第二十一話 道
次回は一月六日に投稿します。お楽しみに。
< イベントB 完全攻略フローチャート >
エイリークの家の改装
↓
見学会
↓
急な来客への完璧な対応
↓
昼食
速人は全てのイベントを消化した後に雪近とディーを連れて下町の市場に向かって出発する。
エイリークとその家族は先ほど案内された各自の部屋に荷物を運び込むと息巻いている。
そして、ダグザたちは他の面子にも今日の会合で決まったことを伝える為に各々の家に帰って行った。
現在、速人は外出用の衣装に着替えた雪近とディーを伴って駅前に向かって歩いている。
家を出発してから十数分後、一見して速人の方が歩くスピードが遅いはずなのに雪近とディーは小走りで追いかけるような状態になっていた。
「速人。ちょっと歩くの早すぎるよ」
ディーが息を切らしながら情けない声を出している。
速人は忌々しげに後方を見る。
家を出る前に速人は雪近とディーには目立つ真似をするなと注意していたのだ。
脳天に拳骨で穴を空けてやりたかった。そこに遅れて雪近もやってくる。
「じゃあ先に家に帰っていろ。俺はお前らが一緒に行きたいっていうから許可したんだぞ?ついて来れないならさっさと帰れ」
速人は右手で埃を払うような仕草をする。
文句をたれるしか能の無いものには最初から用がないと言わんばかりであった。
雪近は横柄な態度にムッときたのか、口をへの字にしている。
「そんな殺生な。俺たちの格好見ろよ。普通に歩きにくいんだって。この”ほっかむり”だってお前がどうしても!っていうから着替えったってのによ」
雪近が黒い皮のジャケットの前を引っ張って着慣れていない服装であることをこれ見よがしにアピールする。
今の雪近の服装はフード付きの黒い革のジャケットを着物の上に羽織っているというものだった。
おそらくは上下のバランスは良くない為に歩きづらいのだろう。
ディーもエイリークの古着を修繕したオレンジ色のコートを着ていた。
こちらは頭にフードを被せているので尚更歩きにくいのだろう。
ディーに至っては慣れない厚着の為に全身から汗をかいていた。
「ディーが外出する時はフードで顔を隠さなきゃならないだろ。友達ならつき合ってやれよ」
速人たちが暮らしている第十六都市の現在の代表はディーたちヨトゥン族とは起源の異なるギガンテス族出身の人間が務めている。
フォモール、ギガンテスといった他の巨人族たちは特にアスと呼ばれる系統の巨人族であるヨトゥン族を敵視しているのだ。
しかも町の中を巡回している役人にディーの所在が知られれば逮捕即極刑という処遇も十分に考えられるのだ。
「 … 」
速人がその辺りの事情をもう一度叩きこんでやろうとしたが、雪近とディーは既に別の場所にいた。
二人は暢気にも大勢の人間を乗せた馬車を追いかけていた。
はやくも速人の右の拳が殺人を意識し始めていた。
「見ろ、ディー。すげえ人だかりだぜ。俺もここまで大勢の人間が集まっているのを見るのは初めてだ」
雪近とディーから少し離れた場所に客とたくさんの荷物を詰んだ大きな場所が停まった。
乗客はほとんど乗り降りしなかったが、前の席に御者と一緒に乗っていた男たちが荷台に上がって荷物を下ろしている。
馬車の扉についているエンブレムからしてダナン帝国から来た馬車に違いあるまい。
ということは乗客と乗組員がドワーフである可能性が非常に高い。
不用意に接近するなと速人が忠告しようと思った瞬間、ディーが走り出して行った。
雪近もまたディーに負けじと走って行く。
その時、速人の中で殺意という名の蝋燭に火が灯された。
「見てよ、キチカ。馬車だよ。馬車。村じゃあんなに大きな馬車は見たことないな。どこに行くんだろうね。おーい!こっちこっちー!」
「馬もでかいが、それを操る御者も大したもんだ!向こうまで行っていろんな話を聞こうぜ!
