第三十九話 続ダグザが来た!! 今度は嫁さんと息子と母親を連れて来た!!
次回の更新は2月29日。知ってるかい?二月二十九日は昔から「ににくの日」って言われていてね。その日は「ににく」がいっぱい取れる日なんだ。みんな今年の2月29日には「ににく」をいっぱい食べて一年を乗り切ろう!
「俺さ。実は気がついちまったんだよ。世の中には二種類の人間がいるって一つは俺みたいに生まれつき完全な存在で何もしなくていいやつ。んで、もう一つはダグや速人みたいに毎日せっせと地味に働いてポイント貯めて生きなきゃならない可哀想なやつ。この二種類の人間が集まって国とか出来てるんじゃないかなって、どう思う?」
エイリークの目の前に平らな皿が置かれる。
その上には魚に薄い衣をつけて揚げたものと五個くらいの小さな球状の食べ物が乗っていた。
速人はソースが注がれている容器から赤茶色の液体を垂らし、料理を完成させる。
ざっくりと説明すれるとすれば魚の揚げ物と魚団子のオーロラソースかけ、だ。
エイリークは誇りでも払うような仕草で止めるように仕向けてきたが、速人はリーフレタスのような葉野菜を次々と乗せた。
これの上にもまたうずらネギ(玉ねぎのような形をした野菜。少しだけ匂いがきついが、辛味は薄い)のみじん切りをベースにしたドレッシングソースを回しかける。
この料理、色合い的には南欧風だが発想そのものは東南アジア、中華料理である。速人はエイリークの前に音もなく皿を置いた。
ニコリ。
エイリークの向かいに座る妙齢の女性は美しい顔に微笑を浮かべる。
エイリークは目の前の人物の機嫌を伺いながらナイフとフォークを使って行儀よく食べる。
女性の目そのものは慈愛に満ちた優しいものだが、やることがえげつない。
先ほどからエイリークとマルグリットはマナー違反を犯した為に三回ほど手をつねられているのだ。
エイリークは中くらいの魚を切り分けて、ソースに絡めた後ゆっくりと口に運ぶ。
そして口元を汚さないようにしながら咀嚼していた。
この手の小さな魚は嫌いだったが、丁寧に下処理されているために妙な生臭さは感じない。
おまけに厄介な小骨が入っていない。
魚の新鮮さとうま味が伝わってくる。
(このコクはフライの油の味か。いいもんだ。衣がソースを啜って味の統一感みたいなものを増している。これパンに挟んで食いてえなあ)
エイリークは魚を食べた後、添え物のサラダを食べて口の中の状態をリセットした。
「うわ…。マジで引くわ。あのエイリークがお野菜食べてる。これって世界が滅びる兆候か何かなの?逆に心配になってきたわ…」
そう言って女性が手元にあったナプキンで口を拭った。
それから目の前にある細長いグラスを取り、水を飲む。
「レクサ、俺だって日々成長してるんだよ。ていうかアダン生まれて間もないのに何で連れて来てんだよ」
エイリークは食堂の端に置かれたベビーベッドを見た。
レクサ、ダグザの妻は目を細めながらベビーベッドの方を見る。
そして、はちみつ色の前髪をかき上げながら息子のところまで歩いて行った。
「レクサ。食事中に行儀が悪いぞ。アダンのことなら我々よりも速人に任せておいた方がいい」
ダグザがスプーンを置いてレクサに注意する。
空いたレクサの隣でスープを飲んでいた淑女然とした妙齢の女性が思わず口元を手で覆っている。
昔、彼女の夫と彼女の間に似たようなやり取りがあったことを思い出したからだ。
もっともその頃はベビーベッドで寝ていたのはダグザだったのだが。
エイリークは肩をすくめた後に揚げた魚を食べ始める。
レクサことアレクサンドラはエイリークにとってつき合いの長い姉のような存在だった。
防衛軍の要職にあるレナードの娘であるレクサは昔、男勝りの性格だったが結婚をしてからはダグザの母のような淑やかな性格になったものばかりと思っていたのだ。
(こういう時は地の性格が出るもんだな)
エイリークは感慨深い表情を浮かべながら野菜を頬張っていた。
隣に座っているマルグリットも昔を思い出してか穏やかな顔をしている。
