第二十四話 激突!!速人 VS 美熟女主婦アマゾネス軍団!! (※作者の都合により内容が変更される場合があります)
次回は1月15日に投稿する予定です。
(出遅れた。完全な出遅れだった)
速人は額から汗を流し、会場全体を見る。
前特売会から三日ぶりに開催されるであろう場所には既に歴戦の闘士さながらの主婦たちがスタンバっていたのだ。
主婦たちのボス格であるシャーリー・ブロードウェイ女史は膝や足のストレッチなどをして本番に備えていた。
今でこそ重量級の総合格闘家のような体つきをしているシャーリー女史だったが、かつては花屋の看板娘だったらしい。
シャーリーはいくつものカバンを持って現れた速人を睨みつけてきた。
「うぬう」
速人は思わずうなり声をあげる。
シャーリーのそれはエイリークやマルグリットとは違った圧迫感だった。
(戦意ではない。これは王者の矜持だ)
シャーリーの主婦としての矜持が特売会の絶対王者として君臨してきたのだ。
余談だがエイリークの母アグネスの死後、「素手ならエイリークより強い」というマルグリットに戦技を教えたのはシャーリーである。
「遅かったね、坊や。今日はレミーとアインの帰りのお迎えにでも行ってたのかい?」
シャーリーは豪快に笑った。
(擬態だ…。これは擬態、油断すれば下段に重爆を受ける!?)
ミシミシミシッ…、速人は内股の筋肉を引き締めてローキックに備えた。
雑巾がけと窓ふき、そして日々の片足スクワットによって極限まで鍛えられた太腿筋は熱を帯びて膨れ上がり、鋼の脚と化した。
「今日は大きな荷物を二つほど持っていましてね」
ラッキーの店の方角をチラリと見る。当然、雪近とディーのことである。
「へえ!余裕だねえ!どんな事情があるかは知らないけど、戦場に情けは無用だよ。今日の骨付き鶏もも肉は特売会は私が仕切らせてもらうよ!」
シャーリーはギラリと光る犬歯を見せつける。
だが、残念なことに今日の速人のお目当ては骨付き鶏もも肉ではない。
牛と豚の細切れ肉である。
このお話は舞台がファンタジー世界なのだから細切れ肉はタダで配っていたなんて考えているヤツは甘いと言わざるを得ない。
肉を食べる風習があった地方では、古くからこういった特売会が開かれていたのだ。
「すいません、マダム。今日は俺のところはコマ肉が目当てでして…」
そう言って速人は苦笑いをこぼした。
狙いの品が違う以上、今日に限ってシャーリーと速人が張り合う要素は皆無だったのだ。
完全な拍子抜けである。
争うこと無い方が好ましいはずなのに、シャーリーもまた肩を落としてガッカリしている。
二人はその場で別れの挨拶をして、各々の買い物を済ませて行った。
そして速人は苦労すること無く目的の細切れ肉、魚、野菜、果物を手に入れることが出来た。
今日の主婦たちの注目の的は、シャーリーの言っていた鶏の骨付きもも肉であった為である。
遠くからシャーリーと他の主婦たちの怒号が聞こえてくる。
速人は肩透かしを食らったような気分になりつつラッキーの店に戻ろうとする。
その時、不意にシャーリー(※血まみれ)に呼び止められた。
「待ちな、速人。最近この辺で”人さらい”が増えているって聞いたんだけどさ。まあ、アンタなら大丈夫だと思うけど、レミーやアインには気をつけるように言っておいてくれないかい?」
(変態と同じような情報か。これは聞き逃せないな)
シャーリーは真剣な表情でレミーとアインを心配している様子だった。
世代的にはベックと同じくらいなので実の孫を心配するように、レミーとアインの事も気にかけているのだ。
速人はシャーリーの負担をが少しでも減るように、しっかりと頭を下げる。
シャーリーはまた元の肝っ玉母さんの顔に戻っていた。
「マダム。少し物騒な話になりますが、例の”人さらい”に関して何か特徴のようなものについて知ってはいませんか?」
