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第三十五話 速人のワクワクお金儲けランド

次回は2月17日に投稿します。


 「安心したまえ。男子に二言無し。後で嫁さんに半殺しにされると思うが、しっかりと払ってみせよう。過去に受けた大恩に比べれば、微々たるものだ。それともう一つ、今回の取引はドレスデ商会ではなく我がレザンマ商会が受け持つことにしよう。何、心配はない。レザンマの現会長である私の決定だ」


 アルノルトの話を聞いたオークたちが一斉に騒ぎ出した。

 

 200万PQPといえば都市の上層に住む人間にとってもかなりの金額である。

 だが、速人にはアルノルトの立場が関係しているよう見て取れていた。

 アルノルトの取り巻きの一人が血相を変えて馳せ参じる。狼狽した様子でアルノルトに何かを訴え始めた。


 「お待ちください、アルノルト様。貴方様は返上されたとはいえアレキサンドリアの騎士侯。レザンマ商会は第十六都市におけるオーク族の富と繁栄の象徴。どうかご再考をお頼み申し上げます」


 アルノルトは生まれ育った故郷を思い出して、伏し目がちに取り巻きの男の言葉を聞いている。


 アレキサンドリアとはレッド同盟から独立したオーク族の国であり、ダナン帝国と自治都市同盟とも繋がりを持っている。

 さらに騎士侯とは爵位でいうところの準子爵位に相当し、小国の君主くらいの権力を持つ。そしてレザンマ商会とは第十六都市の最古の商会の一つであり、かつては市議会にいくつもの議席を持つほどの権勢を誇っていたこともあるのだった。


 「全ては過去の話だよ。今の私は自由人、アレキサンドリアの騎士侯ではない。そしてレザンマ商会の創設理念とは”普く全ての人間に均等な機会を与える”ことにある。故に今回の私の判断は、騎士侯ナデウ・バウマン家と大商家レザンマの名を汚すことにはならない。ご理解いただけたかね?」


 男は納得の行かない様子だったがアルノルトの穏やかながらも決意が秘められた視線を受け、引き下がってしまった。

 二人のやり取りを見ていたシャーリーがアルノルトの肩を豪快に叩いた。


 一度、二度。パッカン!パッカン!と彫り出したばかりの石材をハンマーで砕いた時に出る乾いた高音が聞こえる。


 アルノルトはショックで白目になっていた。


 「流石は伊達男!言うことが違うねえ!だったらこっちもやるだけやってやろうじゃないか!」


 シャーリーは大市場の入り口の方をギロリと睨みつけた。


 大市場の入り口には帽子やフードをかぶって正体を隠した多くの市民たちが集まっていた。


 (やはりそういうことになってしまっていたか)


 速人は大市場近くにいた集団の正体に気がついてしまった。


 特徴の強い長耳を隠すためのニット帽をかぶった人々。

 ドワーフ髭と呼ばれる金、銀の混じった体毛を隠すために季節外れな厚手のコートやマフラーを着こんだ人々。

 特に目立った特徴はないが大市場の中に入れずにいるやはり変装をしている人々はおそらく第十六都市の最有力種族、巨人族ギガンテスなのだろう。

 

 エルフ、ドワーフ、ギガンテス、オーク。

 彼らとて皆が皆、上層で暮らすことができる人間ばかりではない。

 貧困層というものが確実に存在するのだ。

 種族同士の対立が作り出した歪んだ構図を目の当たりにして、アルフォンスやラッキーは表情を曇らせていた。


 「そこで隠れているアンタら!さっさと出てきな!今日からここはどこの誰でも金さえ持っていれば買い物が出来るようになったんだとさ!アルノルトの旦那の気が変わらないうちにさっさと買い物を済ませていきな!」


 シャーリーが入り口に集まっている人々に声をかけた。

 集団は事態を上手く飲み込めていないらしく混乱するばかりだ。

 人々の煮え切らない様子にシャーリーが舌打ちをしているところに、大市場で店を出している商売人たちが集まって彼女のところに文句を言いに来ていた。


 「おい、シャーリー!何勝手なことを言ってんだ!こんな偉ぶった奴らに物を売ってやる必要なんかないんだ!こいつらが昔、俺たちに何をしたか忘れたのか!」


 集団を代表してがっしりとした男が大声をあげた。


 しかし…。


 シャーリーはドスのきいた声でガーランドを脅かした。


 「調子こくんじゃねえぞ、ガーランド。アンタさ、私の拳骨が恋しなってきたのかい?そもそもアンタの嫁とうちの旦那がアンタを殴るなっていうから最近は我慢して殴ってないのにさ。お粥と水以外、食べられない身体になりたくなかったら黙ってるんだね」


 ガーランドもラッキー同様に逞しい体つきの男だったが、シャーリーの前では可愛いバンビちゃん(※最終回で飼い主の父親に打ち殺されるやつ)みたいなものでしかない。

 ガーランドは近くにいた自分よりも小柄な奥さんの後ろに隠れてしまった。


 「ごめんよ、シャーリー姐さん。うちの旦那も悪気があったわけじゃないんだ。ただ前に上の連中に嫌なことを言われちまってね。気が滅入っているのさ。勘弁してくれよ」


 ガーランドの妻は笑いながら、シャーリーの肩を軽く叩いた。


 この世界では下級種族が真面目に働いても真っ当な評価を得ることはない。

 結果を出しても逆に疎まれるのが世の常というものだ。


 (やれやれ戦争が終わったのに。つくづくしょっぱい世の中だね)


 シャーリーは苦笑しながら、不遇の過去に思い馳せる。

 しかし、いくら相手にひどい仕打ちを受けたからといってその仕返しをしていてはいつまでも何も変わらない。

 今、踏みとどまるべきのは誰なのか。


 少なくともシャーリーは知っている。


 「駄目だよ、ボギー。男ってのはさ、日頃から尻を叩いてやらないとすぐに調子に乗るのさ。たまにはガツンとやってやらなきゃ」


 そういってシャーリーは岩塊を砂粒に変えてしまいそうなショートフックを空に向かって繰り出す。


 ブオン!!


