第三十二話 六味合体ゴッドハンバーグ!! ~肉、覚えていますか?~ (後編)
次回、2月8日。出す。
それでは答えよう!!BBQソースとは!!
ここで原作者ふじわらしのぶ先生のご登場です!!
「まずケチャップを大さじ五杯くらい。そして次に市販の焼肉のタレを大さじ一杯。耐熱容器に入れて混ぜます。混ぜた後はレンジで一分くらいチンして、冷めたら出来上がり。焼いた手羽元、ロース肉、牛肉につけて食べるとおいしいです。ハイ、それでは現場に戻ります」
第二のハンバーグの正体とは香草を混ぜて焼いたパン粉を衣の肉野菜同量のメンチカツ風ハンバーグだった。
そして、ハンバーグにかけられた甘辛い味つけのソースはこの上ないアクセントとなり食べる側を魅了する。
アトリとカトリの姉妹は無我夢中でハンバーグを食べてしまった。
アルノルトは涙を流しながら、最後の一欠けらにフォークを突き刺す。
「この料理のポイントはほくほく、ねっとりとしたドワーフ芋か。幾多の個性の強い食材、ソースを上手くまとめている。そして、油を少なく使った衣も秀逸だ。この年齢になると揚げ物を食べ過ぎた次の日などは辛くてね」
アルノルトはそのままフォークにかぶりついた。
そしてまた涙をこぼす。
(出会った者は必ず別れる運命にある…。そしてまたいつか再会する約束を忘れない…。このハンバーグは人生そのものでないか!!) ← 咀嚼中。
ゴックン!
アルノルトは最後の一欠けらを飲み込んだ。
同時に涙も止まってしまう。
そして蝶ネクタイを外し、白いシャツを脱ぎ捨てた。
衣服をはだけたアルノルトの肉体は些かの衰えを感じさせない筋肉の鎧をまとった戦士の肉体だった。
よく見るとムダ毛が処理しているだけではなく薄い刀傷が見え隠れしている。
アルノルトは美しいだけの華ではない、いついかなる場所でも旗印として戦い続けた騎士である。
初心なアトリとカトリは赤面しながら手で顔を覆っている。
(でもしっかりと指の間からアルノルトの身体を見ていた)
その様子を見ていたシャーリーは調子に乗って背筋を際立たせるポージングを決めているアルノルトの左の肋骨に向かって前蹴りを決めた。
「おうふっ!?」
その結果小さく短い悲鳴を上げながら、アルノルトは地面に沈んでしまった。
「ごめんね、お嬢ちゃんたち。この変態は昔から人前で全裸になりたがる悪い癖があってね」
シャーリーは止めに死神の大鎌のごとき踵落としを決めようとするが、寸前のところで慌てて駆けつけたラッキーとアルフォンスによってアルノルトは救出された。
アルノルトは着替えの為に持ってきたシャツに袖を通した。
アルフォンスが席から立ち上がり、速人の顔を見る。
鋏を用意している最中の速人と目が合う。
以前のアルフォンスからは考えられないほどの強固な意志を感じさせる瞳だった。
速人は冷やかに笑って是を返した。
「やるじゃないか、坊主。久々に美味いものを食わせてもらったぜ。ハッタリにしても大したもんだと思う。だがな、勝負はここからだ。肉の商売に関わって三十年の俺が言うから間違いねえ。最後の包み焼きハンバーグでしくじれば先に出した二品は無駄になる。お前、覚悟は出来ているのか?」
今のアルフォンスの言葉にはかつないほどの説得力があった。
速人とて特に食べる順序を指定したわけではないが、最後のハンバーグが前に食べたものよりも不味いものであれば意味は為さない。
品目を増やし、採点の水増しをするつもりなど最初から無かった。
しかし、死地から帰還を果たした男の言葉となれば聞き捨てるわけにはいかない。
速人は最初にヘムレンたちの皿の上に乗っている包み紙にハサミの先を当てる。
ヘムレンたちはごくりと唾を飲み込み、開封の時を待つ。
「案ずるまでもない。最後のハンバーグこそ俺の料理の集大成だ。魚肉を使用したポセイドンハンバーグ!芋をつなぎにして野菜と肉を使ったハデスハンバーグ!最後の締めくくりはドミグラスソースとハンバーグを包んで焼いたゼウスハンバーグだ!」
速人は包み紙を十字に切り裂いた。
しかし、その時アルノルトから静止の声が上げられるッッ!!