「そうだねえ…。私も旦那から聞いた話だから、くわしくは知らないけど外の連中じゃないかって話なんだよ」
シャーリーは犯人像について困惑気味に語る。
彼女も出身の関係上「外の人間」というものを疑いたくないのかもしれない。
大体の事情を理解した速人はシャーリーに別れの挨拶をした後にラッキー精肉店に戻ることにした。
(やはりここに来て正解だった。朧気ながらも誘拐事件の犯人の正体に接近している)
速人は確かな手応えのようなものを感じながらラッキー精肉店を目指す。
残った仕事はラッキーと交渉して先ほど目をつけていた牛の肉を手に入れるだけだ。
これだけの大荷物を運搬ずるには台車が必要になる。
しかし事情を説明すればラッキーは快く貸してくれるだろう。
(有事の際には滞りなく進行させる為に、普段から店の人間と仲良く接しておく必要があるのだ)
速人は含み笑いを浮かべながら地面を蹴るように進んだ。いつしか気配もなく縦横無尽に駆け行く姿から彼には「大市場の妖怪」というあだ名がつけられていた。
速人がラッキーの店に戻って来ると、店を取り巻く雰囲気そのものが変わっていた。
店の外には大きな荷車が停めてあり、常連客たちは遠巻きに店の様子を伺っている。
明らかに尋常な事態では無かった。
速人は見物人たちの列の前に割って入り中の様子を確認する。
なんと店の中には項垂れるラッキーの姿と店内の商品をありったけ荷車に載せている男たちの姿があった。
従業員たちも顔を青ざめながら事態を見守るだけである。
(素人ではない)
速人は上下スーツ姿の頑健な肉体を持つ男たちの一糸乱れぬ動きを見ながら、彼らが何らかの訓練を受けている職種の人間であることを看破していた。
その時、速人の耳に聞きなれた情けの無い男の声が聞こえてきた。
「アンタら、いきなりやってきて何なのさ!」
遠目に目立つファー付きのフードを被ったオレンジ色のコートを背の高い青年が男たちの頭目と思われる一際背の高い男に食ってかかろうとしている。
(あの猫背の男はディーだ。時間稼ぎをしてくれるのは嬉しいが彼我の戦闘力の差を考えたりはしないのか?)
しかし、ディーの訴えに対してディーと同じくらいの大男はまるで動じる様子を見せない。
それどころか「向こうへ行っていろ」と無言で睨みつけている。
普段はリス系の小動物のような小胆者のディーも今回ばかりはよほど腹に据えかねたらしく簡単には引き下がらない。
次に男が何かしようとした時に男の隣から現れた何者かがディーを片手で弾き飛ばした。
「あ痛ッ!!何すんのさ!!…って、ひいッ!!」
ディーはその場で尻もちをついた後、襟首を掴まれた。
ディーを一方的にやり込めた相手は赤い服を着た少女だった。
少女は後ろかがみになったディーを自分の目線と同じ位置まで引き上げる。
ディーは風が吹けば倒れて骨折してしまいそうな貧弱な男だが、身長だけは人並みにある。
そのディーを片手だけで軽々と持ち上げているのだから少女の力は大したものなのだろう。
「おい。オンナ男(※性差別表現)、さっきから黙って聞いてりゃあ調子こきやがって。アタイらは金払って真っ当な取引をしてんだ。それを泥棒みたいに言いやがって。いい加減にしねえと、アタイのねーちんがお前を簀巻にして川に沈めるって言ってんぞ?ああッ!!??」
少女はさらにディーの襟首を捻じり上げる。
(マズイ。あのままではせっかく修繕したエイリークのコートが駄目になってしまう…)
速人はまずコートの安全について考えた。
そうこうしているうちに少女の後ろから現れたもう一人の少女が後頭部の拳骨を落とした。
ゴツッと地面に大きな石を落としたような音が響く。
その直後、叩かれた方の少女は頭をおさえながら蹲ってしまった。
「勝手なことを言うな、アトリ。大体だな。こんな見るからに泳げそうもない男を川に落として見ろ。寝覚めの悪い結果にしかならないぞ」
「痛えよ、ねーちん!!たまにはアタイにも優しくしろよ!!頭割れたらどうすんだよ!!」
