表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/239

プロローグ5 ヌンチャクを知る男と知らぬ者たちではこれくらいの差が出る。

 俺は今後の相談をする為に来た道を戻る。

 雪近がディーという男を介抱しようとしているところだった。いや、倒れているディーという男を前にして何をしていいのか悩んでいるようにも見える。


 (生きるか死ぬかの瀬戸際で何を悠長なことをやってるんだ。本当にこいつは役に立たないな)


 俺は無言で雪近を押しのけてディーという男を横にして寝かせてやった。

 薄い金髪の長身の青年だった。服装はゆったりとした造りの半袖で下は膝くらいの長さという造りだった。腰には帯を巻いていた。村を出入りしていた巨人族の格好と少しだけ似ている。衰弱しているが寝息は穏やかなものだ。


 (目を覚ましたら体を温めて、栄養のあるものを食べさせてやれば五分くらいには回復するだろう)


 俺は後ろの雪近の様子を見る。ヤツの態度ときたら情けないもので風邪を引いた下の兄弟の世話をお母さんに任せている子供のような顔をしていた。


 こいつ、俺の中でクズ決定な。


 「母ちゃん、ディーのやつは大丈夫だよな?な?」


 誰がお前の母ちゃんだ。


 俺は無言で作業に取り掛かる。

 まずは大きめの葉っぱを集める。このまま放置しておくよりも簡易ベッドを作って、そこで寝ていてもらう方が良いと判断したからだった。だが、その時こちらに向かって何かが近付いていることに感づいた。雪近は何も気がついていない。

 俺は聞き耳を立て、周囲の様子を窺った。

 わずかながら人の気配が近い。俺は何もしないで立ちんぼうになっている雪近をきっと睨みつけてこちらを手伝うように仕向けた。雪近はざんばらりとした前髪をかき上げて文句を言いながら落ち葉を集める。


 「ゆきちー、寝床用に若葉を、焚き火用に枯葉を集めてくれ。一応俺も見ているがくれぐれも病人から目を離さないでくれよ」


 俺は集めた若葉を一か所に集めて、地面に広げる。木の葉で作ったベッドなんぞ不衛生きわまりない代物だがないよりはマシだ。この場に目ぼしい医療道具がない以上は体力すなわち体温の低下を可能な限り防ぐ必要があるのだ。


 「なあ、速人。まさかとは思うが俺たち今日はここで一晩過ごさなきゃならないのか?」


 ばさっ。雪近が地面に葉っぱを広げる。よく見ると雪近が持ってきた葉っぱは若葉と枯葉が混ざっている状態だった。俺は雪近のおそらく中身は空洞で役割的には飾りのような頭を殴った。


 「あ痛ッ!!!」


 俺の拳骨を食らって悶絶する雪近。かち割られなかっただけでも感謝しろってもんだ。俺は焚き火の一番下に置くために集めた枯れ枝を円状に並べる。雪近と俺はそれぞれが属する時代は違うのだが同じ日本人である。しかし、どうにも雪近には日本人的なきめ細やかな配慮が足りないような気がした。どちらかというとその場のノリで動く欧米人に近いものがあるのだ。


 「あのな、唐変木。枯葉ってのは見た目よりずっと汚いんだ。こんなものが混ざった寝床で寝たりしたらお前の友達が変な病気にかかって死んでしまうぞ」


 俺はいまだに回復していない雪近を放っておいて、ディーを木の葉で作った即席のベッドに寝かせる。さらに上から葉を布団のように乗せてやることも忘れない。


 カサリ、カサリッ。


 枯草を踏むわすかな音を聞こえくる。


 人数は六人くらい。


 年齢は成人以上。

 

 装備はかなり整っている。

 山に慣れた人間が不慣れな人間を先導しているというところだろうか。俺はヌンチャクを手に取って立ち上がる。

 雪近は何事かという表情で俺を見つめていた。


 「俺はちょっと出てくる。雪近、お前は足手まといにしかならないからここで友達とおとなしくしていろ。もしも、少し待ってから俺が戻らなかった時はそいつを連れて山を下りろ。かなり歩くことになるが街道まで行くことが出来たら逃げきれるはずだ」


 万全な状態ならこいつらを連れて逃げることも可能だが、今はヌンチャク一本の上にアレスから受けたダメージが残っている状態だ。こいつら二人を逃がすのがせいぜいというところだろう。


 「あのな!足手まといとか言いにくいことをサラッと言うんじゃねえよ!戦いなら、俺もその少しくらいは加勢できるかもしれないぜ?つーかさ、お前の方がずっとガキじゃねえか。少しは大人を頼れよ」


 それ以前にお前には友人を守る義務があるだろうに。速人はそう言いかけて止めた。

 このおせっかいな男は言い返せば意固地になって引っ込みがつかなくなるタイプの性格であることを察したからだ。


 「じゃあ、面倒になったら戻って来る。頼りにしてるぞ、お兄さん」


 完全な社交辞令だが、軽い調子で言うと高確率で追いかけて来ることはわかっていたのでやや真面目な様子で別れの挨拶を告げる。

 俺の挨拶に気をよくしたのか雪近は「おう!任せとけ!」なんて言って返してきたのだ。

 子供のように純真な性根の持ち主と言えば聞こえはいいのだろうが、俺は考えの足りなさすぎる雪近の将来に不安を覚えざるを得なかった。


 俺は雪近とディーを残して足早に進み、目的地に到着する。要するに連中の背後を取ったわけだ。

 相手はいくつかの種族から構成された集団だった。遠目から見ただけだが、持ち物からして商人の類ではない。

 先導する金髪の男は体格からしてオーガ、もしくはオークといったところだろう。双方ともに身体能力に長けた戦闘向きの種族である。大男の頭に巻いたバンダナの下からは傷跡が見え隠れしている。この男の持つ雰囲気からして村にいたエルフの代官つきのオーガたちよりも確実に強いことがわかる。

