第三十三話 勝負の決着 = 事件の決着 ではない。
次回は2月の11日を予定していますが、かなり肉体的にきついので今度こそ遅れてしまうかもしれません。
ディーと雪近は二つに分けて食べている。
雪近が獣の肉が未だに苦手だったのでハンバーグの分量はディーが多く、雪近はつけ合わせの野菜をもらっていた。
二人とも正式な食べ方を知らなかったのでラッキーたちがやっていることを見よう見まねしながらハンバーグを食べていた。
そしてディーはアトリたちの様子に変化があったことに気がついた。
カトリは自分の頬に手を当て嬉しそうな顔をしている。
最初に会った時から表情がほとんど変わらなかったので、今の年相応の夢見がちな少女のような顔をしている今のカトリは不気味だった(※すごく失礼)。
逆にアトリは陽気さと傲慢さが無くなって落ち込んだ顔をしながら黙々とハンバーグを食べていた。
しかも食べている途中に誰かに謝っている声が聞こえてきたのでやはり不気味だとディーは考える。
「何があったんだろうね、あの二人。このハンバーグ、とってもおいしいのに」
ディーはハンバーグをソースにつけてから口に含む。
そしてゆっくりと味わうようにして噛んだ。
雪近はブロッコリーに似た植物をソースにつけて食べている。以前の食事で気に入ったらしい。
「まあ、いくらお嬢たちでも速人の料理が相手じゃ仕方ねえだろ。何せ俺だって肉全然駄目だったのに少しだけど食えるようになったわけだし」
雪近はそういって焼けた厚切りベーコンを食べていた。
表面に焼け跡を残し、包み紙の中でさらに過熱されたベーコンの芳醇な香りと旨味に舌鼓をうつ。
まだ肉の食感になれそうにはないが、速人の作った桜の木に似た植物から作ったチップで燻されたベーコンだけは食べることが出来たのだ。
ディーはベーコンだけは苦手らしく速人の作ったベーコンでもあまり喜ばない。
この時二人はお互いに「変わったやつ」みたいなことを考えていた。
全員がハンバーグを完食した後にアルノルトが評決を取る。
結局、アトリを除く全員が速人のハンバーグに対して「評価する」という判断を下した。
速人は腰に手を当てながらアトリの前に現れる。
アトリはきっと歯を食いしばり速人を睨みつけた。
しかし、速人はアトリの怒りが込められた視線に臆することなく、彼女に向かって指をさす。
「さて小娘よ。この勝負、結果は俺の勝利で終わったわけだが…約束は覚えているだろうな」
速人はキッチンから持ってきた野菜や肉の入っていたお盆をアトリに見せつける。
「知らねえよ」と小さく呟いた後にアトリは目を横に背けた。
次の瞬間、速人の頭の上に稲妻が落ちた。
両目と口からサーチライトのような光が放たれる。
さながら今の速人は「こういう形の不気味なランプのオブジェがあります」という状態だった。
「まだ使える材料をクズ呼ばわりしたことを、こいつらに向かって謝れ。もし出来ないなら、ペナルティとしてオークさんチームのメンバー全員に牛の小便を大ジョッキ一杯分、飲ませる!!」
ふしゅうううう…。
話が終わった頃、速人の耳から湯気が出ていた。
アルノルトを含めるオークたちはカトリの背後に隠れてしまう。
そして速人は目を緑色に点滅させている。
この緑が黄に、黄が赤に変わった時に速人は無理矢理にでも全員に飲尿健康法を実践してもらうつもりだった。
カトリは後ろに隠れてしまった血縁、従者、恩師らに救いの視線を投げかける。
しかし、無理無理と横に手を振るアトリを先頭に誰も助けに来てくれそうにない。
その時、シャーリーとアルフォンスが速人の前に現れる。
シャーリーは首を回して軽いストレッチをしながら速人に行った。
その際にシャーリーの首から発せられた音は油が切れた車輪を動かした時に聞こえる音に似ていた。
彼女の夫であるアルフォンスでさえ、ガリゴリガリ、という音を聞いた途端に顔を青くしている。
「速人。この辺でいいだろ?大体さ、弱い者いじめなんてみっともないよ。話の発端はコイツだろ」
シャーリーはアルフォンスの首根っこを掴んで持ち上げる。
