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第三十八話 ヌンチャクの帰還。「俺たちの戦いは始まってもいないのだ!!」

次回は2月26日に投稿します!!


 食料を求めてなだれ込んだ群衆に紛れて自由市場の内部を偵察していた男は毒づいた。正体を隠す為に下ろしていたフードを乱暴に取り去る。鋭い目つきの男だった。


 ラッキー、シャーリー、アルノルトといった軍属だった者が見れば一目でわかる戦うことを生業とする種類の人間だった。


 「糞ッ!!」


 男が事前に得ていた情報通りならば”計画”は次の段階に移行するはずだった。


 下層の経済の中心地となりつつある大市場の重要人物を排除することにより、景気を失速させて治安を悪化させる。

 やがては第十六都市の防衛機構そのものを低下させて武装蜂起の時に備える、そんな杜撰すぎる計画の下準備をする為にここ数日の間大市場を見て回っていたのだ。


 男はコートのポケットに手を突っ込むと踵を返し、都市と外部との出入口となる中央区を目指す。


 本来の身分から考えれば身の丈に合わぬ安宿だが、素性を聞かれる心配が無いので安心して身を隠すことができる。

 男は周囲に警戒することなく仮の住まいを目指した。…はずだった。


 がらん。


 男は何かが落下する音に気がつき、一旦その場で立ち止まり身構える。

 男は意識を胸に隠し持った護符アミュレットの形をした魔導書に集中する。

 さらにいくつかの魔術を使って最低限の自衛手段を構築しつつ、周囲を注意深く探る。


 どこまでも軍事教本に乗っていそうな型通りの戦術だった。


 (周囲に何かが動く気配はない。当然だ。その辺りぬかったはずもない)


 男は極めつけに左右を見て確認した後に、中央区画に向かって走り出した。


 ”加速”の魔術を行使する。

 ”加速”は肉体を強化する術なので戦闘になった時でも対応できるからだ。


 男は夜の闇に影となって溶け込む。


 (中央区画に達する大路まで逃げ切ればこちらの勝ちだ)


 そんな甘いことを考えていた。


 後少しで大路に設置された街灯が見えかかったところで男は何かが横切る音を聞いたような気がした。


 (ええいままよ)


 男は”加速”の魔術を維持した状態で目的を目指す。


 …。


 …。


 …そこまではよく覚えていた。

 今どうして倒れているかはわからない。


 首から下の感覚が無かった。


 男はどうにか首を動かして自分の状況を確かめる。

 足首には先端に金属製の玉がついた縄が絡まっていた。


 (馬鹿な。ボーラだと?)


 男が驚いたとほぼ同時に左足に向かって棍棒が振り下ろされる。

 ゴリッ、そんな感じの音だった。

 男は自分の脚がおかしな方向に曲がってしまったというのに何も感じないことをひどく悲しく思う。

 

 ゴリッ。ゴリッ。ゴリッ。

 棍棒が次々と振り下ろされ、破壊された足が足では無い別の何かにされている。


 男は大声で助けを呼ぼうと思ったが、その時に気がついてしまった。

 自分の口に布が詰め込まれてさらにタオルが巻かれていることを。


 男は薄れゆく意識の中、その相手に何度も許しを請うていた。


 「毒に侵された状態で身体強化の魔術を使えば、毒の効力も増す。何かの漫画に書いてあったが”歯を磨きながら飯は食べれない”とはよく言ったものよ。むふふふ」


 速人はエルフの男の髪を掴んで引きずる。

 

 手足を折り畳まれた男の体にはむしろが巻かれているので誰も人間であることには気がつかない。


 速人は台車の上に元の半分くらいの大きさになった男の身体を乗せる。

 そして大路の近くを巡回する防衛軍の兵士に挨拶をしながら何食わぬ顔で移動していた。


 (今日一晩かけてじっくり体に聞けば鼻たれの童子わらしのように何でも教えてくれるだろう)