「レミーもね。昔はあんな感じだったんだよ。覚えてる?」
マルグリットは両手を重ねてリンゴ一個くらい収まりそうな空間を作る。
(いくら何でもそこまで小さいわけがないだろう)
エイリークとレミーとアインはほぼ同時に同じ事を考えていた。
その間にも速人は黙々と大皿から人数の小皿に料理を取り分けていた。
途中、ディーが手伝わせてくれと言ったがはっきりと断られていた。
ディーの技量ではまだその段階に達していなかったからだ。
配膳という作業は、単純なようで難しいものなのだ。
速人は故意に配膳のスピードを落として雪近とディーに目で盗むように促す。
速人の意図を即座に理解したディーと雪近は食い入るように速人の仕事を見ている。
レミーは三人の姿を半分、呆れながら見ていた。
「つうかさ。盛り付けとか、そこまで拘る必要ってあるのかよ。俺たち、速人が考えてるほどメシに気を使ってるわけじゃないと思うぜ?」
と言いつつもレミーは前菜として出されたスープ皿を綺麗に食べていた。
にまあ。
「!?」
速人の視線に気がついたレミーは咄嗟に空になったスープ皿を隠してしまった。
実にバツの悪そうな顔をしている。
速人は何も見なかったような顔をしながら皿をテーブルから台車の上に乗せる。
速人が笑っていることに気がついたレミーは頬を膨らませる。
「レミー。食べる側にいちいち気を使わせるようでは料理人としては三流なんだ。一流の料理は如何にしてその料理が美味いことを意識させないかにあるんだ」
速人は微笑しながら魚料理の入った皿をレミーに手渡した。
機嫌を悪くしたレミーはやや乱暴に、しかし皿の中身を落とさないように受け取る。
二人の様子をダグザが連れて来たもう一人の女性が温かく見守る。
レミーは恨めしそうな表情でどことなくダグザと似た容姿の女性を見ていた。
そして、レミーはため息混じりにただ見守っているだけの女性に対して文句を言う。
「エリーもさっきから笑ってばっかいないで俺のことを助けてくれよ。本当、うちの両親って無計画っていうか行き当たりばったりなんだ」
エリーと呼ばれた女性は不機嫌そうなレミーの顔を嬉しそうに見ている。
どちらかと言えば場の雰囲気を好んでいるのだろう。
おかげでレミーの機嫌はさらに悪くなるばかりだ。
「ごめんなさいね、レミー。少し前まではダグがレクサを連れて実家から出て行ってしまって。それでこういう賑やかなところで一緒にご飯が食べられるのが嬉しくて」
エリーは口元を隠しながら笑っている。育ちの良さが窺える上品な笑い方だった。
いつも微笑を絶やさぬ明るい性格の女性と聞いてるが、今回は特例で自分の息子ダグザの家族と古くからつき合いのあるエイリークの家族に囲まれて特別上機嫌になっているらしい。
速人は頃合いを見ながらエリー、レクサ、ダグザという順で料理の入った皿を配っていった。
レクサは自分の目の前に置かれた彩色豊かな魚料理を見て、感激していた。
「速人って本当にすごいわねー。赤ちゃんのお世話だけじゃなくお料理まで得意だなんて」
レクサはフォークだけを使って魚のフライをぱくっと口の中に入れた。
骨の下処理が完璧である為にレクサはそのまま飲み込んでしまった。
ダグザが隣で苦笑いをしている。
しかし、レディらしからぬ振る舞いにエリーが少しだけ困ったような表情になる。
危険を察知したレクサはすぐにナイフとフォークに持ち替えて上品に魚料理を食べ始めた。
その変わり身の早さにエイリークとマルグリットは「早い」とか「ずるい」とか言って不満を口にしていた。
先ほどエリーにつねられた手の甲がやたらと痛んだ為だ。
「引き出しの多い男はどこに言っても必要とされるものなのですよ」
速人は含み笑いをしながら次々と空になったスープの皿をトレイの乗った台車に持って行った。
ディーは食堂にいるエイリークたちに「失礼します」と言って頭を下げた後に台車と食器から音が出ないように十分注意しながら食堂を出て行った。