一見、大柄に見えるシャーリーだが身長はアルフォンスよりも低い。
速人の目安ではアルフォンスが181センチ、シャーリーが176センチくらいである。
(あの掴み方はマズイ。首の骨を直に掴んでいる。あのままではやがて自重に耐えきれなくなり、アルフォンスは…)
速人は手に持っていた木製のジョッキの中身を飲み干した。
「あらら」
この時ばかりは流石のシャーリーも思わず声をあげてしまう。
速人は牛の小便(?)が入ったジョッキを一気に飲み干した。
そして口もとに残った液体をペロリと舐めてしまった。
雪近とディーはカートゥーン的には目が顔から飛び出した状態で一連の様子を見守っている。
「これはリンゴジュースだ。ソースを作る時に使った」
速人はアルフォンスとシャーリーにジョッキを手渡して牛のオシッコではないことを証明する。
速人の言うようにジョッキからは甘いリンゴの匂いがした。
アルフォンスとアルノルトは安堵して胸を撫でおろした。
「フッ、やはりそういうことか。あまり性質の良いジョークではないぞ、速人少年」
アルノルトは苦笑と共にウィンクをする。
しかし、次の瞬間速人は氷の刃のごとき視線をオークたちに向ける。
「何勘違いしてんだ。お前らには牛のションベン飲ませる予定だったに決まってンだろ。特に赤いヤツと青いヤツ。お前らには牛のウンコをトッピングしてやるつもりだったんだよ」
速人は背後から暗黒のオーラを放出する。
揺らめく漆黒の炎によってカトリとアトリは二、三歩下がってしまった。
「ふんぬッ!!!!」
シャーリーは深呼吸をした後に地面を勢い良く踏み抜いた。
(※アルフォンスさんはラッキーさんによって解放されています)
ただそれだけでわずか一瞬だが地面が大きく揺れる。
速人の気勢が削がれるようなことは無かったが、暗黒のオーラは引っ込んでしまった。
鬼神と悪鬼は一歩も譲らない。
この後の物騒な展開予想した周囲の人間たちは後ずさってしまった。
「実はね、ドレスデ商会とアタシらは関係無しってわけじゃないのさ。相手が少しばかりヤンチャしたくらいで、一方的にボコるってのも仁義に欠けるしね。頼むよ、坊や」
「仕方ありません。今回はマダムの顔を立てて引き下がることにしましょう」
「恩に着るよ。アタシらの為に損な役回りまで引き受けてくれたってのにね。アルノルト、こっちの話はまとまったよ。さっさと出てきな!」
アルノルトは左右のつま先を立て、回転しながらシャーリーたちと速人の前に現れる。
アルノルトに遅れてアトリとカトリ、そしてスーツ姿の男たちが戻ってきた。
アトリはまだ小声で文句を言っていたのでカトリがオーク側を代表して速人に申し出る。
「今回の出来事は我々が全面的に悪かった。すまない。持ち去ろうとした肉は全てそちらに返す。借金も返済しなくていい。反省している。どうか許してくれ」
カトリは深々と頭を下げる。
速人はカトリの姿を気に止めるわけでもない様子のままカトリの姿を眺めていた。
しかし、カトリが何も言わずに頭を下げている姿を見かねたアトリが出てきた。
普段は自分にはひたすら厳しく妹と弟に優しく、気高く強い姉が自分の失敗が原因で謝罪させられている姿に我慢がならなかったのだ。
(なるほど事件の全貌が見えてきたな。この手の人情話は実につまらんものよのう)
速人はさも面白くなさそうに鼻を鳴らす。
ヘビーなギャルゲープレイヤーでもある速人にとってこの手の「わけありの悪人が、やむを得ず悪事を働く」という展開では彼のハートを熱くすることは出来ない。
というかもう泣きゲーの類は飽きている。
(俺はヌンチャクで敵を滅殺する為に異世界くんだりまで来たのに…)
「ッッ!!、ざけんな!何でねーちんが頭を下げてんだ!元はといえば、こいつらが下町にこんなものを作るからアタイらが買い物に来られなくなったんじゃねーか!」
妄想中断。
気がつくとアトリが速人のすぐ近くまでやって来ていた。
否。今回は速人だけではない、アトリの怒りは大市場で働く人々に向けられていた。