 速人は台車を引きながら大市場に向かう。

 実は大市場の近くには外部と通じる隠し通路が存在するのだ。

 そこを通って洞穴にこの男を連れて行きじっくりと時間をかけて、と速人が考えているといきなり何ものかに肩を掴まれた。


 「速人君。急に消えたと思ったら君は何をしているんだ!」


 浅黒く日焼けした太い指と大きな手の持ち主はラッキー精肉店の店主ラッキーだった。


 速人は体臭や足音で当りをつけていたので反撃するような真似はしなかったが、これが第三者ならば台車の荷物その2になっていたことだろう。

 ラッキーと一緒にいたアルフォンスが止せばいいのに台車の上にかけられていた蓆を引き剥がしてしまった。

 アルフォンスとラッキーの顔が一瞬にしてモノクロの風景画のようになってしまった。

 後ろからドカドカと大きな足音を立てながらシャーリーとガーランド、ボギーたちも姿を現す。

 一同は台車の上に乗っている人間(?)を見た。

 直後全員の顔つきが核戦争後の日本を舞台にした世紀末救世主が活躍する漫画のようなタッチに変わってしまった。


 「これは毒だね。速人、悪いことは言わないから解毒剤を飲ませてやりな」


 シャーリーは男の首筋に手を当て脈を計る。

 シャーリーは戦時中には救護班として活動していたことがあった為に医術の専門知識には乏しいが怪我人への対処法はいくつか知っていた。


 速人は遠い目をしながら首を横に振った。


 「シャーリーさん。このおじさんきっと疲れて寝ちゃってるんだよ。このまま朝までそっとしてあげなきゃ」


 きっと明日の朝には人から物にクラスチェンジしているよ(※高山みなみの声で)、と言いかかったが速人は止めた。


 シャーリーは舌打ちをする。そして、両手を組んでゴキゴキと関節を鳴らし始めた。


 「じゃあ、アンタが解毒しないなら私は旦那とラッキーとガーランドを動けなくなるまで殴るってのはどうだい?この三人をやっちまえば肉は届かないよ?どうする?」


 「待て、シャーリーッ!!お前、俺たちを何だと思ってんだ!!」


 幼い頃からラッキーとガーランドの兄貴分であったアルフォンスは身を挺して二人を守ろうとする。


 (昔、別のシチュエーションでこういうことがあったよな…)


 チィィッ!!


 速人がさっきのシャーリーが出した舌打ちに匹敵するような大きな舌打ちの音を出した。


 「わかりましたと、マダム。俺の負けです。降参ですよ。でも毒のレシピは絶対に教えてあげませんからね」


 速人にとっては男の命の価値は牛肉よりも軽かった。


 「ハンッ。さっさとやんな」


 シャーリーは地面に吐き捨てる。

 別に人命がどうというわけではない。

 商売の初日に人死というケチがつくのが嫌だっただけだ。


 二人はあくまで合理的だった。


 ぽいっ。


 くちゃくちゃくちゃ…、


 速人はポケットから乾燥した薬草を取り出した後に口の中でよく噛んでいる。

 実は毒物を中和する成分には速人の唾液も入っていた。

 速人は気絶した男の首の後ろを掴んだ後に時計回しに捻じって軽い気つけをしてやる。

 その後、強引に口を開けて解毒剤を突っ込み、飲ませてやった。


 (※危険な方法なので絶対に真似をしないでください)


 「シャーリー君、一体何が…、ッッ!!??」


 五人の後を追ってアルノルトが取り巻きを連れて現れる。

 しかし、アルノルトは蓆の下に置かれた手足が滅茶苦茶な方向に曲がった男の姿を見た途端に逃げ出そうとした。


 刹那、シャーリーが逃走しようとするアルノルトの襟を後ろから掴んだ。


 シャーリーは眉間にしわを寄せてアルノルトを睨みつける。

 

 まさに捕食者と餌の構図。


 生命の危機を感じたアルノルトは失禁しそうになってしまった。

 いやわずかだが漏らしていたかもしれない。

 アルノルトは今日何回目かの下着の取り換えを意識せざるを得ない状況に陥っていた。


 「アルノルト、逃げるんじゃないよ。私だって何がどうなってこんなことになっているのかわかりゃあしないんだから。ていうかコイツは誰だい?見たところ第十六都市ここの人間じゃないだろ」


 「マダム。おそらくこの男がアルフォンスさんに怪我をさせた犯人でしょう。ねえ、アルフォンスさん。そろそろ本当のことを打ち明けてくれませんか?」


 「アル、そうなのかい?」


 シャーリーはここぞとばかりに夫を愛称で呼んだ。

 