雪近は馬車を操る御者を指さす。
二人は気楽に手を振ったり、声をかけたりしている。
ドワーフの御者は雪近とディーを見た後にさっさと別の場所に移動してしまった。
「立場を弁えろ、ゴミども。よりによって一番、近くに行ってはいけない連中のところに行きやがって」
速人は苦虫を噛み潰したような顔ではしゃいでいる二人をたしなめる。
対抗して雪近は年寄りじみたことを言う速人に言い返してやった。
「いいじゃねえか。たまの外出の時に堅苦しいことを言うなよ」
雪近は言いたいことを言うと、またディーのところまで走って行った。
雪近の姿を確認したディーは遠くで立ったままの速人について尋ねた。
「速人、怒ってなかった?」
「いつもいつも爺さんみてえにうるせえんだよ。放っておけ」
ポムポム、何者かが雪近の肩を軽く叩いだ。
「あん?誰だよ…、ひいッ!!??」
雪近が振り返るとそこには不動明王像みたいな顔になっている速人がいた。
目はルビー製のアイマスクが必要になるんじゃないかというくらい爛々と輝き、食いしばった歯はレストランでわざわざTボーンステーキを注文した後にサクサクと骨を食べているんじゃないかというくらいに鋭いものになっていた。
次の瞬間、速人の怒りが拳骨の雨霰となって雪近とディーに降り注ぐ。
嵐が去ったその場所には、自力で立ちあげるのが困難になるほど殴られた雪近とディーの姿があった。
雪近は両手でたんこぶを摩りながら速人に許しを請う。
ディーにいたっては白目のままぐったりとしていた。
二人が歩けるようになるまで回復した後、速人は手を繋いで行動することにした。
周囲からの好奇心に満ちた視線が恥ずかしかったが、雪近とディーは放っておくとまた人の群れに突っ込んで行ってしまうのでやむを得ずに三人で手を繋いで歩くことになったのだ。
道中「仲の良い兄弟だ」みたいなことを言われる度に、速人は左右の男たちの手を思い切り握ってやった。
やがて三人は駅の建物の前で立ち止まる。
駅周辺の人通りは駅員と荷物を運ぶ日雇いの労働者がほとんどで人の数はそれほど多くはなかった。
時間的にも昼を少し過ぎた頃なので昼休みの最中なのかもしれない。
速人はやけにおとなしくなったことに気がつき左右を見る。
雪近とディーは相変わらず頭のてっぺんあたりを摩っていた。
好奇心よりも痛みが勝っているらしい。
三人は黙々と石で舗装されて道路を歩いて行った。
途中、ディーが道路をじっと見つめていたが速人が睨んでいることに気がついて引っ込んでしまった。
(あまり虐めるのも可哀想だな…)
速人は拳骨の恐怖で委縮しているディーをそれとなく意識しながら石造りの道路について知っていることを語った。
「この道路はエイリークさんのお祖父さんの代に、ダグザさんの曾祖父さんが町のみんなを集めて作ったもんなんだとよ。当時はレプラコーンの秘蔵の技術を一般に解放するってんでかなり周囲に叩かれたんだけど結果として第十六都市の商業発展につながったわけだから今じゃあダグザさんの家にまつわる美談の一つになっているらしいぜ。雪近も珍しいだろ?江戸城の近く意外でこんな道を見るのは」
速人の方から話かけたことに気を良くしたディーは嬉しそうな顔をしていた。
何しろディーにとっては見るもの全てが魅力的で新鮮さに溢れていたからだった。
ディーは古くなって黒っぽくなっている敷石をじっと見つめている。
「いや、そもそも俺江戸城見たこと無いし。ていうかお前さっきから、ここいらが危険な場所みたいなこと言ってるけど俺にはさっぱり実感がわかねえんだよ。すれ違った町の人も、エイリークの旦那や仲間の人もみんな優しい人ばっかだったぜ?」
雪近は苦笑しながら今まで出会った人々について語る。
(暢気なものだ)
速人はやや呆れながら嘆息する。
速人は駅に続く大路から外れた道を指さす。
次はこちらに進むという意味だ。
雪近は石造りの道路に未練を残すディーの手を引っ張って速人の後ろにまですぐに駆け寄る。
速人はその頃、周囲の目を気にし始めていた。
(ここから先は第十六都市に住む種族間の縄張りが関わってくる場所だ)
速人は十字路まで出ると立ち止まった。
左右と後方を警戒しているのだ。
「あれ?速人、どうしたの」
道の真ん中で突然立ち止まった速人を心配したディーが、深刻な表情をしている速人に訪ねてきた。
「ああ。いい機会だから教えてやる。ここからは下町で一番厄介な場所、エルフ街とドワーフ街とオーク街に分かれている。名前を聞いて大体わかるだろうけど、第十六都市に住むエルフ、ドワーフ、オークたちの拠点になっている街だ。俺たちが入ると生きて帰れる保証はない」
デイーと雪近は左右の道先に広がる街の景色をを順に目で追った。
速人の言う通りに、それこそ示し合わせたように特徴のある三つに色分けされた地区が出来上がっていた。
一つは赤い屋根の木製の建築物が多い地区がエルフ街。
ひとつはレンガ造りの高い煙突がたくさん並んでいる地区がドワーフ街。
一つは金色の装飾であふれたひと際豪奢な建物が並んでいるのがオーク街である。
「うわあ…。すごいとは思うけど流石にあそこには住みたくないなあ…」
ディーがオーク街の金色の門を指さした。
壁には赤、緑、茶色の三種類のレンガを使って組み上げられている。
慣れていないものが見れば思わず目を背けてしまうほどのけばけばしさがあった。
入り口を出入りを男女の姿も服装は金刺繍がしてあったり、やたらと目立つ金色の紋章を背負っている者が多い。
オーク族は巨神オルクス(※ハデスの化身の一つとされる)の子孫を名乗り、黄金とそれにふさわしい力を何よりも重んじる種族である。
三人は微妙な顔をしてオーク街の入り口を見ていた。
「気をつけろよ。エイリークさんのセンスもたいがいだが、ああいう美的感覚を持った連中に絡まれれば命の危険だけではすまないことになるからな」
速人はバテレンの宣教師みたいな服装の男を見る。
顔だちは目鼻の整った素晴らしいものだが、白粉を塗ったくって紅で唇を三倍くらいにして書いているのでマクドナルドの昔のマスコットキャラのようになっていたのだ。
しかも彼(彼女?)の周囲を行き交う他のオーク族たちは「何と美しい」とか「早くも今年の流行が始まったか」と絶賛していた。
「ぶわっくしょい!!!」
その頃、エイリークの家ではエイリークがでかいくしゃみをしていた。
「アンタどうしたのさ。風邪かい?」
「速人の野郎が俺の悪口を言っているような気がした…」
エイリークは鼻をすすりながらクローゼットにいろいろなところにひらひらのついた薄いピンク色の怪傑ゾロの勝負服みたいなシャツを入れていた。
勿論、今年の夏も着る予定の服装だった。