「ほさけ、小娘。下町の人間が自由に買い物を出来なくしたのは一体、誰だ?お前たち眷属種ではないか。昔のことは綺麗さっぱり忘れて今のことは深甚に思い悩め、だと。呆れてものも言えぬわ!!」
速人の話を聞いたラッキーたちは急に暗い表情になってしまった。
ラッキーたちが子供の頃、融合種や妖精種はギルドに入る権利が無かった為に町の中で自由に買い物をすることが出来なかった。
当時、薬は野草を煎じて作ることが出来たが、清潔な包帯などは入手することが困難だった。
ラッキー、アルフォンス、シャーリーらは戦時中に医療品不足が原因で多くの友人を失っている。
もしも眷属種、取り分け都市の最有力種ギガント族が生活必需品や衣料品を民間に回してくれれば失わずに済んだ命もさぞ多かったことだろう。
戦後、軍に残ることをよしとせずに民間人に戻ったラッキーたちは苦い経験を糧により多くの人々が買い物が出来るように大市場を作ったつもりだった。
だがラッキーたちの高潔な意志が別の歪みを生み出してしまった。
それが今のアトリらオーク族を含む眷属種を取り巻く不遇な状況だった。
(おそらくは一か月前の”大喰らい”騒動がきっかけで眷属種が所有するギルド独自の物流が止まってしまったのだろう。さらに都市の議会は都市防衛に躍起になって街道の安全確保まで手が回っていない。”大喰らい”に壊滅させられた隊商も数多く存在する。そしてエイリークのような馬鹿でもない限り、命懸けで輸送の護衛をするヤツはいない。つまり、ここが稼ぎ処というわけなのだ。出来るだけ高く売り込み利益をせしめなければ…)
速人に容赦という言葉は無い。義理人情もない。
「だが今回に限ってはお前らの内情を慮ってやろうではないか。いいか、俺の出す条件は二つだ。一つ目は、金に任せた買い占めを禁じる。市場で物の売り買いに関わりたければアルフォンスさんを通して正規の手続きをしてから、あくまで市場のルールに従って商売をしろ。授業料の代わりだ。今回の肉はお前らにやる」
速人はドヤ顔で笑っているが、誰がどう考えても渦中の肉はラッキーの店の商品だった。
アトリは速人の気迫を押される形で一歩下がってしまった。
(こちらの痛いところをつかれた。アタイは金を持っているが成人年齢に達していない為に正規の契約を交わすことは出来ない。実家は眷属種の組織。間違っても融合種の組織と同等の立場で取引することは無い)
ずずいっ!!
さらに速人の取引の条件は続いた。
「さらにアルフォンスさんが作った借金20万PQPは、この俺が全額返済してやる。肉は手に入る。金は戻って来る。お前らにとっては万々歳じゃないのか?ああん!?」
アトリはどう考えても裏のありそうな好条件を二つも突きつけられて表情を引きつらせていた。
(…金ッッ!!…肉ッ!!無料でッッ!!)
…否、タダで物と金が手に入ることを喜んでいるだけかもしれない。
話の成り行きに不穏な空気を感じたカトリは、アトリを強引に下げて速人の前に姿を現した。
「待て。お前のどこの誰かは知らんが、子供のお前がどうやって20万PQPもの金額を稼ぐつもりだ」
「実に簡単な話だ。そこの独活の大木どもならば借金の額を見て泣き叫ぶだけなのだろうが俺のような超できる人間は違う。この実力一つで、あっという間に20万PQPを稼いでご覧に入れよう」
速人は「独活の大木」の部分を雪近、ディーを順に指さしながら言った。
カトリは「ああ。なるほど」と頷き納得する。
二人の会話が全てが聞こえていたわけではないが、ディーと雪近は自分たちの評価の低さを知った為かさめざめと泣いていた。
「それで具体的にはどうやってだよ?」
アトリが会話に入ってくる。
アトリの性格からいって金儲けの話となれば黙っているわけにもいかないのだ。
速人は大した長くもない前髪をかき上げながらせせら笑う。
(ピキピキ)
姉妹は速人の全く似合っていない気障ったらしい動作を見てかなりムカついていた。
「今すぐ俺をレストラン・アフタヌーンで雇え。俺の実力があれば年内にでも収益を百倍以上に増やしてやる」