 速人も後ろにいるアルフォンスを少しだけ見る。

 

 シャーリーも気になって不安定な夫の立ち姿を見た。


 最初は疲労が原因かと思っていたがどうやら違う理由のようだった。

 

 シャーリーとてここ最近の夫の様子に違和感を覚えていた。

 しかし、夫の頑な性格を知っていたのでアルフォンスの方から何か言ってくるまで待っていたのだ。

 当然そんなことには気がつきもしなかったラッキーもガーランドもアルフォンスの近くまで様子を見にやってくる。


 アルフォンスは観念して大きく息を吐いた。


 そして、ついに悪鬼ハヤト鬼神シャーリーの双方に目をつけられたアルフォンスは今から約一か月前に自分の身の上に起こった不幸な出来事について白状させられることになった。


 「いや大した話じゃないんだけどよ。けっこう前に親父と店の後片付けをしている時にこうががーっと箱を乗せた台車が突っ込んできて親父とお袋と叔父貴と俺で下敷きになっちまって。その後、親父たちは修道院の先生に診てもらったから大丈夫だったんだが…」


 以前、雪近がディーの故郷から追い出された後に放浪していた頃。

 偶然、雪近を見つけて保護してくれていたのが修道院の院長だった。

 彼は医術に通じ、下町の病人や怪我人を診察してくれるだけではなく子供たちに読み書きや計算を教えてくれるので下町の人間は親しみと敬意を込めて”先生”と呼んでいる。

 その人物に関しては速人もベックやエイリーク、雪近から聞いていた。


 今は第十六都市の近くの集落に出かけていて不在であるとも聞いている。


 「先生は忙しいし、シャーリーだって花屋の仕事があるから暇じゃない。ラッキーやガーランドも今は立派な商売人だ。んで迷惑かけたら悪いなと思って、痛いのを我慢してたらこうなっちまったんだ」


 「へえ」


 シャーリーは両腕を組んで黙って聞いていた。


 「それでミックと喧嘩して酒をこんな小さなコップ一杯飲んでぶっ倒れたわけかい。つづく甲斐性無しだね」


 「否定しねえよ。俺は商売一筋なんだ。酒と浮気するつもりなんざねえ」


 シャーリーは指でその時のコップに入っていた酒の分量を再現して皮肉っぽく笑った。

 ミックとはシャーリーとアルフォンスの子供である。

 ラッキーとガーランドは苦笑いをしえ、アルフォンスはバツが悪そうな顔になる。

 

 アルフォンスは下戸どころではない、まともにアルコールの匂いを嗅ぐことさえできない体質なのだ。

 一週間ほど前、無理を押して精肉店の仕事を再開しようとしたアルフォンスと息子のケリーが大喧嘩を始めたのだ。

 結果、息子に下戸であることを指摘され逆上したアルフォンスは酒を少量飲んで倒れてしまう。

 度し難いほどアルコールに弱いアルフォンスはそのせいで一週間近く寝込むことになりブロードウェイ精肉店は一か月の休業を強いられることになった。

 まさに泣きっ面に蜂。腐るなという方が無理からぬ話だ。


 「さて。事件ことがこの馬鹿一人なら笑って許してやらないこともないんだがね。私も聖母様じゃないんだ。育ての親に手を出された暁にはただじゃ許すわけにはいかないんだが?」