 俺がこの集団の背後に回る際にはわざとに枝を鳴らして進んでおいたので今のところは雪近のいる場所への注意が行っていない。

 俺は距離を置いて再び枝を揺らす。音に勘づいた男は集団の中心にいるねじれた角の生えた長耳の男の方まで歩いて行った。


 「もう少し早く歩けないのか、のろま。このままじゃここで一夜を明かすことになるぞ」


 金髪の男の声は予想通りの大きな声だった。のろま呼ばわりされた側、おそらくはレプラコーンという種族の特徴を持つ男は渋面を作り露骨に不快な態度になる。

 周囲が何も言ってこない様子からして二人の衝突は日常の風景なのだろう。


 「エイリーク。私は野山を駆けまわることだけの君と違って繊細なんだ。人間社会に身を置きながら野生動物のような性質しか持たない君にはわからないだろうが、たまには自分以外のことを気にしてみてはどうかね?」


 エイリークという呼ばれた男はレプラコーンの男を突き飛ばした。レプラコーンは見た目ほど華奢ではなく、その場に踏み止まる。しかし、その表情は以前よりも陰険さが増していた。


 「ダグザ。オモテ出ろや。頭でっかちの役立たず」


 エイリークは腰に下げていた片刃の小剣に手をかける。ファルシオンという武器だ。そして、切っ先を向けて宣戦布告した。ここは既に外なのだからオモテも屋内もない、と思うのだが注意が俺への逸れるという利用させてもらうことにする。

 ダグザは止めに入ろうとする同行者たちを片手で制し、それまで歩行の補助道具として使っていた杖を構える。ダグザに杖術の心得あり、と俺は頭の片隅に入れておいた。


 「これは実に面白い。戦闘なら遅れは取らないと思ったか、野ザル。魔術の使用さえ認められればお前など私の足元にも及ばないということをレクチャーしてやろう。反復学習は病院のベッドの上でやるといい」


 睨み合う二人のオッサン。前言撤回。こいつらはプロの戦闘集団ではないかもしれない。


 俺は木の上に昇り、さらに木から木へと飛び移ってレプラコーンの男の背後にまでやってくる。レプラコーンは保持する魔力はエルフやドワーフに劣るが、操作する技術は高いものを有するとスタンから聞いていた。

 俺は下を見ながらレプラコーンが感知系の魔法を使っていないことを確認する。真上に移動するまでそう長い時間はかからなかった。


 「おいおい、ダグザよ。本気で俺と戦うつもりか?謝るなら今のうちだぜ。さもなくばお前のその小っせえ角がうちの暖炉の飾りになる」


 「面白いジョークだ、エイリーク。知能の低いお前の服装同様センスは最悪だが。ところで罰ゲームは何がいい?永久脱毛の呪いをかけてやろうか」


 速人は軽い眩暈を起こしていた。


 自分の親くらいの男が二人、これでもかというほどくだらない理由で言い争っているのだ。


 (このまま放っておけば自滅するかもしれないな)


 エイリークとダグザの部下たちは上司たちの争いに巻き込まれないように非難している。奇襲をかけるなら今のうちだろう。

 音も無く、速人はエイリークの背後に着地した。

 だが、二人はまだ気がついた様子はない。速人は手刀でエイリークの手首を払い、持っていたクォータースタッフを叩き落とした。

 魔術を行使するには体内の魔術機関を励起させる詠唱と魔術の源となる「オーディンの碑文」から力を引き出す為の魔晶石と呼ばれる魔法道具アーティファクトが必要となる。エイリークの杖と指輪はおそらくそれに該当するものだろう。


 直後に、速人は指輪がはめられているエイリークの左腕を捻じり上げた。


 「そこのオッサン二人。動くな」


 そう言って速人は地面に落ちた杖を向こうに蹴って転がした。何か言おうとしたダグザは口を閉じた。彼の左の首筋の近くにはナイフの刃が当たっている。


 「俺はオッサンじゃねーよ!どちらかというとお兄さん、だぜ?」


 エイリークの狼狽する姿を見て、ダグザは己の死を覚悟した。


 おお、エイリーク。竹馬の友よ。お前は誰が見ても、もうオッサンだ。


 (俺はまだ若い。この前だって娘と一緒に歩いていたら「ご兄妹ですか?」と尋ねられたんだ。そんな俺がオッサンのわけがない。頼む。そうであってくれ)


 速人は道具袋の中に忍ばせておいた拳くらいの大きさの石ころをアイリークに向かって投げつけた。石ころは見事にエイリークの額に当たる。エイリークは年齢のことを指摘され激しく動揺していた為に意識を失ってしまった。

 速人はダグザの首に刃物を当てたまま気を失ったエイリークのもとに移動する。こうして速人は二人目の人質を手に入れた。次に速人はダグザの首のねもとに手刀を落として意識を奪った。


 「おい、お前ら。ロープを寄越せ。さもないとでかい方から殺す」


 エイリークの部下たちは速人に向かってロープを投げる。ロープを受け取った速人は手慣れた様子で二人の中年男をぐるぐる巻きにした。


 「さて、どうしたものか」


 その後、速人はエイリークとダグザの部下たちを全員グルグル巻きにしていた。エイリークの部下たちは揃って屈強な男たちだがあまりに突然な出来事であった為に向かって来ることは無かった。無論、速人は彼らが向かって来れば一人見せしめに殺すつもりだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