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第二十三話 愛よりも尊きもの。汝の名「ブタコマ」

 次回は1月12日に投稿します。目安として異世界ナインスリーブスでは一番高い肉が「鹿肉」と「鴨肉」、二番目は「牛肉」、「豚肉」、「鶏肉」、三番目は「羊肉」という具合になっています。


「ここが第十六都市自慢の大市場グランバザールだ。カントリーボーイの君たちは俺の手を放さないように」


 速人に諭された雪近とディーはすぐに手を取る。

 二人と速人ではかなりの身長差があるので「捕まった宇宙人」のような姿になってしまった。


 速人は地に足をつけるといつも利用している肉屋をさがして歩き始める。

 速人がエイリークたちに出している肉類の多くはベックとその妻パットから教えてもらった猟犬人ハウンドリンクスが経営する店である。

 店内にある商品の良質であり、値段も家の近くにある店で買うよりもずっと安い。

 さらに誰にも分け隔てなく接してくれるので妙な心配をしなくても済むのだ。


 通常、第十六都市で物を買う時はギルドという組織の許可証が必要になる。

 十年前に戦争が終わる時まで融合種リンクスはギルドからこの通商許可証を手に入れることも出来ず、市街の闇市を利用していたらしい。

 しかし戦時中にエイリークを筆頭にソリトンらが目覚ましい活躍した為に漸く許可証が発行されることになった。

 といっても旧来の第十六都市の有力者層は融合種リンクスの存在そのものを疎んでいたので、正式に発行されるには時間がかかってしまったことも事実である。

 結局は融合種リンクスのベックのような戦争の功労者たちが独自にギルドを始め、誰でも買い物が出来る大市場を開いたらしい。


 既得権益に溺れるゴミクズは異世界にもいるということだ。


 あえて書くほどのことではないが、先ほどのエルフの商館などは大市場の盛況が続くにつれて没落の一途を辿っている。速人たちに対するやっかみの一因かもしれない。


 「しかし今日は驚かされっぱなしだな。今日は祭りってわけでもねえだろうに」


 雪近は目の前をせわしなく通り過ぎる人の群れを見ながら感心している。

 ディーは群衆の熱気に圧倒された為に何も言えなくなってしまった。

 しかし、速人にとってはもとの世界でいうところの平日の出勤時くらいの見慣れた賑わいに過ぎない。

 もとの世界で早朝に出荷された生鮮品の買い出しに市場に出かけた時に比べれば、まだ少ないという感じだった。


 速人はいつも使っている「ラッキー精肉店」の出店を探していた。

 この大市場において出店場所は一週間ごとに変わるので探さなくてはならないのだ。

 各々の店構えはほとんど変わらないので速人は見知った店員の姿を見つける方法で、ラッキー精肉店を探すことにした。

 雪近とディーは家の外にほとんど出たことがないので役に立つことはない。

 

 大市場は基本的には陸上競技場のトラックのような構造をしている。

 中心部に運営本部とも言うべき大きな天幕を張った建物が存在し、トラックの内と外のレーンには個人やギルドが出店しているという具合だった。

 速人が先ほどから探しているラッキー精肉店はベックや隊商”高原の羊たち”の元メンバーが作った新興のギルドが経営する獣肉の買い取りの他、畜生の解体から加工まで請け負う店である。

 その他にも店の周りでは肉の串焼きや内臓の煮込み料理なども販売している。

 エイリークを通じて知り合った顔が出入りしているので、速人はそれらを目印にしながら店を探していた。

 

 ようやく速人はラッキー精肉店を発見することが出来た。

 トラックでいうところの角のあたり、集客率の高い場所に移っていたのだ。

 人種に関係無く客に接することができる店主と店員の努力によるものだろう。


 速人は雪近とディーの手を引っ張りながら、目的地を目指す。


 「痛い!痛いっ!普通に痛いよ、速人!」


 ディーの手首が赤くなっていた。

 しかし、速人はこれから肉になる畜生の意見に耳を貸すようなエコロジストではなかったので無視することにした。


 ディーの悲鳴が周囲に響き渡る。


 「悪かった!俺が悪かったから!もう生意気言わないから、少しだけ緩めてくれ!」


 雪近に至っては、なまじっか抵抗した為に引きずられていく羽目になっていた。

 雪近とディーの悲鳴が大きかった為に道行く人々は速人たちを一瞬だけ見たが異様な光景を前にして皆口を閉じてしまう。

 