「待ちたまえ、速人少年。最後の締めくくりに相応しいハンバーグの名前がゼウスということは絶対に有り得ない。ハデスハンバーグに訂正したまえ。ハイ、賛成の人!!」
オーク勢のほぼ全員が手を上げた。
何が何でも認めるわけにはいかぬ、という異様な雰囲気に包まれている為にあのシャーリーでさえ視線を合わせないようにしている。
速人も仕方なしに了承することにした。
「ハデスハンバーグだ!!」
速人は今度こそ包み紙を切り裂いた。
次の瞬間、膨らんだ油紙の中から肉汁と蒸気が一気に噴き出してきた。
速人の間近にいたヘムレンたちは驚きのあまり席から逃げてしまいそうになったが、姿を現したハンバーグから漂う芳醇な香り前に立ち止まってしまう。
ヘムレンたちはすぐに席に戻り、ナプキンなどを身に付けて食事の支度を整えた。
速人はハサミを入れた包み紙を捲り、底のあるグラタン皿のように形を整えてハンバーグを食べやすい状態にする。
「これが第三のゴッドハンバーグ…、ハデスハンバーグか」
ヘムレンはナイフとフォークを使って神の名を冠するハンバーグに挑む。
隣に座るフランシスとアントンもほぼ同時に食べ始めていた。
皿の中で最初に目についたのはごった煮ソースだった。
ブラウンルーを使って仕上げられている為に、水分多めのソースからドロリとした状態に変化している。 メインのハンバーグとつけ合わせの温野菜は半身浴の状態でソースに浸かっていた。
ヘムレンたちの近くに座っていたアトリがハンバーグの姿を見た瞬間に衝撃を受け、大声をあげる。
「これはアタイらのとーちんのビーフシチューハンバーグじゃねえか!!」
席を飛び出してアトリはヘムレンを突き飛ばした後に再度ハンバーグを見る。
だが何度見直そうとも、アトリの父がレストラン・アフタヌーンで出している看板メニューの一つ”ビーフシチューハンバーグ”に酷似した料理だった。
尊敬する父の仕事を侮辱されたような気がした。
ゆえにアトリは憤怒の形相で速人に掴みかかる。
「この猿真似野郎ッ!!アタイのとーちんの料理を真似しやがって!!こんな料理、認めるわけには行かねえぞ!!」
速人の襟首を掴む手に力が込められる。
アトリはカトリほどではないがオーク族としての身体能力は高い部類に入る。
単純な腕力ならば大人と比べても遜色がないほどだ。
しかし、速人は顔色一つ変えることはない。
それどころか笑っていた。
「クックック。俺の料理が猿真似?…上等だ。どっちがオリジナルなんてのは俺にとっては些細な問題だからな」
速人の身体が強引に持ち上げられた。
しかし、速人は遥かな高みからアトリを見下す態度を崩すことはない。
実際、酸素不足で青い顔になっていたが。
「この…ッ!!首をへし折られてえか!?」
アトリはさらに力を込めた。
速人は口の端を歪めると、下からアトリの手を掴んだ。
「痛っ!!」
アトリは親指と小指のつけ根に急な痛みを覚え、思わす速人から手を放してしまった。
速人は地面に着地してジャケットの襟を整えるような仕草をする。
(実際はバカボンのパパのような白いシャツを着ている)
「女子が人前で怒るのは関心しないな。鼻の穴が出血大サービスとばかりに膨らんでいたぞ?」
速人に指摘された直後、されたアトリは手鏡で自分の鼻を見た。
鏡に映し出されたのは小顔にふさわしい大きさの可愛らしい小鼻が少し赤くなっていた。
アトリは念のためにくハンカチで鼻を拭いた。
「テメエは絶対に殺す。社会的にも、肉体的にも。徹底的に痛めつけてから殺す…」
アトリは肩を震わせながら速人を睨みつけ、姉の後ろに隠れてしまった。
カトリは形の良い顎に手をかけながら、開封された自分のハンバーグをじっと見ていた。
それから速人にそれとなく視線を移す。
「速人とやら、大した自信だな。確かに我々は母親譲りの”非の打ち所がない貧乏舌”だがハンバーグだけは特に親父殿の作った”ビーフシチューハンバーグ”だけは違うぞ。下手な紛い物を出そうものなら利き腕を賭けてもらおうか」
カトリは射抜くような視線を速人の右手に向ける。
カトリは涼やかな容姿に似た氷のような闘志を直接、速人にぶつけてきた。
しかしそれでも速人が揺るぐことはない。
冷徹にして苛烈な闘志を受け止めつつ、悠然とした表情でハンバーグを指さす。
「もう御託はいいだろ。赤いアトリと青のカトリよ(※赤いきつねと緑のたぬき的なアクセントで)。もし俺のハンバーグを食って不味いと思ったらその場で腹を切ってやるぜ」
速人はシャツの腹の部分をめくって見せる。
ニヤリと笑い、むき出しになった腹に普段から携帯している自決用の短刀を押しつけて見せる。
(さあ俺の腹を見て驚け!)