 シャーリーの言葉には聞いた相手が底冷えしてしまいそうな冷たさがあった。

 ガーランド、ラッキーらの視線にもある種の冷たさが宿っている。

 彼らは孤児であり、アルフォンスとその両親の世話になっていたからだった。


 シャーリーの底知れぬ怒りは彼らの代弁でもあった。


 その時、シャーリーの行く手を遮るようにアルノルトが立ちはだかった。


 「待ちたまえ、シャーリー君。この事件は防衛軍に任せよう。おそらくは我々の手に余る事件だ」


 アルノルトの忠告にシャーリーは押し黙ってしまう。

 軍にいた頃ならば何らかの権限を使って詳しく調べることもできるだろうが、今のシャーリーは民間人でしかない。

 さらに話を大事にすれば争い事を望まぬ者たちをも巻き込む可能性がある。

 手段を選ばぬ者は無関係な人間を容赦なく巻き込む。戦時中、シャーリーたちはそういった輩と戦った経験があった。


 「わかった。この話はアンタに任せるよ。アルノルト。でもこっちでまた何か事件が起きた時には」


 シャーリーは速人の方を見た。速人は自分の額まで舐められそうなほどに舌を伸ばして笑っている。


 「そこの坊やをアンタのところに差し向けるからね」


 シャーリーはアルノルトに向かって指をさす。


 「ぎひひひひッ!!アルノルト!!アルノルト!!三時のおやつはアルノルトの心臓だ!!」


 速人は両手に武器を持って、目を爛々と輝かせながらぴょんぴょん飛び跳ねる。

 アルノルトたちは恐怖のあまり悲鳴をあげる。


 「き、肝に銘じておこう!!いいか、急いでも今日の晩だから明日ぐらいまでかかる!!速人少年も、嬉しそうにしないでくれ!!いいな!!」


 アルノルトたちはあたふたと逃げ出すようにしてその場を離れて行った。

 アルノルトはなかなかの力持ちで一人で男を乗せた台車を引いていた。


 彼らの姿が見えなくなったところでシャーリーが速人に尋ねる。


 「まあ、こんな感じだけど納得しておくれよ。速人。アルノルトの奴も、あれで議員様にも顔が利く便利な奴でさ。二、三日中には下町から怪しい奴は自由に歩けなくなるだろうから」


 「どうもありがとうございます、マダム。それでは俺たちは今日はこれで帰らせてもらいますので」


 速人はシャーリーに深々と頭を下げる。

 犯人の移送が見つかってからの即興だが、シャーリーのおかげで防衛軍を巻き込むことにはほぼ成功したといっても過言ではない。


 (これの出番は無かったか)


 速人はポケットの中身の別の毒薬をそれとなく意識した。


 その後、シャーリー達は大市場に戻り深夜まで久々の会合を行う流れとなったという。

 速人は荷物を取りに戻った後雪近とディーを連れて一路エイリークの家に戻って行った。

 道中、雪近に毒のことで文句を言われたが速人は何も言わなかった。


 「ところでエイリークさんたち、何してるんだろうね。今頃、お腹空いたーって怒ってるかも」


 「俺たちはつくね(多分ハンバーグのこと)食ったからな。まあ、速人の飯ならいくらでも食べれるけどよ」


 雪近とディーは微笑ましい会話をしている。

 彼らはリュックにたくさんの野菜を詰めて、両手には魚の入った買い物カゴを持っていた。

 どちらも速人が作った道具だった。


 一方、速人はラッキーの店に置いてあったベックの荷車を一人で引いていた。

 中にはソースの残りとコマ肉がたくさん入った箱が乗せられていた。

 勝負の時に使った肉は自分の買った分では無かったのだ。

 さらに自由市場で肉を切り売りして売っている時に出たコマ肉も入って増量されている。


 尚、後味の悪い思いをしたくなかったのでシャーリーにその分の料金890QPは支払っている。


 「そうだな。晩飯の準備もあるから早く帰ろうぜ。今日もたくさん美味いものをつくってやるからな」


 速人を先頭にディーと雪近も駆け出した。

 そして時間にして二十分後、三人はエイリークの家に辿り着く。

 家の前ではエイリークとマルグリット、アインとレミーが待っていた。


 出て行った時に喜んでいたはずのレミーは不快の極みのような顔に変わっていた。

 アインの両親を見る視線も厳しいものになっている。


 これはどうしたことか、と速人たちはエイリーク夫妻の姿をあらためて見た。


 するとそこには…。


 「おかえりー」


 「早かったねー」

 

 やたらと間延びすしたエイリークとマルグリットの声が聞こえきた。

 

 玄関先には見事なまでに髪が上に跳ね上がったエイリークとマルグリットの姿があった。

 

 二人はあの後、爆睡していたのだ。

 彼らの子供二人は真面目に部屋の整理をしていたというのに。

 

 (親は選べぬ、か…)

 

 速人は何となくレミーとアインに同情するのであった。

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