 大人の腰あたりまでの背丈しかない子供が、大人二人しかも片方は偉丈夫と呼んでも過言ではない体つきの若者を引きずっているのだ。


 まともな神経なら声はかけないだろう。


 しかし、三人の異様な姿を黙視する二つの影があった。

 ところどころに金刺繍の入った豪奢な服装の少女たちだった。

 片方は青を基調とした服装で、もう一人は赤を基調とした服装だった。

 二人は砂ぼこりにまみれながら連れて行かれる雪近の姿をじっと見ている。

 服装に引けを取らない見目麗しい赤い服装の少女が呟いた


 「ねーちん。あれ。今の引きずられてたダッセエ男、キチカじゃねえの?」


 赤いの服装の少女は悲鳴を上げながら土まみれになっている雪近を見ている。

 もう一人のこれまた見事なまでに豪華な服装を着こなしている少女が手に持っているリンゴから、雪近に視線を移す。

 青いドレスよりも背中に担いでいる大きな刃がついた槍が周囲の関心の的となっていた。


 「あの間抜け面、間違いあるまい。あの場から救い出してやるのも一興やもしれぬ。どうする、アトリ?」


 シャリッ。


 また一口とリンゴを口に含む。

 彼女の名はカトリ、オーク族が有する最大通称組織、三大商会のドレスデ商会の現会長の長女にあたる。 アトリと呼ばれた少女はすぐ下のカトリの妹である。

 カトリたちは、とある奇縁で宗雪近とは顔見知りの間柄だった。

 しかし、カトリの関心は雪近当人には無かった。

 雪近を引きずり回している”おめでたい覆面をかぶった子供”にあった。


 (キチカはどうでもいい。がしかしあの覆面、なにげに欲しいな)


 カトリはついさっき露店で買った春リンゴを咀嚼しながら、そんなことを考える。

 アトリはカトリに向かって手を出した。

 カトリはいくつもの歯型を残すリンゴをアトリに手渡した。


 シャリリッ。


 今度はアトリがリンゴに口をつけた。


 「アタイはハッキシ言ってキチカなんざどうでもいいが、仮にここでキチカを助けておけばとーちんに貸し作れんよな?」


 赤いドレスの少女は好戦的な笑みを浮かべる。

 オーク族の世界は実力主義である。

 たとえ親子の間柄であろうとも実力を示せば、年の差に関係無く相手の言い分を認めなければならない。 そして、アトリは齢十歳にしてドレスデ商会においてそれなりの発言力を持っている。


 「アタイはキチカを追っかけるけど、ねーちんはどうすんの?ついてくんなら取り分は七三だけど」


 「十分だ。私にお前のような駆け引きは出来ないからな。どうしても最後はこれを頼ってしまう」


 そう言ってカトリは自分の獲物を肩にかける。

 握った右手に握ったリンゴの残りは芯もろとも口の中に放り込んでしまった。

 ガリゴリと咀嚼するカトリの姿は飢えた肉食獣によく似ていた。


 二人の後方から上下スーツ姿の偉丈夫が走って来る。

 彼らはアトリとカトリの両親が外出する娘たちを心配して付けた護衛役で、先に行ってしまった主人たちを追ってきたのだ。

 全員集まった頃を見計らってアトリたちは速人の行先に向かって行った。


 その頃デストロンでは…、ではなく速人が雪近とディーを連れてラッキー精肉店に到着したところだった。

 雪近とディーは引きずられた時のショックで未だに気絶している。

 

 速人は背中から喝を入れて、二人を無理矢理起こした。


 「ひっ!?」


 「ううっ!!」


 雪近とディーは珍妙な悲鳴を上げながら覚醒する。

 速人は左右の肩を軽く回してストレッチをしている。

 泣き言を言うつもりはないが成人男性二人を連れて全力疾走したので、身体に負担がかかってしまったのだ。

 肩の骨を鳴らしている速人に、雪近が文句を言ってきた。


 「殺す気か!運ぶにしてもやり方ってもんがあんだろ!つうか俺たちのことを何だと思ってんだよ!?」


 速人は無様に転がっている雪近をさも興味なさげな視線を送る。そして、大きなため息を吐いた。


 「うふう。雪近、よく聞いておけ。これからこの第十六都市の大市場で豚・鶏・牛のコマ切れ肉の特売が始まるんだ。もう言わなくてもわかるよな?ブタやトリ、ウシのコマ切れ肉とお前たちの命価値のどっちが大切かなんていちいち言う必要があるか?それとも…、お前らの命はグラム百円以下のブタコマ(※目安)よりも低いという事実を今さら確認したいのか?ああん!?」


 速人の一言を聞き終わった後に雪近は大粒の涙を流していた。


 速人は台の上に並べてある肉をざっと見て回る。

 店内にある商品はどれも新鮮で色合いの良い肉ばかりだった。

 わずかな腐敗臭が鼻につくこともない。速人は満足した顔つきで目的のものを探している。

 