ディーの一連の行動を神妙そうな面持ちで見守っていたレクサがエイリークに尋ねる。
「ねえ、エイリーク。ええと。あの子、ディー君だっけ。トロール(※ディーはトロールの村からはぐれてきたということになっている)の。いつもあんなどこかのレストランの給仕さんみたいな感じなのかしら?」
エイリークは眉毛を漢字の八の字にしながら答えた。
レクサの隣で聞いてたダグザの表情も暗いものになっている。
「何かよ。俺が聞いた話じゃあよ。あそこまで行儀よくしていないと家事の手伝いとかさせてもらえないらしいんだ。この前もレミーが食器を下げるの手伝うかって聞いた時さんざんなことを言われたそうだぜ?」
「そうなの、レミー?」
レミーが苦いものを口に入れてしまった時のような顔をしてレクサに当時の状況を説明する。
「前に食器が多いから俺が手伝うって言ったらさ…断られたんだよ。おまけにキチカとディーがマナーも知らないくせに図々しいみたいなことまで言ってさ。速人のヤツ、仕事になったら徹底して感じが悪くなるんだ」
当時のシーンを再現。
レミーが強引に食器の乗った台車を動かそうとすると速人が行く手に立ち塞がる。
新人とは思えないほどの力で止められてしまった。
「レミーお嬢様。どうかお引き取りを。私がここで仕事をしている以上、ただの一つでも失敗があってはならないのです。お嬢様はゆっくりとお部屋(※この時は客間ですごしていた)でおくつろぎください」
速人の手にさらなる力が込められる。
だがここで引き下がるレミーではない。
レミーも魔力を解放して右腕に融合種特有の紋章を浮かび上がらせながら必死に抵抗する。
ほどなく五分の状態となった。
「ぬぐぐぐ…。てめえ。そこをどきやがれ。ここは俺の家だ」
「クックック…。レミー、筋トレがまるで足りていないな。俺を従わせたければこれくらいはやってもらわないと」
速人は台車をぐいっと自分の方に引き寄せる。
その途端にレミーはそれまでギリギリ維持していた力の方向を強引に捻じ曲げられ体勢を崩してしまう。
しかしレミーが後方に倒れ込む間一髪のところで先回りしてきた速人により背中から支えられ転倒することは免れることになった。
速人はいやらしい笑いを口元に浮かべ、頭を下げると食堂に戻って行く。
その直後、レミーはキッチンから速人たちの会話を聞くことになる。
「遅かったじゃねえか、速人。何かあったのか?」
速人は台車からステーキ皿を下ろして次々とお湯の入った盥の中に入れる。
こうして先に脂とソースを落としておくと皿の白さが損なわれることがない。
速人は駄目押しとばかりに皿を指で軽く撫でて汚れそのものを落として行った。
「レミーが俺の仕事を手伝たいって、な。下積みもない人間をキッチンに入れるわけにはいかんのだ」
速人の隣でエイリークたちの使ったスープ皿を拭きながらディーがレミーの行動が軽率だと蔑むようなニュアンスで陰口を叩く。
「いくらレミーでもそれは図々しいってものだよ。彼女何か勘違いしてないかな?」
その後、ぶち切れたレミーがキッチンに殴り込みをかけてディーと雪近をズタボロにしたのは言うまでもない。
速人は全ての食器を棚に戻した後、怒り狂うレミーをチョークスリーパーで失神させたのであった。
以上、回想終わり。
「それは何というか災難だったわね。でもうちでもダグがたまに家事を手伝ってくれるんだけど、逆に仕事が増えちゃうことがあるから少しだけ速人の気持ちがわかるかも。何てね」
そう言ってレクサはケラケラと笑った。
レミーの顔はさらに険しいものになる。
その時、レミーの肩をマルグリットが突いてきた。
「レミー。あのさレクサってこういうヤツだから気にしちゃ駄目だよ。何たって自分からダグ兄のお嫁さんになるって言うくらいなんだからさ」
「納得。ダグの奥さんなんて、よっぽど変わりものじゃないと絶対無理」
母娘の話を聞いてエイリーク、レクサ、エリーが大爆笑をする。
一方、話の肴にされたダグザは面白くなさそうな顔で香辛料がきいた料理のソースを味わっていた。