。ダグ兄たちは遊んでいたんだからご飯作ってよ!」
極めて不快そうな顔でマルグリットは答えた。
「馬鹿を言うな。我々はフォレスタから受けた調査の依頼を終えたばかりだぞ。居残り組のお前たちが食事の準備をするのが当然だろう」
普段よりさらに渋い表情でダグザが押し切ろうとする。
どうやらこの二人、家事が嫌いなのだろうか。
マルグリットは両手を組んで、この件では一歩も退かぬという意思を表明した。ダグザは眉間の皺をさらに深いものにして、歯を食いしばる。
二匹のケモノが放つオーラを恐れて、その場にいる誰もが沈黙してしまった。
「お前では話にならん。ソリトン、ケイティに夕食の支度をするように頼んでくれないか?」
ケイティとはソリトンの妻である。ここにいないダグザの妻レクサと並んで家事が得意な頼れる女性であった。
「ダグ。ケイティはお前のところのレクサの面倒を見る為に本拠地に残っているはずだが」
額の汗を拭う。ダグザはすっかり失念していた。
フォレスタという組織から受けた依頼の内容に納得がいかないことが多かった為に、戦闘メンバーだけを連れて来たのだ。ここにいる昔なじみの連中は強力な敵を倒すことはできてもご飯を作ることはできない。 さらに昨日は大雨と山火事があった為に、憂さ晴らしとばかりに持ってきた食料を派手に食べてしまったのだ。それで合点が行った。やることは大雑把だが、この面子の中では気が利く部類に入るマルグリットは少なくなった食料を補充するために外出してくれたのだ。しかし、ダグザとエイリークには食事を用意することなどできない。
「すまん。マルグリット。私が悪かった。お前は食べ物がないことに気がついて狩りに出てくれたんだな」
ダグザはもうしわけなさそうに頭を下げる。彼の意外な行動に驚いたのか、マルグリットも組んだ腕を解いてしまった。
「ごめん。私も言い過ぎたよ。でも、どうしようか。ここにはケイもレッキーもいないからね。私らはともかく子供たちはご飯抜きじゃきついだろうし」
マルグリットは心配そうな顔をしている子供たちを見ていた。かなり前に死んだエイリークの母親からいくつか簡単な料理を習ったはずだが、今ではそれらの記憶は忘却の彼方にある。
またいつものあれかよ、とバンダナを巻いた少年は露骨に落胆した表情を見せる。もう一人の気弱そうな少年は泣きそうな顔になっていた。他の面子にも動揺が広がり、ガヤガヤと騒ぎ出している。
「ご飯の支度なら、私がやりましょう」
「え?坊や、じゃなくて速人はお料理が出来るのかい?」
マルグリットは単純に喜び、ダグザは何か言いたそうな顔をしている。予想するに、子供の遊びではないというところだろうか。速人は余裕のある笑みを浮かべながら自身たっぷりに答える。
「屋外の料理。実に容易い。紳士の嗜みですよ」