 本命は牛一頭、仕入れてから一日以上経過したものである。

 冷蔵庫がない世界なので、ほぼ常温のまま安置されることになるが腐れてしまった部分など焼く前に削ぎ落してしまえばいい。

 

 否。

 

 腐れてしまった肉の奥は熟成された肉本来の旨味が濃厚な部分になっているのだ。

 速人は最良の素材と巡り合った瞬間を妄想しながら、店の中に並ぶ吊るし肉を注意深く観察する。


 「おや。速人君、今日はどんなご用向きだい?」


 速人が店の中を歩ていると恰幅の良い初老の男が声をかけてきた。

 速人は反射的におじぎをする。

 彼こそラッキー精肉店の店主ラッキー・カールセン氏その人である。

 この男の機嫌を損ねては最良の素材に出会うことなどありはしない。


 「これはどうもラッキーさん。本日もお世話になります」


 「いやいや。こちらこそ毎度ありがとうございます」


 出会い頭に頭を下げてきた速人の姿にラッキーは面食らってしまったようだった。

 速人は頭を下げながら台の上に乗っている未加工の肉を見ている。

 そして、ラッキーが今さっき奥に持って行こうとした肉に目をつけた。


 「おや、速人君。流石にお目が高いね。この牛肉、今ウチに置いてある品物の中で一番上質なものさ。それでどの部分を買って行くつもりだい?」


 ラッキーはここ一か月くらいのつき合いで速人の目利きがどれくらいのものかを知っている。

 その速人が目をつけた牛肉が最近ラッキーが競り落とした肉の中でも最上級のものであることを見抜いたことが嬉しかったのだ。


 「いえ。今日は牛一頭分を買って行こうかと思っていまして。実は近いうちにエイリークさんの家でちょっとしたパーティーをやることになしまして、その際に庭で牛肉を一頭丸ごと焼こうかなと思っている次第であります」


 速人は自嘲気味に肉の用途について語る。


 しかし、速人の話を聞いた途端にラッキーの顔色が真っ青になってしまった。


 「待ちなさい!エイリークの家の庭で屋外BBQだなんて、とんでもない事だよ!」


 実はこのラッキーという人物はエイリークの両親の友人でついこの間までエイリークの家がどうなっていたかを知っている。

 

 雑草が生い茂り、ジャングル見紛う庭。

 

 敷地の各所に放置されたゴミの山。


 そんな場所で屋外BBQをすることは自殺行為以外の何ものでもない。


 「せめて、ソリトン君のお家の庭でやった方がいいんじゃないか?」


 速人は短い前髪をかき上げる。そして余裕たっぷりに切り返した。


 「ご安心ください。お肉は中身までじっくりと焼きますから。そうだ。よろしければラッキーさんもパーティーに参加してみてはいかがですか?」


 ラッキーは一瞬、沈黙する。

 エイリークはラッキーの親友であるマルティネスの息子だ。

 彼の妻、マルグリットも子供の頃からよく知っている。

 ラッキーにとってエイリークとマルグリットは自分の子供のような存在である。


 (あの家で屋外BBQをやればどうなるかぐらいはエイリークだって知っているはずだ。まさか借金から逃れる為に焼身自殺を!?)


 しかし、エイリークの部下であるラッキーの息子ジェリーからエイリークが借金で悩んでいるという話を聞いたことはない。


 (いや、しかし万が一ということもある!!)


 ラッキーは白い帽子を取った。

 肌と同様の浅黒い禿頭と精悍な顔が現れる。

 肉屋の親父のそれではない、決意を秘めた男の貌だった。


 「わかった。是非私も出席させてもらおう。速人君、もしエイル(※エイリークの愛称。周囲にリック、エインが多すぎる為にこう呼ばれるようになった)が人生に疲れたとか言うようになったらこっそりおじさんに教えてくれ」


 ラッキーは瞳に薄らと涙を溜めている。


 (泣くほど嬉しいのか)


 速人はざっくりと理解を示した。


 カランカランカラン!!

 その時、金属製の鐘の音が高らかに鳴った。

 速人は反射的に中央のテント群の方を見た。

 大市場を取り仕切る運営委員会から出向してきた販売員らしき男が他の販売店で買い物をしている人々にも聞こえるような大声で叫んだ。


 「ええー!!これよりご来場のみなさま、お待ちかねの特売会を始まります。今回も新鮮なお肉やお魚やお野菜をたくさん用意しておきますので、振るってお立ち寄りください!!」


 特売会告知のアナウンスを聞いた瞬間、速人の全身を電撃が貫いた。


 ラッキーは両手を組んで、私に構うなとばかりに何度も頷いた。


 (修行と研鑽の日々は、この時の為に)


 速人はラッキーに一礼するとそのまま特売会場に突っ込んで行った。


 次回、速人と主婦たちが激突する!!

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