しかし、アトリとカトリは何も言わない。
速人のそれは腹筋はそれなりにあるはずなのだが脂肪もガッツリついているので太鼓腹のようにしか見えない残念な身体だった。
姉妹の何らかの反応を期待した速人のリアクションだったが、普通に無視されてしまった。
「いいだろう。アトリ、さっさとこのハンバーグを食うぞ。もしも不味ければ、この場で私が頭から真っ二つにしてやる」
カトリは背中まで伸ばした美しい黒髪をなびかせ、再び席についた。
アトリも同様に席についてフォークとナイフを握る。
二人はほぼ同時に、包み焼き風のハンバーグをナイフで切った。
ナイフの先が当たっただけでハンバーグは切れてしまった。
そしてハンバーグの内部から大量の肉汁があふれ出る。
明らかに異常な量だった。
だが本当に異質だったのは肉汁ではない。
ハンバーグの内部から発せられるスープと香草の匂いである。
カトリとアトリの姉妹は鼻いっぱいに極上の香気を吸い込むと切り分けたハンバーグをすぐに口の中に放り込んでしまった。
「ぐぅぅぅぅぅぅ…」
アトリはあまりの悔しさに涙を流しながらハンバーグを食べていた。
本心では口に入れた途端に吐き出して、散々罵倒してやりたかった。
しかし、激流のように押し寄せる肉質と肉汁と野菜の旨味が一度口に入ってきたそれを追い出すことなど許すはずがない。
今もまだハンバーグ本体しか味わっていないというのに。
アトリはさらにハンバーグを切り分け、欠片を口の中に放り込んだ。
やはり美味い。
溶けたバターとパセリなどの香草。名前は知らないがお菓子によく使われている香辛料を堪能してしまう。
言うなればそれは幸福という名の地獄…速人の作ったハンバーグの味は美味なる暴力の嵐だったのである。
「うま。うま。うま。うま…。うまくないのにナイフとフォークが止まらない。アタイの身体はどうしちまったんだよう…。ううう…、こんなの全然おいしくないのに…」
アトリは半泣きになりながらもハンバーグを食べ続ける。
その一方でカトリの方は冷静かつ慎重にハンバーグを吟味していた。
カトリにとってそもそも食べ物を味わって食べるという行為は実に新鮮な経験である。
カトリは妹アトリや母親以上に味覚に疎い。
事実今日まで食べ物の味というものは塩味、酸味(あまり好きではない)、辛味(種族的に苦手)、甘味くらいしか知らなかったし必要があるとは思っていなかった。
唯一、父親の料理は別格で父親の持つ能力や技術にも興味を覚えることは無かった。
だが。
今この時よりカトリは味覚というものに目覚めることになる。
(ハンバーグに使われている肉が甘い。甘く感じられる。砂糖、蜂蜜とは違う。肉の甘さだ)
まず甘味というものを知った。
それまでのカトリであれば甘味は気分がやや上向きになる程度であり、甘味に種類があるとは思いもしなかったのである。
次に野菜の甘味、香辛料の持つ複雑な香りと味、最後にそれらを引き立てる獣脂と肉汁の旨味を知ることになる。
闇の中から光のある世界に這い出た。
そんな心境でさえある。
今やカトリは自分を取り巻く世界を広げようと必死にハンバーグにかぶりついていた。
「うまいには違いない。だがこれは肉の味だけではないな。別の味がする」
速人はまな板の上に残っていた円筒状に丸めた包み紙を持ってくる。
そして、カトリの目の前で包み紙を解き、中に入っている緑と黄のがマーブルになった固形物を見せる。
カトリは速人の手から固形物を奪い取り、匂いを嗅いでみた。
気になる匂いの正体はバターとベーススープ、そしていくつかの覚えのある香草だった。
「これはレモンバターソースを氷で固めておいたものだ。まずハンバーグを仕上げる時に包みの中にこれを入れる。その後、オーブン内で加熱された時に包みの中でコイツが爆発するという仕掛けだ。まあ包み焼き自体はこちらでも珍しい技術ではないが、肉の内側から再加熱する技術は珍しいだろうよ」
カトリは試しに冷やして固めたレモンバターソースをかじってみる。
その結果カトリの顔が一瞬だけ渋いものになる。
想像以上に味つけというか塩っ気が強かった。
その傍らでアルノルトは他の審査をしている立場の人間にも見えるようにハンバーグをナイフで切って見せていた。
速人の言う通りにハンバーグの中心には空洞が存在し、そこから透明なソースが溢れている。
「たしかに魚の包み焼きを作る時に、レモンバターを入れるのは珍しいことではないが肉の内側にレモンバターを入れておくという手段は聞いたことがないな」
アルノルトはさらにフォークを突き刺したハンバーグを外側のソースに絡めて食べて見せる。
そして、レモンバターと濃厚なデミグラスソースが混ざり合い、さらにハンバーグの味が加わってかつてないほどの強烈な旨味を持つ肉料理に変わっていた。
(何と憎らしいことよ。このアルノルト、このような味に出会ったことは今までの人生で一度たりとも有り得ぬ)
アルノルトはハンバーグにソースを絡め、時にはハンバーグだけを、気まぐれにソースだけを食べていた。そして最後の一切れに口をつけ、速人に向かって頭を下げる。
「この勝負。君の勝ちだ。速人少年!!!」 ← 号泣しながら
速人は頭を下げるアルノルトに向かって左の人差し指をさす!!
「変態男爵、お前の敗因はたった一つのシンプルなものだ。それはお前が俺を怒らせたことだ!!!!」
ドドドドドドドドドッ…、ズギューーーーーン!!!
アルノルト、再起不能。次回に続く!!