 その威力たるや幕内一歩でもこんなシャドーは出せまいというレベルだった。

 

 風圧でテントが少し揺れてしまった。


 ボギー(※多分本名はバーネットだと思われる)と呼ばれた小柄な女性はクスクスと笑い、夫のガーランドは地面を這いながらアルフォンスの後ろに隠れてしまった。

 

 速人が咳払いをしながらシャーリーの前に現れた。


 「マダム。わたくしめに考えがあります。そこの先ほどまで特売会の会場として使われていた空き地を使いましょう。マダムとアルフォンス氏の許可が下りれば問題は無いでしょうに」


 速人は先ほどまで特売会が行われていた会場を指さす。


 シャーリーとアルフォンス、ラッキーは驚いた様子で空き地に注目していた。


 「待て待て。速人、店を再開しようにも売り物がねえよ。明日一番で仕入れをしたとしても明後日まではかかっちまうぞ」


 速人の話を聞きながらもアルフォンスは指を折りながら、自分の店が再開するまでの日数を計算をし始めていた。

 

 速人はアルフォンスの様子を満足そうに眺めている。


 「ご安心ください、ミスター。せっかくアルノルト氏から出資していただいたのですから、今の時点で市場に残っているものを買えばいいだけのことです。ミスター・アルフォンスの目利きがあれば店の売り上げに支障が出ない分量で買いつけをすることも可能ではありませんか?」


 「なるほど。よその店からうちが買って、それをよその連中に安く売ってやるってわけか。面白えな」


 (買った品物を安くする必要はない。だがしかし、他所より種類が豊富な品物を、しかも安価で買えるという宣伝効果としては申し分ない。流通が安定すれば値段をもとに戻せばいいだけだ。流石は生え抜きの男。見事なものだ)


 クックック、とアルフォンスと速人は同時に含み笑いをもらす。


 速人とアルフォンスは会話を続けているうちに、悪人のような面構えになっていた。


 だがシャーリーがアルフォンスの頭を掴み、そのまま無造作に投げ飛ばした。


 「坊や。納得行かないね。例え借り物の金でも利益を出さなければ商売とはいえないよ」


 アルフォンスは衝撃を分散するために、叩きつけられた後にも横転を繰り返した。

 そしてよろよろと支え無しでも立ち上がる。

 アルフォンスは息も絶え絶えになりながらもいまだに合点のいかないシャーリーに説明をすることにした。


 デイーと雪近はそんなアルフォンスを両側から支える。


 「はあはあ…。甘いな、シャーリー。ここで商売をする必要は無いんだよ。やるのはあくまでお店ごっこだ。ようは外の連中にここで買い物をしても安全だってことを教えてやるのが目的さ。ここだけでも出入りできれば他の連中も客の顔ぶりに慣れて、やがては他の奴等もオーク街やエルフ街から来た連中を歓迎するようになる。俺たちのブロードウェイ精肉店は大市場の入り口になるわけさ。やば。いろんなとこ。折れてるかも…」


 「いや。そこは割高にしようよ。市場の十倍くらいにさ」


 人情派を気取っているわりにはしっかりと足元を見るシャーリーは、ある意味主婦の鑑とも言うべき存在だった。


 (マダムの気持ちもわからぬわけではないが、今はまだ収穫の時ではない。鼻糞どもを釣り上げるには撒き餌が必要な時期なのだ)


 速人は人差し指を左右に揺らし、シャーリーの提案を真っ向から否定する。


 再び、悪鬼はやと鬼神シャーリーが対峙する形となった。


 「では今回の利益の不足分はアルノルト氏に払っていただきましょう。無論、支払っていただいた借金とは別に」


 速人は魂の取引を持ち掛ける悪魔のような笑顔を浮かべる。


 「ほほう」とシャーリーはエサを前にした雌獅子のように感嘆の声をもらす。


 アルノルトはあまりにも身勝手な取引を聞かされながら表情を引きつらせている。


 速人はラッキーの店に残った肉を次々と棚に並べる。

 そして、アルノルトから一万PQP硬貨を受け取り、ラッキーに手渡した。


 「毎度ありって…。速人君、これはいくら何でも多すぎるよ。たしか相場では一枚(PQP自体は宝石のような形をしているが便宜上、一枚と呼ばせてもらうことにする)で100万QPなんだろう。今うちで出せる肉じゃどんな高くてもこれの半分も無いんじゃないかな」


 ラッキーは生まれて初めて見たPQP硬貨に驚きを隠せない様子だった。


 「今回は急につき、差額はサービスとさせてもらいますよ。ラッキーさん」


 速人は他の商売人たちの姿を見ながらラッキーの肩を叩く。

 

 他の商売人たちは目を白黒させながら速人とラッキーの取引を見ていた。

 商売人たちの中でも最初に反応したのは先ほどシャーリーに文句を言ってきたガーランドだった。

 ガーランドは自分の店に置いてある野菜や魚を片っ端から大きな箱に詰めて速人の前にまで持ってくる。

 そして、「さあ、どうだ」と言わんばかりに速人の目の前に置いた。

 

 速人は好奇心に満ちた大きな瞳で売れ残りとはいえそれなりの価値を持つ品々を見定めていた。


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