アトリは苦痛のあまりディーから手を放してしまった。
ディーは手足をバタつかせながら猛スピードで這ってラッキーのところまで逃げる。
(あれは範馬刃牙のゴキブリダッシュか。やるな、ディー)
頼られたラッキーも困った顔をしている。
「ひああああああッ!!おじさん、見てないで助けてよおおお!!」
ディーは目から涙、鼻から鼻水を流しながら必死に訴える。
これが不細工面ならまだしも黙っていれば繊細な貴公子然とした顔立ちの男がやっているのだから悲壮感も五割増しくらいになっていた。
しかし、かつてエイリークの父マルティネスやベックらと数多の戦場を駆け抜けた歴戦の勇士でもあるラッキーはディーの身体についたホコリを落とし、頭を撫でてやる。
そして、ラッキーはアトリとカトリらに改めて相対した。
「もうしわけありませんが、ドレスデ商会のお嬢さんたち。私の店の品物を気に入ってくれたのは嬉しいのですが、やはり商品を全て買い占めるのは思い止まってくれませんか?」
ラッキーは少女たちに目一杯、頭を下げる。
しかし、赤い服の少女アトリは不愉快そうに言い返してきた。
「おいおい、ハゲのおっさん(※他人を外見の差異で貶める表現)。それは無えだろ!アタイたちはアンタらの代表に金を支払って、商品を引き取りに来たんだぜ?金だけ払わせて、商品は渡せませんってのはどういう了見だあッ!?」
アトリの反論に、ラッキーは何も言い返せない。
実はラッキーたちの商売仲間の一人が勝手にアトリに全ての肉を売ってしまったのだ。
事件を引き起こした当人は現在逃走中で、アトリの連れて来た男たちと雪近に追いかけられている最中だった。
逃げた男はギャンブル狂でかなりの額の借金をこさえている。
たとえ見つかったとしても受け取った現金を全て持っている可能性は低い。
「お金は全てお返しします。お肉の方も分割という形になりますが、必ずお客様のもとにお届けします。ですからお肉を全部持って行くのだけは勘弁してください!」
ラッキーはさらに頭を下げた。
放っておけば土下座も辞さない勢いだった。
逆にアトリの眉間のしわは深くなるばかりだった。
「チッ、話にならねえな。こっちは今すぐ肉が必要なんだよ。そうでもなけりゃあ、こんな下まで降りて来ねえよ」
(やはり上層の人間か)
速人の嫌な予想が的中してしまった。
普通に考えれば融合種や半妖精種が利用している大市場に眷属種であるオーク族が訪れることはないからである。
下町の大市場で扱っている売りもの一つにしてもオーク街で売られている最低ランクの商品よりも見劣りするものだろう。
速人に言わせれば雑な素材を上等なものに仕上げることが腕の見せ所だが金持ち連中にそんな酔狂なことは好まない。
プライドの塊のような連中がわざわざ下界まで降りて来る必要性があるとすれば特殊な事情があったに違いないのだ。
「そういうわけだ、主人。我々とてやむにやまれぬ事情で大市場に来たのだ。手ぶらで帰るわけにはいかない。後で使いのものをやって代金の方は払わせてもらう」
カトリは落ち着いた口調でラッキーたちに告げる。
おそらく年齢は速人とそう変わらないだろうが堂々としたものだった。
アトリの方が何かを言おうとしたがカトリがひと睨みすると黙ってしまった。
その間にも店の商品は次々と荷車に乗せられていった。
第十六都市の三大商会の一つであるドレスデ商会を敵に回せば、いくらラッキーでもタダではすまない。 下手に相手の機嫌を損ねれば、今後大市場を開催することが出来なくなってしまう可能性もあるのだ。
「そんな…」
頭を下げたまま何も言わなくなってしまったラッキーを見て、ディーもまた気を落としてしまう。
カトリとアトリは長居は無用とばかりに店舗の外に停めてある荷車の方に歩いて行った。その時、店内に快活な声が響く。
「待たせたな!!」
その声の主とは…。




